85年アニメとパソコンを繋いだ美少女たち
1985年は『機動戦士Ζガンダム』に象徴されるようにTVアニメが絶頂期を迎えようとしていました。更にOVAという新しい波がアニメの進化を加速させて行きます。一方でパソコンはまだ「マニアックなホビー」の域を出ていませんでした。しかしパソコンユーザーの美少女CGに対する執念で、アニメ文化を貪欲に吸収していこうとしていた雌伏の時でもあったのです。
今回は日本のオタク文化を決定づけた、アニメとPCが邂逅した熱い時代を綴ります。

80年代も終わりになると、アニメとゲームの融合は当たり前の文化となっていましたが、それまでには長い道のりがあったのでした。

こんなイカレたゲームが堂々と発売されていたのもクレイジー80年代です😁
❶85年のアニメとビデオゲーム

前回の投稿でパソコンに登場する美少女キャラは、日本のアニメの進化と連動していたというお話をしました。1985年の段階でアニメは最も勢いのあるオタクコンテンツで、そのファンのレベルもかなりの高さに達していたと思います。一方でパソコンというホビーはまだまだマイナーな新興勢力という位置づけでした。


当時僕は小学六年生でしたが、たまたま縁があって美大のアニメ研究会に所属していたその筋の猛者に弟子入りしていました。子供ながらに師匠やその仲間達から「俺達が日本のオタク世界を牽引している」という強い自負を感じたことを覚えています。実際この時期のオタク系イベントの多くはアニメファンの熱意によって開催されていました。僕のアニメの師匠と黎明期のアニメファンの熱い世界についてはコチラ

彼らアニメファンはファミコンにはそれほど関心を持っていませんでした。「🤔ああ、あのピコピコするやつね」という感じで、アニメを題材にしたタイトルも一種のファングッツと捉えていたようです。家庭用ゲーム機の表現能力が向上し、アニメと連動するようになるのにはもう少し時間がかかったのでした。パソコンマニアでもあった寺沢武一先生が『コブラ』の世界をPCエンジンで再現したドラマについては以前紹介しました。

やはり日本のパソコンCGの劇的な進化は、美少女アニメの影響を抜きにして語れないと思います。


アニメの人気美少女キャラクターは必ずCGになりました。


一方でパソコンのアドベンチャーゲームに代表される華麗なCGには大いに興味を持っていたようです。僕のアニメの師匠は『ザース』のCGを見るなり
「🤔こりゃ間違いなくアニメファンが色彩やってるな」
と看破したのでした。



❷アニメファンはPCをどう見ていたか?
そんな訳でアニメ雑誌にもパソコンゲームが少しずつ紹介されるようになってきました。当時のアニメファンが驚愕したのが1984年11月に発売されたエニックス発売の『ウイングマン』。師匠のアニメ研究会でも大いに話題になったそうです。


ここでブラックオニキスを記事にしないのが解ってます😜


となればお次は当然『ザース 人工頭脳オリオンの奪還』ですよね。SF・メカ・オリジナルロボ・美少女とアニメファンが喜びそうなネタがてんこ盛り。勿論看板娘のミリカちゃんもアップでの登場です。




ゲーム界の見返り美人といえばイースⅡのリリアが有名ですが、元祖?は『セイバー』のオフェーリア姫です!
1985年10月の発売で、ファミコンではピーチ姫・MSXはくるみ姫の時代にこの映像は衝撃でした。しかし当時彼女に会えたパソコン少年は多くありません。その理由とは…

85年はアニメ調の美少女がパソコンの画面に登場し始めましたが、オフェーリア姫は別格の存在でした。理由は当時圧倒的な存在感でパソコン界の頂点に君臨していたPC9801専用だったからです。
👸「私は16bit国民機の姫、8bit御三家とは家柄が違うのです。ましてや下賤なMSXなぞ!」

僕が見たオフェーリア姫についてはまたいずれ…
この時期は8bit御三家全盛の時代で、のちのエロゲー国民機PC9801時代とは訳が違いますよ。当時は天文学的価格で販売されていて、パソコン少年には高値の華でした。しかしベーマガなどでも特集されたこのオフェーリア姫の涙に憧れた人は多いのではないでしょうか。セイバーはその知名度とは裏腹にあまり流通しなかったそうですが、アニメ専門誌でも紹介される絶大なインパクトがありました。


85年は名作AVGの年でしたが、16bit専用セイバーのオフェーリア姫はPC少年にとって高嶺の花。対してスクウェアが送り出した清純派アンドロイドのアイシャちゃんは多くの8bit御三家ユーザーのハートを鷲づかみにしたのでした。

『ウィル』はハードボイルドAVGのデス・トラップの続編で、アイシャちゃんのアニメが一世を風靡しましたが基本は同じ正統派AVG。彼女に会うにはかなりの試練を突破しなければなりません。彼女が目を開いた瞬間「おお!」と友人のFM7君と歓喜の声を上げたのを覚えています。


うる星やつら・ミンキ―モモ・風の谷のナウシカと、人気アニメ版権作品や地球戦士ライーザを一挙紹介。
注目はテクノポリス誌で大活躍の漫画家、佐藤元先生がFM7の同人ソフトをコミケで販売している記事です。先生は著名なアニメーターとしても活躍されていましたが、大手メーカーCSKのFortranプログラマー経験もあるという生粋のパソコンマニアでもあります。
佐藤元先生がアニメとパソコンを繋いでくれた功績は、その後多くの作品に影響を与えることになりました。
アニメで大活躍されていた先生がパソコンユーザーだったことは、僕達パソコン少年にとって凄く嬉しいことだったんですよ。


パソコン雑誌テクノポリスでの佐藤元先生の活躍は、同誌のイメージを決定づけたと思います。MYちゃんとパコくんのコンビは忘れられませんね。

アニメの画像取り込みを市販化した先駆けとなった『ルパン三世 カリオストロの城』も特集されました。



以前紹介したように堀井雄二氏も連載を持っていたアニメ雑誌でパソコンゲームの特集を組んでいます。僕の実感としてはアニメとゲームの融合という文化は、家庭用ゲーム機に先行してパソコンが担っていたように思います。

❸アニメがCGに与えた影響




僕の世代の人なら頷いてくれると思うのですが、当時の小中学生でアニメを模写できる奴はクラスで人気者になることが出来ました。アニメは今以上に子供たちにとっての共通言語だったんです。始めはノートに落書きする程度でしたが、そのうち本格的に色彩に挑戦する奴が出てきました。


このテクニックをパソコンで再現する試みがこの時期盛んに行われていました。8ビット御三家は基本的に8色しか使用できないので、その限られた中でアニメのキャラクターをどう再現するか…日本のゲーム文化において非常に重要な「美少女」という概念はこの時期に育まれていったように思います。

この時期OVAという新しいアニメ文化が生まれようとしていました。『幻夢戦記レダ』の陽子ちゃんはパソコンゲームをはじめ、多くのオタク作品に多大な影響を与えることになります。


翌1986年に登場した『夢幻戦士ヴァリス』が定着させた「ビキニアーマーの美少女が暴れまくる」というアクションゲームのフォーマットは、間違いなく『幻夢戦記レダ』が生んだ文化だと思います





今回はなるべく1985年に話題を区切ろうとしていますが、美少女アニメの影響を受けたパソコンゲームとして翌1986年に登場したスクウェアの『アルファ』は絶対に外すことの出来ないタイトルです。主人公のクリスちゃんはまるで美少女OVAの主人公のようでした。シナリオ的にも当時人気のOVA作品『メガゾーン23』の影響などが色濃い、ハードなSF設定が導入されています。僕はFM-7くんの家でエンディングを見た時、名作OVAを鑑賞したような感動を覚えたことを忘れることが出来ません。





レトロPCゲームを心から愛するGyusyabuさんが究極の『アルファ』の解説をしてくれています。ファンの方は必見ですよ!
これは1981年の東映アニメーション会社案内パンフレット。僕の実家からほど近い大泉スタジオではこういった制作現場が一般公開され、アニメファンの子供達のためにセル画の描き方講習会などのイベントが行われていました。アニメのプロ技術が広がるにつれ、アマチュアの創作レベルが急速に向上していくことになります。これらはその後の同人誌文化やパソコンのCG技術の進化に間違いなく連動していたように思います。

❹OVAという新しい波

この時期僕がアニメの師匠の部屋に遊びに行くと、テレビでは見たことのない美少女がビキニアーマーに身を包み、剣を振るっている姿に度肝を抜かれました。小学生の僕でも一般のテレビアニメとはクオリティが段違いであることは直感できましたね。OVAという新しい波がアニメをさらに進化させようとしていた瞬間でした。

1985年に発売された『メガゾーン23』は現在にも続く「メカと美少女」というフォーマットを完全に確立させました。1巻13,800円だったそうですが「🤔アニメファンで持ってない奴はモグリ」と師匠が言ってましたよ。

ムフフ💛な漫画雑誌レモンピープルから派生したOVA作品『戦え!!イクサー1』。それぞれのオタク媒体が影響し合いながら進化していく過程が80年代の熱さだったように思います。

その後人気作となる『ドリームハンター麗夢』の第一作はムフフ💛アニメだったんですよ😁


宮崎駿先生に
「😡セーラー服が機関銃撃って、走り回ってる様なもの」
と怒られた伝説のアニメ『プロジェクトA子』
パロディ同人誌をそのままアニメ化したような作風で、これが劇場公開されたというのが80年代というカオスを象徴していたように思います。

究極の美少女OVAシリーズと言えば1984年の『くりいむレモン』。この方面を掘り下げていくときりがないので割愛しますが…究極の名台詞「亜美、飛んじゃう!」は当時のオタクの間で流行語に。
ちなみに僕が1993年にアメリカに遊びに行った時に、むこうのオタク連中はみんな本作を知っていて「HENTAI」と呼ばれていましたね。「オタクとムフフ💛に国境はないんだなあ」と妙に感動したことを覚えています🤣



僕がOVAにドはまりする切っ掛けになった作品が1986年の『ガルフォース ETERNAL STORY』です。


複数の人気声優が起用され、ファミコン、パソコンゲーム、ゲームブック、ラノベとメディアミックス展開された美少女アニメの先駆けとなりました。この作品が業界最大手のソニーから発売されたインパクトは大きかったです。この作品は40周年の今年中に何としても特集したいと思っています。


❺輝かしいオタク文化の源流を求めて

まさに芸術品です。
以前「86-92年オタク文化の最前線・コンプティーク特集」と題して、アニメ&漫画とデジタルゲームを融合した雑誌としてコンプティークを特集したことがあります。しかしその萌芽は1985年から始まっていたことを改めて感じました。そしてそのオタク文化を結合した中心には、常に画面に輝く美少女達がいたのです。

その後海外のパソコンユーザーと交流した時に解ったのですが、このアニメとパソコンゲームとの連動の文化は日本だけの独自な動きだったようです。現在アニメ調の美少女がゲームで活躍する光景は世界的に一般化していると思うのですが、その源流がこうした一般のパソコンユーザーの草の根活動から花開いたことは特筆されるべきではないでしょうか。

可愛すぎます😍
改めて1985年を振り返ってみると「美少女」というキーワードと共に日本のオタク文化が急激に発展していった時代を思い出すことができました。僕らの世代はその後氷河期世代として辛酸をなめることになるのですが、こうしたオタク文化の進化を体感できたことは、生涯の宝として大切にしていきたいと思っています。


元々このアニメとパソコンについての投稿は、僕がMSX1のアニメCGに挑戦したことを語ろうかと思って始めたのです。ところが予想外に膨れ上がってしまいましたよ。しかし考えてみるとこの時期生涯で一番アニメを見ていた時期なので、書いてるうちに止まらなくなってきちゃうんですね。そんな訳でもう少しこのシリーズは続くかもしれませんが、またお付き合い頂ければ嬉しいです。
サイボーグMSX
僕の連載した「1985年のパソコンCG」シリーズです。宜しければ覗いてみて下さい🙇♂️
いつもスキ💛や凍結された僕に変わってのXでの紹介ポスト、暖かいコメントなど感謝です🙇皆さんとの繋がりが次の投稿への励みになるんです🥹
