昭和雑誌列伝②ゲーム雑誌の始祖テクノポリス、熱狂のPC対決
ネットのなかった時代、情報を集めるのは雑誌だけが頼りでした。書店に並べられた数々の表紙に心が躍った人も多いのではないでしょうか。昭和の時代数々のゲーム雑誌が創刊されましたが、意外にもパソコン雑誌テクノポリスが果たした役割は大きかったように思います。
今回は美少女路線前の、知られざるテクポリ硬派路線について綴ります。

❶マニアの生命線だった雑誌文化



僕が昭和の時代を綴る中で一番意識しているのは「ネットがなかったこと」を思い出すことなんです。1973年生まれの僕にとってもはやネットを使用している時間の方が長いのですが、この違いはとてつもなく大きい物でした。
当時どのマニアコミニティにも鳥坂先輩のような、偏ってるけど博識な「長老」と言われる存在がいたものです。こういったオタク文化の成熟過程は1985年~1987年に連載されたゆうきまさみ先生の『究極超人あ〜る』に詳しいのですが、春風高校の「光画部」のような光景が全国で繰り広げられていたのではないでしょうか。





ではこういった長老達がどうやって知識を得ていたのかと言うと、結局は書籍に頼っていたのが実情でした。その中でも最新の情報を入手できる「雑誌」は極めて重要で、その蔵書量が知識量と比例していたのです。昔はちょっと調べ物をする時は図書館に行くのが定番でした。しかしこの時代は信じられないぐらいオタク文化の社会的地位が低かったので、アニメやゲームを扱った書籍はまずお目に掛かれなかったのです。





したがってオタク界の長老たちは全て自前で雑誌を購入し、時間の許す限り隅々まで読み込む必要がありました。彼らが一目置かれていたのはその知識量だけではなく、「人間辞めます」覚悟でマニア道に邁進していたことに対する賛辞があったのだと思います。
以前紹介した美大のアニメ研究会部長だった僕のアニメの師匠は、自室に全てのアニメ雑誌と膨大なアニメ関連書籍を所有していました。そのすべてを読破している怪物の「偏った特別講義」を小学生の僕は全て真実と思い込んでいましたよ。
😤「つまりだな、アニメはヤマトこそ至高!ガンダムはそこから生まれたのだ。」
😲「はへ~そうなんだ~」
完全に洗脳された僕は、知ったかぶりで友達にドヤ顔で語ります
🤥「つまり~、ガンダムはヤマトの二番煎じで~。」
🤔FM7君「何か嘘臭せえな」
😏X1君「そんな訳ねえだろ」
とまあ、かなり極端な例ですが、昭和の初期オタクコミニティはこんな感じで形成されていったように思います。ネットがない時代、オタクの知識は伝聞と雑誌だけが頼りだったんですよ。
このように誰もが平等に情報を入手できるネット時代と違い情報の収集に偏りがあったため、それだけ超個性的なオタク戦士たちが育成されていく土壌が揃っていたように思います。
友達の家に行くと並んでいる雑誌や書籍、CD、ゲームなどを見て「🤔ああ、コイツはこの系統なんだな。」とあたりを付けていたものです。ちなみに僕は40年前から「何かお前の趣味古臭くねえか?」と言われてましたよ。



昭和の雑誌のもう一つの特徴は、雑誌自体がコミニティの役割を果たしていたと言うことです。個性的な雑誌ほど熱烈な読者が付き、それが雑誌の熱量に直結していたと思います。当時の「お葉書コーナー」を見てみると改めて感じますね。
僕の時代に同じ趣味の仲間を増やすのは、学校の部活動を利用するのが一番手っ取り早かったです。しかしマンガ研究会がようやく認められると言う有様で、アニメ部やゲーム部と言うものは、まだ存在そのものが許されていませんでした。僕は中学時代『MZ-700』を愛用していた数学教師が顧問をしていた「パソコン部」で活動していましたが、これはかなり珍しいケースだったと思います。

パソコン雑誌で最も強力なコミュニティを形成していたのはプログラム投稿誌であった『マイコンBASICマガジン』で、現在でもALL ABOUTベーマガというイベントが開催されていることからも伺えますね。これは『投稿』という文化が読者の連帯感を高めたからにほかなりませんでした。MSXでは後期のMSX・FANがそれに近い状態にあったと思います。
当時はまだパソコンユーザーが少なく、地方などではクラスどころか学校でも愛機のユーザーは一人だけと言った状況も珍しくなかったそうです。そのような状況でパソコン誌を通じて
🥹「一人ぼっちじゃなく仲間がいるんだ。」
という感覚は、孤独だったパソコン少年の心の支えでもあったのでした。
僕もSNSやnoteなどで、当時愛読していたMSXFANやMSXマガジンの読者と巡りあうと「一度も顔を合わせたことはない友達」と再会したような、感慨深い気持ちを抑えることが出来ません。僕がnoteなどで発信を続ける動機の一つが、こうした「まだ見ぬ戦友」を探し続ける旅路のような気もします。


ちなみに従姉妹の投稿イラストがコッソリ掲載されてます。

そのデビュー戦も特集。



アニメ関連では『ファンロード』が熱烈な読者に支えられていました。表紙イラストも含め誌面の9割が読者投稿で、他雑誌の「読者投稿ページ」だけで構成されているという当時でも異様な雑誌でした。
ジャンルもアニメや漫画以外にも多種多様で、実質オタク向けの総合投稿雑誌と言う印象でしたね。僕は漫研に所属していた従妹のお姉さんが熱烈なローディスト(ファンロード読者)だったので当時の心境をチャットで聞いてみたのですが
「あの頃はネットがなかったから手軽に自分のイラストを表現する場所がなかったのよ。同人誌を創るのも大変だったし。それに自分の作品が掲載されるのって「プロの編集者に認められた」ってことでしょう?ゾクゾクするような快感だったわ。」
実際ファンロードに限らず、雑誌の常連投稿者の中にはプロデビューを果たした人も大勢いました。僕の周りでもベーマガやMSXFANに採用された奴はヒーロー扱いでしたね。投稿プログラムにしろイラストにしろ、「商業誌に掲載される」と言うことはそれだけの勲章だったんです。


前回紹介したアメリカのアニメオタク、ロバート君は1995年に来日した時に、このアマチュアイラストのレベルの高さに驚愕していました。米国ではオタクコミュニティを形成したツールはテキストベースのパソコン通信が主流であり、こういった投稿文化はあまり発展しなかったのだそうです。現在にも続く日本のイラストのレベルの高さは、こうした雑誌の投稿文化が大きな影響を与えたのはないでしょうか。


竹宮惠子先生の不朽の名作『地球へ…』を見せると感銘を受けていました。
一方で安易にオタク系雑誌に手を出して痛い目に遭うケースも多々有りました。雑誌の制作には高度な専門知識と、何より「愛情」を併せ持つ編集者が必須でした。しかしそういった優秀な人材を確保出来ぬまま、強引に雑誌を創刊すると…オタクは「😏知識も愛情もないけど仕事でやってまっさ。」ということを嗅ぎつける能力が異常発達してるんです。



僕が体験したケースですと1987年に創刊されたMSX専門誌の最後発『MSX応援団』がそれにあたります。アスキーの公式雑誌であるMSXマガジンや、パソコン雑誌テクノポリスから分家したMSX・FANと違い、MSXの専門知識を持つ人材を揃えられなかったMSX応援団は、様々な外部ライターを寄せ集めるという編集方針を取っていました。そのためかプログラムもほとんど掲載されず、結果的にMSXと関係ないサブカルチャー系記事が中心という紙面構成に。コレがMSXユーザーの猛烈な反発を招いたのでした。
😡「俺達はMSXの記事を読みたいんだ!」
🤬「ちゃんとMSXを応援しろ!」

更に一部の記事で「MSXのことを全く知らない。」などと書いたもんだから、火にガソリンを注ぐ結果に。僕の周りのMSXユーザーからも「😒生意気なくせにつまんねえ」と、散々な評価。僕はMSX信者として意地で購入していましたが、他にも欲しい雑誌は山ほどあるので半年ほどで見切りをつけてしまいました。
今読み返してみると、その後のコンプティークなどに繋がる「オタクカルチャー総合誌」として魅力的な記事があるものの、MSX専門誌でそれを継続するのは無謀な試みだったように感じました。しかし当時僕の一番の実感は「MSXに対する愛情が感じられない。」ということだったんです。

長々と自説を語ってしまいましたが、当時のオタク文化が雑誌と綿密に連動していたことには、皆さん異論がないのではないでしょうか。そして現在クールジャパンの2大巨頭となるアニメとゲームにおいて、その雑誌文化の先陣を切ったのは徳間書店でした。そして徳間は長く両業界を牽引することとなったのです。
❷硬派時代のテクポリ、熱狂のPC対決



しかしPC8801mkII対FM-77はともかくX1turbo対PC-6601SRはムチャなマッチメークじゃないかなあ 😁



テクノポリス誌のイメージはちょっとHな美少女CG満載で、いのまたむつみ先生の表紙と言う方が多いと思います。前回美少女CGにこだわり続けた、テクポリの狂気に関して徹底的に特集ました。
しかしパソコン雑誌としては大御所である『ログイン』や、最も長寿だった『マイコンBASICマガジン』とほぼ同時期の1982年6月に創刊されている老舗雑誌なんです。
この時期は日本のパソコン規格が乱立していた、まさに戦国時代の様相を呈していました。その中で「どの機種を選ぶべきなのか」と言うのは極めて重要な問題でした。当時のパソコンは高額で、一度購入したらそう簡単に宗旨替え出来ない状況だったんです。この話をWindows時代の後輩にした所
😏「え?気に食わなければさっさと買い替えればいいじゃないスか。俺最近マックに変えましたし。」
しかし当時別の機種に買い替えるということは周辺機器も、ゲームソフトも、ベーシックの知識も、全て捨てる覚悟が必要だったんです。しかも同一メーカーの機種すら互換性がないという鬼のような時代でした。





ですから当時のパソコン雑誌は新型PCの紹介記事を頻繁に掲載していました。しかしカタログ上の比較では性能差がイマイチ実感できません。そこでテクノポリスが導入したのが「ベンチマーク」と言う概念でした。ベンチマークテストは現在でも使われる用語で、PCの各パーツやシステム全体の性能を、数値として測定・比較することを指します。レトロパソコンの場合は主にグラフィックの描写速度や単純なプログラムをループさせての速度比較、フロッピーディスクドライブの読み書き速度比較と言ったものが主な所でした。

主要33機種の頂点に立つのは誰だ!

当時FDDは高額で未搭載ホビーPCが大半でした。SMC777は強力なCGが特徴で、ソニーのショールームでよくデモしていましたね。残念ながらPC66はパピコンユーザーの友人ばかりで、所有している人は見たことがないです😅



両機とも友人がいましたが、まさに悲運。X1Dは独自規格の3インチFD搭載でしたが、これが全く普及しなかったのが悲劇でした。テープ版も「X1Dは除く」と書かれたゲームあったりします。 PC8801mkIIは決定版となった後継機種SRが発売されたのが全てです。SR以降対応と明記されたゲームを山ほど見ましたよ😅
正直な所、現在と違ってレトロパソコンの性能差は微々たるものでしたが、自分の愛機がオリンピックの100メートル走のようにコンマ秒の数値で比較されることは大きなインパクトがありました。テクポリはこの概念をさらに発展させ、禁断のパソコン対決を誌上で実現させます。パソコン少年にとって全盛期のK-1やプライドを超える夢の対決ですよ。
😤「PC-8801mkⅡ選手の入場です、出てこいや~!」
よっぽど煽りたいのか「超人気マシンベンチマーク対決」と題した特集まで組んでいるんですよ。口の悪い悪友X1C君は「X1Dが超人気マシン?嘘こいてんじゃねえぞ!」とおかんむりでしたが…



パソコン少年たちは自分の愛機に忠誠?を誓っていました。当然不毛な争いが起こるわけで、意味もなくいがみ合っていたものです。この対決がテクポリ誌面で実現されたことは、その流れを加速させることになりました。
この戦国時代は1985年あたりで決着が見えてきました。PC-8800(NEC)FM-7(富士通)X1(シャープ)のいわゆる8ビット御三家が主軸になる三国志時代を迎えることになります。それでも結局泥沼の戦いは続くのですが…
この頃の自分の愛機に対する狂った愛情に関しては、何時か徹底的に特集しますよ。それだけ黎明期のパソコン文化が熱かったことの証明だと思います。へぽっこMSXユーザーだった僕でさえ、40年過ぎても「自分の愛機はMSX」という強い自負心を持ち続けていますしね。



なんで僕がMSXが発売されない時代のテクポリの事を知っているかというと、図書館にバックナンバーが置かれていたからなんです。テクポリ初期は硬派な科学情報誌の色彩が強かったんですね。しかしその後美少女ゲーム路線を強烈に打ち出すことによって他誌との差別化に成功。結果表紙からして別格のあやしいオーラを放つほどに変貌してしまいました。
僕は図書館のおばちゃんに「テクノポリスというパソコン雑誌をまた置いてください」とお願いしたところ、翌月目を三角にして「😡あんな雑誌、絶対読んじゃいけません!」と怒られましたよ。


その後テクノポリスの遺伝子は、
●世界初のファミコン専門誌『ファミリーコンピュータMagazine』
●投稿プログラム専門誌『別冊プログラムポシェット』
●現在まで続くMSX創作文化の礎となった『MSX・FAN』
などに引き継がれていきます。特にファミマガはそれまでになかった「ゲーム専門雑誌」と言うジャンルを完全に確立し、ファミコンブームを牽引知ることで多くのフォロワーを生み出しました。このお話は次回にできたらと思います。




結局本家のテクポリは前回特集した美少女CGにこだわり続け、アニメとの融合を果たしたパソコン文化の一つの潮流を創りだします。また初期から挿絵を担当していた佐藤元先生に加えて、矢野健太郎先生を起用。パソコンゲームの漫画化という、その後のゲーム文化に大きな影響を与える誌面構成にシフトしていきました。この流れは次回紹介するファミマガやファミコン攻略本で花開くことになるのです。




セルアニメの表紙の雰囲気がテクポリそっくり!


❸テクポリを彩った漫画家たち
テクノポリスは他のパソコン雑誌に比べ、多くのイラストが使用されていました。今見るとどのイラストも懐かしさで一杯です。なるべく年代順に紹介していきますね。







WIZネタはまた特集したいですね。
















❹佐藤元先生、狂気のアニパロ広告集
かつてのMSX・FAN読者なら、絶対忘れられないのが佐藤元先生のテクノポリス広告漫画。全然広告になっていないだけでなく、危険すぎるアニパロ魂が炸裂していたのでした。掲載は1988年の中頃から。そろそろ版権がやかましくなってきた時期にあたり、その筋の本家『月刊OUT』ですらアニパロ系記事を掲載しなくなっていました。かつてテクポリは市販パソコンゲームの改造法を掲載してメーカーから抗議を受けた経験があるにもかかわらず、この神をも恐れぬ所業に僕は毎月爆笑していました。
この広告は何故かファミマガなど徳間書店の数々のゲーム雑誌にも掲載されず、MSX・FANのみだったのでかなりマニアックな存在です。今考えると発行部数の少なかったMSX・FANだからムチャやれたのかもしれませんね😅そのくせ全てカラー広告なのは一種のファンサービスだったのかも。恐らくその危険性から絶対に再掲載されないと思うので、折角なので元ネタを含めて紹介しちゃいます。

『ログイン』が花形満役で「月二回発売」と宣伝しちゃってるよ!しかもログインの方がイケメンで主人公ぽいぞ。


全然似てないし、設定が一ミリも合っていないのが佐藤元ワールド。冒頭の連呼する「ソーサリアーン」と「剣士、ラストハルマゲドン」がツボでした。


ついにあの国民的アニメが登場!波平の好みが「美少女ソフト」なのが解ってますね。



『ミスター味っ子』はアニメを先に見てたのですが、登場人物がみんなイカレていて、リアクションギャグ漫画だと思ってました。原作は普通の料理漫画で逆に驚きましたよ

今回一番ヤバいのがコレ。セリフ回しから欄外のコメまで似すぎです。


これまた構図からオチまでもろにパ●リ🤣「これじゃ似すぎだ」とわざわざ書くのがテクポリ編集部の心意気です。


流石に危険を感じたのか、わざと似てない路線に転換。代わりに内容が危険ですが…

オチが「トップをねらえ!のパソコンゲーム誌」になってます。パロディのパロディで、これもうわかんねぇな🤣



ヒロインの000AHと共にパソコン少年なら爆笑もののネーミング。009が1968年版のコスチュームなのもポイント高いです。


「作監やってたから似ててあたりまえとひらきなおる」というコメントが最高!オチが宇宙戦艦ヤマトなのもポイント高いですね。




鬼太郎のテイストを完全再現してます。「次はSDガンダムを…」とありますが、先生がそれをやったら流石にまずいのでは😁残念ながら実現には至っていません。


僕は食品関係の経営をしていたので『美味しんぼ』には言いたいことは山ほどあるのですが、エンタメとしては最高に面白い作品だと思います。ゲーム同人誌で「MSX美食倶楽部」という海原雄山がゲームを滅多切りにするコラムを書いたことがあるぐらい😁『この戦場の狼を作ったのは誰だあ!!』


ここら辺から先生が完全に吹っ切れていて、ホクロの位置だけで誤魔化してる状態に。


もう言い訳しようがないほどの原作再現。「ホクロは今回で終わりにしたい」というテクポリ編集部のコメントに危機感が…😁


危機を感じ取ったのか、いきなりの懐かし路線に。先生は映画の作画スタッフだったので無茶苦茶マニアックなネタになってます。



先生がメカニックデザインを担当した『宇宙戦士バルディオス』だからやりたかったんだろうなあ。

これもメカデザインを担当された『巨神ゴーグ』。ちゃんとゼノンさんの遺体が左胸にいるのが流石です。個人的にはヒロインのドリスちゃんも描いてほしかったなあ。


❺雑誌文化は時代を写す鏡

いかがだったでしょうか?元々今回は「昭和のお正月雑誌特集」の続きをやろうと思っていたのですが、テクノポリス>ファミマガ>MSXFAN>アニメージュのセットで「徳間書店特集」にしようと思ってたんです。そうしたら先頭のテクポリでこの分量になってしまいましたよ。相変わらず冗長でスイマセン🙇


12年というテクポリの歴史は、今となってはあっという間な気がします。しかしこの頃のゲーム、パソコン、アニメの進化は凄まじい物がありました。恐らく現在から2014年にタイムスリップしてもそれほどの違和感を感じないと思うのですが、1994年から1982年なら全ての光景が違って見えるように思うのです。

情報の集合体であった雑誌は「時代を写す鏡」そのものだったと思います。皆さんの色褪せぬ記憶を呼び覚ます一助になれば・・・そんな思いで今回も綴ってみました。
言うまでもないことですが、雑誌の発行は多大な人材と人脈が不可欠です。これらの素晴らしい雑誌に出会えたことは幸運でした。テクノポリス編集に携わられた全ての方々に対して心より感謝し、この項を終わりたいと思います。
サイボーグMSX
僕は正直全ての知識がド素人なので、記述で間違いがあればコメント欄でお知らせください。直ぐに修正いたします🙇♂️
いつもスキ💛や凍結された僕に変わってのXでの紹介ポスト、暖かいコメントなど感謝です🙇皆さんとの繋がりが次の投稿への励みになるんです🥹
