ウィザードリィ回顧録 在りし日のマーフィーズゴーストに捧ぐ

本篇 わが青春のウィザードリィ


1987年クリスマス前夜‥‥
遠くで3.5インチフロッピーディスクドライブのシーク音が聞こえてくる。また一人狂王の試練場に挑む物が現れたようだ。新たに転生したMSXというマシンのことを私は知らないが、怪物どもは美しく描きなおされた姿に狂喜乱舞していた。日本のグラフィックデザイナーも中々やるものだが、私のCGがスライムと言うのはどういう訳だ。まあいい、私は住み慣れた地下一階、E13-N5の祭壇に身を潜めた。新しいお客が来るのも間もないことだろう。
「おい、コイツは何だ?」
「何かの祭壇だ、香が焚かれているぞ。何かアイテムでもあるんじゃないか?」
「バカ!罠かもしれないじゃないか、やめとけ!」
無駄だ、罠だと解っていても探してしまうのが冒険者の性というものだ。億千万となく繰り返されたやり取りに苦笑しつつ私は仕事を始めることにした。
「誰だ、てめえは!」
「UNSEEN ENTITY・正体不明の存在?」
「このゲームは本当に不親切だな、ちくしょう。」
彼らはまだ「この迷宮の流儀」を解っていないようだ。甘口のRPGに慣れ切った田舎者に、本場の味を教えてやるとしようか。なに、これも友に頼まれた私の役目だ。
「ぜんぜん歯が立たねえ…」
「やべえ、ずらかるぞ!」
「ダメだ、逃げ場がないよ。」
「せめて『まわりこまれてしまった』とか表示されないのかよ。」
ここは狂王の試練場、そんな甘ちょろい場所ではない。出直してくるのだな。
「何が世界最高のRPGだ、クソが…」
そう呻きながら、全員が力尽きるのに時間はかからなかった。これも見慣れた光景だ。彼らはもう二度と姿を現さないかもしれない、それもまたよかろう。挑戦するもしないも選ぶ権利は彼らにある。それがこの迷宮の流儀なのだから。





「今日の俺は今までとは違うぜ幽霊野郎!」
昨日も同じことを言っていたのに、懲りない連中だ。
「サムライの俺様が覚えた新魔法だ。喰らえHALITO ハリト!」
私には効果がないことを忘れたのか…
「え、そうだったっけ…まあいい、野郎どもやっちまえ!」
もはや私に彼らに抗う術はない。もうとっくに卒業しても良い時期なのに、彼らは迷宮探索のたびに私に挑んでくる。臆病なのかバカなのか…私は彼らの真意を測りかねていた。


ドライブのシーク音が絶え間なく鳴り続ける日々が続く。彼らの冒険もいよいよ佳境にはいってきたようだ。本来静寂に包まれるはずの迷宮には、荘厳なクラシックが流れていた。題名は解らないが、彼らがテープデッキで流しているらしい。粋なことをする奴らだ。と、いきなり連中がなだれ込んできた。

「おおっと、会いたかったぜ。」
私はそれほどでもないのだが…いつの間にか彼らは歴戦のつわものとなり、すっかり風格を兼ね備えた佇まいとなっていた。その先頭のサムライの手には、伝説の妖刀が握られている。狂気を宿したその瞳は、すっかり迷宮中毒者のそれだった。
「コイツの試し切りはアンタに決めてたんだ。必殺!旋風剣!うぉりゃぁぁぁ~」
それは別のゲームだろ…



ドライブのシーク音に加え、デュプリケイトディスクの入れ替えが激しくなってきた。地下10階では激闘が続いているのだろう。流石に連中の顔を見る日も少なくなってきた。相棒のいない私は話し相手もいないが、まあいい。孤独にはコーネル大学時代から慣れている。まどろみの中、懐かしい光景が蘇ってきた。狂王トレボーと大魔導士ワードナと共に過ごした、あの忘れえぬ日々を…
「ダンジョンズ&ドラゴンズをコンピュータで遊べるようにしたら!こりゃ凄いゲームになるぞ。」
「世界中のパソコン野郎に、TRPGの醍醐味を届けてやろうぜ。」

ロバートとアンドリューは偉大な創造主だった。だからこそその熱量に惹かれた多くの若者たちが、狂王の試練場の建設に協力したのだ。その一人であったことは我が生涯の誇りだ。そして何より二人は私を「幽霊」でなく扱ってくれた、唯一無二の友人だったのだ。
「やはり地下一階には門番のような怪物が必要だな。」
「そう、冒険者たちの教官役のような・・・」
「その役目、私にやらせてくれないか?」
「なんだって?」
「『亡霊』と言われた私にピッタリの役割だろう?」

その時、突然扉が開かれた。傷だらけの彼らの手には「ワードナの魔除け」が握られている。おめでとう、きみたちは目的を達成したのだな。力不足なれど、私で存分に魔除けの効果を試すがよい。
「いや、やらねえ。俺たちはこの迷宮を去る前に、礼を言いに来たんだ。アンタには世話になったからな。」
何と酔狂なことを。しかし私より効率よく経験値を稼げる怪物たちは幾らでもいただろうに…
「ちがう、アンタじゃなきゃダメなんだ。」
彼らの答えは意外だった。
「俺たちはこの迷宮に『作業』しに来てるわけじゃない。自分だけの物語を紡ぎたいんだ。それには…狂王トレボーと大魔導士ワードナに直々に命じられたアンタじゃなきゃな。」
何と言うことだ。田舎者のルーキーだと思い込んでいた彼らは、私たちの「真の目的」に気づいていたのか。ウイザードリーという偉大な魔法の本質を見抜いていたというのか。
「それにな、俺達も同じだったんだ。学校では『いてもいなくても同じ幽霊』扱い。でもこの迷宮では、心躍る冒険譚の勇者になれる。その楽しさを教えてくれたのは、マーフィーズゴースト、アンタだったのさ。」
彼らの瞳には、どこか懐かしい輝きがあった。私こそ忘れていたのだ。ナード(nerd)の筆頭と言われたパソコン少年たち。私と同じ道を歩んだものだからこそ、我々は表裏一体の存在であることに。
「ウルティマIVとマイト・アンド・マジックがMSXに移植されたんだ。どちらも手強そうだが、おかげで挑戦する自信がついたぜ。」


幸運を…別れの言葉は短かった。暫くしてデュプリケイトディスクの抜かれる音が聞こえた。MSXの電源を切るがいい、君たちの冒険は終わったのだ。そして新たなる旅立ちが君らを待っている。

私はまた永い眠りにつくことだろう。しかし私には再会の確信があった。狂王も言っていたではないか、
「Wizardryは言わば連綿とつながった鎖の輪の一つ」。
そう、彼らが雄々しき冒険を続ける限り、別の物語のどこかで‥‥
1988年末日、ここで日記は途切れている…


*** あとがき ***
このお話は古典的3DRPGの名作、Wizardry 狂王の試練場をプレイした、当時の心境を綴ったものです。僕が始めてウィザードリィに出会ったのは1984年、友だちのお父さんの愛機だったAppleII版でした。しかし英語の出来ない僕は挑戦することが出来ず、翌85年は悪友FM7くんのプレイを後ろで眺めて指をくわえているのがやっと。実際に念願の自分のパーティーを組めたのはMSX2版が発売された1987年の暮れでした。





ウィザードリィは僕が挑戦した、初めての本格3DRPGでした。それ故苦労も多かったのですが、攻略できた経験はウルティマやマイト・アンド・マジックといった、米国のRPGなどにもハマる大きなきっかけになりました。


僕は同時期にロードス島戦記から『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に出会い、テーブルトークRPGの世界に足を踏み入れていました。会話で「自分達だけの物語を創作する」TRPGの魅力に取り憑かれた僕は、ウイザードリーという作品の本質が、コンピュータでTRPGを再現することだと気が付きます。そして当時出版されていた攻略本やパソコン雑誌の記事を貪り読み、妄想を膨らませ、ますますその幻想世界に埋没することになりました。
その頃ちょうど米国からの帰国子女の友人がマスターをやってくれていたD&Dセッションに参加していたんです。しかし所謂「マンチキン」な、つまらない自分のプレイに悩んでいたところ
「Wizでセッションをイメージしてみろ」
とアドバイスされ、冒険の世界を脳内で創造することに挑戦したのです。
この「電脳世界に没入する」ことに惹かれたWizardryファンは多いのではないかと思います。1988年3月に連載が開始された、ベニー松山先生の『隣り合わせの灰と青春』がその流れを加速させました。



育てたキャラクターに愛着が湧き、他のRPGやTRPGのセッション、ゲームブックに転生させることを覚えたのもこの頃でした。しまいにはキャラクター同士の架空の会話を脳内で再生してるうちに、プレイ中に呟くあぶないオジサンになってしまいましたよ💦
言うまでもなく、ウィザードリィはプレイヤーの想像力が試されるゲームです。だからこそあの試練を潜り抜けた冒険者たちは、特別な存在であるという想いが今でも強いのです。

「こんな素敵なパーティーを組みたい!」と相当影響を受けました。

そんな訳でウィザードリィのプレイでは、なるべく作業的な「経験値稼ぎ」をしたくなかったのですが、どうしてもきつい序盤はマーフィーズゴーストのお世話になっていました。ところがあるとき彼が作者の学友がモデルということを知り、そこから
『狂王トレボーと大魔導士ワードナに依頼され、駆け出し冒険者の教官役を引き受けた』
という設定を思いついたのでした。


ナードという言葉は日本語にあえて訳すと「オタク」ということになると思うのですが、スクールカースト、いわゆる学校内序列の最下層という侮蔑をも意味します。米国でも自分と同じ境遇のパソコンユーザーがいたという親近感が、このキャラクタ―を産み出しました。
ただし作者のロバート・ウッドヘッド氏は
『Murphy's Ghost』はアンドリュー・グリーンバーグの友人で、アンドリューオリジナル版ウィザードリィのプレイテスターの1人だったPaul Murphyからいただいた。
とインタビューで答えているので、今回のお話は完全に僕の脳内の創作です。しかしこういった「自分だけのウィザードリィ」を創造するのもまたウィザードリィの醍醐味なのではないかと思うのです。



追加資料
ウィザードリィについて造詣の深いソルバルウさんが、その後のPaul Murphyの足取りについて、貴重な情報を教えてくれました。ソルバルウさんいつもありがとうございます🙇♂️
1993年1月発売のログアウト・ノベルスペシャルに掲載された、故多摩豊先生の『絶望のダンジョンを超えて』では大学生のアンドリューとロバートの出会いから、Wiz開発に至るまでを小説にして描かれています。そのエピローグにて「マーフィーは現在、ニューヨークのオフ・ブロードウェイで、俳優として舞台に立っているとのことである。」と語られているんですよ。
マーフィー!あなたは「幽霊」から「舞台俳優」という上級職にクラスチェンジしたんだね、おめでとう。僕も何とか「格闘家」にクラスチェンジできたよ😁



Wizには本当に多くのドラマが詰まっていますね。



今回のお話は僕が14歳頃の記憶を引っ張り出してきたので、まさに中二病全開の内容ですが、最後までお付き合い頂けたことに感謝です。
最後にこの拙い物語を、異世界に転生した偉大なる魔導士ワードナ、日本文化を愛する狂王トレボー、同じナードだったマーフィー、そして何よりあの迷宮を共に踏破した同志である貴方に捧げます。
サイボーグMSX
追伸・僕のウィザードリィ関連の投稿に、今回追加記事としてロバート・ウッドヘッド氏、末弥純先生、日本語版移植担当 鈴木茂哉氏のインタビューを追加しています。よろしければリンク先を覗いてみて下さい😉
いつもスキ💛や凍結された僕に変わってのXでの紹介ポスト、暖かいコメントなど感謝です🙇皆さんとの繋がりが次の投稿への励みになるんです🥹
