見出し画像

第9話 45歳、もう限界でした|母との暮らしを終わらせた日

母がまた借金をしていることが分かったのは、
結婚相談所に通い始めて半年ほどたった頃でした。

その時、私は45歳でした。

母には、すでにこう言ってありました。

「次に借金をしたら、出て行ってもらう」


私が35歳のころ、子供たちは元の主人のもとにいました。
親権は私でした。
それでも、子供たちが戻ってくることはありませんでした。

生活を変えたいと思い、
一人暮らしをしていた母に同居を提案しました。

その時はまだ、母に大きな借金があり、
親戚にも迷惑がかかっているとは想像もしていませんでした。

同居してから、慌てて弁護士に相談しました。

多額の借金を整理するために、
叔父二人にお金を用立ててもらいました。

それからの私は、
家賃、母に渡す生活費、そして叔父への返済を抱えて生活することになりました。

営業の仕事なのに、
携帯電話すら持てない生活が続きました。


30代は、お金を稼ぐためにがむしゃらに働きました。

しかし45歳を前に、
体への負担に耐えきれず、新しい生活に切り替える決断をしました。

仕事を辞める決心をしてから、
母にもお金の使い方を考えてほしいと話していました。

母を連れての再婚になるため、
今までのように借金を重ねないようにと、何度も伝えてきました。

営業でどんなに稼いでも、お金は手元に残りません。

それでも母の借金を見つけるたびに叱り、
私が借金をしながら支払いを続けてきました。

その借金は、
光熱費数か月分と嗜好品二枚の請求書でした。

母に出て行ってもらうと決めたとき、
私は喧嘩をしたわけではありません。

泣きながら、静かに話しました。

**「もう、私の手には負えない」**

それを言うのが精一杯でした。

「それでも親なのだから、
最後まで面倒を見るべきではないか」

そう思う人もいるかもしれません。

私も、何度もそう思いました。

残念でした。

母は、どこまでも私の母です。

本当は、最後まで面倒を見たかった。


母は静かに「わかった」と言いました。

私はそのあと、母の部屋を出ました。

許してしまいそうな自分と決別するために、
後ろは振り返りませんでした。

その後、母が何を思っていたのかは分かりません。

少し複雑な顔をしていたように見えました。

もしかすると、
私が本当にそう言うとは思っていなかったのかもしれません。

でも、その時の私には
もうどうすることもできませんでした。


その日、私は初めて思いました。

私はもう

母の人生ではなく、
私自身の人生を生きてもいいのかもしれない。


あなたは、
大事なものを手放す決心をしたことはありますか。

このあと私は、
今の主人と出会い、新しい一歩を踏み出しました。

次の話では、
その出会いと借金返済の話を書こうと思います。


■ はじめて読んでくださった方へ
自己紹介はこちら

――――――――――

**夕凪あかり連載|人生はいつからでも変えられる**

第1話
人生が真っ黒だと思っていた20代の私が、今ここにいる

第2話
白黒の世界を生きた私が、今お金とどう付き合っているか

第3話
やめることで始まった、私の新しい日々

第4話
ひとりで生きる限界を感じた日|私が全部背負う生き方をやめたとき

第5話
「人生はいつからでも変えられる」と、私が思えるようになるまで

第6話
私が「全部背負う人生」に入ってしまった日

第7話
40代、ひとりで生きる限界を感じた日|私に「頑張る癖」がついた本当の理由

第8話
「もう無理だ」と思った夜|40代で全部背負う人生を手放した日

▶次の記事
第10話 45歳、知らない土地で人生をやり直した日


毎週火曜日に記事を出します。

感じたことがあれば、
そっと教えてください。

静かに続けます。

また、ここで。


いいなと思ったら応援しよう!