第7話 40代、ひとりで生きる限界を感じた日|私に「頑張る癖」がついた本当の理由
「あなたは強い人ですね」
そう言われることが、何度もありました。
でも正直に言うと、
若い頃の私は、気が弱く、優柔不断でした。
私には、頑張るしか選択肢がなかっただけでした。
「でも、もっと周りに頼ればよかったのでは」
そう思う人もいるかもしれません。
でも当時の私には、
頼るという選択肢すら思い浮かびませんでした。
いつの間にか、私は
「何でも一人で背負う人」になっていました。
その理由は、よくある
“幼少期の家庭環境”ではありません。
むしろ私は
「普通の家庭」に育ちました。
両親は、私が就職してすぐに離婚しました。
確かに不仲ではありましたが、
それが直接の原因だとは、今でも思っていません。
私の人生が静かに変わったのは、
結婚してからでした。
それは、誰かに支配されたわけでも、
殴られたわけでもない、
ごく普通の日常の中で起きた変化でした。
元夫が、もし仕事を辞めたらどうなるのか。
病気になったら、生活はどうなってしまうのか。
子供たちの保育料が払えなくなったら、
どうしたらいいのか。
そう考える場面が、
少しずつ増えていきました。
お酒をやめてほしいと、何度も頼みました。
でも、聞き入れてくれません。
結局、病院代も、生活の不安も、
すべて私の肩に乗ることになりました。
逃げ場はありませんでした。
「無理だからやめる」
「私には背負えない」
子供をふたり抱えて、
それは言えませんでした。
選択肢は、いつも二つだけ。
頑張るか
壊れるか。
だから私は、頑張りました。
それは前向きな決意というより、
諦めに近い覚悟だったと思います。
いつの間にか
「私がやらなきゃ」
「私が支えなきゃ」
が当たり前になっていました。
頼る身内や友人もいませんでした。
父にも、兄弟にも、
それぞれの生活がありました。
友達とも、人並の生活からこぼれ落ちていく中で
少しずつ距離ができ、連絡を取らなくなりました。
電話帳を眺めても、
かけられる相手は一人もいませんでした。
私は世間から締め出され、
孤独でした。
頑張ることは
誇れることでも、美徳でもなく、
ただ生き延びるための手段でした。
夜、仕事から疲れて帰ってきても
何も食べさせてもらえず、
私の帰りを待っていた子供たち。
私には、
泣いている時間さえありませんでした。
そのころから
「子供たちを守るのは私」
「私を助けるのも私」
そう思うようになり
“頑張る癖”がついていきました。
今振り返ると、
あの頃の私は「強くなった」のではなく
追い込まれて、
強くならざるを得なかったのだと思います。
こんな状況に
心当たりがある人は
少なくないはずです。
私はこのあと
体力も、気力も、人生の形も
大きな転換点を迎えることになります。
「ひとりで全部背負う生き方」を
このまま続けられないと
はっきり自覚した瞬間でした。
私は、この「頑張る癖」を
ある日、手放す決断をしました。
それは簡単なことではありませんでした。
でも、その一歩が
私の人生を大きく変えました。
この記事は、私の人生を振り返りながら書いている連載です。
離婚、貧困、母の借金、再婚、介護。
いろいろな出来事がありましたが、人生はいつからでも変えられると、今は思っています。
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**夕凪あかり連載|人生はいつからでも変えられる**
第1話
人生が真っ黒だと思っていた20代の私が、今ここにいる
第2話
白黒の世界を生きた私が、今お金とどう付き合っているか
第3話
やめることで始まった、私の新しい日々
第4話
ひとりで生きる限界を感じた日|私が全部背負う生き方をやめたとき
第5話
「人生はいつからでも変えられる」と、私が思えるようになるまで
第6話
私が「全部背負う人生」に入ってしまった日
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そっと教えてください。
静かに続けます。
また、ここで。
