第8話 「もう無理だ」と思った夜|40代で“全部背負う人生”を手放した日
朝、目が覚めても、体が思うように動かない。
二段ベッドの上で眠っている娘を起こさないよう、静かに部屋を出ようと身動きする。
けれど腰が言うことをきかない。
ベッドの天井を見つめたまま、五分、十分。
腕の力だけで、やっと体を起こす。
車に乗り込んでも、しばらくぼんやりとハンドルを握っている。
四十代になって、疲れの質が変わった。
深夜まで仕事をし、食事も取れずにベッドへ倒れ込む日が増えた。
寝ても疲れが残る。
腰痛は慢性化し、病院でブロック注射を打ちながら働き続けた。
メニエール病にもなった。
診断は「過度の疲労」。
それでも、翌日からまた働いた。
母の浪費癖は変わらなかった。
通帳を開くたび、胸の奥がぎゅっと縮む。
支払いの計算をしながら営業に出る日々。
母は、私を「打ち出の小槌」だと思っているのではないか。
そんな考えが浮かぶたび、怒りより先に悲しさが押し寄せた。
いつも、お金のことが頭から離れなかった。
決定的だったのは、帰宅途中の接触事故だった。
赤信号で止まるはずだった。
ブレーキを踏んだつもりだった。
ゴン、と鈍い音がした。
前の車との接触はわずか。
大きな事故ではない。
でも、その瞬間、はっきりわかった。
体の限界は、もう隠せない。
このままでは、自分が潰れる。
夜中に何度も目が覚める。
暗い部屋の中で、同じ問いを繰り返す。
「こんなに頑張っているのに、なぜ救われないのだろう」
そう思いながらも、どこかで
「それでも続けるしかない」と自分に言い聞かせていた。
でもあの頃の私は、
続けることよりも、壊れることの方が近くにありました。
私は、蟻地獄に落ちた蟻のようだった。
這い上がろうとするほど、砂は崩れ落ちる。
もう、頑張れない。
そう思って、初めて気づいた。
頑張れなくなったのではない。
頑張る人生を、
私自身が続けたくなくなったのだ。
その事実を認めるまでに、時間がかかった。
でも、認めた瞬間、人生の前提が音を立てて崩れた。
「ひとりで全部背負う」
それは美徳ではなかった。
ただの思い込みだった。
私は、新しい一歩を踏み出した。
正直に言えば、怖かった。
でも、あの接触事故がなければ、私は動かなかったと思う。
あの鈍い音は、
「もう無理だ」という体からの警告だった。
それからの一年で、人生は静かに変わった。
支払いに追われ、
お金のことだけを考えていた日々。
いまは、好きなものを、自分の意思で選べる。
奇跡は起きなかった。
宝くじが当たったわけでもない。
誰かが助けてくれたわけでもない。
ただ、
「このままでは嫌だ」と、
心の声に耳を傾けただけ。
人生は、本当に、いつからでも変えられる。
あなたは、
自分の心の声に、耳を傾けていますか。
この記事は
私の人生を振り返りながら書いている連載
**「夕凪あかり」**です。
この先も、人生を立て直していく過程を書いていきます。
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**夕凪あかり連載|人生はいつからでも変えられる**
第1話
人生が真っ黒だと思っていた20代の私が、今ここにいる
第2話
白黒の世界を生きた私が、今お金とどう付き合っているか
第3話
やめることで始まった、私の新しい日々
第4話
ひとりで生きる限界を感じた日|私が全部背負う生き方をやめたとき
第5話
「人生はいつからでも変えられる」と、私が思えるようになるまで
第6話
私が「全部背負う人生」に入ってしまった日
第7話
40代、ひとりで生きる限界を感じた日|私に「頑張る癖」がついた本当の理由
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第9話 45歳、母との暮らしを終わらせた日
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そっと教えてください。
静かに続けます。
また、ここで。
