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自走する組織のつくり方①|「何でも聞いてくる部下」が生まれる組織の正体

ー 管理職が判断を抱える組織は、なぜ変わらないのか

「うちのメンバーは、何でもすぐ聞いてくる。
自分で考えてほしいんですが・・・」
ある管理職が、疲れた顔でそう言いました。
その日の午前中だけで、部下からの確認に十数件答えていたそうです。

打ち合わせの後、少し雑談をしたときのことです。
話を聞いていくと、こんな状況でした。

部下から一日に何度も確認が来ます。
メールに返信するだけで午前中が終わります。自分の仕事が進まない。
こなしているのは、確認への返答ばかりです。
本来やるべき仕事は、後回しになり続けていました。
夜になっても業務が終わらない。

「もっと主体的に動いてくれれば」と言いながら、
その管理職は今日も抱えていました。
この話は、珍しくありません。

200社以上の現場を見てきて、管理職が疲弊している組織には、
よく似た光景がありました。
管理職の予定表は会議で埋まっています。
その会議の合間に、チャットやメールで小さな確認が入ります。
ひとつ答えると、また次の確認が来ます。
仕事をしていないわけではないのに、自分の仕事に入れない。

管理職が疲弊している。でも部下が自分で動かない。
「人の問題」に見えます。でも変えようとしても、変わらない。

なぜか。
問題は人にあるのではなく、設計にあります。
そのことを、この記事で整理したいと思います。


疲弊の正体は、仕事量ではない

「忙しい」と言う管理職に、仕事の中身を聞いていくと、
ある共通点が見えてきます。
こなしている仕事の量は、それほど多くありません。

では何が重いのか。
判断の量です。

「これはどうすればいいですか」
「この場合はどちらを優先しますか」
「こういうケースが起きたんですが、どう対応しますか」

一つひとつは、小さい。5分もあれば答えられます。
でも、一日に20回・30回と積み重なると、それだけで消耗します。

仕事の量が多い疲弊と、判断の量が多い疲弊は、質が違います。
前者は、片付ければ減ります。
後者は、判断するたびに次の判断が来ます。終わりが見えない。

判断が足りないのではありません。
判断が、管理職のところで止まり続けている。
私はこの状態を、「判断の滞留」と呼んでいます。

滞留しているのは、仕事量ではありません。
人の能力でもありません。
判断の流れです。

これは、管理職の努力不足ではありません。組織の設計不足です。
判断の流れが設計されていないから、部下は確認する。
管理職は答える。
そして組織全体が、少しずつ自分で動けなくなっていくのです。

報告しなかったのではない。報告できなかった

「何でも聞いてくる部下」を変えようとする管理職は多いです。
でも、なかなか変わらない。
なぜか。部下が「聞かない」と損をする環境になっているからです。

ある現場の話をします。
中途で入ってきた担当者が、判断に迷う場面に出くわしました。
前職ではこうしていた。でも、ここでは違うかもしれない。
聞くべきか、自分で動くべきか。
迷った末に、自分で判断して動きました。

翌日、上司に「なんで確認しなかったのか」と言われました。
次に同じような場面が来たとき、その担当者は必ず聞くようになりました。

これは、学習です。
でも、ここで見落とされていることがあります。
組織には、就業規則やマニュアルとは別に、もう一つのルールがあります。それは、「過去に指摘されたこと」です。

一度でも「なぜ確認しなかったのか」と指摘されれば、次から確認する。
一度でも「そんなことまで聞くな」と言われれば、次から黙る。
どちらも、担当者なりの学習です。

だから、報告が多すぎる組織と、報告が遅すぎる組織は、
まったく逆の問題に見えて、根は同じです。
何を・いつ・誰に上げるかが決まっていない。
判断の基準ではなく、過去に指摘された記憶を頼りに動いています。

「なぜ早く言わなかったのか」という管理職の問いは、
担当者の意識の問題に見えます。
でも本当は、
何を・いつ・誰に上げるかが設計されていなかった組織の問題です。
報告しなかったのではありません。報告できなかったのです。

主体的に動いた人が、次から動かなくなる理由

「もっと主体的に動いてほしい」という声を、現場でよく聞きます。
でも、この言葉には、見落とされていることがあります。

主体的に動いた後、何が起きるかが設計されていない。
自分で判断して動いた。でも、結果が少し違っていた。
そのとき、組織は何をするでしょうか。

判断の前提を一緒に確認するのか。
それとも「なぜ勝手にやったのか」と責めるのか。
この違いが、次の行動を決めます。

主体的に動いた人が責められる組織では、人は安全な方に動きます。
つまり、確認するか、黙るかのどちらかです。

組織が本当に見直すべきなのは、
「なぜ主体的に動かないのか」ではありません。
「主体的に動いた人を、次に動けなくさせていないか」です。

主体性がないのではありません。
主体的に動いた後の安全が、設計されていないのです。

管理職も同じです。本当は任せたい。
でも、任せた後に問題が起きたとき、どこまでが部下の判断で、
どこからが管理職の責任なのかが曖昧なままでは、安心して渡せません。

だから、管理職はまた答えます。部下はまた確認します。
その繰り返しで、判断は一人に集まっていきます。

「任せる」と言っても、動けない理由

判断が集中することに気づいた管理職が、次にやることがあります。
「もっと任せよう」と決めます。
でも、これもうまくいかないことが多いです。

なぜか。「任せる」という意志だけがあって、
「何を・どこまで任せるか」が言語化されていないからです。

部下の側から見ると、こうなります。
「任せる」と言われました。
でも、どこまで自分で動いていいのかわかりません。
やりすぎると怒られるかもしれない。
慎重に動いていると「主体性がない」と言われます。

結局、確認しながら動きます。管理職への相談は減りません。
「任せる」は、意志の宣言ではなく、設計の話です。

何を任せるか。
どこまでの判断を渡すか。
どこからは上げてほしいか。

この範囲が言葉になっていれば、部下は動けます。言葉になっていなければ、どれだけ「任せる」と言っても、相談は止まりません。

判断の範囲を渡すとは、こういうことです。
「この種類の対応は、あなたの判断でやってください。
ただし、顧客からクレームになりそうなときは、事前に一報ください。」
これだけで、担当者は判断できるようになります。
管理職の頭の中にある「当たり前」を言葉にする。
それだけで、組織の動き方が変わります。

判断が滞留している組織で、まず見るべき3つのこと

判断が管理職に集まっているとき、
最初に見るべきなのは「誰が悪いか」ではありません。
見るべきなのは、判断がどこで止まっているかです。

1つ目は、一番多い確認の種類です。
顧客対応なのか、優先順位なのか、他部署への連絡なのか。
確認の種類がわかると、言葉にすべき判断基準が見えてきます。

2つ目は、その確認がなぜ本人の判断で進まないのかです。
過去に強く指摘されたからなのか。
部署によって言うことが違うからなのか。
失敗したときの扱いが曖昧だからなのか。
理由がわかると、何を設計すれば解決するかが見えてきます。

3つ目は、管理職の頭の中にある基準が言葉になっているかです。
管理職には「これは上げてほしい」「これは任せていい」という感覚があります。でも、それが言葉になっていなければ、部下には見えません。

見えない基準で動かされている組織では、人は安全な方に動きます。
確認するか、黙るかのどちらかです。

たとえば、確認が多いテーマが「顧客対応」だったとします。
そのときに、「もっと自分で判断して」と伝えても、担当者は動きにくいままです。なぜなら、どの顧客対応なら自分で進めてよく、どこからは管理職に相談すべきなのかが見えていないからです。

見るべきなのは、対応の中身です。
金額変更を伴うのか。納期の約束が変わるのか。
クレームにつながる可能性があるのか。
他部署の協力が必要なのか。会社としての判断が必要なのか。

こうして分けていくと、
すべての確認が同じ重さではないことが見えてきます。

担当者だけで進めてよいもの。
事後報告でよいもの。
事前に相談してほしいもの。
管理職が判断すべきもの。
この違いが言葉になっていないと、担当者は安全な方を選びます。
つまり、すべて確認するか、ぎりぎりまで黙るかのどちらかです。

大切なのは、「何でも相談して」でも「自分で考えて」でもありません。
どこまでは自分で動いてよく、どこからは一緒に見るのか。
その境目を、組織の言葉にすることです。

人を変えようとする組織は、なぜ変わらないのか

長く組織の現場に関わっていると、
変わる組織と変わらない組織の違いが見えてきます。

変わらない組織は、人を変えようとします。
「主体性のある人を採用しよう」
「もっと積極的に動ける人に育てよう」
「意識の高い管理職に入れ替えよう」
これ自体が間違いではありません。
でも、設計を変えないまま人だけ変えても、同じ問題が繰り返されます。

新しく入った「主体的な人」も、やがて確認してから動くようになります。なぜなら、そうしないと指摘される環境が変わっていないからです。

変わる組織は、設計を変えます。
具体的には、こういうことをしています。
判断基準を言葉にする。
「こういうケースは自分で動いていい」
「こういうときは上げてほしい」という基準を、
管理職が一度言語化します。

エスカレーションの設計を整える。
何を・いつ・誰に上げるかを明文化します。
担当者が「迷ったらどうするか」を知っている状態を作ります。

主体的に動いた後の扱いを決める。
自分で判断して動いた結果を、
責めるのではなく一緒に振り返る文化を作ります。
これが、次の主体的な行動を生みます。

これらは、大がかりな改革ではありません。
管理職が、自分の頭の中にある
「当たり前」を言葉にするだけで始まります。

200社を見てきて、変化が早かった組織に共通していたのは、
スピードでも規模でもありませんでした。
「何が問題か」を構造として捉えていた、ということです。

問題を構造として見ると、解決策も変わります。
人を変えようとするのではなく、判断の設計を整える。
その一歩が、組織を変える起点になります。

まず一つ、言葉にするだけでいい

組織は、人が弱いから止まるのではありません。
判断の流れが見えないから、止まるのです。

管理職が抱えている判断の中には、本来、現場に返せるものがあります。
部下が確認していることの中には、本来、自分で動けるものがあります。
その境目を言葉にすること。それが、組織が自走し始める最初の設計です。

最初から、すべての判断基準を整えようとしなくて構いません。
むしろ、最初から完璧な基準を作ろうとすると、そこで止まります。
組織の設計は、一度作って終わりではありません。
現場で使いながら、少しずつ整えていくものです。

まずは、今いちばん多い確認を一つ選びます。
その確認について、管理職が毎回どう考えて判断しているのかを書き出します。そして、「ここまでは担当者判断でよい」「ここからは相談してほしい」という境目を一文にします。

それをチームに伝え、しばらく運用してみます。
うまくいかなければ、基準を直せばいいのです。
大切なのは、最初から正解を作ることではありません。
管理職の頭の中にしかなかった判断基準を、
チームで見えるものにすることです。

見えるようになった基準は、直せます。
見えないままの基準は、誰にも扱えません。

うまくいく組織は、最初から完璧な基準を作ろうとしていません。
まず期間を区切って運用してみます。
そのうえで、迷いが残ったところ、確認が減らなかったところ、
現場で使いにくかったところを見直していきます。

判断基準は、一度決めたら変えてはいけないものではありません。
現場で使いながら、組織に合う形へ育てていくものです。

これは、顧客対応に限った話ではありません。
人事や労務の場面でも同じです。
担当者判断で返してよい相談と、管理職や人事責任者に上げるべき相談の境目が言葉になっていなければ、確認は毎回発生します。
どの場面でも、境目を言葉にすることが出発点です。

たとえば、こんな一文からで構いません。
自分の職場で多い確認に置き換えて考えてみてください。
「顧客からの問い合わせで、金額変更を伴わないものは担当者判断で返信する。判断に迷う場合と、クレームにつながりそうな場合は、返信前に相談する」
これだけでも、担当者は動きやすくなります。
管理職も、すべてに答えなくてよくなります。

あなたの組織で、今一番多い確認は何でしょうか。
その判断基準を、もし一文で書くとしたら、どう書けるでしょうか。
大きな改革ではなくていいです。まず一つ、判断基準を言葉にする。
そこから、組織は少しずつ、自分で動き始めます。

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