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自走する組織のつくり方④|善意の配慮が、なぜ通じなくなったのか

ー 見えない障害の時代に、企業が問われていること

「前は、これでうまくいっていたんです」
障害者雇用の相談を受けていると、よく聞く言葉です。

採用時に配慮事項を聞く。
現場に伝える。
困ったら人事が間に入る。
本人に無理をさせないように、できる範囲で配慮する。
以前は、それで何とか回っていた。
でも最近は、同じやり方ではうまくいかない。

本人は「配慮されていない」と感じ、現場は「どこまで対応すればいいのか」と迷う。その間に立つ人事は、本人の思いも、現場の負担もわかるからこそ、判断を一人で抱え込みやすくなります。

問題は、やさしさが足りなくなったことではありません。
障害者雇用を取り巻く環境が、大きく変わったのです。
企業が向き合っているのは、障害者雇用制度の変化だけではありません。
教育、医療、支援環境、そして働く当事者の意識の変化を経て、
企業に入ってくる人たちを、どう受け止めるかという変化です。

私はこれまで、企業の障害者雇用の現場と、教育の現場に関わってきました。その中で強く感じるのは、同じ「働く」という言葉を使っていても、教育、福祉、企業では、その意味が大きく違うということです。

この違いを見ないまま、企業が善意だけで配慮を続けようとすると、どこかで無理が出ます。これから必要なのは、配慮を増やすことだけではありません。配慮の意味を変えることです。

守るための配慮から、働いて貢献するための配慮へ。
担当者の善意から、組織で運用できる設計へ。
その転換が、いま企業に求められています。


障害者雇用は、「雇う」段階から「働き続ける」段階に変わった

障害者雇用は、確実に広がっています。

厚生労働省の令和7年「障害者雇用状況」の集計結果では、民間企業に雇用されている障害者数は70万4,610.0人となり、前年より2万7,148.5人増加しました。雇用障害者数、実雇用率ともに過去最高を更新しています。

また、法定雇用率達成企業の割合は46.0%でした。なお、この集計は令和7年6月1日時点のもので、民間企業の法定雇用率は2.5%として集計されています。

さらに、令和8年7月から、民間企業の法定雇用率は2.7%へ引き上げられました。対象となる企業規模も広がり、障害者雇用はますます多くの企業にとって避けて通れないテーマになっています。

数字だけを見ると、障害者雇用は進んでいるように見えます。実際、採用する企業は増えました。しかし、現場で起きていることを見ると、課題は別の段階に移っています。

もう、企業は「障害者を雇うかどうか」だけを問われているのではありません。雇用した人が、どのように働き続けるのか。どのように職場の中で役割を持つのか。どのように力を発揮し、組織に貢献できるのか。そこまで含めて、障害者雇用が問われる時代になっています。

採用することは入口です。本当に難しいのは、その後です。
配慮事項を聞いた。現場に伝えた。面談もしている。でも、なぜか定着しない。本人と現場の間にズレが生まれる。人事担当者が一人で抱え込む。
このような相談は、以前より増えているように感じます。

それは、企業の努力が足りないからだけではありません。
企業に入ってくる障害者雇用の人材像そのものが、変わってきているからです。

「見えやすい障害」から「見えにくい障害」へ

障害者雇用の難しさは、「見えやすい配慮」から「見えにくい配慮」へ移ったことで、大きく変わりました。背景には、障害者雇用の中で精神障害のある人の雇用が大きく伸びていることがあります。

厚生労働省の令和7年「障害者雇用状況」の集計結果では、民間企業に雇用されている精神障害者は16万8,542.0人で、前年より11.8%増えています。身体障害者は1.3%増、知的障害者は2.8%増なので、精神障害者の伸びが特に大きいことがわかります。

また、ハローワークを通じた障害者の職業紹介でも、精神障害者の存在感は大きくなっています。令和7年度の就職件数を見ると、精神障害者は6万6,580件で、身体障害者2万1,463件、知的障害者2万2,215件を大きく上回っています。

つまり、企業が障害者雇用で向き合う人材像は、以前とは変わってきています。精神障害や発達障害など、外から見えにくい困りごとを抱える人たちが、職場に入ってくる割合が高まっています。

身体障害の場合、職場側から見たときに、
何を調整すればよいのかが比較的見えやすい場面はありました。
段差をなくす。机の配置を変える。重いものを持つ業務を調整する。
設備を整える。こうした配慮は、目に見えやすいものです。

一方で、精神障害や発達障害の場合、困りごとは外から見えにくくなります。
体調の波。不安の出方。情報の受け取り方。曖昧な指示への戸惑い。
急な予定変更への混乱。対人関係での疲れやすさ。
マルチタスクへの負荷。感覚過敏。優先順位づけの難しさ。
これらは、見た目だけではわかりません。

昨日は普通に話していた。朝は元気そうに見えた。
面接ではしっかり受け答えしていた。
だから、現場は戸惑います。
「なぜ急に休むのか」
「なぜ同じ説明をしたのに伝わっていないのか」
「なぜ簡単に見える仕事で止まるのか」
「なぜ注意しただけで大きく落ち込むのか」

現場が冷たいのではありません。
本人が甘えているとも限りません。
見えている情報が違うのです。

本人の中では、かなり前から負荷が積み重なっている。でも、周囲にはそれが見えない。本人にとっては限界に近い状態でも、現場には突然の欠勤や急な不調に見える。この「見えにくさ」が、障害者雇用の現場を難しくしています。

見えやすい配慮であれば、周囲も納得しやすい。けれど、見えにくい配慮では、理由が共有されていないと、現場には特別扱いに見えます。ここに、今の障害者雇用の難しさがあります。

「見えない障害」が、職場に現れやすくなった

ここで見ておきたいのは、精神障害や発達障害のある人が増えているということだけではありません。

大きく変わったのは、これまで職場の中で見えにくかった困りごとが、医療や支援につながることで、言葉になりやすくなったことです。背景の一つには、メンタルクリニックや心療内科が以前より身近になり、精神科を受診することへの心理的なハードルが下がってきたことがあります。

以前であれば、「自分の努力不足」「職場に合わないだけ」「みんなも大変なのだから、自分が我慢するしかない」と受け止めていた違和感が、医療につながることで、うつ、不安、発達特性などとして言葉になることが増えました。

「なぜ、同じように働けないのだろう」「なぜ、人間関係でいつもつまずくのだろう」「なぜ、急な変更や曖昧な指示がこんなにつらいのだろう」
そう感じていた人が、自分の特性に気づき、医療や支援につながる。そして、必要に応じて障害者手帳を取得し、障害者雇用枠で働くことを選ぶ。

つまり、今の障害者雇用には、従来から障害者雇用枠で働いてきた層だけではなく、これまで一般雇用の中で何とか頑張ってきた人たちも入ってきています。ここが、以前の障害者雇用と大きく違うところです。

障害者雇用という言葉から、企業側は今でも「特別に用意された仕事」「軽作業や補助業務」「できる範囲で無理なく働く人」をイメージすることがあります。しかし実際には、一般雇用の中で働いてきた経験を持ち、一定のスキルや業務理解を持ちながら、自分に合った働き方を選び直そうとしている人もいます。この変化を見落とすと、企業は大きな可能性を逃します。

「配慮を受けて働く」は、能力を下げる選択ではない

これまで一般雇用の中で何とか頑張ってきた人たちがいます。
仕事ができないわけではありません。むしろ、一般雇用の中で一定のスキルや経験を積み、責任感を持って働いてきた人も少なくありません。
ただ、急な変更、曖昧な指示、過度な対人調整、終わりの見えないマルチタスク、体調の波に対応し続ける中で、これまでの働き方では長く続かないと感じ始めている。

そこで、障害を開示し、必要な配慮を受けながら働くことを選ぶ。こうした人が増えてきています。これは、能力を下げる選択ではありません。働き続けるための選択です。この層をどのように活かすかを考えると、障害者雇用の見え方は大きく変わります。

逆にこのような人たちを、従来の障害者雇用のイメージだけで見てしまうと、力を活かす機会を失います。
「障害者だから、簡単な仕事を用意する」
「無理をさせないように、負荷を下げる」
「困らないように、周囲が先回りする」

もちろん、必要な調整はあります。けれど、それだけでは本人の力を引き出せません。必要なのは、仕事から遠ざけることではありません。どの条件なら力を発揮できるのかを見つけることです。

配慮を受けて働くことは、能力を下げる選択ではありません。能力を発揮し続けるための選択になり得ます。この視点を持てるかどうかで、障害者雇用は大きく変わります。

同じ「働く」でも、福祉と企業では意味が違う

同じ「働く」という言葉を使っていても、福祉の文脈と企業の文脈では、意味が大きく違います。

私は福祉の現場を直接担ってきた立場ではありません。ただ、企業の障害者雇用に関わる中で、福祉機関や支援機関と接点を持つことは多くありました。その中で感じてきたのは、福祉と企業では、そもそもの目的が違うということです。

福祉の役割は、本人を守り、生活を支え、安心できる環境を整えることにあります。その役割はとても大切です。
しかし、企業の雇用は、それとは目的が違います。企業では、障害の有無にかかわらず、社員が仕事を通じて組織に貢献することが前提になります。

企業における配慮は、本人を仕事から遠ざけるためのものではありません。仕事に参加し、役割を果たし、力を発揮するための調整です。
この違いが理解されないまま、守ることを中心にした関わり方を企業の雇用にそのまま持ち込むと、過剰な関わりが起きることがあります。 

本人のためを思って仕事を減らしすぎる。
困る前に周囲が先回りする。
本人ができることまで手を貸してしまう。
注意や指導が必要な場面でも、「配慮が必要だから」と曖昧にしてしまう。
その結果、本人は守られているようで、仕事の中で力を発揮する機会を失ってしまうことがあります。

大切なのは、関わりの目的を間違えないことです。
企業に必要なのは、守るためだけの関わりではありません。
組織で働いて貢献するための配慮です。

ここを取り違えると、障害者雇用は「どこまで配慮するか」という話に閉じてしまいます。けれど、本当に考えるべきなのは、「どうすれば本人が仕事に参加できるか」です。

配慮は、仕事を免除するためだけのものではありません。
仕事に参加するための条件を整えるものです。

合理的配慮は、本人だけを見ていても機能しない

個を大切にすることと、個だけを見ることは違います。
合理的配慮を考えるとき、最初に見るべきなのは本人の困りごとです。

何に困っているのか。
どの場面で負担が大きいのか。
どうすれば働きやすくなるのか。
これは、とても大切です。本人の困りごとを見ないまま、配慮を考えることはできません。

ただし、企業の中で合理的配慮を運用する場合、本人だけを見ていてもうまくいかないことがあります。なぜなら、職場での配慮は、本人一人のことで完結しないからです。

勤務時間を変える。業務量を調整する。指示の出し方を変える。
電話対応を外す。在宅勤務を増やす。相談先を決める。
一つひとつの配慮は本人のために行われるものかもしれませんが、それは必ずチームの仕事、管理職の判断、周囲のメンバーの動きに影響します。
だから企業では、合理的配慮を「本人に何をしてあげるか」だけで考えると、途中で行き詰まります。

本人は「必要な配慮を求めている」と感じている。
現場は「業務が回らなくなる」と感じている。
周囲は「なぜあの人だけ違うのか」と感じている。
人事は「どこまで対応すればいいのか」と迷っている。
この状態で、本人の要望だけを見ても、現場の都合だけを見ても、答えは出ません。必要なのは、本人、業務、チーム、組織の4つを同時に見ることです。

その配慮は、本人のどの困りごとを軽減するものなのか。
その配慮によって、どの業務が進みやすくなるのか。
チームの中で、誰がどのように運用するのか。
周囲に過度な負担が偏らないか。
会社として継続できる方法なのか。
ここまで見て初めて、合理的配慮は職場の中で機能します。

合理的配慮は、本人の希望をそのまま受け入れることではありません。
また、会社の都合で本人に我慢させることでもありません。
本人が仕事に参加し、力を発揮するために、業務や環境をどう調整するか。そして、その調整をチームや組織としてどう運用するか。
そこまで含めて考える必要があります。

私は、合理的配慮の難しさは「どこまで対応するか」だけではないと思っています。本当に難しいのは、その配慮を、誰が、何を基準に、どのように判断するかです。合理的配慮は、個人対応ではなく、組織の判断設計です。ここを見落とすと、配慮は属人化します。

優しい管理職がいる部署では手厚く対応される。
忙しい部署では後回しになる。担当者が変わると判断が変わる。
本人も、どこまで相談してよいのかわからなくなる。
これでは、本人も現場も安心できません。

合理的配慮がうまく進んでいる組織は、
配慮の量が多い組織ではありません。
判断の軸がある組織です。

何を本人と相談するのか。
何を現場で決めるのか。
どこから人事に上げるのか。いつ見直すのか。
この判断の流れが見えていると、配慮は担当者の善意だけに頼らなくなります。

配慮の言葉は増えた。でも、職場に届いていない。

教育機関で合理的配慮を受けてきた人。福祉サービスや就労支援、相談機関につながる中で、自分の困りごとを言葉にする経験をしてきた人。医療につながることで、自分の特性を理解し始めた人。こうした人たちが、企業に入ってくるようになっています。 

これは、とても大きな変化です。
困りごとを言葉にできることは、大切な力です。
でも、その言葉がそのまま職場で運用できるとは限りません。

こうした中で、本人にとっては「必要な配慮」でも、現場には「どこまで対応すればよいかわからない要望」に見えることがあります。
一方で、現場にとっては「業務上の制約」でも、本人には「わかってもらえない対応」に見えることがあります。

たとえば、「急な変更が苦手です」と言われたとします。
本人にとっては、自分の特性を説明しているつもりです。
でも現場は、「では、変更がある仕事は任せられないのか」
「どの程度なら大丈夫なのか」「誰が事前に伝えるのか」と迷います。

問題は、本人が配慮を求めることではありません。配慮を求める言葉を、職場の業務や役割に翻訳する仕組みが、企業側に十分整っていないことです。
必要なのは、本人の言葉を、職場の文脈に合わせて翻訳する力です。

本人の困りごとを、業務上の場面に分解する。
その困りごとが、どの仕事にどう影響するのかを見る。
何を変えれば、本人が仕事に参加しやすくなるのかを考える。
その配慮を、誰が、どのように運用するのかを決める。
ここまでして初めて、配慮は職場の中で動き始めます。

現場の戸惑いが、誤解になる。

見えない障害の時代には、現場の戸惑いが、本人への誤解として表れやすくなります。

「急に欠勤の連絡が来て、予定が狂ってしまった」
「昨日まで普通に働いていたのに、今日は来られないと言われた」
「やる気はあるように見えるのに、安定して続かない」
「注意すると、大きく落ち込んでしまう」
「どこまで言っていいのかわからない」

こうした声を、担当者から聞くことがあります。その戸惑いは、決して企業の怠慢だけではありません。本人の状態が見えにくいからこそ、現場は判断に迷うのです。

本人にとっては、限界になる前に休むことがセルフコントロールかもしれません。でも、現場には責任感のなさに見えることがあります。
本人にとっては、曖昧な指示では動けなかっただけかもしれません。でも、現場には主体性がないように見えることがあります。

このズレを放置すると、配慮は不信感に変わります。
本人は「わかってもらえない」と感じる。
現場は「どこまで配慮すればいいのか」と疲れる。
人事は、その間で調整を続ける。

でも、本当に難しいのは、障害者雇用そのものでも、本人そのものでもありません。見えない困りごとを、職場で扱える形にすることです。

問題は、力がないことではなかった。

精神障害や発達障害のある人を雇用した企業から、「任せられる仕事がない」「安定して続かない」「どう関わればいいかわからない」と相談されることがあります。でも、よく見ていくと、本人に力がないというよりも、力を発揮する条件が合っていないことがあります。

マルチタスクが多すぎる。予定変更が直前に伝えられる。指示が曖昧なまま渡される。優先順位が見えない。相談先が決まっていない。本人の得意な処理の仕方と、業務の進め方が合っていない。
こうした状態では、誰でも力を発揮しにくくなります。
特に、見えない障害のある人にとっては、その影響が強く出やすい。

だからこそ、見るべきなのは「できないこと」だけではありません。
どの条件ならできるのかです。
静かな環境なら集中できる。手順が見えると安定する。対人対応は負荷が高いが、資料作成やチェック業務では力を発揮できる。こうした可能性は、現場で丁寧に見ていくと見つかります。

障害者雇用は、本人に合わせて何でも変えることではありません。
本人を職場に無理やり合わせることでもありません。
仕事の目的を見ながら、本人が力を発揮できる条件を探すことです。
そのためには、配慮を個別のお願いとして扱うのではなく、業務設計の一部として考える必要があります。

何を任せるのか。どこまで本人が担うのか。
何を調整すれば仕事に参加しやすくなるのか。
状態が変わったとき、いつ見直すのか。
ここが言葉になっている組織では、配慮は単なる現場の負担ではなく、
本人が力を発揮するための条件として捉えられるようになります。

善意の配慮を、組織の運用に変える

見えない障害の時代に、企業が向き合うべきなのは、配慮の量を増やすことだけではありません。必要なのは、配慮の意味を変えることです。

以前のように、理解ある担当者が個別に対応する。やさしい上司が本人に合わせる。困ったら人事が間に入る。もちろん、それで助かる場面はあります。でも、それだけでは続きません。

担当者が変われば、対応が変わる。
上司が変われば、配慮の考え方が変わる。
現場が忙しくなれば、配慮が後回しになる。

善意に預けられた配慮は、続けるほど属人化します。
だから、配慮を組織の運用に変える必要があります。

そのために見るべき問いには、複雑さは必要ありません。
その配慮は、業務上のどの場面を助けるものなのか。
その配慮によって、本人はどの仕事に参加しやすくなるのか。
誰が、その配慮を運用するのか。
現場が迷ったとき、誰に相談するのか。
状態が変わったとき、いつ見直すのか。

ここが言葉になっていれば、配慮は担当者の感覚ではなく、組織で扱えるものになります。

あなたの組織では、
以前のやり方が通じなくなっている場面はないでしょうか。
それは、本当に本人の問題でしょうか。
それとも、配慮を担当者の善意に預けたまま、
組織の運用に変えられていないだけでしょうか。

見えない障害の時代に必要なのは、もっとやさしくすることだけではありません。やさしさを、組織で続けられる形に変えることです。

守るための配慮から、働いて貢献するための配慮へ。
個人対応から、組織で運用できる設計へ。
善意から運用へ。
そこから、これからの障害者雇用は始まります。

参考:
令和7年 障害者雇用状況の集計結果(厚生労働省)
令和7年度障害者の職業紹介状況(厚生労働省)

このシリーズの記事

1. [自走する組織のつくり方①|「何でも聞いてくる部下」が生まれる組織の正体
2.[自走する組織のつくり方②|頑張っているから、組織は変わらない
3.[自走する組織のつくり方③|合理的配慮は、設計の話だ
4. [自走する組織のつくり方④|善意の配慮が、なぜ通じなくなったのか
5. 自走する組織のつくり方⑤|障害者雇用は、組織の写し鏡だ

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