その肉、地面じゃないので大丈夫です 〜ハクナ・マタタの破壊力〜
ケニアを旅行した時のこと。
あれはホテルのガーデンレストランでの昼食中。
トングの先から、肉が勢いよくぽとりと落ち、そして弾んた。
私の膝の上に。

ケニアの国立保護区エリアにあるホテル、昼食の席でのことだった。
ボトッという音が、たしかに聞こえた気がする。
サーブしてくれていたホテルスタッフの男性と私は一瞬、無言で見つめ合った。
彼はすぐに、私のひざの上からトングでその肉をつまみ上げ、何ごともなかったように私の皿へ戻した。
そしてニカッと笑って、こう言った。
「ハクナ・マタタ」
ライオンキングでおなじみの「ハクナ マタタ」を生で聞いたのは初めてのことだった。
Hakuna matataはスワヒリ語で「問題ない」「心配ない」という意味だ。
気にするな、と言われた気がした。
地面に落ちたわけじゃない。だから私も別に気にしない。
でも、あんたは少しくらい気にしろよ、と思わなくもなかった。
膝には、肉の脂の跡がうっすら残っていた。
あの笑顔を思い出すたび、不思議と嫌な気持ちにはならない。あれは開き直りとも違う。謝らなかったことへの言い訳でもない。
ただ、彼にとって「そのくらいのこと」は、本当にそのくらいのことだったのだろう。

日本にいると、小さな失敗にもすぐ「すみません」がつく。
私自身、誰かに迷惑をかけると、必要以上に恐縮してしまう性分だ。
あの膝の上の一件は、そういう自分の癖を、ふと外側から見せてくれた出来事だったのかもしれない。
脂の跡は、洗えば消える。気にしすぎる癖は、そう簡単には消えてくれないけれど。
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