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河川が結ぶ「子ども文化空間」―江戸川区東部再編構想


第一節 ストロー効果の中の江戸川区――なぜ大型文化商業が育ちにくいのか

 江戸川区という自治体を考えるとき、しばしば語られるのは、「大規模商業施設の弱さ」である。人口は70万人近くを擁し、住宅地としての規模は極めて大きい。しかしその一方で、巨大なシネコンや大型書店、広域的集客力を持つ文化商業施設は驚くほど少ない。
 これは、江戸川区が置かれている経済地理的条件と深く関係している。
 江戸川区は、東京中心部への交通アクセスが比較的良い。都営新宿線、東西線、JR京葉線はいずれも都心へ向かう放射構造を持っており、人々は日常的に新宿、日本橋、銀座、東京駅周辺へ流れていく。つまり江戸川区は、巨大商業圏である都心に隣接しながら、その消費を吸収され続ける「ストロー効果」の中に置かれているのである。
 結果として、区内で巨大商業文化を形成しようとしても、都心との競争になりやすい。大型映画館を作っても、巨大書店を誘致しても、池袋や日本橋や豊洲との競争に巻き込まれる。しかも江戸川区は、比較的低密度な住宅都市として発展してきたため、高密度商業集積を成立させる都市構造そのものが弱い。
 しかし、だからといって江戸川区に文化的可能性が存在しないわけではない。むしろ重要なのは、「都心型消費文化」を追いかけることではなく、江戸川区固有の地形や空間構造を活かした文化形成を考えることなのではないだろうか。

第二節 点在する「子ども文化」を、どう結び直すか

 そのとき鍵になるのが、「子ども文化空間」という発想である。
 実際、江戸川区東部から湾岸部にかけてを見渡すと、既に非常に魅力的な子ども文化施設が点在している。子ども未来館には、児童書ライブラリーや探究型プログラムが存在し、単なる児童館ではない「知的な遊び場」が形成されている。その隣には篠崎ポニーランドがあり、都市の中で実際に動物と接触できる稀有な空間が存在している。一方、湾岸部には、東京都葛西臨海水族園がある。ここでは「海」や「生命」が子どもの感覚へ直接開かれている。さらに葛西臨海公園そのものが、東京では珍しい巨大な水辺空間となっている。そして、魔法の文学館の存在は極めて象徴的である。児童文学を扱うこの施設は、なぎさ公園という開放的な風景の中に置かれていることで、「物語」と「公園体験」を接続している。
 つまり、江戸川区には既に、本と探究、動物、水辺・海、児童文学といった複数の子ども文化の核が存在しているのである。

 問題は、それらが「点」に留まっていることだ。現在、人々は水族館へ行き、未来館へ行き、文学館へ行く。しかしそれぞれが孤立した目的地になっている。そこに、「線、面としての連続性」がない。
 ここで重要になるのが、河川交通である。
 江戸川区の最大の特徴の一つは、水辺が都市内部へ深く入り込んでいることだ。旧江戸川、新中川、親水河川、湾岸部――この自治体は、実は鉄道以上に「水の地形」によって構成されている。にもかかわらず、その河川空間は現在、「防災」「散歩」「景観」には使われていても、「文化回遊」にはほとんど利用されていない。

第三節 河川交通がつくる「子ども文化回廊」

 しかし、もし河川交通によって、先ほど紹介した施設群を結びつけたならば、江戸川区の子ども文化は「点」から「線」へ変わり始める。例えば、子どもが水族館で海の生物に触れ、その後、船でなぎさ公園へ移動し、文学館で物語に出会う。さらに河川を遡上して篠崎へ向かい、未来館で工作や探究活動へ接続される。ここでは、「海」「物語」「探究」が、一日の中で連続する。しかも重要なのは、船による移動そのものが、子どもにとって体験になることである。鉄道は空間を飛ばしてしまう。しかし船は、水面、橋、護岸、鳥、河川敷、公園をゆっくり見せる。移動そのものが、「風景を読む時間」になるのである。
 さらに、この構想は江戸川区の「情報密度の低さ」とも相性が良い。江戸川区は、高密度商業都市にはなりにくい。しかし逆に言えば、空が広く、水辺が多く、低速移動を成立させる余白がある。そのため、水辺をゆっくり移動しながら、小規模なカフェ、小規模書店、親子向け雑貨店などを点在させていけば、「消費都市」とは異なる子ども文化空間を形成できる可能性がある。
 つまりここで目指されているのは、巨大ショッピングモールではない。むしろ、水辺によって結ばれた、低密度型の子ども文化ネットワークである。そしてそれは、ストロー効果によって都心へ消費を吸い上げられ続けてきた江戸川区が、「都心と同じもの」を作るのではなく、自らの地形と空間特性を利用して、独自の文化圏を形成しようとする試みなのである。
 江戸川区の未来とは、巨大消費都市になることではないのかもしれない。むしろ、水辺、公園、児童文学、動物、探究活動といった、小さな子ども文化を河川で結びつけ、「ゆっくり回遊する都市」を作ること。その方向にこそ、この自治体の文化的独自性が存在しているのではないだろうか。