パン議長が語る、BTS新アルバム「ARIRANG」制作の全貌
ARMYにお勧めしたい良インタビュー
BTSの生みの親、パンPDことパン・シヒョクHYBE議長が語った、5thフルアルバム「ARIRANG」制作ビハインドです!
彼はずっと音楽活動を続けているのですが、「ARIRANG」のクレジットにおらず、総合プロデュースに関わっていると言われていました。ドキュメンタリー「BTS: THE RETURN」にも登場していたので、どこかでインタビュー出てないかなーと思ってたんですよね( *´艸`)
内容を読んだら、PD目線からのアルバム戦略、そこに込めた意味や彼が狙ったもの、バンタンとの信頼関係や彼らに見出している未来図などが語りまくられていて、最高でした……!
是非ご紹介したいと思ったのですが、この記事はサブスク版なので、全文訳にはしていません。要約の混ざったダイジェスト版になっています。見出しを含む要約は私が付けたものですので、ご了承くださいね。
興味を持っていただけたら、是非全文をお読みください!!
元記事
注意書き
申し訳ないですが、素人仕事なので品質保証はしかねます💦
引用する時は、この記事へのリンクを貼っていただければと思います。
パン議長が語る、BTSの歴史的アルバム「ARIRANG」制作の真実
「『BTS 2.0』は過去の延長線上にとどまるべきではない。新たな章を開く宣言でなければならなかった」
文:Leila Cobo(レイラ・コボ) 2026/4/8 Billboard 公開
要約:
約4年の休止期間を経て、BTSがアルバム「ARIRANG」で歴史的な復帰を果たしました。このアルバムは米ビルボードの主要チャートで同時に1位を獲得するなど、数々の新記録を樹立しています。
BTSの生みの親であるパン・シヒョク議長は、メンバーの兵役中も連絡を取り合い、各メンバーと頻繁に会い、1年半以上の歳月をかけてこのプロジェクトを主導してきました。
「私個人にとっても、1年半以上の時間とエネルギーを注ぎ込んだプロジェクトでした」と語るパン議長は、兵役期間の半分が過ぎた頃、BTSメンバーの強い要望で「ARIRANG」の制作に取り掛かったと明かす。
これほど象徴的なグループと仕事をするプレッシャーは「計り知れないものだった」と彼は付け加える。
「メンバーからの信頼を背負い、プロデューサーという役割を引き受けました。しかし実のところ、こうした仕事には、アーティストと同じくらいプロデューサーにとっても重いプレッシャーが伴います。音楽は本来、真実味と芸術性に根ざすべきであり、結果は目的ではなく自然についてくるものだと私は信じています。同時に、大衆音楽産業で働く者として、世間の反応を最終的に反映するパフォーマンスの成績から完全に切り離された状態でいることは、現実的には決して簡単なことではありません」
要約:
アルバム「ARIRANG」は、韓国らしさと現代音楽を融合させることで、母国との絆を深めつつ世界中から大きな共感を得ています。
リリース後初のインタビューで、プロデューサーのパン議長は、復帰までの過程や楽曲・ダンス制作に込めた深い意図を語りました。
Interview
4年ぶりのカムバック計画はどのように進められたか
メンバーが兵役で不在の間も、会社側で楽曲収集やビジョンの構築を先行して進めました。私は休暇中のメンバーと対話を重ねて、彼らの内面の変化を汲み取ってきました。
2025年1月にリードプロデューサーとしてDiplo(ディプロ)が選出
4月と5月にはロサンゼルスで2回のプレ・ソングキャンプを開催し、約100曲の試作曲を作成
7月にバンタン全員と丸1日のワークショップを行う
「今のBTSにしかできないこと」を深く議論
アルバムのアイデンティティとは何か
アルバムの核心は「BTS 2.0」として、過去の成功を繰り返すのではなく、デビュー当時のアイデンティティを保ったまま、今の時代をリードする音楽を模索することにありました。
メンバーは兵役直後の休息を返上してアメリカでの合宿に参加し、制作に没頭。その後2週間かけて方向性を絞り込むことで、数百曲もの完成度の高い楽曲を生み出しました。
そのビジョンが明確になると、すぐにメンバーたちと共にロサンゼルスでの本格的なソングキャンプを開始しました。7月にすぐにアメリカへ向かうと決めたのは意図的なものでした。メンバーが音楽に完全に集中できる環境を作りたかったのです。実際のところ、各メンバーは兵役を終えた後、自分のための時間を持つ個人的な計画を立てていました。しかし、私が——極めて真剣に——彼らにお願いしたところ、全員がためらうことなく同意し、スケジュールをキャンセルして一緒にアメリカへ飛んでくれました。
兵役を経験した人や、経験者を知っている人なら、これが世界最大のバンドであるBTSのようなグループであっても、決して簡単な決断ではないことが分かるでしょう。彼らも人間であり、休息が必要でした。
それでも、彼らがそれほどの献身を示すことを選んだという事実は、彼らがいかに深く音楽を愛しているか——そして、なぜ彼らがBTSとして今の彼らであるのかを、雄弁に物語っています。
この大規模なソングキャンプは、招待されていない著名プロデューサーからも参加希望が殺到するほど、音楽業界から大きな注目を集めました。
再会したメンバーたちの思いや決意はどんなものだったか
再会したメンバーたちは数年の空白を感じさせないほど自然に、そして即座に音楽制作へと没頭しました。
彼らが目指したのは、過去の栄光に頼るアイドル像ではなく、原点に立ち返り「今の自分たちだからこそ表現できる音楽」を証明することでした。
リリース直前に全員でアルバムを聴き返した際、互いに「これは傑作だ」と言い合えた背景には、自分たちが伝えたい音楽的アイデンティティを完璧に形にできたという強い手応えがありました。
アルバム・リリースの約1ヶ月前のことです。RMやJung Kookとカジュアルな夕食を共にし、その後Jung Kookの家に行ったのですが、結果的に他のメンバーも自然と合流することになりました。
そこで私たちは一緒に座り、すでに完成していたアルバム『ARIRANG』全体を、最初から最後まで極めて集中して聴き通しました。照明を全て落とし、柔らかな間接照明だけをつけて、まるで自分たちだけのプライベートなリスニングセッションのようでした。冗談半分で「このアルバムは傑作だ」と言い合いながら、結局2回も全編を聴き通しました。
変化するK-popの中で行った、音楽的な挑戦とは
今回のアルバム制作においてメンバーと私が共有した目標は、グループを維持したまま「ボーイズバンド」というレッテルを越え、BTSを真のアーティストとして確立することでした。
そのため自分たちのルーツを尊重しつつも縛られず、内面の弱さまでを正直にさらけ出すメッセージ性を重視しました。
過去、多くのグループ出身者がソロになることでこの移行を試みてきました。しかし、グループとしてのアイデンティティを保ったまま、自らの内側でその定義を書き換えたケースはこれまでありませんでした。これを達成するために、私たちは自分たちのルーツであるジャンルを尊重しつつ、決してそれに縛られないという決断を下しました。
同時に、歌詞やメッセージも、今の自分たちが世界をどう見ているかをこれまで以上に正直に反映したかったのです。これは、アーティストが自分の弱さをもさらけ出すことを要求します。だからこそ、このアルバムは今のBTSという7人の人間そのものを象徴しているのです。
また、業界全体への影響としては以下のきっかけになりたいと述べました。
アーティスト寿命を延ばす
CD偏重からアナログ盤の普及へ
メンバーたちの姿勢や能力にはどのような変化があったか
制作の進め方は従来通りですが、メンバー自身の能力が飛躍的に向上したことが最大の変化です。Vが以前よりも作詞・作曲に深く関わったように、全員にアーティストとしての著しい成長が見られました。
作業のやり方自体は以前と同じでした。私がメンバーのアイデアを聞いて方向性を形作り、彼らが自分たちのカラーで具現化する。私が修正案を出せば協力して洗練させていく。RMとはリアルタイムで歌詞の調整を続けましたし、外部プロデューサーとのセッション前に対話を重ねる習慣も変わりません。
変わったのはメンバーたちの能力——より正確に言えば、彼らがいかに成長したかということです。
Vが手がけたトラック「Into the Sun」を初めて聴いた時のことは今でも覚えています。過去には、Vはソングライティングにそれほど深く関わったり、BTSのアルバムに複数のトラックを提供したりすることはありませんでしたが、このトラックは並外れた作品として際立っていました。こうした成長は、全てのメンバーに明らかに見られました。
メンバーが成長する過程で、音楽制作プロセスは自然と彼らが主導するようになり、私の役割は大局的な判断や、彼らが行き詰まった際のサポートに留まるようになりました。
復帰に伴う多大なプレッシャーをどう乗り越えたか
4年ぶりの復帰という歴史的な重圧は計り知れないものでしたが、私はメンバーへの信頼と経験に裏付けられた「このアルバムは素晴らしいものになる」という強い確信を持つことで、かつてないスケジュールの製作期間を乗り切ることができました。
メンバーが不安を口にする時も、私は「君たちは不確かかもしれないけれど、私には確信がある」と伝えていました。
制作において、どのようなリスクを冒したか
「BTS 2.0」への変革を世間に受け入れられるかどうかは大きな賭けでした。私は従来の「成功の公式」を捨て、2つのリスクを取りました。
過剰に作り込まれたK-POPビジュアルから、人間性を前面に出した表現へ
激しい振付けをあえて削ぎ落とし、音楽そのものを際立たせるミニマルなパフォーマンスへ
当初はメンバーからも不安や反対の声が上がったこともあり、既存の振り付けを全て白紙に戻す決断を下したこともありました。
私は彼らを「これが今のBTSのレベルだ」と説得し、音楽そのものを聴かせる新しいパフォーマンスや、BTSの遺産を受け継ぎつつ凝縮されたエネルギーを込めた『2.0』こそが新アルバムに必要なものと方向づけました。
特に『Swim』や『Hooligan』のような曲では、振り付けを極限まで削ぎ落としました。メンバーは「これが本当にBTSなのか」と疑問を抱きましたが、私はこう答えました。「君たちはそこに存在するだけでステージを支配できるオーラを持っている。激しすぎる振り付けは時に音楽を邪魔する。次世代が追随するこれまでの手法を踏襲することは、今の君たちの立場にはそぐわない。音楽そのものを聴かせる新しいパフォーマンスを提示すべきだ」と。
なぜ伝統曲「アリラン」をアルバムの題材に選んだか
韓国における『アリラン』は、悲しみを活力へと変える強靭な生命力を象徴する「生きた遺産」です。
私は、この感情の枠組みこそが、グローバルアイコンでありながら内面では「韓国から来た田舎の少年たち」としての葛藤を抱えるメンバーたちの、ありのままの姿を表現するのに最適だと考えました。
一連の制作過程を通じて、彼らがグローバルアイコンでありながら、根本ではアイデンティティに葛藤する若者であることを再認識しました。
RMの言葉を借りれば、彼らは「韓国から来た田舎の少年たち」であり、スポットライトの重みを手探りで背負ってきたのです。
このプロジェクトの核心は、英雄的なイメージの下にある人間としての苦悩、そして「引き裂かれた自我」を真実に明かすことでした。
130年以上前にアメリカで自分たちの存在を証明するために『アリラン』を歌った7人の韓国人青年の記録も、兵役を経て再び世界へ挑む今のBTSの姿と重なりました。
今回の『アリラン』は単なる悲しみではなく、自らの弱さをさらけ出し、それを力に変えて前進する「BTSらしさ」を定義する重要なコンセプトとなっています。
世界中の人々が「アリラン」を合唱する姿をどう見たか
『MIC Drop』で世界中のファンが「ミヤネオンマー!」と叫んだ光景は感動的でしたが、『Body to Body』ではその体験がより多層的になりました。
韓国の『アリラン』を取り入れることについて、当初メンバーは「過度な愛国主義アピール」と取られないか不安を抱いていましたが、私には成功の確信がありました。
その後の会議で、メンバーたちは笑いながらこう話してくれました。
「最初は『過度に国粋主義的なマーケティング』として受け取られるのではないかと心配していました。でも、周りの人たちに聴かせたら、僕たちが話を聞いた韓国人は全員、『アリラン』が入ってきた瞬間に鳥肌が立ち、深く感動したと言ってくれました。今回もまた、あなたの言う通りだったようですね」と。
なぜ光化門広場をライブの舞台に選んだのか
復帰後初のステージには、世界中のいくつかの主要都市からオファーがありましたが、韓国出身のアーティストとして、新たな章の始まりは母国の象徴的な場所で刻むべきだという信念により光化門が選ばれました。
歴史的な門を背景にしたシンプルなステージは、過去と現在を繋ぐ象徴的な場面となりました。
エミレの鐘の音をアルバムに組み込んだ意図は何か
アルバム「ARIRANG」は対照的な構成になっており、両者を繋ぐ瞑想的な役割として、韓国の国宝である「エミレの鐘」の音が採用されました。きっかけは去年国立中央博物館を訪れたことでした。
前半:王の帰還
エミレの鐘
後半:王冠の重みを背負う若者の内省的なトーン
この鐘は長く「メクノリ(余韻・うなり)」が残るという特徴を持っており、BTSの音楽も時代を超えて長く響き続けてほしいという願いが込められています。
BTSは今、韓国を象徴する「音楽大使」といえる存在か
BTSはもはや韓国という枠組みを代表するだけの存在ではなく、世界中の人々が「体験したい」と願うディズニーランドのような、普遍的で独自の価値を持つ「目的地(デスティネーション)」へと進化しました。
彼らは熱心なファン層の境界を越え、地球規模で一般大衆に受け入れられるアイコンとなっており、ジャンルそのものを再定義する変革者としての役割を担っています。
BTSの帰還は、単なるグループの成功に留まらず、K-pop市場全体を拡大させ、音楽産業に新たな活力を与えるものになると確信しています。
感想
BTS2.0のビジョンが描かれており、とてもいい記事でした!
アルバム制作やグループのブランディングにおいて、パンPDがどういう視点でものを見ているのかが窺え、非常にエキサイティングでした。
私は前にHYBEは「K」を捨てるのか?という疑問を持ったことがありますが、このインタビューを読む限りだと、あくまで「K(KOREA)」のアイデンティティは維持したままその枠を広げ、「G(GLOBAL)」に比肩しうる新しいジャンルに育てようとしているように感じられます。野望が大きいですね!
K-POPから出たHYBEが「K」を捨てるのか、それともその王冠を戴いたまま世界と対抗するのか。これは非常に興味深いテーマです。
既にバンタンはK-POPの枠からはみ出し、欧米チャートと真向勝負しており、世界は変化を迎えています。これは遠い未来の話ではなく、変革はすぐ傍にあるような予感もします。
『MIC Drop』の「ミヤネオンマー!」に関しては、本文内では直接このパートと指定はしていないんですが、それしかないのでそのように意訳しました。
まさか『アリラン』の話でそれが出てくるとは思いませんでしたが、ホビがフランスの「Le Gala」で世界を沸かせた時、パンPDも言葉の出ない感慨を覚えたのではないかと思うと胸が熱くなります。
今回のインタビューを読んでいて、韓国人としての誇りやアイデンティティを持っているのは、バンタンだけではないのだなということを改めて認識しました。そりゃそうなんですけど、普段バンタンしか見てないからつい見失っちゃうんですよね(*ノωノ)
『アリラン』パートの間中、モニターパネルには色んな年代の韓国の人々が映し出されています。あそこにカンペを出してくれてもいいな。
これをグラミー会場のパフォーマンスでやったら、めっちゃ熱いだろうなと思いますね。欧米音楽業界の著名人たちが『アリラン』を歌う側になるわけでしょ。パンPDの構想がキレすぎてて凄い。
『Swim』や『Hooligan』で振付けを削ぎ落したことにメンバーからも「これが本当にBTSなのか」と疑問が呈されたことや、『2.0』の採用に関してボーカルメンバーから「表現しきれる自信がない」と反対が出たことなど、製作過程での葛藤があったことも率直に語られており、好感を持ちました。
結局、話し合って納得するところまで行けているからこそ、公開できるんだと思うんですよね。
バンタンの「一部喧嘩をしても全員で話し合って解決する」ルールは最初パンPDとのお約束から始まったという話は有名です。
「変わらない関係性」を築き、繋ぎ続けるのはなかなかに難しいものですが、折り合う点を見つけるまで語り合う姿勢をパンPDもバンタンもずっと維持しているのだなと感じられたことが、とても良かったです。
「ARIRANG」の制作秘話だけでなく、この先バンタンがどう変わっていくか、「2.0」の方向性まで指示してくれた、良インタビューでした。多くの方が元記事を読んでくださったらいいなと願っています!
おまけ:メディア戦略2.0
ちなみに、「BTS2.0」という範囲だと、こちらのメディア戦略に関する記事もお勧めです。今回、記者会見みたいな韓国メディア用のサービス一切してないですものね~。
内容要約:
BTSは従来型メディアをほぼ無視し、より厳選されたデジタル戦略を採用している。 前代未聞のセールスを打ち立てた彼らは、メディアに頼ってアルバムを売る時代を終わらせ、メディアにおける主導権を握った。
従来型メディアがクリック数を優先して情報発信力を失う中、BTSは自然な個性を発揮できるポッドキャスト型番組を選択している。 かつてゲートキーパーとして情報を選別していたメディはその役割を失い、コンテンツを求める側に変化した。
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