テニス上達メモ555.五体満足でも動かない──心がOS、体はハードという真実
五体満足でも、心がなければ体は動かない──イチローが説く「体が一番」という持論。その裏側を掘ると、心が動かぬ体はただのハイスペックな死体であるという当たり前の本質が見えてくる。認知・集中・限界手前の最強説……心が司令塔でありOSなのだと、誰しも覚えのある話。
▶五体満足でも死体は動かない
心技体の順番について、イチローは前から持論を説いていましたね(関連記事「『心技体』とは言うけれど、まず『体』byイチロー」。
いわく「体が一番」。
アスリートとして、当然のプライオリティでしょう。
とはいえもう一歩掘り下げて穿てば、心が動いてくれないと、体も動いてくれないというお話。
死体はたとえ「五体満足」であったとしても、心がないから、動きません。
どこにも損傷がないとしても、死体は感じないからです。
▶心の「下僕」ではなく「主」であれ
眼耳鼻舌身意(げんにびぜつしんい)の六門を司るのは、心です(関連記事「人間の認識システムの話」)。
心がないと、体は動かないし、感じないし、考えません。
あまつさえ、心は見た次の瞬間には考えて、考えた次の瞬間には感じて、感じた次の瞬間にはまた考えてと、落ち着きがない。
それを猿が木から木へと飛び移るせわしない様にたとえて、「心猿」などと言ったりするのですね(関連記事「意識は『猿心』。猿のごとく落ち着きがない」)。
この心を、どう「飼い慣らす」かによって、パフォーマンスは変わります。
心の下僕となるのではなく、心の主となるのです。
▶「体が一番」は正しい。だが、それを動かす司令塔は心
もちろん、イチローの説く体も大事。
それは「大人のひとり暮らし」田村セツコさんが言うとおり、ロボットでは何億円をかけても人間の指1本も再現できないのですから、このボディは億万長者。
ですから「1億円やるから小指1本よこせ!」とすごまれたら、う、うーん、悩みますが(悩むんかい!)私なら、小指1本を残すと思います。
自己肯定感が低くて「自分には価値がない」と悩む人であっても、その体は「億万長者」の宝物。
関連記事はもちろんこちら、「『ない』と思う心を癒やす──すでに『ある』幸せに気づく習慣」です。
▶見えていても、認識しなければ存在しないも同然
もちろん眼球(体の一部)を失うなどすれば、目は見えなくなりますが、それはあくまでも「ハードウェア」の話。
認識するのは結局のところ「ソフトウェア」の心です。
ですから、ボールがたとえ視界には入っていたとしても、心が認識しないと、見えないこともあり得るのです(関連記事「ボールを『見ている』と、思い込んでいるだけ」)。
▶視野と認知は別物──脳の選択はいつも偏る
視界には入っているのに、ボールが見えないなんてこと、あるでしょうか?
ごく普通にあります。
たとえばデスクトップのアイコン。
全部視界には入っているでしょうけれども、「そんなのあったっけ!?」って、認識されていない「影薄」もありますよね。
気づくとそこにあるのに、クリックされる気配ゼロ──(笑)。
▶感じているのに、感じない?
視覚だけではありません。
触覚だってそう。
イスに座っているなら、お尻が座面に触れている感覚があるはずです
しかしこの文章を読んでいるとき、認識されていません。
背もたれに寄りかかる背中の感覚は?
足裏が床に着いている感覚は?
▶気づいた瞬間だけが世界
いつも同じ例え話で恐縮ですが、この文章を読んでいる今、空調の音が鳴っていて、耳には入っていたかもしれないけれど、聴こえなかったはずですよね(関連記事「考えれば考えるほど、感じられなくなる相関」)。
空調の音に集中すれば、今度はこの文章を理解できにくくなる相関。
「いや、音を聞きながらしっかり理解できるよ!」などと、言い張るでしょうか?
だとすればそれは、理解力が「高い」のではなくて、聴覚的集中力が「低い」のです(残念!)。
▶脳はマルチタスク非対応
さらに音の中でも、「一時に一つ」。
空調の音に耳を澄ませば、人が会話していたとしても聴こえなくなるのが、カクテルパーティー効果です。
視覚も同じ。
ボールを見ているとき、対戦相手は見えません。
対戦相手が見えたら、ボールは見えません。
対戦相手は、背景化されていれば十分です。
気にする必要はありません。
むしろ気にするから、打ち損じているのではないですか?
▶意識に奪われた視覚は、ボールを見落とす
改めまして、見ているとき、聴こえません。
聴いているとき、感じません。
感じているとき、考えられません。
考えているとき、ボールは見えません。
すなわち、グリップやスタンスやテイクバックなどのフォーム、あるいは運動連鎖や体重移動などの打ち方ついて「意識」しているとき、ボールは視界には入っていたとしても、回転や毛羽までは見えない相関です。
すると、テニスでミスする唯一の原因である「打球タイミング」を、取り損ねるのです(関連記事「大発見! テニスでミスする原因は、『たったひとつ』しかなかった!」)。
▶心のOSが落ちると、体は性能を発揮できない
ソフトウェアの心が機能しないと、ハードウェアの眼球が正常であっても、やっぱり見えません。
足腰のハードウェアは丈夫でも、ソフトウェアの心が病んでは、元気に歩けないのです。
足腰を傷めたら確かに大変ですが、心も壊れるとそれと同様に、いえそれ以上に、大変です。
▶心が壊れると体も止まる。頑張れない「事情」がある
これも、「泣いている人へのハンカチ渡し」と同じで、想像するだけでは、分かりにくいかもしれませんね。
実際に心が壊れる体験をすると、動かなくなる現実が腑に落ちます。
頑張れない人に「頑張れ!」と言うほど、酷な励ましは、なかなかありませんからねぇ。
▶現役時代のイチロー、「限界手前」で止めていた可能性
さて、「体が一番」の持論を展開したというイチロー。
「トレーニングの量や強度が、現役の時より今の方が高い」と続けますが、ということは話を整理するとやっぱり、(52歳の今ほど)現役のときは「追い込んでいなかった」と、翻訳できそうですよ。
この発言から、とんでもないところへ行けた理由についての「仮説」は、あながち間違いではなくなりました(関連記事「それでもイチローが、とんでもないところへ行った理由(仮説)」)。
つまりアフリカで独特の音楽文化を持つバカ族よろしく、「限界手前最強説」がますます、真実味を帯びてくるとは、言えないでしょうか(関連記事「盛り上がり直前で解散!──アフリカ『バカ族』にならう本能」)。
▶追い込みすぎれば壊れる。引退後の痛みがそれを示す
引退後の今、「今年はトレーニングで肘を痛めた」というイチロー。
肉離れまでしたというから、早い回復が望まれます。
イチローも人間ですから、加齢ももちろんあるけれど、それよりも、限界まで追い込みすぎた。
逆に言えば現役の時は、痛めないように「限界手前」を配慮していたのだと拝察されます。
それが証拠にイチローも、「現役のときはシーズン中ということもあり、追い込むはできなかった」と顧みます。
「追い込むことはできなかった」というよりも、「追い込まなかった」のです。
▶最強は「限界手前」。余白を残した者が抜きん出る
心も、限界まで追い込むと、疲弊して壊れます。
限界手前、「キリが悪いところ」であえてやめるのが、バカ族にならう元気に生きる秘訣。
「感じるままに動く」のであって、心が感じてくれないと、体は動いてくれないですから、ね。
▶おまけ・心技体の音は、「慣れ」のなせるワザ
(日本語の順番として)「音がいいからね。心技体って」と、イチローは言う。
とはいえそれも「慣れ」でしょう。
心技体(シンギタイ)は聞き慣れているからしっくりくるけど、体技心(タイギシン)でも技身体(ギシンタイ)でも、聴き慣れると耳馴染みます(関連記事「始めた当初は上達もしたけれど……」)。
技心体(ギシンタイ)は御神体(ゴシンタイ)、体技心(タイギシン)は猜疑心(サイギシン)みたいに、もとからある音が似た言葉と照らし合わせれば、順番もそこまで変じゃない。
冗談の話ではなく、繰り返し反復していると、人は「慣れる」能力がある。
ということで心を飼い「慣らす」作法を、サロン楽屋話にて近日ご紹介。
体をイメージどおりに動かす「極意」ですよ。
即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
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テニスゼロ代表
吉田無型(よしだ・むけい)
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero