『殺し屋の営業術』Audible感想|売れない雑貨店の夜に聴いた、営業ミステリー
Audible版『殺し屋の営業術』を聴きました。第71回江戸川乱歩賞受賞作で、2026年本屋大賞第6位にも選ばれた営業ミステリーです。この記事では、ネタバレを避けながら、外崎友亮さんの朗読で聴いた印象、Audibleとの相性、どんな人に向いているかを、閑古鳥雑貨店の夜の話として書いています。
▼今回聴いた本
Audible版『殺し屋の営業術』
開店以来いちばん悪い売り上げ
先月の売り上げ表を見て、私は電卓を持ったまま固まりました。
何かの入力間違いではないかと思い、伝票をめくり、レジの控えも見直しました。けれど、数字は変わりません。
閑古鳥雑貨店、開店以来いちばん悪い売り上げ。
こういう数字は、思っているより体に来ます。
雨の日が多かったとか、暑くなって人通りが減ったとか、みんな雑貨どころではなかったのだとか、言い訳はいくつも浮かびます。けれど、帳簿はやさしくありません。こちらの事情を聞かず、ただ数字だけを置いてきます。

私はカウンターの奥に座り、窓の縁で横になっているプクに言いました。
「プク、お暇なら外回りの営業、してもらえませんか?」
プクは片目だけ開けました。
まぶたの隙間からこちらを見て、それからまた目を閉じました。
相談相手としては、相変わらずです。
それでも、誰かに言葉にしてみると、自分の中で散らかっていたものが、いくらか片づきます。
売り込みたいわけではありません。派手な貼り紙を作りたいわけでもありません。「今だけ」「限定」「急いでください」と大きく書いて、お客さんの背中を押したいわけでもないのです。
でも、置いているだけで伝わると思っていたものが、実はあまり伝わっていなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、閉店後の店内でAudibleを開きました。
命乞いではなく、商談
そこで目に入ったのが、
野宮有さんの『殺し屋の営業術 Audible版 – 完全版』でした。
殺し屋の営業術。
タイトルだけで、いったん手が止まります。
殺し屋と、営業。物騒な言葉と、会社員の現実みたいな言葉が同じところに並んでいます。しかも第71回江戸川乱歩賞受賞作。選評にも名だたる作家の名前が並んでいて、ただの変化球では終わらなさそうでした。
私はイヤホンをつけて、再生しました。
主人公は、鳥井という凄腕営業マンです。
この人が、とにかく口が立ちます。
うちの店に一日だけ貸してほしいくらい、相手の懐へ入っていくのがうまい。
物語では、鳥井がアポイント先で事件に巻き込まれ、今度は自分が命を狙われます。普通なら、そこで必死に助けを求めるところです。
ところが鳥井は、相手に営業を始めます。
相手の仕事ぶりを見て、数字を聞き、問題点を探り、そして自分を雇わないかと持ちかける。
命乞いではなく、商談。
私はそこで、棚を拭く手を止めました。
おかしいのです。状況はかなり危ういのに、鳥井の言っていることには妙に筋が通っています。相手が何に困っているのかを見て、そこに自分の出番を見つける。殺し屋の話を聴いているはずなのに、その部分だけは妙にまじめに耳へ残りました。

「プク、すごい人がいます。殺されかけながら、自分を売り込んでいます」
プクは返事をしません。
ただ、しっぽの先だけが小さく動きました。
聞いているのか、聞いていないのか。
いつものように、半分だけ耳を貸してくれているのかもしれません。
外崎友亮さんの声で聴いていると、鳥井の言葉が、店の片づけの中にすっと入り込んできました。棚を拭いているはずなのに、耳だけが妙な商談の場へ連れていかれるようです。紙の本なら一度手を止める場面でも、耳で聴くと、そのまま日々の作業の中に物語が流れ込んできます。
置いているだけでは、伝わらない

気づくと私は、入口近くの棚を見ていました。
そこには、最近あまり動いていない雑貨が並んでいます。
悪いものではありません。
むしろ、どれも気に入って仕入れたものばかりです。
けれど、ただ置いてあるだけでした。
この小皿は、朝のヨーグルトにも、夜の小さなおつまみにも使いやすい。あのトレイは、玄関で鍵を置くのにちょうどいい。かごの上にふわりとかける布は、中身の生活感をやわらげてくれる。
私はそう思って仕入れたのに、そのことをどこにも書いていませんでした。
黙っていることが、必ずしも控えめで良いこととは限らない。
無理にすすめるのではなく、手に取った人が困らないように、先回りして書いておく。私にできる営業は、そのくらいなのだと思います。
「プク、営業会議をします」
そう言うと、プクはゆっくり伸びをしました。
前足をぐっと出して、背中を丸め、それから椅子を降ります。
いよいよ会議に参加するのかと思ったら、水を飲みに行きました。
自由です。
私はひとりで商品札を書き直すことにしました。
『朝の食卓に置くと、少しだけ気分が明るくなる小皿です』
『玄関で鍵の迷子を減らしてくれる、小さなトレイです』
『かごの上にかけるだけで、部屋の生活感をやわらげてくれる布です』
鳥井なら、もっと切れ味のある言葉を並べるのでしょう。相手の心をつかみ、気づけば契約書にサインをもらっているのかもしれません。
でも、閑古鳥雑貨店には、これくらいが似合っています。
買ってください、と強く迫るのではなく、「こう使うと、少し便利です」と置いておく。気づいた人が、ふと手に取ってくれたら、それでいい。
今日の営業会議は、まあ、これでよし
商品札を三枚書いたところで、プクが戻ってきました。
私の足もとに座り、紙の端をじっと見ています。手伝う気はなさそうです。猫は営業会議の議事録など残しません。
それでも、その背中が近くにあるだけで、心強くなりました。

先月の売り上げは、もう変えられません。
けれど、明日の棚なら少し変えられます。
殺し屋の営業術を聴いた夜、閑古鳥雑貨店の店主は、派手な宣伝ではなく、小さな商品札を三枚だけ書き直しました。
プクは、もちろん何もしていません。
でも、書き終えた札の横で、しっぽを一度だけ揺らしました。
それを見て私は、今日の営業会議は、まあ、これでよしとすることにしました。
今日、耳に残っていた本
Audible版 『殺し屋の営業術』
Audibleを初めて使う方は、無料体験の対象かどうかを先に確認しておくと安心です。
本を開くほどの余裕はない日でも、棚を拭いたり、洗い物をしたりするあいだに、少しずつ物語が進みます。
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▶ 雑貨店主とプクのワードローブ
別アカウントで、毎朝の洋服選びを綴っています
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