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『夫のカノジョ』Audible感想|売れない雑貨店の午後に、値札を書き直した


Audibleで垣谷美雨さんの『夫のカノジョ』を聴いた日の、雑貨店の午後の話です。


▼今回聴いた本
Audible版『夫のカノジョ』




閑古鳥雑貨店の午後は、今日も静かでした。

入口の鈴は鳴らず、窓ぎわの椅子ではプクが丸くなっています。眠っているようにも見えますが、外を通る自転車の音がすると、耳だけが少し動きます。

私はレジの横で、Audibleを流していました。

聴いていたのは、垣谷美雨さんの『夫のカノジョ』です。

夫の浮気を疑った妻が、相手の女性に会いに行く。そこから、ふたりの見ていた景色が思いがけず入れ替わっていきます。

あらすじだけ聞くと、少しにぎやかな話に思えます。

でも、聴き進めていると、笑って済ませるには少し痛いところがありました。近くにいるからこそ、見えていないこともあるのかもしれません。

そんな場面に耳を傾けていたとき、レジ横に置いていた小さな値札が、床に落ちました。

拾おうとしてしゃがんだら、入口近くの棚が、いつもと違って見えました。



白い棚の白い花瓶



値札は、小さな白い花瓶についていたものでした。

白い棚の上に、白い花瓶。

気に入って置いたはずなのに、しゃがんで見ると、花瓶の輪郭が棚に溶けていました。毎日見ている私には、そこに花瓶があると分かっています。でも、初めて店に入った人には、きっと分かりにくい。

隣には、薄い生成りの布を畳んで置いていました。

かごにかけてもいいし、棚の目隠しにもなる。そう思って仕入れた布です。けれど、きちんと畳みすぎていて、ただの四角い布に見えました。

私は立ち上がって、レジの奥からもう一度棚を見ました。

朝の光に合うと思っていた花瓶も、暮らしの中で使うとやわらかく見えるはずの布も、水を入れたときの光がきれいなグラスも、そう見えているのは私だけなのかもしれません。

商品が悪いのではなく、置き方が少し黙りすぎていました。



プクの椅子のとなりで



プクは、まだ窓ぎわの椅子にいました。

「少しだけ、そこを貸してくれませんか」

声をかけると、片目だけ開けました。

貸す気はなさそうです。

私はあきらめて、隣の丸椅子に腰かけました。いつもより少し低い場所から店を見ると、奥の棚は思ったより暗く、入口近くのトレイは光の向きで値札が読みにくくなっていました。

プクは、毎日この高さから店を見ています。

たぶん、ただ、あたたかい場所にいるだけです。

それでも、プクの椅子のとなりから見る店は、私がレジの奥から見ている店とは少し違っていました。入口から見える店も、きっとまた違うのでしょう。

『夫のカノジョ』の中で、立場が変わった人たちが、自分では見えていなかったものに気づいていく。その感じが、棚の前で小さく重なりました。



棚の前で、少しすねていた



プクは、この椅子が好きなのだと思っていました。

けれど、本当は椅子そのものではなく、窓から外が見える場所が好きなのかもしれません。お客さまが棚の前で立ち止まって帰ってしまう理由も、値段なのか、使い道なのか、ただ時間がなかったのか、私には分かりません。

手に取ってもらえない日が続くと、商品が悪いのかもしれないと思ったり、お客さまの気まぐれのせいにしたくなったりします。

でも、棚の上で白い花瓶は、静かに白いままでした。



値札を書き直す



私はAudibleを止めて、入口近くの棚を少し直しました。

白い花瓶は、木の小さな台の上に移しました。置いただけで、形が少し見えやすくなりました。

畳んでいた布は、かごに軽くかけました。きれいに整えるより、その方が使う場面に近い気がしました。

値札も書き直しました。

「棚やかごに、少しかけておく布です」

最初は、もう少しきれいな言葉を書こうとしました。でも、やめました。飾った言葉にすると、またこちら側の思いだけが強くなります。

今日は、布が布らしく見えるところまでで、やめておきました。



今日の店主



作業が終わるころ、プクが椅子から降りてきました。

花瓶の前を通り、かごにかけた布のにおいをかぎ、それから何ごともなかったようにレジ横へ来ました。

合格なのか、不合格なのかは分かりません。

猫は、店内改善の講評をしてくれません。

夕方、入口の鈴が鳴りました。

入ってきたお客さまは、花瓶の前で少し立ち止まりました。手に取るところまではいきませんでしたが、顔を近づけて、棚を眺めてくれました。

私はレジの奥で、息をひとつ小さく吐きました。

お客さまが帰ったあと、プクは私がさっきまで座っていた丸椅子にのぼりました。そこから店内をじっと見渡し、しばらくしてから、ゆっくりまばたきをしました。

その顔が少しだけ店主らしかったので、私は値札のインクが乾くまで、黙って見ていました。





Audibleで『夫のカノジョ』を聴いた感想


垣谷美雨さんの『夫のカノジョ』は、夫の浮気を疑った妻と、相手の女性の見ていた景色が思いがけず変わっていく物語です。

聴き終えたあと、いつもの棚を少し低い場所から見てみたくなるような一冊でした。紙の本でじっくり読むのもよさそうですが、この物語は、店番や家事の合間に耳で追う時間にもよく合いました。

作品ページはこちらです。すでにAudible会員の方は、このまま作品ページから聴けます。


▼Audible版『夫のカノジョ』を聴いてみる


Audibleをまだ使ったことがない方は、無料体験の対象かどうかを確認してから始めると安心です。店番や家事の合間に少しずつ聴けるので、まとまった読書時間が取りにくい日にも試しやすいと思います。

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