『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』Audible感想|売れない雑貨店の夜、自分のためにスープを入れた
Audibleで古内一絵さんの『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』を聴いた日の、雑貨店の夜の話です。
▼今回聴いた本
Audible版『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』
閑古鳥雑貨店の夜は、今日も静かでした。
入口の鈴は、午後に二度だけ鳴りました。
一度目は、近所の方がハンドクリームを見に来たとき。
二度目は、配達員さんが荷物を届けに来たとき。
売れたものは、ポストカードが一枚。
それから、小さな木のスプーンが二本。
私はレジの横で、Audibleを流していました。
聴いていたのは、古内一絵さんの『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』です。
二十三時の夜食カフェ。
閉店後の雑貨店で聴くには、少し近すぎる言葉でした。
店の奥では、プクが毛布の上で丸くなっています。
眠っているようにも見えますが、袋の音がすると、耳だけが少し動きます。
今日の夕飯は、まだでした。
夕飯を食べそこねた

食べる時間がなかったわけではありません。
ただ、食べるほどの気分にならなかった。
店は静かでした。
忙しくて疲れるならまだ格好もつきますが、暇で疲れる日もあります。
レジを閉めて、照明を少し落とすと、急にお腹が空いていることに気づきました。
台所の棚には、インスタントのスープがひとつ残っていました。
袋の端が少し折れています。
いつ買ったのか、はっきり思い出せません。
賞味期限は、まだ大丈夫。
それだけ確認して、小さな鍋を出しました。
耳の中では、夜だけ開く店に、人がひとりずつやって来ます。
疲れている人。
うまく食べられない人。
何かを飲み込めないまま、ここまで来てしまった人。
誰かのための料理が、ひと皿ずつ置かれていきました。
売りものだったスープカップ

スープを入れる器を探して、手が止まりました。
いつものマグカップでいい。
そう思ったのに、その夜は少し違いました。
作業台の端に、白いスープカップがありました。
本当は二個セットでした。
けれど片方の外箱が少し潰れて、贈り物にはしづらくなったものです。
欠けても汚れてもいません。
ただ、売りものとしては少し説明しにくくなっていました。
私は、そのカップを手に取りました。
両手で包むと、ちょうどいい大きさです。
仕入れたときは、あたたかいスープを入れたらよさそうだと思っていました。
でも、誰かの家の食器棚に入ることはありませんでした。
私はそのカップを洗いました。
スポンジで軽くこすり、水で流します。
布巾で拭くと、もう商品ではなくなったように見えました。
プクが台所に来る

プクが起きてきました。
足音も立てずに、台所の入口まで来ています。
白いスープカップ。
小さな鍋。
折れた袋のスープ。
プクは入口に座り、しっぽを足に巻きました。
「プクのじゃないよ」
プクは、まばたきを一度だけしました。
返事としては、かなり不誠実でした。
鍋に水を入れて、火にかけます。
湯気が立つまでの時間は、思ったより静かです。
昼間は、静かすぎる店を少し持て余していました。
けれど夜の台所の静けさは、少し違います。
誰かを待つための静けさではなく、自分を待つための静けさでした。
Audibleの声が、そこに重なります。
「苦しかったり、つらかったりするのは、あなたがちゃんと自分の心と頭で考えて、前へ進もうとしている証拠よ」
その言葉を聴きながら、私は鍋の中をゆっくり混ぜました。
そこまで大げさな一日ではありません。
ただ、夕飯を食べそこねたまま、売上の少ないメモ帳を閉じた夜でした。
自分のための一杯

スープをカップに注ぎました。
白いカップに、薄い色のスープが入ります。
今日、二本売れたのと同じ木のスプーンを一本添えました。
売れたものと同じスプーンを、自分で使う。
それが少しおかしくて、私は小さく笑いました。
プクは、スープの匂いを真剣に確認しています。
私はカップを両手で包みました。
熱い。
けれど、その熱さがちょうどよかった。
店は今日もあまり売れませんでした。
それでも、夜にスープを飲むくらいのことはしてもいい。
売りものだったカップを、自分のために使ってもいい。
そう思える夜でした。
洗ったカップを、ふきんの上に伏せました。
もう売りものではありません。
明日からは、私の夜食用のカップです。
閉店後の雑貨店で、白いカップは静かに乾いていました。
今回、店番中に聴いていた本
古内一絵さんの『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』は、元エリートサラリーマンで、今はドラァグクイーンのシャールが夜だけ開く店を舞台にした物語です。
そこには、心や体に少し疲れを抱えた人たちが訪れます。
仕事を続けてきた人。
家族との距離に迷う人。
食べることが、うまくできなくなっている人。
出される料理は、どれもその人のために用意されたもののように感じました。
強く励ますのではなく、急がせるのでもなく、まずあたたかいものを出す。
その順番が、とてもよかったです。
Audibleで聴くと、夜の店の灯りや、料理の湯気や、シャールの言葉が静かに残ります。
派手な事件が続く作品ではありません。
けれど、家事の途中や、閉店後の片づけの時間に少しずつ聴くには、とても合っていました。
疲れている日に、強い言葉ではなく、あたたかい料理の気配で少し戻してくれる作品です。
▼Audible版『マカン・マラン - 二十三時の夜食カフェ』を聴いてみる
Audibleを初めて使う方は、無料体験の対象になっている場合があります。
本を開くほどの余裕はない夜でも、洗い物のあいだに、少しだけ物語が進みます。
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