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「歴史の終わり」はデータベースの完成/社会の変化はゆっくりになっている(11)


11.「歴史の終わり」は政治イデオロギーのデータベースの完成


政治的領域における減速


さて、ここまで(第1回~第10回で)経済成長、技術革新、人口の動き、文化の各領域などにおける減速について述べてきました。おもにつぎのようなことです。

・この数十年、先進国の経済成長は鈍化している。さらに中国などの新興国でも経済成長のペースは落ちている。世界の人口増加も、ペースダウンしている。

・近年の技術革新は、じつは一般に言われているほど急速ではなく、いくつもの領域で革新のペースが落ち、きめ細かな改良が中心となっている。

・ファッション・映像・音楽・建築などで、近年はほんとうの意味での新しい創造がみられなくなり、過去の創造の組み合わせやリメイクばかりになっている……

こうしたことについて、実例やデータ、専門家の言説をもとに述べてきました。これらの現象を一言でまとめれば、「社会の変化はゆっくりになっている」ということになります。

***

ただし、これまで政治制度や国家体制の問題、つまり政治的領域については触れませんでした。

政治のことは、当然ながら社会を構成する要素としてきわめて重要です。そして、この領域でも、新しい要素が生まれる革新的な動きが減速しているのではないでしょうか。ほかの多くの分野が減速しているのであれば、政治における減速も、もちろんあり得ることです。

政治的領域の減速は、政治的な事件や動乱がめったに起こらなくなるということではありません。近年も戦争やテロなどの深刻な事件を含むさまざまな政治的な出来事が、世界中で起こっています。

しかし、現代の政治的な出来事において主張される国家や政治についてのビジョンは、1970~80年代の時点で完成した「データベース」(過去のアイデアの蓄積)に基づいていると、と私は考えます。

現代の政治的主体(指導者や知識人、それに影響を受けた人びと)は、そのデータベースからの選択と組み合わせ、あるいは過去のアイデアのリバイバルとリスタイル、つまり「焼き直し」によって、自分たちの主張をつくりあげているのではないか。

そのような状況が、「政治的領域における減速」です。以下、より詳しく述べていきます。



「歴史の終わり」という問題提起


「歴史の終わり」
という、アメリカの政治学者・思想家フランシス・フクヤマによる有名な問題提起があります。これは、政治的領域における減速に関わる議論だと、私は考えています。

フクヤマは、ベルリンの壁崩壊(1989年)やソ連崩壊(1991年)の同時代に、「冷戦終結の世界史的意義」を論じました。そのなかで「歴史の終わり」という見方を打ち出したのです。

1989年の論文と1992年の著書『歴史の終わり』(以下、同書)で、フクヤマは、冷戦終結をふまえ、こう述べています。

《リベラルな〔=自由主義的な〕民主主義が伝統的な君主制やファシズム、あるいは最近では共産主義のような敵対するイデオロギーを打ち破ってしまった》

『歴史の終わり(上)』三笠書房

なお、「リベラルな(自由主義的な)民主主義」とは、とりあえず「広い範囲の自由と人権が、国民すべてに平等に保障され、国民が政治的な意識決定に主権者として参加できる政治体制、およびそれを支持するイデオロギー」と定義できるでしょう(イデオロギー=体系だった政治思想)。

つまり、自由主義的な民主主義は「自由」「人権」「平等」「国民主権」といった基本要素で成り立っています。さらに、これらの要素を守るための国家の運営原理として「法の支配(権力者が法、とくに憲法によって拘束される)」ということがあるわけです。また、ここでいう「自由主義」は、資本家の活動の自由を(一定の制約はあり得るとしても)基本的に認めることを前提としています。

そして、フクヤマは「自由主義的な民主主義には、ほかの体制ほどの深刻な欠陥や不合理がなかった」ということも述べています。そのうえで、「自由主義的な民主主義の勝利は、人類のイデオロギー上の進歩が、ひとつの終わりをむかえたことを示している」という解釈を打ち出しているのです。

フクヤマは、自由主義的な民主主義の実現をもって《…歴史の根底を成す諸原理や諸制度にはもはや進歩も発展もなくなる》とも述べています。それは「自由主義的な民主主義を超える、画期的なイデオロギーはもう生まれない」ということを意味します(『歴史の終わり(上・下)』三笠書房、1992年、渡部昇一訳、原著1992年)。

つまり、フクヤマの主張する「歴史の終わり」とは、私なりに要約すれば、つぎのようなことです。

自由主義的な民主主義こそが究極の政治体制であり、ほかの体制はそれよりも不完全で重大な欠陥があったことが、冷戦終結で明らかになった。なにしろ、共産主義という自由主義的な民主主義の最大の強敵が敗北したのだから。これはイデオロギーの進歩の歴史において、重要なコンセンサス(合意)が成立したということである。

そのようなコンセンサスの成立は、「人類のイデオロギー上の進歩の終焉」という意味で「歴史の終わり」と呼びうるものだ……

「イデオロギーの進歩の終焉」という見方は、「政治的領域の減速」ということと、おおいに重なるものです。

フクヤマのいう「歴史」とは、「人間の制度の(原理的な)進化」のことです。1800年代の哲学者ヘーゲル(およびその影響を受けたマルクス)が、「歴史」にそのような意味をあたえています。

「原理的な進化」が「終わり」をむかえるからといって、もう大事件が起きないとか、社会問題が全部解決されたなどど言っているのではありません。

また、現実の民主主義国家、つまり欧米などの先進国に深刻な社会問題があるとしても、それは《…近代の民主主義の土台となる自由・平等という「双子の原理」そのものの欠陥ではなく、むしろその原理を完全に実行できていないところに生じたもの》だと、フクヤマは主張します。 つまり、民主主義の原理的な欠陥ではなく、その原理の不徹底や歪んだ運用が問題だというのです。


「歴史の終わり」論は誤解されている


フクヤマの論文・著書は、発表当時において大きな反響を呼びましたが、多くの批判も受けました。

かなりの知識人は、「歴史の終わり」を「世界の現実の力関係のなかで、自由主義的な民主主義の勢力が圧倒的優位を確立すること」あるいは「アメリカの覇権が揺るぎないものになること」を指すと解釈しました。

つまり、「歴史の終わり」論を、政治的な現実における「アメリカの勝利宣言」だと受けとめたのです。

そして、このような知識人たちは、その後の世界情勢を根拠に「“歴史の終わり”という主張はまちがいだった」と結論づけたのでした。

つまり、権威主義的(独裁的)な国家・政治勢力の台頭、アメリカの覇権の後退、先進国における民主主義の動揺などが起こっているのだから、民主主義もアメリカも「勝利」などしていない、というわけです。

しかし、私に言わせれば、そのような人たちは、「歴史の終わり」論の主題や基本を理解していないのです。あるいは、フクヤマの著書をきちんと読んでいないのかもしれません。

フクヤマが自著でおもに議論したのは、現実における力関係よりも(その点にも言及してはいますが)、「歴史的な進化の終着点といえる、イデオロギー・政治体制はどのようなものか」という理念や価値の問題です。そして、「何が進歩か」「何が正しいか」ということと「現実」のあいだにギャップやタイムラグがあることは、フクヤマも前提としています。

そして、ここでは立ち入りませんが、フクヤマは同書において、「歴史を前進させる力は何か」「自由主義的な民主主義の持つ弱点・矛盾」「“歴史の終わり”の後の人間のあり方」といった、政治・社会についてのさまざまな哲学的な議論を展開しており、これに多くのページを割いています。それでも、そうした議論の基本には、「イデオロギー上の進歩の終焉」という見方があるのです。

イデオロギー上の進歩の終焉という意味での「歴史の終わり」ならば、遅くとも1900年代末までにたしかにあったと、私は考えます。つまり、「歴史の終わり」論は、基本的にはまちがっていなかったということです。


「民主主義の危機・後退」は起こっているが……


たしかに、今の世界では「民主主義の危機・後退」ということが、現実に起こっています。

なにしろ、民主主義の総本山だと思っていたアメリカが、2020年代現在においてああいう状態です。大統領が選挙や司法などの民主主義を支える制度、言論や学問の自由を公然と攻撃したりしています。そして、それを支持する多くのアメリカ国民がいる。

また、民主主義と鋭く対立する独裁体制(権威主義体制ともいわれる)の中国が超大国として世界に大きな影響をおよぼしているわけです。同じく独裁体制のロシアも、中国ほどの力はないとしても、現在の国際秩序に対する重大な脅威となっている。

しかし、その影響力が強くなっているとしても、中国やロシアの体制が、国家の政治体制として「正統な、あるべき姿」と思っている人は、どれだけいるのでしょうか? 外国からみればもちろんのこと、中国やロシアの内部でもどうなのか? 

中国やロシアの権力者や富豪のあいだでは、自分の子供を欧米に留学させることは一般的です。さらに、その息子や娘が留学後も欧米で暮らし続けることもあるわけです。また、資産の重要な部分が欧米にあることも多い。

おそらく、中国やロシアの権力者の多くは(狂信的な例外はあるにせよ)、本音では「自国の体制が理念として正しいものだ」とは思っていないのです。要するに、自国の体制を信じていない。「社会の安定のためには、今はこの体制が必要」といった一定の納得はあったとしても、ずっと続くべき「あるべき姿」とは思っていない。

また、欧米や日本などの先進国で「自由主義的な民主主義」に批判的な人たちもいます。社会の現状における問題と、現体制である自由主義的な民主主義を結び付けて批判するわけです。

しかし、民主主義がそんなに気に入らないなら、結局のところ、特定の個人や少数者に権力を集中させる「独裁」しかないはずです。しかし、民主主義を批判する人たちは、そこは明確には言いません。それは結局「民主主義にかわる、説得力のある体制の構想」を示すことができないということです。

それはそうでしょう。自由主義的な民主主義以外に、今や何があるというのか? たとえ民主主義にいろんな問題や欠陥があるとしてもです。

ただし、自分が支持する指導者が法に縛られない独裁的権力を持つべきだと考える人も、一定数いるでしょう。しかし、そのような権力を欲するとしても、内外の「敵」との戦いや秩序回復のための緊急避難的なものを想定するのが一般的で、独裁が永続することを望む人は限られるはずです(それでも、独裁を志向する権力者は、「緊急避難」を足がかりとして、民主主義の体制を切り崩していくわけですが)。

つまり、自由主義的な民主主義という「幅広い自由と人権が平等に保障される、国民主権の体制」が正統であるというコンセンサスじたいは、現在の情勢においても、覆ってはいないのです。

そして、そのような「コンセンサス」を確認したのが「歴史の終わり」という主張です。その主張の有効性は、今も失われていないということです。


「シン冷戦終結」の可能性


20世紀末までの近現代の歴史をみわたすかぎり、リベラルな民主主義に反発・抵抗する、王政などの旧体制の復活、ファシズム、共産主義などの試みは、一時勢いがあったとしても全部失敗してきました。

だとすれば、今の中国(2010年代から独裁化がすすんだ)もずっとこの体制のままで行けるかどうか? 数十年のうちに何らかの動揺や激変があることは、当然考えられるでしょう。

安定した民主主義の体制のもとで暮らす私たち先進国の人間は、海外の独裁国家についても、その体制がそれなりに(矛盾を抱えながらも)保たれている様子をみていると、ばくぜんとこの体制がずっと続くと思ってしまいます。自分たちの社会のような安定が、自分たちとは異質な社会においても成立すると、つい考えてしまう。

1970~80年代における、ソ連に対する西側(自由主義世界)の見方も、まさにそうでした。

その当時(70~80年代)の、21世紀やさらにその先の未来世界を描いたSF作品をみても、その未来において、たいていはソ連という国は続いていることになっています(私は子ども時代にそういう作品にいろいろ触れてきました)。まさか10年先にソ連が崩壊するなんて、1980年頃の人びとは、ソ連に批判的な西側の識者も含め、まず考えていませんでした。

だから、中国やロシアの今も体制も「今はともかく、そのうちどうなるかわからない」という目線で見続けることは大事だと思います。

では、将来において中国やロシアの権威主義体制が衰退・崩壊したらどうなるか? あるいは、アメリカにおけるトランプ的な政治が「結局ダメだった」ということが明らかになるときが来たら? それはおそらく、いろいろな混乱や問題をひきおこし、深い傷あとを残した末のことになると思いますが……

そんな「シン冷戦終結」があれば、リベラルな民主主義の理念としての優位や正統性が再確認されることになるでしょう。「歴史の終わり」的なことをいう識者が、またいろいろとあらわれるのです。

ただし、そのような「優位や正統性」が再確認されたところで、格差などの社会問題や、世界の環境や安全保障の問題などが一挙に解決されるわけもありません。

だから、現体制の基本原理とされる、自由主義的な民主主義への批判や反発も続いていくのです。そして、情勢しだいで、また強大な権威主義国家があらわれたり、「新しいトランプ」といえるような有力な政治家が、欧米などの先進国にあらわれたりするわけです。

このような、「自由主義的な民主主義」が正統とされながらも、絶えずそれに反発する勢力から批判や挑戦を受け続ける状態が、これから少なくとも100年200年は続くのではないか。

「歴史の終わり」とは、そのようなすっきりしない、混沌とした状況なのではないかと、私は考えています。現在の世界情勢をふまえ、そのように思うのです。


「歴史の終わり」とは「データべースの完成」


以上述べてきたように、「歴史の終わり」とは、「現実の力関係におけるリベラルな民主主義の圧倒的勝利」ではなく、「イデオロギー上の原理的な進歩の終わり」のことです。

そして、このような「イデオロギー上の進歩の終わり」とは、ここで(これまでの一連の記事で)用いてきた表現でいえば、「データベースの完成」ということだと、私は考えます。

「データベース」とは、ここでは「創造的な活動において参照される、過去の作品やアイデアの蓄積」を意味します。どんな分野でも、そのようなデータベースは社会的に存在しています。専門家やクリエイターは、先行研究や過去の作品などの、先人による遺産・蓄積を参照しながら仕事をしているのです。

そして、ある分野で変化や革新が盛んなときは、それまでになかった新しい要素がデータベースに次々と加わっていくものです。逆に革新が減速・停滞すれば、新しい要素は増えなくなります。。

たとえば、20世紀の女性のファッションでは、スカート丈がしだいに短くなるなど、時代とともにシルエットの新しいパターンが次々と登場しました。ファッションの「データベース」を構成する要素が増えていったのです。つまり、激しい変化が続いていたわけです。

しかし、1960年代におけるミニスカートや女性用のパンツ(パンタロンなど)の登場以降、新しいシルエットは生み出されなくなりました。女性ファッションのデータベースに画期的な新しい要素が加わることがなくなったのです。それは、基本的なシルエットのパターンが出揃ったということであり、「データベースの完成」といえます。

以上は、ファッション論が専門の蘆田裕史氏が述べていたことです(第7回参照)。さらに蘆田氏は《〔1960年代にデータベースが完成すると〕新しいシルエットを作ることは難しくなり、必然的にファッションデザイナーの仕事は諸要素を組み合わせることへと移って〔いった〕》と述べています。

1960年代以降、ファッションの変化・革新は減速していきました。「現代のファッションは、1960年代までの遺産のリバイバルやリスタイル(つまり焼き直し)によるものだ」という専門家もいます(服装史研究者・横田尚美氏、第7回参照)。

政治のことに話を戻します。リベラルな民主主義がほかの政治体制よりも原理的に優れた政治体制であり、これ以上、画期的な新しい政治体制の考え方は出てこないのだとすれば、それは「政治体制の考え方の基本的なパターンが出揃った」ということになるはずです。

それはつまり、「政治イデオロギーにおける“データベース”の完成」です。

フクシマは、「データベースの完成」という言い方はしていません。しかし、「歴史の終わり」論は、政治の領域で新しい要素・アイデアが生まれなくなっている状況、つまり「データベースの完成」について、「歴史の終わり」という印象的なフレーズをもとに述べたものだと、私は解釈しています。

このような「歴史の終わり=データベースの完成」という解釈は、現代の情勢をより正確に評価するうえで有効なはずです。

習近平体制やプーチン政権のような現代の権威主義的・独裁的な政治は、世界に強い影響をあたえているとしても、「データベース」にある古いアイデアのリバイバルや組み合わせなのです。現代の世界各地で台頭している、排外主義的なポピュリズムについても、同様のことがいえます。

現在のトランプ政権がすすめようとしている「関税による国内産業の保護」は、近代の初期には有力だった「重商主義」の現代版です。法の支配を崩して独裁的な権力を志向する傾向、マスコミや大学などの知識人の集団に対する攻撃、非白人などのマイノリティへの差別も、かつての古い社会で権力によってくりかえされてきたことです。

近年の新しく台頭した世界各地の政治勢力にしても、「右」であれ「左」であれ、その主張や政策、プロパガンダの手法などについて、しばしば過去の政治勢力との共通性が指摘されます。「最近の〇〇のやり方は△△(たとえばナチス)のマネだ」といったことが言われるわけです。

現在の各国における政治的な新興勢力のなかには、「○○人(たとえば日本人)としてのアイデンティティ」に訴える語りを前面に押し出している政党があります。

その語りは、「私たちは誇り高き○○人で、古くからの伝統文化の後継者である」と訴えるもの。これは、アイデンティティの問題を抱えている人びと、つまり「自分は何者か」ということに対し納得や安心が得られない人びとをおもなターゲットとしています。

そして、こう続けるわけです。「しかし、○○人の素晴らしい文化も、本来得られるはずの繁栄も、外国人や移民、それを野放しにする誤った政治などによっておびやかされている(あるいは、台無しにされている)」「このような悪しき状況を変え、○○人としての誇りを取り戻そう」「それができるのは、我が党だけである」

これは、かつてナチスが用いた話法と基本的には同じです。「○○人」をドイツ人に、「外国人や移民」のメインを「ユダヤ人」にすれば、ナチスの主張になります。

そして、現在の政治勢力についてこのような「先例」を指摘する識者や、それらの新興勢力のリーダーは、「政治イデオロギー(政策や手法含む)のデータベース」を参照しているのです。新興の政治勢力の場合は、データベースからピックアップした諸要素を現代的にアレンジしたり組み合わせを工夫したりして「新しさ」をつくりだそうとしています。

つまり、近年の「現代的」とされる政治の動きは、決して自由主義的な民主主義などの従来の政治イデオロギーの枠を超える「新しい」ものではないはずです。データベースにシルエットの新しいパターンを加えるものではなく、過去に流行したアイテムの組み合わせやリスタイルなのです。その意味で、政治的領域は減速モードにあるということです。


「減速」論の先駆け


「歴史の終わり」論は、1990年頃に提起された、現代社会についての「減速」論(「社会の変化はゆっくりなっている」という主張)の先駆けのひとつであると、私は思います。

そして、自由主義的な民主主義をつよく支持する価値観をもとに、社会や歴史の幅広い事象を説明しようとしたフクヤマの主張は、まさに「大きな物語」です。これは、当時の人文・社会系の知識人としては挑戦的なことでした。彼が自説を発表した1990年頃は、「大きな物語」に対し否定的なポストモダンの思想が、現在よりもずっと有力だったからです(第10回参照)。

「大きな物語」とは、「一定の価値観・概念に基づいて、社会や歴史の幅広い事象をまとめて説明しようとする言説」のことです。マルクス主義の歴史観(「社会主義・共産主義への発展は世界史の必然」と説く)は、その代表格でした。

1990年代前半の同時代にフクヤマの『歴史の終わり』を読んだ若い頃の私は、その大きな物語――「イデオロギー上の進歩の終焉」という考えに影響を受けました。

そして、2000年頃までには、政治的領域に限らない「社会全般の減速(急速な進歩・変化の終焉)」という見方をするようになり、技術革新の減速のほか、「子どもが昔のコンテンツに夢中になる」といった細かな現象(第8回参照)にも注目するようになったのでした。

ただし、そのような「減速」論の考えを、この一連の記事のようにまとめるまでには、おもに世界史の全体像についての理解に手間取って、ずいぶんと時間がかかってしまったわけですが……

ここで述べたような政治やイデオロギーの問題は、本来はもっと説明が必要です。「どのような政治イデオロギーや国家体制が展開していったか」は、世界史における重要な視点・テーマのひとつです。しかし、ここでは立ち入らず、今後過去5000年余りの世界史の大きな動きについて述べるなかで、さらに考えていきます。

(第12回に続く)


*サムネイルの写真は、国立代々木競技場 第一体育館(1964年、意匠設計:丹下健三)。このような、今みてもモダンで「未来」をも感じさせる建築が60年余り前につくられていたのです。1964年の60年前というと1904年(明治時代、日露戦争の頃)です。そこからの60年にくらべ、この建築以後の60年の変化はゆっくりだったのでは?

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