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宮沢賢治の中のみんな。みんなの中の宮沢賢治。

前回、プラグマティズムについて書いた。今回は宮沢賢治について書くのだが。プラグマティズム発展の重要人物ウィリアム・ジェームズ。イントロは彼に担当してもらう。

宮沢賢治は、日本を代表する詩人・童話作家だが。科学者・宗教家・農学校教師や農業技師・石灰のセールスマン……でもあった。極めて多面的な行動実践者だったとも言える。

宮沢研究の先駆的存在である学者は言う。詩人・科学者・宗教信者・行動実践者という4要素は、絶妙に交錯し共存して、宮沢賢治という一個の人間を形成していたと。


実際、宮沢はジェームズの影響を受けていたという。本当なのだろうか。

ジェームズの『宗教的経験の諸相』に。特定の宗派を越えた人間の宗教的経験の共通項を探求していけば、もっと赤みをおびてハツラツとした信仰が植えつけられ、諸君の思い通りに豊かに花を開くことができるとある。

これが当時の日本語訳版の画像なのだろうか。
探したわりに確信がもてておらず、申し訳ない。

「赤みをおびて溌剌とした信仰」。『春と修羅 第二集 一五二「林学生」』は元々、「赤い歪形」という題名だったそうだ。

先生 先生 山の上から あれ
お月さんだ まるっきり潰れて変たに赤くて
それはひとつの信仰だとさ ジェームスによれば

このジェームスがウィリアム・ジェームズのことなのだと言われている。これは私もそう思う。

アインシュタインが信じたのは
Spinoza's God(あらゆるものに内在する神)。

『心理学原理』で、ジェームズはこのように示した。人間の意識とは静的な部分の配列によって成り立つものではなく、動的なイメージや観念が流れるように連なったもの。

『詩ノート』で、宮沢はこのように記した。

誤解を恐れずに言えば。ジェームズの言っていた内容は、どんな時代でも誰でも言えるようなことだ。

宮沢は、「意識の流れ」について語る中で細胞を電子系の並びにたとえていた。自分も電子系の系統だと言っていた。大正時代に。さすが、我らがミヤザワである。

この過去回より。
この記事からお借りした。
天文の専門家でいらっしゃるのに、宮沢賢治関連の本も数百冊読んでから、本を書いたらしい。すごい。

2人の差がいかほどのものか・「電子系順列でできている細胞」と言った宮沢がどれほど科学的なのかを表すのに、神経インパルスの話をする。

ニュアンスだけ知りたい人用↓

私たちの身体を構成している細胞どおしは、神経系における神経伝達物質や内分泌系におけるホルモンを介して、コミュニケーションをとりあっている。インパルス(電気的な信号)が神経系の共通言語のようなもの。

インパルスは神経細胞の興奮によって起こる。血糖値の上昇などの内部環境の変化をキャッチした神経細胞が、興奮するのだ。そうして起こるのが活動電流だ。

ディテールを読みたい人用↓

神経インパルスは、脱分極の波として軸索にそって移動する活動電位である。

脱分極は、イオン・チャネルが開き膜電位の変化をひき起こす時に起きる。軸索の長さをしめるイオン・チャネルは、電圧依存性(膜電位の変化に応じて開く)である。よって、軸索のある地点での脱分極は、軸索の次のセグメントのイオン・チャネルの開口を誘発する。これにより、脱分極が一方向の「波」として軸索の長さにそって広がる。

活動電位は、全か無かの原理にしたがって軸索内で生成される。

最小限の電気刺激が生成されれば、常に同じ大きさの活動電位が発生する。この最小刺激(しきい値電位-55mVとして知られる)は、電位依存性イオン・チャネルを開くために必要なレベルである。しきい値電位に達しない場合、活動電位は生成されずニューロンは発火しない。(AIが人間に近づくとかで世間は騒いでいるが。元より、生物とコンピューターは似通った要素をもっている)

しきい値電位は、樹状突起からの複合刺激が脱分極の最小レベルを超えた時に誘発される。

樹状突起からの全体的な脱分極が、軸索のある部分の電位依存性イオン・チャネルを活性化するのにじゅうぶんであれば。結果として生じるイオンの変位は、次の軸索部分の電位依存性イオン・チャネルの活性化をひき起こすのにじゅうぶんなはず。


風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈
ひとつの青い照明です

なんで知っていたのというだけでなく。それを言い表すこのセンスよ。宮沢賢治は、ジェームズの影響を受けた/受けなかったなどというレベルではない。

シナジーや愛の連鎖を起草してもいい。

大昔から、みんな = Prayer X のために教本はあった。

ストーリー仕立てにしてあったり格言的に羅列してあったりと、いろんなタイプの人向けにその本は書かれている。手とり足とり教えてもらわないとダメな人・行間の読めない人・イマジネーション能力の著しく欠落した人が読んでも意味のない、あの本だ。

求めよが本当に求めよに聞こえる人なんているのか。挑み続けよ系に決まってるだろ。さらに、プラグマティズム的になれとまで言っているのだと。

私たちは、よく生きるのに・みんなで幸せになるのに、細胞のことを知る必要はないわけだから。

「因果交流電燈のひとつの青い照明」みんなになんとなく大切なことが伝わり、一部の人の探究心をそそる。ちょうどいい。


『宗教的経験の諸相』で、ジェームズはこのように結論づけていた。

目に見える世界はより霊的な宇宙の部分であって、この宇宙から世界はその主要な意義を得る。より高い宇宙との合一あるいは調和的関係が、私たちの真の目的である。

宮沢の『農民芸術概論綱要』の内容は、たしかに、これと似ている。

「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じていくことである」「われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である」など。

いや、別に、これだって似ているよ。

『攻殻機動隊』のアメリカ合衆国・米帝・米露連合。
タチコマたちの米帝への悪態のつき方は笑える。

私の書いたものさえ、似ているよ。たぶん。

だから、まぁ、帝国図書館で読んだのかもしれないが。ジェームズを介さなければ、たとえば宮沢が心象を科学的に記載しておこうと思い立たなかったとは、思えない。

森佐一あての手紙の中で)宮沢「『春と修羅』も到底詩ではありません。私がこれから何とかして完成したいと思って居ります、或る心理学的な仕事の仕度に、いろいろな条件の下で書き取って置く、ほんの粗硬な心象のスケッチでしかありません。歴史や宗教の位置を全く変換しやうと企画し、それを基骨としたさまざまの生活を発表して」※一部略

(岩波書店創業者あての手紙の中で)宮沢「わたくしはあとで勉強するときの仕度にと、それぞれの心もちをそのとほり科学的に記載して置きました」

(詩ではない・そのとおり科学的に、とハッキリ言っていたのに。心象や心もちというキーワードから、彼は誤解されがちだ。このことは一旦、おいておこう。後で書く)

仕度仕度と言っている。「あとで勉強する」のは「或る心理学的な仕事」なのだろう。それを経て「歴史や宗教の位置を全く変換」する。「それを基骨としたさまざまの生活を発表」すると。

大谷さんの曼荼羅チャートほど細かくはないが。宮沢も叶えたい夢や目標に向かって、計画立てて生きていたんだなと感じる。1つ1つ実践していこうと。
ちなみに。これは、ユングが自分で描いたのに「匿名の男性患者が描いた」としたマンダラ。匿名希望の気分だったのだろう😂

ジェームズは、『宗教的経験の諸相』は病的心理学の研究でもあると述べていた。

人々の風変わりな体験は、幻覚や妄想の類に分類されがちだが。本人たちからしたら、事実として体験されたものに他ならない。

それらに耳を傾け、研究しようと試みる者たちがいる。

これも前回(プラグマティズムの回)より。

いずれ何かを成しとげる人には、互いに関わりあわずとも、共通する素晴らしい点がそもそもあると。個人的にはそのように考えたい。自分自身がよく生きるためにも、その方が効きそうだし。


宮沢がユングの影響を受けていたというのは、どうなのだろうか。

ユングが「集合的無意識」というものを主張するようになったきっかけの1つは、精神病者の体験と神話や民話との間に共通点を見つけたことだった。

ユングの患者の1人が、頭を左右にふりながら目をほそめて太陽を見ていた。その時、患者はユングにこう話した。太陽はペニスをもっている・それは風の起源である・頭を左右にふることで自分はこのペニスを動かすことができる。

後にミトラ信仰に関する文献を読んだユングは、驚いた。「太陽の顔から垂れ下がり風をまき起こすものとされる1本の管」という文言があったからだ。ミトラの太陽神のことなど知るはずもない人間の妄想内容との 完 全 一 致 状態に、ユングが人間の普遍的な無意識についての熱意を倍増させたのは、想像にかたくない。

ユング、テンション爆上がりしただろうな。

「われ口を曲げ鼻をうごかせば西ぞらの黄金の一つ目はいかり立つなり」

これは宮沢15才の短歌だ。西空の黄金の一つ目……金星だ。自分がこうすると金星が怒ったように見えるんだよね、と宮沢少年は言っていた。

ユングの患者の話と似ている。自分次第で自然の見え方は変わる的な。

歌詞だけでなく、太陽のペニスや金星の憤りとマッチするようなサムネだな。笑

ジェームズも言っていた。「人は幸せだから歌うのではない。歌うから幸せなのだ。人は楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ」と。


盛岡中学校卒の歌人には、石川啄木もいる。宮沢のファンキーな先輩だ。

啄木めちゃくちゃおもしろいよね。

啄木は牛鍋を食べビールを飲んだことを日記に書いた。賢治は天ぷらそばとサイダーの組あわせを好んでいた。らしい。


宮沢は精神分析に対する知識をもっていた。「フロイト学派の精神分析の好材料になるような詩」という発言をしたことがあったし。父親にあてた手紙で「心理学や科学の廉い本を見ては飛びついている」と書いていた。

だが。ユングについてのこのような宮沢の記録はない。

集合的無意識に関係する「元型」という用語は、ユングの『本能と無意識』という論文の中にはじめて登場した。これが1919年。「集合的無意識」がはじめて登場したのは、『無意識の構造』という論文の中だった。これはユングの死後に注目されたもの。

これらを海外から自分でとり寄せるなどして、宮沢がユングのアイディアにふれていた可能性もなくはないが、非常に低いと思う。

そこまでしていたのなら、ユングという名前が一度くらい宮沢から出ていてもいいはずだ。(フロイトのことは書いている)

他の日本人づてに集合的無意識の何たるかを知った可能性も、また、限りなく低いと思われる。

思想や文學の方の傳続主義はこの心理から研究することが出來よう。ユング教授の所謂「集合的無意識」the Collective Unconscious また、スタンレ・ホオル教授の「民族心」Folk-soul と稱するもの皆これだ。

当時日本にあったこの程度の解説では、大したことはつかめないだろう。


少しつながりが見えづらいかもしれないが、すぐにわかる。

宮沢の父親は仏教に強い関心をもっており、「花巻仏教会」を運営していた。伯母も熱心な仏教徒だった。宗派は真宗大谷派。

宮沢は「小生すでに道を得て候」と示し、阿弥陀如来を信ずることを少年期から宣言していた。

しかし、浄土真宗から法華経信仰へ。『漢和対照妙法蓮華経』などを通して、法華経を知り。生涯を捧げる決意をする。父に法華経信仰に転じる旨を伝え、両親を勧誘もした。

宮沢の遺言には、法華経を千部刷って知人に配ってほしいというのがあったそうだ。

相当、心を打たれたのだろう。「影響を受けた」とは、本来このレベルのことを言うのではないか。


法華経は、はじめの段階で言いきっている。人々が今まで悟りだと思っているものは本当の悟りではないと。これから言うことが本当の悟りだと。

宮沢は「ほんとうの」というキーワードを多用していた。出どころはおそらく法華経だ。

法華経の言わんとすることはこうだ。

悟りの完成/達成は万人に通じなければならない。どんな境遇にある人でも、その場所からこの道をたどっていけば、最高のところへ行ける。これが本当の悟り。

私の心にある感覚は(私に仏教を教えた英国人教授が語ったエピソードがふに落ちすぎて、それを採用したため)これとは異なる。有名な般若心経もまた別。法華経も本願寺派も大谷派もこれを唱えない。

意味も知らなくていい!
つらぬいてるよねw 色、即是、空を。

けれど、いい話だと思っている。

キリスト教聖書でもそうであるように。比喩話にあふれている。具体的な比喩を用いて抽象的な内容が、繰り返し繰り返し語られている。さまざまな人種や職業や生い立ちなど、たとえ話が多岐にわたるのは、そういう理由からなのかもしれない。

百何十回書いてきたnoteの第一回目から言っている。私は人の信仰心が好きなのだ。A宗教とかB宗教とか関係ない。


宮沢のとり組んだ分野が多岐にわたるため、必然的に、彼に対する研究アプローチも多岐にわたる。

あらゆる人文科学からの分析・社会科学からの評論・宗教学的検討・自然科学としての意味づけなど。

ある研究者が、宮沢に存在する病理性を分析する中で、「不思議の国の宮沢賢治」というキーワードを用いた。彼の青年期の精神の危機は躁鬱病によるものであった、という視点から。

私的には。ルイス・キャロルも実在したアリスも大変聡明で特別な存在だったため、この表現にはあまりピンとこない。物語の中のアリスも Quest:a long or arduous search for something に出たのであるし、不思議の国の生き物たちもとても多才で多彩なのだし。

彼ら彼女らと宮沢の素晴らしさを並べて考えるのなら、わかるが。躁鬱病?雰囲気で言っていやしないか。


正直言って。その他の彼の分析にも、ピンとこないものが多々ある。

たとえば。関係嗜癖(特定の対象者に対して依存しその関係性に耽溺する傾向)を軸に宮沢の生き方や対人関係を見て、精神病理的観点から分析を行ったもの。

宮沢が亡き妹に向けていた愛情は近親を越えた異性に対するそれだった、とする見方だ。

究極的な話、そんなこと本人以外の誰にもわかりやしないだろ。いいや、当人にだってわからないね。僕が私があの人に恋をしている理由の何割が性愛に由来するものだと、円グラフで表せるように把握している者などいない。

これも前段に貼った過去回より。

たとえば。非常に長いモラトリアム期間を有しただとか、生涯独身で親の家にとどまっていただとかで、フリーターやパラサイト・シングルといった見地から宮沢を見ることも可能であるなどとしたもの。

そんなとこに着眼するの?わざわざ宮沢賢治で?もったいないと言うかなんと言うか。彼以外の有象無象に、そんな対象はいくらでもいるだろうが。

ずっと切磋琢磨していたら、婚期も逃すだろうよ。37才より長生きできていたら、もしくは結婚もしただろうよ。

この過去回より。

宮沢は、自然科学としては、天文学・天文物理学・地質学・土壌学・農学・化学(肥料学)を身につけていた。そのように科学者でありながら、思想家や宗教者でもあったのが宮沢だ。

それらを両輪として、彼の文学はいきいきと走っていたわけだ。

盛岡高等農林学校は、東北の農業振興を目的に創設された。岩手県の稲の生産は、冷害や山地に近いやせた土壌で低迷していたと言う。不作に苦しむ故郷の農業従事者を救いたいという想いで、宮沢はそこへ入学した。

「腐植質中ノ無機成分ノ植物ニ対する価値」、彼の卒論だ。

宮沢の『グスコーブドリの伝記』という童話では。主人公が犠牲となるかたちで火山を爆発させたことで、二酸化炭素が発生し温暖化が起こり、冷害が克服される。

物語の舞台はイーハトーブ:宮沢の造語で故郷の岩手県がモデル。盛岡はモリーオ。いずれも、彼の理想郷なのだと言われている。

あのイーハトーヴォのすきとほった風  夏でも底に冷たさをもつ青いそら  うつくしい森で飾られたモリーオ市  郊外のぎらぎらひかる草の波

しっとりした感じではないね。パワフル/エネルギッシュな感じだね。自然が。

宮沢賢治童話村の森の写真

ちなみにアニメ化もされている。これも猫で。


『銀河鉄道の夜』では。キャラクターたちが、「ほんたうの切符」を手に「ほんたうのほんたうの幸福」を探す旅に出る。

法華経の話を思い出しながら、読んでほしい。

これは第3稿のものであり、
最終稿(第4稿)には残らなかった記述だが。
「誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸せなんだねえ」

こう続く。「だからおまえの実験は、このきれぎれの考えのはじめから終わりすべてにわたるようでなければいけない。それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ」

ささる。

私たちは「あのプレシオスの鎖を解かなければならない」。

ね。天の法則を知りその掟を地に施すんだよね。

プレアデス星団のことを思う人も、ヨブ記のことを思う人もいる。元ネタなんて気にならない人もいる。それでいい。みんなの中のそれぞれのミヤケンだから。


自然科学のもつ方法論を自分の実践のための土台として学び、生活の中で実証することの必要性を強く感じていたのが、伝わってくる。

そこがポイントだろ。


心象スケッチとは何なのか。

宮沢本人が詩ではないと断言していたのだか ら、詩ではない。

先ほど一部を抜粋したが。これが全文だ。

岩波茂雄は、見知らぬ岩手県の農学校の教師からの突然の手紙に返事を出さなかったが。(そりゃそうだ笑)とってはおいた。半世紀後、古書市に出品されているのが発見された。

腰の低い伝え方ではあるが(面識のない人にいきなり送りつけたのだし、礼儀正しい日本人なのだし、そこは当然かと)。自分の心象スケッチを心理学と同じジャンルに分類されるのならまだしも、詩集のコーナーに陳列されてはたまったもんじゃないーーというような宮沢の、それこそ心象が、見てとれる。

『春と修羅』は「事実のとほりに」記載されたものなのだ。メタファーやアナロジーではないのだ。

さしづめ、観察者と外界との相互作用によって観察者の意識に展開される現象の実況中継ーーといったところか。


J.R.Angell『Psychology:An introductory study of the structures and functions of human consciousness』が、『機能主義 心理学講義』として日本語訳出版されたのは、1910年だ。

アンジェルが、意識の機能は生物が危機におちいった時に現れ、危機が去るとすぐに消滅するという主張をしたこと(彼の考え方の一部にすぎない)に対して。揶揄する方向性で、デウス・エクス・マキナみたいだなと言う人たちがいる。

機械から神というギリシャ語から派生したラテン語で。古代ギリシャ演劇の慣習から生まれた用語だ。当時、神を演じる役者は機械で舞台にあげられていた。役者を上からおろす時、下からひきあげる時に。

つまり、こうだ。機械じかけから現れる神。

私は、彼の言わんとしたことが何なのか・彼が抜きん出して着眼したことが何なのか、系統的によくわかるけどね。

「心象という語を用いる時は、思想の感覚的内容(視覚や聴覚)を主としていう場合である」「心象という働きが発達してくれば、はじめて未来を知り、過去を顧みるという大切な機能を行うことができる」

宮沢がアンジェルを読んでいたとしよう(私はなんとなく読んでいた気がする)。すると、宮沢の心象とは時間軸を超えるような何かだ。

私は、宮沢賢治も好きだがノーラン監督も好きだ。


宮沢の知覚世界。

アニミズム(生命のないものに生命を認めたり、意識や意志などの心の働きを認めたりする心理的特徴)は、子どもに多く見られることから、自他の混同や未分化性のため自分の心の中の出来事と外界の出来事とが区別できない未熟な心性ーーとしてとらえられることもあるが。

1つの高度なアイディアだ。

『月夜の電信柱』で。電信柱の長い列が軍隊行進をする。

宮沢は絵でもそれを描いている。
ウィリアム・ブレイクの『蚤の幽霊』に似てるな。

宮沢の生徒の1人が、宮沢先生はこういうことを言っていたと。「木の霊が話している」「おれの思想があの木に移っている」「山の霊に逢いに行く」(この生徒も同行した)

私的には、木に霊なんかいない・必要ない・木は木として話している。という感じだが。

この回で使った写真は、私が幼少期から親しんでいた森の木にそっくりだ。高さや生い茂り方や雰囲気が。

共感覚(ある感覚刺激を本来の感覚以外に別の感覚としても知覚できる能力)も、宮沢の作品にひんぱんに見られる。

宮沢の場合、視覚が嗅覚を呼び起こすパターンが多い。月が彼に果実のにおいを感じさせたり・空が彼にさびしきにおいを感じさせたり。

黄色い声援だとか、視覚 ⇆ 聴覚パターンならよくあるが。宮沢型は珍しい。


『注文の多い料理店』の描写には、人々が子どもの頃に抱いていたような独特な感覚が、数多く出てくるが。宮沢は、また、どうしてもこんなことがあるからその通り書いたと言っていた。

動画をお借りする。

「これらは決して偽でも仮空でも窃盗でもない。多少の再度の内省と分折とはあつても、たしかにこの通り、その時心象の中に現はれたものである。故にそれは、どんなに馬鹿げてゐても難解でも、必ず心の深部に於て万人の共通である。卑怯な成人たちに畢竟不可解な丈である」(『注文の多い料理店』用に宮沢賢治が書いたと推測される、販売促進用のチラシより)

本当に宮沢が書いたものなのか。

「これは田園の新鮮な産物である。われらは田園の風と光の中からつやゝかな果実や、青い蔬菜と一緒にこれらの心象スケツチを世間に提供するものである」

とても宮沢らしいのだが。われらという部分がひっかかる。宮沢が、出版にたずさわる人々を自分と並べて主語にするかな。文案は宮沢で編集者が推敲した。こうな気がする。


これらから。

宮沢は、自然物などを何かに見立てていたのではない。それらをもってして、自己の内面を表現したりもしていなかった。彼の心象とは、目の前に存在しない記憶像を想起していたのではなく。外界をストレートにとらえてのことだったのだ。

『セロ弾きのゴーシュ』に見る、動物介在療法や音楽療法のアイディアに思いを馳せる。「わけて考えて」いたら、こういう発想は生まれにくいものだ。

賢治生誕100年を記念し、花巻市はをヨーヨー・マ招き演奏会を開催した。賢治の使用していたチェロで「トロイメライ」が演奏された。だって。超豪華じゃん。


次の話でラストにする。

宮沢は、東北砕石工場のしょくたくとして、タンカル(炭酸石灰)の施用を農家に推奨してまわっていた。

pH7で中性・それ未満が酸性・それより上がアルカリ性。水稲用の土壌の最適な状態は弱酸性である。pH5.5~6.5 の土壌にすることである。

石灰や炭酸石灰をまけば、土壌のpHの値は大きくなってしまう。

『土壌要務一覧』で、宮沢は石灰と耕土について述べていた。

六、耕土ハ茶褐色乃至黒褐色ヲ保タシメタイ溜リ水ノ褐色ナノハ排水、砂ノ客土、祖粒石灰岩抹ノ施用ニヨリ、赤及黄ハ有機物ト石灰ノ施用ニヨリ、青色及灰色ハ石灰ヲ用ヒ又秋耕ニヨリ、白ハ有機物並ニ洪積ナラバ石灰ヲモ与ヘテ改良スル。

耕土ノ反応ハ中性ヲ望ム。洪積台地ハ、殆ド酸性デアル。適量ノ石灰木灰ヲ施用スルコト、有機性酸性ナラバ(六)中ノ方法ヤ焼土等之ヲ矯正スル。尤モ水稲陸稲小麦蕎麦ハ酸性ニモ耐ヘル。大麦ヤ荳菽類ハ耐エナイ。

殆ド酸性デアル。適量ノ石灰木灰ヲ施用スルコト、有機性酸性ナラバ(六)中ノ方法ヤ焼土等之ヲ矯正スル。

宮沢の意見をまとめると、こうだ。

耕土は中性が望ましいのだが。このあたりの耕土はほとんど酸性だ。石灰を施用するとよいだろう。水稲や陸稲は酸性への耐性もあるけれど。

宮沢は、売って終わりではなく現場に足を運び、その成否を見てまわっていた。

(宮沢の知識と言うよりも)当時普及していた知識に、間違いがあったとしても。そのことは、彼の誠実さや信念を疑う材料にはなり得ない。宮沢が生まれ故郷に貢献したいと思っていたのは、間違いない。

『イーハトーブ農学校の賢治先生』というマンガ。
良さそう。マンガで知れるのっていいよね。

私が前回(プラグマティズムの回)、プラグマティズムの基礎概念に対して「それってどうなの?」と水をさしていたのは、こういうことを考えてだ。

結果が全てではない。みんなでつむぎ続ける、全ては何かの過程だから。というのもあり。

「だからおまえの実験は、このきれぎれの考えのはじめから終わりすべてにわたるようでなければいけない。それがむずかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ」

モネとか、それな!と言いそうだ。どんな分野の人にだって、わかる話だ。

It is better to act and repent than not to act and regret. やらぬ後悔よりやる後悔。はじめにこう言ったのはマキャベリだとしても。どうせ誰かが同じ主旨の格言を生んでいただろう。

みんなみんな、今今、自分の道を信じて邁進する。極論、それしかない。別に誰もひとりではないのだし。みんなつながっているのだし。