【利益相反管理実務(32)】大学発ベンチャーの資金調達と利益相反─会社の信用を守るために
大学発ベンチャーでは、研究者、大学、会社の関係が近くなります。
その関係自体が直ちに問題になるわけではありません。ただし、資金調達の場面では、会社が大学との関係を説明できるかが問われます。
利益相反管理は、大学内の手続にとどまらず、大学発ベンチャーが会社として信用を保つための前提にもなります。
1.大学発ベンチャーでは、利益相反が会社の信用に関わる
大学発ベンチャーでは、教員が研究者・発明者であると同時に、会社の創業者、役員、顧問、株主として関わることがあります。
大学で生まれた発明を会社が使い、大学との共同研究を通じて開発を進め、研究室で蓄積されたノウハウやデータが会社の事業計画の前提になることもあります。
このような関係は、研究成果を社会実装する過程で自然に生じます。
したがって、教員が会社に関わることや、大学の研究成果をベンチャーが活用することを、直ちに否定的に見る必要はありません。
他方で、資金調達の段階では、大学との関係における透明・公正なガバナンスが、投資家の信認を確保し、円滑な資金調達を支える基盤となります。
確認される項目は、例えば、
・会社が事業の前提とする技術(知的財産)の利用権を適切に持っているか
・大学との契約に不備がないか
・教員の立場が大学と企業で重複することに伴う利益相反が、適切に管理・モニタリングされているか
・研究データの信頼性が担保されているか
などです。
こうした点が曖昧なまま残ると、大学内では手続き的な不備とみなされる問題でも、投資家側から会社をみれば、不透明さによるリスクとなり、会社の説明責任や信用を損なう重大な問題になります。
企業統治の一般原則において、経営陣・取締役・株主の間の潜在的な利益相反や、関連当事者取引の濫用を適切に管理・監視することは、会社とすべての株主の利益を守るための極めて重要な責務とされています。
G20/OECD原則は、取締役会に対し、これらの利益相反を適切に監視・管理し、会社資産の不適切な利用や濫用的な自己取引を防止することを明確に求めています。(資料1)
日本のコーポレートガバナンス・コードの原則1-7も、上場会社が役員や主要株主等との取引を行う場合には、会社や株主共同の利益を害することのないよう、取引の重要性や性質に応じた適切な手続を定め、取締役会がその手続を踏まえて監視することを求めています。(資料2)
これらは主として上場会社の企業統治を念頭に置いたものですが、その基本精神は、大学発ベンチャーに重要な示唆を与えてくれます。
教員が大学と会社の双方に関わる状況において、大学とのライセンス契約や共同研究、施設・データの利用、会社からの報酬や株式保有、役員への就任などは、コーポレートガバナンスの観点では、会社と「関連当事者」との間に生じる取引や利害関係そのものです。
本質的な問題は、教員の参画を否定することではありません。
問題は、会社の利益、大学の判断、研究者個人の利益が複雑に交錯する場面において、意思決定のプロセスが不透明になり、「誰が、どの立場で、どの判断に関与しているのか」を外部から判別しにくくなることです。
大学との関係、研究成果の利用、教員の関与を外部に説明できるようにしておくことが、会社の信用を守ることになります。
2.投資家は「大学との関係が説明できるか」を見る
大学発ベンチャーでは、会社の価値が、大学で生まれた研究成果に大きく依存します。
特許やノウハウだけでなく、研究データ、試料、研究室で蓄積された技術的知見、教員本人の専門性、大学との継続的な共同研究体制が、事業計画の前提になることも少なくありません。
そのため、資金調達の場面では、会社が大学との関係を客観的に説明できる状態にしておく必要があります。
投資家は、技術の有望性だけで投資を判断するわけではありません。
一般的なベンチャー投資のデューデリジェンスでも、財務・組織、知的財産と契約、資産の状況、訴訟や法令・規制への対応など、会社の事業基盤が多面的に確認されます。(資料3)
1.で述べたとおり、大学発ベンチャーの場合、これらの確認事項は、大学との関係に集中しやすくなります。
知的財産についても、会社が事業に必要な権利を適切に保有・利用できるかが、確認の対象です。
特許庁の「知的財産デュー・デリジェンス 標準手順書」では、知的財産デューデリジェンスを、出資や提携を検討する際に行う「相手方会社のリスク評価および価値評価のための調査」と定義しています。(資料4)
大学発ベンチャーでは、知財、研究データ、大学施設、教員の専門性が相互に関係します。
そのため、権利関係や利益相反の状況を整理し、大学とのガバナンスが適切に機能していることを示せるようにしておくことは、外部との情報の差を小さくし、会社の事業基盤への信頼を得るための実務的な準備になります。(資料4)
英国政府の大学スピンアウトに関するレビューでは、大学スピンアウトの創出と成長を改善するための提言が示されています。(資料5)
また、TenUのUniversity Spin-Out Investment Terms(USIT)は、大学、投資家、法律実務家等との協働により作成された、大学スピンアウト投資条件に関する実務ガイドです。(資料6)
これらの資料は、大学、創業者、投資家の間で、知的財産や投資条件の透明性を高め、取引慣行を明確にすることの重要性を示しています。
また、契約実務の効率化にとどまらず、大学と会社の関係を、外部の関係者に説明できる形に整えておく必要があることを示すものです。
こうした状態は、外部から見ると説明しにくいリスクになり、デューデリジェンスの長期化、追加の確認、投資判断の先送り、条件の見直しにつながる可能性もあります。
次章では、この不透明さが、どのように資金調達前の説明を難しくするのかを見ていきます。
3.不透明な関係は、資金調達前の説明を難しくする
大学発ベンチャーでは、研究者の専門性、大学で得られた研究成果、共同研究の継続、研究データ、大学名や研究室名の社会的信用が、会社の事業説明の中で重要な意味を持つことがあります。
資金調達で問題になるのは、利益相反の存在自体ではなく、利益相反リスクが管理されていないことにより、会社の価値に対する信用がなくなることです。
(1)大学側の判断と会社側の利益を切り分ける
関連する連載回
第7回で扱った大学発ベンチャーとの連携でも、契約だけでは整理しきれない経済的関係や立場の重なりが問題になりました。
ここでも同様に、会社に関係する教員が大学側の判断に関与していないかが問われます。
会社に関係する教員が、大学側の承認、契約条件の検討、会社への技術移転の判断に関わると、その判断が公正だったのかを後から説明しにくくなります。
会社が大学の研究成果を使う場合、教員本人が会社側の利害を持ちながら、大学側の交渉や承認にも関わっていれば、大学にとって適切な条件だったのか、会社が不当に有利な扱いを受けていないかという疑念を招きます。
知財についてリスク管理上重要なのは、大学が保有する成果を会社が使う場面で、大学側の判断は教員本人から独立してなされているか、利用条件・範囲が定められているか、後から大学と会社の間で認識のずれが生じないか、という点です。
英国政府のKnowledge Asset Spinouts Guideも、スピンアウト形成にあたり、知識資産の管理、保護、価値最大化を意識した実務対応の必要性を示しています。(資料7)
関連する連載回
重層的な利害関係の整理→第7回
(2)研究データ・大学資源の利用を説明できるようにする
大学発ベンチャーの資金調達の場面で会社の価値が研究データに依存している場合、会社に有利なデータを誰が作成し、誰が評価し、どのように利益相反を管理したのかが問われます。
NIHは、研究者の経済的利害によって、研究の設計、実施、報告にバイアスが生じないことへの信頼を確保するため、Financial Conflict of Interestの管理を求めています。(資料8)
大学資源の利用についても、どの契約や承認の手続きに基づき、どの範囲で使えるのかを説明できる状態にしておくことが重要です。
研究室、設備、研究費、学生、ポスドク、データ、試料、ソフトウェアを、大学の研究活動として活用しているのか、会社の開発として使っているのかを曖昧にしておくと、後から、目的外利用、無償便益の提供、契約外利用と見られる可能性があります。
関連する連載回
研究データが企業の価値に直結する構造と、それに伴う組織的な利害関係の整理→第30回(事例1:MSKの病理画像AI)
(3)大学名・研究者名の使い方が会社の信用に影響する
大学発ベンチャーでも、資金調達に向けた資料、営業資料、ウェブサイト、プレスリリースで大学名や研究者名を使うと、大学が会社の技術や事業を保証しているように見えることがあります。
大学との関係を正確に説明できなければ、会社にとっても、大学にとっても、信用を損なう原因になります。
企業の社会的な評価を損なう出来事が企業の財務パフォーマンスに関係し得ることは、既存の実証研究を整理したレビュー論文でも示されています。(資料9)
大学発ベンチャーでは、会社の信用は、研究者個人の信用、大学の信用、研究データの信用と結びつきやすくなります。
したがって、会社にとって不利なのは、利益相反の存在ではなく、利益相反を説明できないことです。
資金調達前に、大学との関係、研究データ、大学資源、大学名・研究者名の使い方を説明できる状態にしておくことが、会社の信用を守るための準備になります。
関連する連載回
大学名や研究者名が社会に与える信用のお墨付き→第21回(名称の無断利用への対応)、第31回(企業協力イベントにおける見え方)
4.まとめ
大学発ベンチャーで、教員が創業者、役員、顧問、株主として関わること自体が直ちに問題になるわけではありません。
ただし、資金調達の場面では、大学との契約、研究データ、大学資源の利用、大学名・研究者名の使い方を、会社が説明できるかが問われます。
利益相反管理は、大学の信頼を守るだけでなく、大学発ベンチャーが会社として信用を保つための準備でもあります。
参考資料(本文中の資料番号に対応)
OECD. G20/OECD Principles of Corporate Governance 2023. OECD Publishing. 2023.
https://www.oecd.org/en/publications/g20-oecd-principles-of-corporate-governance-2023_ed750b30-en.html東京証券取引所. コーポレートガバナンス・コード. 東京証券取引所. 2021.
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/index.htmlU.S. Chamber of Commerce. What Is a Venture Capital Due Diligence Checklist? U.S. Chamber of Commerce. 2019.
https://www.uschamber.com/co/run/business-financing/venture-capital-due-diligence-checklist特許庁/IP BASE. 知的財産デュー・デリジェンス/標準手順書 Seller's DDのススメ. 特許庁.
https://ipbase.go.jp/learn/content/due-diligence/UK Government. Independent Review of University Spin-out Companies. UK Government. 2023.
https://www.gov.uk/government/publications/independent-review-of-university-spin-out-companiesTenU. University Spin-Out Investment Terms (USIT). TenU. 2023.
https://www.ten-u.org/usitUK Government. The Knowledge Asset Spinouts Guide. UK Government. 2025.
https://www.gov.uk/government/publications/knowledge-asset-spinouts-guide/the-knowledge-asset-spinouts-guideNational Institutes of Health. Financial Conflict of Interest. NIH Grants & Funding. 2024.
https://grants.nih.gov/policy-and-compliance/policy-topics/fcoiGatzert N. The impact of corporate reputation and reputation damaging events on financial performance: Empirical evidence from the literature. European Management Journal. Volume 33, Issue 6,485-499, 2015.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0263237315000948?via%3Dihub
2026年5月31日投稿
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