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【利益相反管理実務(19)】「言える組織」は、聞ける人が作る─ガバナンスとリスク管理を支える最初の受け止め方

制度や相談窓口を整えても、違和感や懸念が早い段階で共有されるとは限りません。
ガバナンスやリスク管理の実務で重要なのは、問題が大きくなって初めて知ることではなく、まだ調整できる段階で情報が上がってくることです。

本シリーズ(第12回〜第19回)では、組織ガバナンスの本質について
 ・レピュテーションリスクと説明可能性(121314
 ・情報の統合とリスクの可視化・抽出(1516
 ・不作為を打破し、必要な場面でブレーキをかけられる組織の設計と運用(171819
という三段階で整理します。

18で、「問題提起をしても損をしない仕組み」を整える必要性を扱いました。
今回は、その仕組みが実際に機能するかどうかを左右する、最初の受け止め方にフォーカスします。
声を上げる側の勇気だけでは、「言える組織」は生まれません。
最初に聞く立場にある人が、どう受け止め、どう返すかによって、その後の相談、組織的な是正に向けた行動が大きく変わります。
(資料1, 2, 3, 4)

1.制度があっても、なぜ問題は上がってこないのか

多くの組織には、相談窓口や申告制度、委員会や内部統制の仕組みがあります。
それにもかかわらず、問題が早い段階で共有されず、後から「なぜもっと早く分からなかったのか」と振り返る場面が少なくありません。

東芝の不正会計をめぐる第三者委員会調査報告書では、不適切な会計処理が長期にわたり行われ、その発生原因として、経営トップの関与等に加え、内部統制や監督体制の問題が指摘されました。
会社が公表した資料でも、報告書の指摘を踏まえ、経営体制、ガバナンス体制、再発防止策、内部統制システム及びコンプライアンス体制の抜本的見直しを進める旨が示されています。(資料5)(13, 17, 18

また、Mid Staffordshire病院に関する公的調査報告書の Executive Summary でも、患者ケアの深刻な不備について、患者や家族、職員などからの声や懸念が十分に生かされず、組織としての対応につながらなかったことが大きな問題として示されました。(資料6)(17, 18

これらの事例が示しているのは、現場に何の情報もなかったわけではない、ということです。
違和感や注意信号があっても、それが早く共有されず、組織の判断につながらなければ、制度はあっても動きません。
組織にとって本当に危険なのは、「問題がないこと」ではなく、「問題があっても上がってこないこと」です。(資料1, 2, 3, 5, 6)

2.「言えるかどうか」は、最初の受け止め方で決まる

組織の中で声が上がるかどうかは、提起する側の性格や勇気だけで決まるわけではありません。
むしろ大きいのは、最初に聞く立場にある人が、それをどう受け止めるかです。

「そんなことはよくある」「その程度なら問題ない」「今さら言われても困る」といった反応が返ってくれば、相談した側は「言わなければよかった」と感じます。
一度そうした経験をすると、次からは同じ人だけでなく、周囲も声を上げにくくなります。

GAO の Green Book は、内部統制を経営陣だけの仕事ではなく、プログラムマネージャーや財務マネージャーを含む組織内のあらゆるレベルの管理者(management at all levels)が責任を負うものと位置づけています。
また、成熟し、高度に効果的な内部統制システムにおいては、日常業務と区別がつかないほど一体化すると述べています。(資料1)

FRC のガイダンスも、取締役会が把握すべき事項として、内部通報、苦情、声を上げる(speak-up)仕組みとそれらに対する調査結果を明示しています。(資料2)

つまり、問題提起や相談のしやすさは、単なる職場の雰囲気の問題ではなく、ガバナンスとリスク管理の実効性そのものに関わる問題です。(資料1, 2, 3)

3.聞く立場にある人が、やってはいけないこと

最初の受け止め方がまずいと、一件の相談を失うだけでは済みません。
その後にあるはずだった他の人からの相談もなくなってしまいます。

聞く立場にある人が、特に避けるべきなのは、次のような対応です。(資料2, 3, 4, 6)

(1)その場で軽く否定すること

「それは気にしすぎです」「よくあることです」と軽く否定され返されると、相談した側は、自分の違和感が取るに足りないものとして扱われたと感じます。
問題の有無がまだ分からない段階でこうした反応をすれば、情報はそこで止まります。

(2)十分に聞かずに結論を出すこと

相談内容が整理されていない段階で、「問題ない」「それは規程違反だ」と言い切り、十分に聞かずに結論を出すのは、危うい対応です。
実務では、最初に持ち込まれる情報は断片的で、本人も何が論点なのかをうまく言葉にできていないことが少なくありません。
即断は、見落としや誤った安心感を生みます。

(3)相談者の理解不足や配慮不足の問題として片づけること

「それくらい自分で分かるはずだ」「その程度で相談する話ではない」といった反応は、相談者の理解不足や配慮不足の問題として片づけることになり、相談者が萎縮する大きな要因になります。
相談の背景には、本人なりの迷いや説明しにくさがあります。
そこを受け止めず、相談者側の未熟さにしてしまうと、次からは沈黙するしかないことになります。

(4)誰が悪いかの話を先に始めること

初動で必要なのは、責任追及ではなく、まず何が起きているのか、どの情報が足りないのか、どこにつなぐべきかを整理することです。
最初から処分や責任追及の話になると、相談は「組織を守るための入口」ではなく、「自分が不利益を受けるきっかけ」に見えてしまいます。

(5)形式論や規程論だけで押し返すこと

「規程上は問題ありません」「正式な申請がないと取り扱えません」といった返答は、手続としては正しく見えても、違和感や懸念の芽を拾う初動としては不十分です。
規程上の位置づけが直ちに明確でなくても、組織として確認すべき情報かもしれません。
まず聞いて整理する前に形式論で返すと、相談者は「ここに持ってきても意味がない」と学習します。

(6)相談を受けた側が抱え込むこと

相談を受けた側が、自分のところに持ち込まれた以上、自分で何とかしなければならないと考えてしまうことがあります。
しかし、一人で処理しようとすると、問題の見立てを誤り、必要な部署や判断機関につながらなくなります。
初動の相談を受けた人の役割は、全てを自分で判断することではなく、適切な先へつなぐことです。

(7)相談後に何も返さないこと

受けた側では動いているつもりでも、相談した後どうなるのか、相談者に見通しも伝わらなければ、「どう扱われたのか分からない」「言っても何も変わらない」という印象だけが残ります。
これも次の相談を止める要因になります。

これらは悪意がなくても起こります。
しかし、結果として組織の構成員は、「この組織では言わない方がよい」と学習します。

4.聞く立場にある人に求められること

では、最初に聞く立場にある人には、何が求められるのでしょうか。
重要なのは、その場で裁くことではなく、問題を整理し、組織の判断につなぐことです。(資料1, 2, 3, 4)

(1)最後まで話を聞き、何が気になっているのかを一緒に整理すること

相談の場に持ち込まれる情報は、最初から整理されているとは限りません。
本人も、「何となく気になる」「このままでよいのか分からない」という段階で相談に来ることがあります。
そのときに必要なのは、何に違和感があるのか、どの事実が気になっているのかを一緒に言葉にしていくことです。
整理されていない相談を受け止めること自体が、初動の重要な役割です。

(2)その場で結論を急がず、論点を整理すること

初動で必要なのは、「問題か、問題でないか」を即断することではありません。
事実関係の確認が必要なのか、どの部署や機関につなぐべきか、個人の判断ではなく組織の判断に上げるべき話なのかを整理することが先です。
結論だけを急ぐと、問題を小さく見積もったり、逆に必要以上に重く扱ったりするおそれがあります。

(3)相談したこと自体を前向きに受け止めること

相談者は、「こんなことを持ち込んでよいのか」と迷いながら話していることも少なくありません。
そのため、「まず共有してもらうことが大事です」「相談してくれてよかった」と受け止めることが重要です。
ここで相談を歓迎する姿勢が示されると、「この組織では早めに話してよい」という感覚が生まれます。

(4)自分で抱え込まず、必要に応じて適切な先につなぐこと

最初に話を聞いた人が、全てをその場で判断できるとは限りません。
上司、担当事務、法務・コンプライアンス部門、研究倫理支援部門、委員会など、誰が次に見るべきかを考え、橋渡しをすることが大切です。
「自分では判断しきれないので、適切な部署につなぎます」と言えることは、責任の放棄ではなく、問題を正しい場所で扱うための実務的な判断です。

(5)相談後の流れをできるだけ見える化すること

誰が見るのか、追加で何を確認するのか、どの程度の時間がかかるのかが全く見えないと、相談者には不安だけが残ります。
今後の流れをある程度伝えることは、相談者を安心させるだけでなく、「言った後どうなるか分からない」という不信を防ぐうえでも重要です。

(6)相談した人だけに負担を集中させないこと

初動の段階から、相談者に詳細な整理や資料収集を求めすぎると、「相談するとかえって大変になる」という印象が残ります。
事実確認は必要ですが、何を相談者にお願いし、何を受けた側で整理するのかを切り分ける姿勢が求められます。

(7)相談後にきちんと反応を返すこと

たとえ結論がすぐに出なくても、「確認中です」「この点を追加で見ています」といった反応があるだけで、受け止められているという感覚は大きく変わります。
何も返さないまま時間が過ぎると、「言っても結局何も起きない」という認識が残り、次の相談を止める要因になります。

聞く立場にある人に求められるのは、完璧な判断ではありません。
早い段階の違和感や懸念を軽く扱わず、整理し、必要な先につなぎ、相談した人に「言ってよかった」と思ってもらえる初動を作ることです。
その積み重ねが、結果として「言える組織」を作ります。

5.「聞ける人」をどう組織の中に増やすか

「聞ける人」は、個人の資質だけで自然に増えるものではありません。
組織として、最初に受ける立場にある人たちの受け止め方をそろえる必要があります。

その対象は、上司、管理職、相談窓口、担当事務、委員会委員などです。
誰が最初に情報を受けても、少なくとも「すぐに切らない」「まず整理する」「必要に応じてつなぐ」という基本が共有されていなければ、対応のばらつきが大きくなります。

実務上のポイントは、例えば次のとおりです。
 ・相談を受けたときに最初に確認する点を整理しておくこと
 ・相談後の動線を見えるようにしておくこと
 ・一人で結論を出さず、必要に応じて次の先につなぐルートを明確にしておくこと
 ・早めに相談した人が不利益を被らず、相談後にきちんと返答がある運用を積み重ねること
です。

OECD は、内部通報者の保護を、組織の透明性を高め、インテグリティ(「正しい行い」を当たり前に続けるための土台)を促進し、不正を検知するために不可欠な防御線であると位置づけています。
また、Public Integrity Handbookでは、インテグリティのための仕組みを単独のルールとして扱うのではなく、財務や人事、リスク管理といったより広い管理・ガバナンスの枠組み全体に統合して運用することの重要性を強調しています。(資料3, 4)

「声を上げられる組織(言える組織)」は、理念や制度(箱)があるだけでは構築できません。
最初に相談を受ける立場にあるリーダーやマネージャーが、寄せられた懸念に対してその場ですぐに親身なアドバイスを行い、自ら動いて問題を解決しようとする本気度を相談者に示す必要があります。
そのような『血の通った対応』があって初めて、制度は意味を持ちます。
(資料1, 2, 3, 4)

6.まとめ

制度や相談窓口を整えることは重要です。
しかし、それだけで問題が早い段階で上がってくるわけではありません。むガバナンスやリスク管理の実効性を左右するのは、違和感や懸念が生じたときに、それがきちんと受け止められ、次の判断につながるかどうかです。

問題が上がらない組織では、現場に情報がないのではなく、情報が途中で止まっています。
その原因は、声を上げる側の勇気が足りないだけではありません。
最初に聞く立場にある人が、軽く否定する、十分に聞かずに結論を出す、形式論で押し返す、相談後に反応を返さないといった対応をすると、組織の構成員は「この組織では言わない方がよい」と学習します。

逆に、最後まで話を聞く、論点を整理する、相談したこと自体を前向きに受け止める、適切な先につなぐ、相談後の流れを見えるようにするといった初動が積み重なると、「この組織では早めに話してよい」という感覚が育ちます。
「言える組織」を作るのは、制度だけではなく、最初に受け止める人の振る舞いです。

ガバナンスやリスク管理を機能させるためには、「言える環境」を求めるだけでなく、「聞ける人」を組織の中に増やしていく必要があります。
その積み重ねがあって初めて、制度は実際に機能する仕組みになります。

参考資料(本文中の資料番号に対応)

  1. U.S. Government Accountability Office. Standards for Internal Control in the Federal Government. GAO. 2025. https://www.gao.gov/assets/gao-25-107721.pdf

  2. Financial Reporting Council. Corporate Governance Code Guidance. FRC. 2024. https://www.frc.org.uk/library/standards-codes-policy/corporate-governance/corporate-governance-code-guidance/

  3. OECD. Committing to Effective Whistleblower Protection. OECD. 2016. https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/publications/reports/2016/03/committing-to-effective-whistleblower-protection_g1g65d0a/9789264252639-en.pdf

  4. OECD. OECD Public Integrity Handbook. OECD. 2020. https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/publications/reports/2020/05/oecd-public-integrity-handbook_598692a5/ac8ed8e8-en.pdf

  5. 第三者委員会. 調査報告書. 株式会社東芝. 2015. https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20150721_1.pdf

  6. Robert Francis QC. Report of the Mid Staffordshire NHS Foundation Trust Public Inquiry: executive summary. UK Government. 2013. https://www.gov.uk/government/publications/report-of-the-mid-staffordshire-nhs-foundation-trust-public-inquiry

2026年4月4日投稿
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