重力場の局所的なエネルギーはホログラフィックである:重力場のエネルギー運動量擬テンソル
重力場のエネルギー密度は、物質のそれとは大きく異なります。粒子に働く重力を表すクリストフェル接続Γという量と計量テンソルgで重力場のエネルギー密度が書け、そしてある時空点周りの局所座標系で必ず零にできるからです。
つまり、任意の時空点でうまく座標系を選べば、重力場はそこでは消滅しています。これが、アインシュタインが一般相対論を作ったときの指導原理であった「等価原理」です。自由落下する物体には重力は働かないという意味です。するとその局所座標系では、重力場のエネルギー密度も零になります。物質のエネルギー密度は、ある座標系で零でなければ、局所慣性系を含む他のどんな座標系においても、そのエネルギー密度は消えませんが、重力場のエネルギー密度は消せるのです。
そもそも重力場のエネルギーや運動量の密度は、テンソルの成分ではなく、「擬テンソル」の成分で書かれます。擬テンソルは、一般座標変換において定められているテンソルの変換式を満たさない量です。
たとえばアインシュタインは最初、添え字について非対称な重力場のエネルギー運動量擬テンソルを考えました。
彼はまず
$$
G^{\mu\nu}=R^{\mu\nu}-\frac{1}{2}g^{\mu\nu} R
$$
という曲率量に着目します。この量は定義によって自動的に
$$
\nabla_\mu G^{\mu\nu}=0
$$
を満たします。またこのGはアインシュタイン方程式の左辺に出て来ます。
$$
G^{\mu\nu}=\kappa T^{\mu\nu} (1)
$$
右辺のκは重力定数に8πをかけた定数であり、Tは物質のエネルギー運動量テンソルです。このアインシュタイン方程式の両辺に共変微分∇をかけて添え字の縮約をとると、物質のエネルギー運動量の局所的な保存則を意味する次の式が得られます。
$$
\nabla_\mu T^{\mu\nu}=0 (2)
$$
このままだと物質と重力場の間のエネルギー保存則に見えません。そこでアインシュタインは重力場に対して以下の擬テンソルを定義しました。
$$
t^\nu_{E\mu}=\frac{1}{2\kappa\sqrt{-g}} \left( \partial_\mu ( \sqrt{-g} g^{\alpha\beta}) (\Gamma^\nu_{\alpha\beta} -\delta^\nu_\beta \Gamma^\lambda_{\alpha\lambda} ) -\delta^\nu_\mu \sqrt{-g} (\Gamma_{\alpha\beta}^\lambda \Gamma^\sigma_{\lambda\sigma}-\Gamma_{\alpha\sigma}^\lambda \Gamma^\sigma_{\beta \lambda} ) \right) (3)
$$
右辺の微分を遂行すると、この量はΓとgだけから出来ていることも確認でき、そのため等価原理を満たしています。また(1)式のアインシュタイン方程式から
$$
\partial_\nu \left(\sqrt{-g}(T_\mu^\nu +t^\nu_{E\mu} ) \right)=0
$$
という局所的な保存則が得られます。ここで、アインシュタインが出した(3)式の擬テンソルは添え字に対して対称ではありません。しかし、ランダウとリフシッツが提案した、次の擬テンソルは添え字に関して対称になっています。
$$
t_{LL}^{\mu\nu}=-\frac{1}{\kappa}G^{\mu\nu}+\frac{1}{2\kappa(-g)}\partial_\alpha \partial_\beta \left((-g)(g^{\mu\nu} g^{\alpha\mu}-g^{\alpha\mu} g^{\beta\nu}) \right)
$$
これは「ランダウ=リフシッツ擬テンソル」と呼ばれており、これも下記の局所的な保存則を満たします。
$$
\partial_\mu \left( (-g)(T^{\mu\nu} +t_{LL}^{\mu\nu}) \right)=0
$$
これ以外にも、沢山の重力場に対するエネルギー運動量擬テンソルが提案されています。それぞれは局所慣性系で零となって、等価原理を満たしますが、それぞれ定義された量の値自体は異なっています。従って、重力場のエネルギー密度は、そもそも定義式のレベルでも1つに定まらないのです。
しかし漸近的に平坦な時空に限定をし、計量テンソルgが平坦なミンコフスキー計量ηにうまく漸近するように座標系を張ると決める場合には、どの擬テンソルでも同じ重力場の総エネルギーの値を出すのです。これはエネルギー密度にあたる擬テンソルの(00)成分が、ある量の空間微分で書けるためです。そのエネルギー密度を体積積分をすると、それはストークスの定理によって、空間無限遠方の2次元境界の面積分に置き換わります。
時空の各点での重力場のエネルギー分布自体は、等価原理を満たす重力の本性のために定まらないのですが、漸近的平坦時空での重力場の全エネルギーの値にだけには、きちんとした物理的な意味があるのです。漸近的に平坦となる無限遠方領域は、相対論では1つの境界と見なせます。そして空間内部の重力場のエネルギーは、この2次元的な境界に「情報」として存在しているのです。これが、古典一般相対論における「ホログラフィ原理」です。
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