重力波は、静止した物体にエネルギーを与えない。
一般相対性理論における重力は、時空の幾何学によって記述されます。たとえば現在の宇宙は、その幾何学の一様等方膨張モデルによって、精度よく表されています。それは空間を2次元に落とした場合に、膨張している風船のように捉えられます。

膨張している風船の表面に付けられた、2つの点AとBの物理的な距離は、時間とともに長くなります。これと同じことが、3次元空間が膨張する宇宙でも起きます。そしてこの宇宙空間を走っている粒子の物理的な速度は、この空間膨張によって、どんどん小さくなります。また膨張に対して最初からある点に止まっていた粒子は、膨張中もそのまま動きません。
この現象で、時間を反転してみましょう。すると宇宙はどんどんと収縮します。すこしだけ動いていた粒子の速度は、時間を遡ってどんどんと大きくなります。それでも最初から止まっていた粒子は、宇宙が収縮しても、止まったままになります。その結果として、宇宙の収縮が止んだ後でも、その粒子は元の場所に静止したままです。つまり宇宙の収縮過程で、その静止していた粒子は、全くエネルギーをもらえないのです。これと似たことが、重力波観測のためのレーザー干渉計装置の鏡にも起きます。
重力波天文台のレーザー干渉計でも、遠い天体から重力波が地表に届く時、膨張収縮する宇宙の場合と同様に、その鏡の間の物理的な距離は時間的に変化します。その結果として、直交する2つの別な航路を飛ぶ2つのレーザー光を干渉させると、そのレーザー光の干渉縞にも変化が見られます。この測定をすることで、地表に届いた重力波を観測できるのです。
この干渉計にはレーザーを反射する鏡がありますが、その鏡自体は、地球に来る普通の重力波からはエネルギーを、受け取りません。重力波が来る前には静止している鏡ですが、重力波通過後でも静止したままです。これは膨張収縮する宇宙内に止まっていた粒子と同じ現象です。空間が伸び縮みしただけで、その鏡は揺れません。
たとえばz軸正方向に進む重力波は、トランスバース・トレースレス(TT)ゲージでの、下記の計量テンソルで書かれます。

この計量テンソルの成分で波形を表す関数は、光速度cを1にする単位系で

と書かれます。このTTゲージで、干渉計の鏡に対する測地線方程式を考えてみましょう。

まず、

というゲージ条件から、クリストフェル接続には

という性質が成り立ちます。この性質を考慮すると、重力波が届く前にこの座標系での鏡の速度が0だったならば、測地線方程式は

となり、鏡の速度は0のままであることが保証されます。

なので、TTゲージの座標で静止している干渉計の鏡に、通過した重力波はエネルギーを与えません。
ただし2つの鏡の間で反射するレーザー光の航路の物理的な距離は、重力波が通過中に下記のように変化をします。

このため、直交する別な航路から来た2つのレーザーが作る干渉縞にも変化が起きて、実際に重力波が観測できることになります。
ただし、もし干渉計の鏡が重力波が来る前に揺れていたら、同じ重力波でもエネルギーをやりとりして、鏡の速度は重力波の通過後に変化します。飽くまでTTゲージの座標系において静止していた鏡の場合だけ、鏡の速度が変わらないのです。
上の解析では、重力波の波長に比べて鏡の大きさが十分小さいという質点近似を用いています。実際の鏡には有限の大きさがあるので、重力波通過通中に、その鏡の内部自由度が励起して起きるバイブレーションモードは存在します。ただし定量的には、その効果は極めて小さく、現在の重力波観測では無視できます。
またここでは、静止した鏡を完全な古典系として扱いました。鏡の位置に関する量子的な零点振動を考える場合には、重力波はその量子揺らぎを、一般には大きくします。それは鏡が初期でも静止しておらず、量子的に揺らいでいる効果です。重力波通過後には、その増幅した量子揺らぎに応じた鏡のエネルギー増加も、非常に小さいながらも起きます。通過後のその量子的なエネルギー増分は、時空曲率を通じて重力波から供給されます。ただし、これらの量子効果は、今の重力波干渉計では無視できる程度に小さいです。
またここでの解析は、干渉計の鏡の質量が圧倒的に小さい近似を採用しています。これは実際の実験状況で成り立っていますが、もし仮想的に非常に重い鏡を考えた場合には、その鏡自体が時空を歪める効果も考える必要があります。そのような場合の解析は、アインシュタイン方程式の非線形性も考慮することになります。
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