永遠に一様加速する荷電粒子は電磁波を出すか?:等価原理そしてウンルー効果
電磁気学を勉強すると、荷電粒子の加速運動によって放射される電磁波の話がでてきます。ところが面白いことに、無限の過去から無限の未来まで永遠に一定の加速度運動をする荷電粒子からは、電磁波は出ません。これは実は一般相対論の構築に重要だった等価原理と関係しています。
等価原理とは、どんな重力でも、自由運動をしている観測者にとっては局所的に消去されるものであり、まだ逆に、加速運動をしている観測者には、人工的な重力がかかっていると見なせるという主張です。
空を飛んでいる飛行機のエンジンを一時的に停止する実験では、その機内のあらゆるものがプカプカと浮かんでしまいます。つまり宇宙の無重力空間と同じ環境が再現されるのですが、これも等価原理として理解されます。また遊園地で高速回転するアトラクションに乗ると強い遠心力を感じますが、等価原理から言えば、それは人工的な重力だということになります。この回転運動から生まれる人工重力は、将来の大規模宇宙ステーションへの応用も考えられています。
次に、永遠に一定の加速度で運動をする荷電粒子を考察するために、次の平坦な時空での計量テンソルを考えてみます。

この計量テンソルに、以下の座標変換を施します。

すると、計量テンソルは下記のようになります。

これは共計リンドラー計量テンソルと呼ばれます。このuは空間的(space-like)な座標であり、τは時間的(time-like)な座標です。この計量は時間τに依存しないため、等価原理によって、この座標系では静的な人工の重力場が現れていることになります。また各テンソル成分がyとzにも依存していないので、uを高さ方向とみなしたとき、その垂直方向には空間的に一様である重力場にもなっています。
ここで、たとえばu=y=z=0においてτを動かして得られる荷電粒子の世界線は、元の座標系で下記のように表されます。

この世界線での4元速度ベクトルは

と計算されますが、これから得られる相対論的な加速度は時間τによらないκという定数になるので、(4)式の世界線は、相対論的にはx方向への一様加速度運動を表していることが分かります。そして、これは(τ,u,y,z)の座標系ではu=y=z=0で定まる空間の1点に静止させられた荷電粒子の4元速度ベクトルを表しています。
静的な重力場の中にこの荷電粒子は静止しているので、これから電磁波が出ることはありません。もし出たとすると、その電磁場のエネルギー分だけ粒子のエネルギーは減る必要がありますが、その余分なエネルギーを静止しているこの粒子はそもそも持っていないのです。ですから、電磁波の輻射は起きないのです。
そして、輻射が起きないという物理的な事象は、古典理論ではどの座標系でも変わってはいけません。これは(t,x,y,z)の座標系でも同じです。この元の座標系では荷電粒子は加速度運動をしていたのですが、電磁波を出してはいけないのです。
なお、勘違いされる方が多いので、ここでコメントを加えておきます。遠くに置かれた測定機や観測者は、電磁場の波動帯と荷電粒子周りのクーロン場との違いを、その粒子からの距離による場の減衰度合いで区別できると思われるかもしれません。そして電場で言うと、波動帯成分は距離の逆数、そしてクーロン成分は距離の2乗の逆数で振る舞うので、古典電磁気学での制動輻射の項が残って、遠くの測定機や観測者によって、一様加速度運動する粒子からの輻射が観測できると勘違いされるかもしれません。しかし、一様加速度運動だと、進行方向のどんな遠方の地点にも、その荷電粒子が近づいてくるので、距離はその場合小さくなるため、距離の逆数のべきで、波動帯成分とクーロン成分を分離することができなくなるのです。古典で磁気学でおラーモア輻射公式は、荷電粒子が決まった有限の空間領域にだけ居る想定で導かれています。ところが、一様加速度運動する荷電粒子の場合は、決して波動帯成分とクーロン成分を分離できないため、ラーモア輻射公式は適用できません。したがって一様加速度運動する荷電粒子からの電磁場放射も、ラーモア輻射公式から導けないことには注意が必要です。
さて、ここまでは古典電磁気学の話ですが、量子的な効果を入れると面白いことが起きます。それがウンルー効果(Unruh effect)です。
量子電磁力学という量子場の理論は、光子とスピン自由度を持った電子を相対論的に扱えます。光子が1つもない真空状態|0>においては、電子が等速直線運動をしても、電子はもちろん光子を感じることもなく、その電子のスピンの状態も変化しません。その電子をAとします。

一方で、図1のように、一様加速度運動をする電子Bを考えると、真空中にもかかわらず、Bのスピンはあたかも加速度κに比例する温度の熱浴電子と相互作用をしているように振る舞うのです。これがウンルー効果です。この電子Bを観測者や他の荷電粒子からなる測定機に置き換えても同様に、同じ温度の熱浴をそれらは観測するのです。この熱浴はウンルー熱浴と呼ばれ、その粒子はウンルー粒子と呼ばれます。このように、量子力学では、同じ真空状態でも、観測者や測定機次第で粒子が存在していなかったり、現れたりするのです。
一定加速運動をする観測者にとってのこのウンルー熱浴は、いかにも実在しているように振る舞います。たとえば相対論的な熱平衡状態にある天体の温度だと、重力ポテンシャルの深い場所では温度が高く、重力ポテンシャルの浅いところでは温度が低くなることが知られています。この性質もウンルー熱浴は定量的に正しく満たしています。たとえば、y=z=0として、かつu=一定で定義される世界線の加速度は

と計算されますが、この加速度から得られるウンルー熱浴の温度は、図2のような温度分布をもった相対論的な熱平衡を与えます。(註:相対論的効果のない熱平衡系ならば、温度はどこでも一定です。)

ウンルー熱浴は重力が強い普通の天体の温度を持つので、加速運動をしているその観測者にとっては、普通の熱浴と区別できません。このように、量子力学における「存在」とは、観測者や測定機によって創発するものであり、古典力学での粒子や電磁波のような素朴な実在ではないのです。
なお、ウンルー熱浴の状態は、無限大質量のブラックホールの地平面近傍のホーキング輻射の熱平衡状態であると見なすこともできます。このあたりについては拙書『量子情報と時空の物理【第2版】』(サイエンス社)の第6章で解説をしております。

いいなと思ったら応援しよう!
サポートありがとうございます。