カラカラ浴場に古代ローマ人の圧倒的なテルマエへの情熱を感じる
【ローマ旅行記】(8)カラカラ浴場に古代ローマ人の圧倒的なテルマエへの情熱を感じる
コロッセオ、フォロ・ロマーノ、パンテオンを散策した私は日を改めてローマ郊外のカラカラ浴場と、アッピア街道、水道橋を訪れることにした。
さすがに私一人でローマの郊外を移動するのは心許なかったので現地旅行会社のツアーを利用しての散策となった。私が依頼したのは「ジミーツアー」という旅行会社さん。日本語も対応可で、通常の団体ツアーではなかなか手配しにくいような内容でもきめ細かく対応してくれるありがたい旅行会社だ。
私が参加したのは「カラカラ浴場&アッピア街道 半日観光」というツアーで、しかも時間内にカタコンベや様々な見どころも見学可能という私にとってドンピシャの内容であった。このジミーツアーさんとの出会いは私のローマ滞在において本当にありがたいものとなった。後の記事で改めて紹介するが私が全く想像もしていなかった驚きの体験をもたらしてくれたのもジミーツアーさんだ。ローマに滞在される方はぜひこちらの旅行会社さんをおすすめしたい。その時の体験は以下の記事でお話ししているの気になる方はぜひこちらもご参照頂きたい。
では、早速この日の流れに沿ってお話ししていくことにしよう。
私がまず訪れたのはカラカラ浴場。西暦212年から216年にかけてカラカラ帝によって建設されたこの大浴場は一時に1600人もの人が入浴できるほどだったそう。それほど巨大な浴場がこのローマには作られていた。


だがなんと、この日はちょうど定休日!残念ながら中は見ることができなかった。

だが、遠くから見るだけでもこの浴場の巨大さがよくわかった。中から見れずとも私は大満足であった。
せっかくなのでこのカラカラ浴場についての石鍋真澄の解説も見ていこう。
コロッセオと同じように、廃墟と自然が溶け合ってロマンチックな雰囲気をかもしているので有名だったもう一つの遺跡が、カラカラ浴場であった。たとえば、スペイン広場の記念館にキーツとともに遺品が展示されている詩人シェリーは、『解き放たれたプロメテウス』の序文に、私は詩の大半を花々とかぐわしい緑が生い茂ったカラカラ浴場の廃墟で書いた、イタリアの青空と春の息吹きがドラマのインスピレーションになった、と記している。
さいわいなことに、カラカラ浴場はコロッセオよりもはるかに「環境破壊」が少ない。遺跡の上にのぼることさえできたシェリーの時代のようにはいかないが(スタンダールもバットレスにのぼって、ギボンを読みふけったという)、今日も草花は自然のままに放置され、傘松や月桂樹が高い梢をのばす遺跡は、瞑想にふけったり散策をしたりするのに絶好の場所である。さいわいなのはそれだけではない。ここでは、剣闘士の戦いや野獣狩りに熱狂するローマとは趣を異にした、健全な市民生活と古代ローマ文明の真の偉大さに接することができるのだ。
※スマホ等でも読みやすいように一部改行した

「コロッセオは最近まで草木に覆われていた!?ゲーテが見たローマの象徴とは」の記事でお話ししたように、掘り起こされてしまって完全に観光地化されてしまったコロッセオと違ってカラカラ浴場にはまだ古き良きローマの雰囲気が残っている。たしかにこれは私も遠くから見て感じたことだ。
そして引用の最後に「今日も草花は自然のままに放置され、傘松や月桂樹が高い梢をのばす遺跡は、瞑想にふけったり散策をしたりするのに絶好の場所である。さいわいなのはそれだけではない。ここでは、剣闘士の戦いや野獣狩りに熱狂するローマとは趣を異にした、健全な市民生活と古代ローマ文明の真の偉大さに接することができるのだ。」と書かれていたのは気になる。
カラカラ浴場が「健全な市民生活と古代ローマ文明の真の偉大さに接することができる」場所だというのはどういうことなのだろうか。引き続き見ていこう。
一九世紀のすぐれたロマエスタ(ローマ研究者)ランチャーニは、次のように記している。
「公園、庭園、草地、広場は都市の肺にたとえられてきたが、もしも一都市の健康や幸福がその呼吸器の健全な機能によるとしたら、この点に関しては、古代ローマは地上に存在したいかなる都市よりも健全だったと考えられなければなるまい」。
実際、文献を調べると、三世紀の末には八つのカンプス(体育などに用いられた草地)、一八のフォルム(公共の広場)、および三〇ほどの公園や庭園があったという。これに市中に散在していた神殿の境内やポルティクス(柱廊)、そしてテルメ(公衆浴場)を公共の場所とし、加えるとすれば、確かに古代ローマの市民は恵まれていたといわねばなるまい。それらの中でも、壮大な水道施設にささえられ、あらゆる余暇の施設が整っていた「巨大なクラブ・ハウス」だったテルメは、今もなお驚嘆なしでは見られない、古代ローマ文明の輝かしい遺産である。
※スマホ等でも読みやすいように一部改行した
ローマ帝国の福祉政策の充実ぶりは有名だが、この公共浴場(テルメ)への情熱は群を抜いている。2000年も前の時代にはるか遠方から水を引き、その大量の水を沸かして供給し続けたというのはよくよく考えてみれば凄まじいことではないか!温泉が地下から湧いていてそこを浴場としたわけではないのである。はるか遠方からわざわざ水を引いてさらに大量の燃料を使って沸かしているのである!2000年も前にそんなアクロバットな娯楽施設を作ってしまうのだから驚愕するしかない。
私は『テルマエ・ロマエ』を観てからこのカラカラ浴場にやって来たわけだが、この映画のおかげでイメージがしやすくなった。ローマ帝国の普通の人々たちがこうした浴場で思い思いの時を過ごしていたのである。
遠くから眺めることしかできなかったがその圧倒的スケールとローマ人の浴場への巨大な愛を感じることができたカラカラ浴場であった。
続く
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主要参考文献
吉川弘文館、石鍋真澄『サンピエトロが立つかぎり 私のローマ案内』
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