怪物フョードルの道化ぶりにまずは面食らおう「カラマーゾフを読む」⑶
怪物フョードルの道化ぶりにまずは面食らおう「カラマーゾフを読む」⑶
第一編 ある家族の歴史 一 フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ
さて、この章では物語の最重要人物のひとりたる最低最悪の父親、フョードルについて語られることになります。
後に「なんでこんな人間が生きているんだ!」と言われてしまうくらいどうしようもない人間ですが、やはりこの男、只者ではないのです。ただの外道ではありません。
この章でやはり目を引くのは次の言葉です。
お互いの愛情という点では、どうやら、花嫁のほうにも、そしてまた、アデライーダの美貌にもかかわらず、彼のほうにも、まるきりそんなものはなかったようである。だから、女が水を向けさえすれば、とたんにどんな相手にでもつきまといかねぬ、きわめて色好みの男で一生を通したフョードルの生活で、こんなケースはあとにも先にもたった一度きりだったにちがいない。事実また、性的な面で彼になんら格別の感銘を与えなかったのは。彼女だけであった。
一人目の妻であるアデライーダは身分も高く、その美しさも並々ならぬものがありました。そのアデライーダにフョードルは全く性的な感銘を受けなかったというのはある意味衝撃的とすら言えます。
それはこの物語を読んでいけばわかりますが、どんな女にも魅力があるんだと豪語するフョードルの唯一の例外がこの最初の妻です。あのフョードルが性的魅力を見出せない女・・・。これは彼の内面を知る上で非常に重要なポイントであるように私には思えます。
そしてその妻から生まれてきたのが他ならぬ熱血漢ドミートリイです。後にフョードルとドミートリイは一人の女をめぐってまさに文字通り死闘を演じますが、この性的魅力を感じない妻から生まれた熱血漢というのは何かしら意味深なものを感じます。ドストエフスキーの巧みな技が光ります。
そして極めつけがこの章のラストです。
たいていの場合、人間とは、たとえ悪党でさえも、われわれが一概に結論付けるより、はるかにナイーブで純真なものなのだ。我々自身と同じことである。
出ました。さすが人間観察の鬼、ドストエフスキーです。
ここから先、こうしたドストエフスキー節が次々に炸裂します。人間の本質をずばりえぐり出すドストエフスキー。これはたまりません。これがあるからやめられないのですよね。最高です。
いずれにせよ、フョードルのくずっぷりは常軌を逸しています。私たちの常識をはるかに超えていくロシアの怪物です。当のロシア人でもフョードルをとんでもない奴だと匙を投げるのですから、我々日本人にはとうてい手に負えるものではありません。
なのでここは素直に面食らっておきましょう。こんな人間がこの世にいるのかと度肝を抜かれておきましょう。そうしたびっくり体験もドストエフスキー小説の魅力のひとつです。ふつうの生活じゃお目にかかれない極端人間の存在を知ることは私たちの精神衛生上、強力なワクチンになってくれます。
続く
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