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ゴシック、バロック建築の違いは?プラハの教会から見る違いとそのメッセージとは


【チェコ・プラハ旅行記】ロマネスク、ゴシック、バロック~教会建築とそれに秘められたメッセージとは

今回の記事では前回の「プラハ観光の穴場!聖ミクラーシュ教会をぜひおすすめしたい!」の記事の後半で述べたように、教会建築の違いとそこに秘められた教会のメッセージを紹介していきたい。

ロマネスク様式の特徴

まずはロマネスク様式。プラハ城内にある聖イジ―教会を参考にしていこう。

建物の特徴として、窓が小さく、分厚い壁で囲まれた空間が挙げられる。

そのため、教会内は薄暗く、重たい雰囲気が漂う。

建物を支える太くて重心の低い柱が、一層教会の雰囲気に重さを加えている。

キリスト教が西暦4世紀になってようやく大きな発展を迎えるようになったことは以前もお話しした。

それまでは迫害されていたため、大きな教会などを持っていなかった。

そのため、初期キリスト教徒は小さな集会所に集い、礼拝を行っていた。

このロマネスクもその集会所の延長線上にある。

キリスト教徒が皆で共に祈りを捧げる礼拝の場としての役割。

祈りは厳粛なものだ。

だからこそ、重みがある空間作りになっている。

そして13世紀に入ると、建築界において革新的な技術が生まれる。

それが聖ヴィート大聖堂のようなゴシック様式だ。

ゴシック様式の特徴

聖ヴィート大聖堂

1番の特徴はその高い天井。

この技術の革新的なところは、天井のアーチを尖らせることにより、ロマネスクのような重厚な壁と柱を用いることなしに高い天井を作ることを可能にしたところだ。

そして分厚い壁が不要になったことにより、巨大な窓を作ることができるようになった。

細く、垂直に高く伸び上がっていく柱のラインは、見る者にまるで石が天に舞い上がっていくかのような軽やかなイメージを与える。

そして巨大な窓に設置されたステンドグラスからは様々な色の光が降り注ぐことになる。

この時代のキリスト教会は、まさしくこのような美しくも軽やかで、そして幻想的な舞台としての教会建築を求めていた。

というのも、この頃の教会は集団の礼拝場としての役割だけではなく、教育の場としての役割や、奇跡が行われる舞台という側面が強くなっていたからだ。

もはや単に礼拝をするだけでは人々の需要を満たせていなかった。

教会側からしても、当時の字も読めない人々にいかに効果的に『聖書』の言葉を伝えるかということが問題となる。

そのためにはやはり絵画や像を使うことが効果的な方法だったのだ。

だが、さらに言えば教会の建築そのものが『聖書』の教えを体現していることがベストであると考えられた。

また、この頃には聖餐という儀式が司祭によって執り行われていて、これが非常に重要視されていた。

これはパンとぶどう酒が神の奇跡によって実際にイエスの体と血になるという儀式。

神の奇跡がまさしくここで行われ、目の前のパンとぶどう酒にキリストが宿る。

そのような信仰が当時の中心的な教えだった。

そして、教会側も従来の暗く重々しい雰囲気の建物ではなく、その奇跡にふさわしい神秘的な舞台を求めていたのであった。

『聖書』そのものとしての教会、そして神の奇跡の舞台としての教会。

教会が求めていた二つの理想。

それらが完璧に体現されたのが13世紀に発明された、このゴシック建築だったのだ。

思い出してほしい。

ステンドグラスから降り注ぐ様々な光。それは光の魔法のような美しさだ。

この幻想的な光の世界。

そして天に舞い上がっていくかのような柱の構造。

見る者は思わず天を仰いでしまう。

神の奇跡の舞台として、これほどふさわしい舞台はかつてどこにも存在しなかった。

そしてキリストの教えはまさしくそのような奇跡を教えている。

この神秘的な空間で、人々は『聖書』に説かれた世界を感じ、自分達がその世界の中にいることを実感する。

この当時の教会は信徒による集団礼拝よりも、神の力をこの場に顕現させる司祭の儀式に重きを置いていた。

神の奇跡を行う代理人としての司祭の働きが重んじられ、その司祭によって人々は導かれる。

「神の奇跡はまさしくここにあります。

この美しい光の魔法、そして天をも仰ぐこの教会。

神の力はあなたにも降り注ぎます。

神は必ずやあなた達にも奇跡をお与えになるでしょう」

そのような教えがゴシックの建築から与えられるメッセージなのだ。

ちなみに先日火事で焼けてしまったパリのノートルダム大聖堂は、このゴシック建築の代表であり最高傑作の一つと言われていた。

ノートルダム大聖堂 Wikipediaより

バロック様式の特徴

最後にバロック建築の代表、聖ミクラーシュ教会を見ていこう。

さて、これまでの教会との違いがわかるだろうか。

ぜひ、じっくりと観察してほしい

ヒントはバロック様式が17世紀、18世紀に繁栄した教会建築だということ。

つまり、対プロテスタントへの上書きの時期に繁栄したということだ。

おわかりになられただろうか。

そう、バロックは像がものすごく多い。

そして豪華で華やかな装飾で満ちている。

これが大きな特徴だ。

この時期の教会はカトリックとプロテスタントに完全に分離し、なおかつカトリックは戦争で勝利を収めた。

しかしそれでも、人々の心をカトリック側に引き戻すのは並大抵のことではなかった。

そしてなお悪いことにカトリック側の信徒にも動揺は広がっていたのである。

そこでカトリックは文化によって人々の心をまた引き戻そうとした。

そしてその最大の支援者になったのがハプスブルク家。

ハプスブルクはスペインやドイツ、オーストリアを支配する巨大王朝。

特にスペインはコロンブスが発見したアメリカ大陸から莫大な量の黄金を持ち帰って来ていた。

ハプスブルク家はその黄金を惜しげもなく使って、教会を豪華に飾り立てていったのだ。

どうだろう。その豪華さが伝わるだろうか。

もはや宮廷のような姿をしていると言ってもいいのかもしれない。

それもハプスブルク家という貴族文化の影響とも言えるだろう。

そしてカレル橋の聖人像でも触れたように、像がいたるところに配されている。

これもこの時期の教会建築の特徴であると言える。

これらの特徴が発するメッセージは次のようになる。

「私達はあなた達を導きます。

神の教えを信ずるものはこのような素晴らしい世界に行くことが出来るのです。

あの聖人像を御覧なさい。

立派なお姿のあのお方は必ずやあなたを救いに導くでしょう。

プロテスタントの言うことには耳を傾けてはなりません。

彼らは『聖書』だけあればいいと言います。

しかしそれは嘘です。

これほど素晴らしい世界を見ればそれは自明のことではありませんか。

私達に付いてくればいいのです。

そうすればあなたは救われるでしょう。」

ということになる。

ざっくりとではあるが、ロマネスク、ゴシック、バロックという3つの教会建築について話させていただいた。

改めてその特徴をまとめてみると、

ロマネスク→重厚な造り、礼拝、集会場としての教会

ゴシック→高い天井と細い柱、大きな窓、光の魔法、奇跡の舞台としての教会

バロック→多くの聖人像と豪華な装飾、反プロテスタントとしての教会

これがわかるだけで、どの教会に行った時も、これは何の建築だろうか?どんな意味が込められているのだろうか?と謎解きしながら観察することができる。

すると、今まで漠然と見ていた教会が急に私達にメッセージを発するようになってくる。

ここから引き続き聖ミクラーシュ教会を題材にして、実際に私がどのように教会建築を観察したのかをお話ししていきたい。

聖ミクラーシュ教会の像達は驚くほど私にメッセージを投げかけてきた。

みなさんが教会やお寺にお参りに行かれる際に少しでも楽しさを感じられる手助けになれたら嬉しく思う。

バロック建築とプラハの聖ミクラーシュ教会~彫像から見えてくるメッセージを考える

さて、ここからはこれまで見て来た教会建築の違いをふまえて、聖ミクラーシュ教会で実際に私がどのように教会からのメッセージを受け取ったのかをお話ししていきたい。

もちろん、これからお話しすることは全て私の主観だ。

残念ながら彫像の一体一体について私は正確な知識を持ち合わせていない。

もしかしたら間違ったことをお話しするかもしれない。

しかしここで重要なことは、バロック建築とは何かということを前提とした上で、どのように教会を見てそこに物語を見出すのかというところにある。

私が教会を鑑賞するときに気を付けているポイントは大きく2つ。

どの像が中心に置かれて、どのように配置されているのか。

そしてもう一つが、それぞれの像が何を持っていて、何をしようとしているのかを観察することだ。

この2点を抑えるだけで漠然と見るよりもずっと情報量が増えてくる。

さて、早速教会の中を見ていこう。

私がまず気になったのは、正面の主祭壇。

下の方にあるイエスの十字架が明らかに小さい。

そしてその上の聖人が明らかに大きく、目を引く作りになっている。

イエスそのものよりも上に置かれ、さらに大きな黄金の像として描かれるのは一体何を意味するのだろうか。

もしかしたら、イエスの力を受けたこの聖人こそ私達がお祈りすべき対象なのだということなのかもしれない。

いずれにせよ、イエスと聖人の大きさと配置は重要な意味を持つものだと思われる。

さて、主祭壇から少し視野を広げていこう。

やはり目を引くのは左右に2体ずつ配置された大きな4体の像。

左下に映った女性と比べてみればその大きさも想像できると思う。

そして私はまず左側の像の姿に注目してみた。

左側はおそらく教会の偉い司祭。

服装や被り物からも高い位の人物であることが想像できる。

杖で人間のあごを押さえつけている。

押さえつけられた人間はかっと目を見開き、身動きが取れないでいるようにも見える。

この杖には聖なる力が宿っているのだろうか。

だとすると、杖で押さえつけられた人間はなんらかの罪人なのだろうか。

それとも悪魔か・・・

武力ではなく聖なる力で悪を打ち倒す。

教会の聖職者はこのような悪を打ち倒す力があることを示しているのかもしれない。

そして隣の像。

明らかに先ほどの像とは姿かたちが違う。

髪型を見てみると、教会の司祭というよりはまるで貴族のようだ。

手にしている物も明らかに杖ではない。これは武器のようにも見える。

よく見ると、右手の人差し指で光輝く武器の先端を指している。

まるで、「これが神の力だ」と言っているかのようだ。

そして体全体から力強さを感じる。

明らかに先ほどの偉い司祭とは戦い方が違う。

こちらの像はおそらくキリスト教を守る戦士のような存在なのかもしれない。

聖なる力により敵を押さえつける司祭、それに対して自らの強さと神の加護によって敵を打ち倒す戦士。

まるで魔法と腕力の対比を見ているかのようでとても面白い。

では続いて、右側の2体にも目を向けてみよう。

左側の像とは違って、こちらは二人とも武器を手にしていない。
さて、この二人は一体何をしているのだろうか。

こちらも手前側の像から。

おそらくこの像も聖職者であろう。そこまで年は取ってないように見えるが被り物や服装からして高い位にいてもおかしくない。

顔つきが凛々しい。いかにも頭が良さそうだ。

右手には聖書だろうか、何やら大きな書物を持っている。

そして左手を掲げ天を指し、視線は足元にいる天使に向けられている。

まるで、幼子に「さあ、こちらにおいでなさい」と優しく導いているかのような姿だ。

続いて、隣の像は一体どのような姿をしているのか見てみよう。

面白いことにこちらの像も被り物を被っていない。

しかし先ほどの貴族のような髪型と違って、こちらは教会の聖職者と言われてもまったくわからない姿をしている。

高く掲げた右腕にイエスの十字架がしっかりと握られている。

左手はそのイエスの姿を指し示しているかのように見える。

この像は一体何を言わんとしているのだろうか。

おそらくその鍵は、彼の脇にいる青年にあると思われる。

おそらく、彼が持っているのは聖書。

その彼が、聖人の言葉によってはっと目を見開かれているような場面に見える。

青年の胸に当てられた右手がその驚きを表しているかのようだ。

ここでバロック建築の基本に立ち返ると、バロックは反プロテスタント。

ここでもしや、と私は想像する。

この青年は聖書のみが大切だというプロテスタントの教えに流れされてしまいそうになっていた。

そこでこの聖人が優しく彼の誤りを指摘し、イエス様に帰りなさいと教え諭しているのではないか・・・

そして私はこの像をじっくり眺めていて驚いたことがある。

近くで見てみると、ほんの少し口角が上がっているように見えたのだ。

きっと見る角度によって表情が少し違って見えるのかもしれない。

そしてまなざしの優しさも感じる。

優しく教え諭し、正しい道に導く教師。

そのような印象を私はこの像から感じたのであった。

さて、ここまで一体一体をじっくり見てきたが、改めて全体を眺めてみよう。

中央には小さなイエス、そしてその周りに巨大な聖人像が居並ぶ姿。

イエスという中心から放射状にその力が広がり、それぞれの聖人に力が注がれてるかのように感じる。

そして左側の2体からは教会の、悪を討つ聖なる力を、

また、右側の2体は迷える人々を正しい道に導こうとする教師としての力をこれらの彫像達が示しているのではないだろうか。

というのが私がこの教会でじっくりと眺めていた時に頭の中で思い浮かび、考えたことだった。

人によっては聖人像よりも、周りの豪華な装飾に目が行くかもしれないし、天井に描かれた絵に惹き付けられる人もいるかもしれない。

人によって取っ掛かりはそれぞれだ。

だが、それがなぜそのように作られたのかを意識することで見え方ががらっと変わってくる。それによってそれまで見えてこなかったものが姿を現してくるかもしれない。

こうなっていくと、まるで謎解きをするかのように教会を楽しむことができる。

私がこの教会を好きになったのも、その謎解きの延長線でお気に入りの像ができたからだ。

教会の雰囲気も素晴らしい。

カトリック文化の水準の高さには驚くばかりだ。

ぜひ日本でもお寺参りの際は謎解きをする気分でいろいろと観察してみてはいかがだろうか。

続く

※本記事の主要参考資料はこちら
新教出版社 フスト・ゴンサレス『キリスト教史』
現代書館 薩摩秀登『プラハの異端者―中世チェコのフス派にみる宗教改革―』
講談社 江村洋『ハプスブルク家』
河出書房新社 江村洋『カール五世 ハプスブルク栄光の日々』
平凡社 石鍋真澄『教皇たちのローマ』

また、バロック美術について興味のある方には以下の参考書もおすすめです。
小学館 高階秀爾『バロックの光と闇』
吉川弘文館 石鍋真澄『ベルニーニ バロック芸術の巨星』


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