対州馬に会いに対馬目保呂ダム馬事公園へ!日本在来馬のすごさをぜひお伝えしたい!
対州馬を知っていますか?日本在来馬のすごさをぜひお伝えしたい!
前回の記事「対馬から韓国釜山が見える!?いざ現地で確かめてみた~渡来人や仏教伝来前史の国際交流に思う」では博多から対馬へ高速船で渡り、金田城跡や韓国を望める展望台をご紹介しました。
今回の記事ではそんな対馬滞在の2日目に訪れた目保呂ダム馬事公園での体験をご紹介していきます。

皆さんは日本在来馬という存在をご存じでしょうか。
日本には現在8種の在来馬がいるとされ、そのひとつがここ対馬の対州馬という馬になります。
私自身対馬の対州馬を知ったのはごく最近のことでしたが、百聞は一見にしかず。まずはこの馬について見ていくことにしましょう。
日本において希少な対州馬。
ですが単に珍しいという理由だけで私はこの馬に興味を持ったわけではありません。
前回の記事でもお話ししましたが、私がこの対馬にやって来たのは渡来人と仏教伝来以前の国際交流について研究するためでありました。
そうです。
この対州馬もまさに古代朝鮮との国際交流の賜物であるからこそ私は大いに関心を持ったのでありました。
日本に馬がやって来たのは4世紀末頃と言われています。朝鮮から渡来人によって馬とその技術がもたらされ、日本でも一気に馬の飼育が進められることになりました。
そしてその国際交流の玄関口こそまさにここ対馬であります。その対馬で人々と共にあり続けた馬がこの対州馬です。だからこそ私はこの馬に大いに興味を持つことになったのでした。
そしてもう1点。これも私にとって非常に重要なポイントだったのですが、この対州馬がサラブレッドなどの明治以後に導入された馬よりもかなり小さいという点です。
私達が競馬や歴史ドラマなどで目にするサラブレッドの体高が160~170センチほどなのに対し、対州馬は135センチ以下とかなり小柄です。
しかしこれは対州馬だけに限らず、日本の在来馬はほとんどこのサイズだったと言われています。
つまり、大河ドラマなどで見るような大きな馬は実は戦場には存在せず、ポニーより少し大きなサイズの馬しか実際には存在しなかったということなのです。
これは源平合戦の時もまさにそうです。あの源頼朝や義経が乗っていた名馬もこの対州馬だったのではないかと言われています。
こうした小柄な馬しか日本にいなかったということから歴史学界では「甲冑を来た武士が馬に乗って戦うというのはありえない」という説が提唱されたこともありましたが、実際に在来馬は130キロ以上もの荷物を運べるほど力もあり、走行速度もかなりのものがあることが証明されています。以下の動画は対州馬でありませんが。大きさもほとんど同じの在来馬です。特に、この映像の5分過ぎからは実際に最高速度を計測しているのですが、かなり衝撃的です。ぜひご覧になって下さい。在来馬のすごさが一発でわかります。
いかがでしょうか。体高が低いといっても、この速度で突っ込んでこられたらものすごく怖いです。
しかもそもそもですが、この在来馬はあのモンゴルの馬とほとんどサイズが同じとのこと。


そうです。あの世界最強の元軍の馬です。元軍は騎馬戦術に長けていて、その抜群の機動力を武器にヨーロッパ西部まで覇権を広げたという実績があります。つまり、体高が低かろうと全く問題はないのです。さらにいえば、体高が低い方が様々な地形に対応できたり、えさの量も少なく済むというメリットがあります。大きければよいというものではないのです。複雑な状況に対応しなければならない戦場ではこうした馬がやはり必要だったのでしょう。
さて、前置きは長くなってしまいましたが、私のメインの研究対象は平安末期から鎌倉時代を生きた親鸞聖人です。浄土真宗の開祖となった親鸞聖人はまさに源平争乱とその余波に生きた仏教者でした。その時代の馬に近い存在と触れ合うことができる!私にとってこんな魅力的なことはありません。というわけで私ははるばる対州馬に会いに行ったのでした。
対馬目保呂ダム馬事公園で乗馬体験

さて、対馬2日目の午前中、私は対馬北部にある目保呂ダム馬事公園にやって来ました。

ここでは調教師さんの指導の下、簡単な乗馬体験をすることができます。詳しくは対州馬保存会の公式ホームページにてご確認ください。私もこのページにアクセスし、電話で乗馬の予約申し込みをしました。

敷地内の駐車場に車を停めると、すぐに対州馬と対面できました。のんびりくつろいでいます。かわいい。

こちらが馬舎と事務所です。ここで受付をし、いよいよ乗馬体験のスタートです。
馬のいななきも聞けてとてもグッドです。

さて、こちらが今回お世話になる対州馬さんです。
たしかにサラブレッドと比べるとかわいいサイズ感。意外と脚も細く感じられました。頭の帽子?もかわいいです。
調教師さんによると、対州馬は長きにわたって人と共に暮らしてきたため人懐っこい性格なのだそう。
早速私もこの子に乗らせて頂きました。
体高もそこまで高くないので乗るのも簡単です。
ですが実際乗ってみるとやはり馬です。自分の目線がいつもよりぐっと高くなり、乗馬特有の視点で世界を楽しむことができます。これがいいんですよね。やめられません。

そして馬舎から少し離れた馬事コースで調教師さんから簡単な乗り方のレクチャーを受けます。
調教師さんは帯広や東京でも勤められたベテランさんで、今はこの対州馬の普及のためにこちらにいらしているそうです。
馬の乗り方はブリティッシュスタイル。元々は日本在来馬にはそれぞれ古馬術の流派があったそうですが、それだと流派によって乗り方がまちまちになってしまい調教や体験乗馬が大変になってしまうのだそう。なのでここでは現代でスタンダードとなっているブリティッシュスタイルを採用しているとのことでした。
このお話を聞き私はハッとしました。
そうか、だからこそ武士は武士たり得たのだと。
そもそも、馬に乗るというのは専門技術の塊です。ただ乗ると言っても、まっすぐ進んだり止まったり、曲がったり跳んだりと、これを自在にできなければ戦場では全く役に立ちません。
馬も調教されなければ人を乗せられません。馬がたくさんいればそれで事足りるわけではないのです。やはりそこに人間の技術が必要です。だからこそその馬の技術に長けた人間が武士として力を付けていく。そして流鏑馬などは特にそうですが、そこに弓の技術も加わってきます。弓馬の道が武士の職能として平安時代からすでに存在しているのもまさにこのことを示していると思われます。このことに関しては桃崎有一郎著『武士の起源を解きあかす』という本で詳しく語られていますので興味のある方はぜひご一読されることをおすすめします。
さて、一通りレクチャーを受けた後、実践編ということで進んだり曲がったりを何度か繰り返したのですが、その中でも特に印象に残ったのが軽い駆け足での時でした。
思ったより振動がダイレクトに来たのです。つまり、揺れをかなり感じました。
私はこれまでもサラブレッドに乗る機会が何度もあったのですが、それと比べるとかなりの違いです。
このことを調教師さんにお話しすると、こう答えてくれました。
「そうです。単に乗馬として楽しむならサラブレッドの方が大きいので安定感があります。だからこそ今日本中でサラブレッド系の馬がほとんどになっています。ですがこの対州馬は古くからの歴史を持っている貴重な馬です。日本の馬というものをぜひ感じてみてください。」
ふむふむ、たしかに単に乗り心地だけやその背の高さを考えるならばサラブレッドの方が良いかもしれませんが、対州馬には対州馬の良さがあり、歴史があります。そして上でもお話ししたように、馬は人間の技術の塊であり、文化でもあります。そのことの大切さも見直されなければなりません。

調教師さんに馬を引いてもらいながらお散歩です。天気もよくとても気持ちがよいです。
そしてこのコースを歩いていて、私はふとこう思ってしまいました。
「ここ・・・キューバに似てるなあ・・・」
実は私は2019年にキューバでも馬に乗っています。その時の景色にここがすごく似ていたのです。
この映像で流れる景色はちょっと違いますが、次の写真を見比べて頂ければ何となく私の言わんとするところが伝わるかと思います。上が対馬、下がキューバです。


いかがでしょうか。何となく似ていますよね。ふと連想してしまったキューバの景色に思わずほっこりしてしまいました。
私は旅の最中に馬に乗るのが好きで、キューバだけでなくジョージアでも乗っています。馬に乗ると何かその旅が特別なものになるような気がしてどうしても乗りたくなってしまうのです笑 シンプルに好きなんでしょうね笑
ジョージア北部のジュタバレー。
— 上田隆弘@函館錦識寺 (@kinsyokuzi) October 9, 2022
この景色には笑うしかありませんでした pic.twitter.com/KwZtZ6fvdf
絶滅寸前の対州馬を守るために私達に何ができるか

馬に乗りながら調教師さんが色々なお話をして下さりました。
その中でも印象に残っているのがやはり対州馬を取り巻く現状についてでした。
この記事の最初の動画でも述べられていたように、現在対馬には約40頭ほどしか対州馬はいません。明治期には4000頭もいたそうですが車の普及に伴い対州馬は激減し、2003年には23頭にまで減ってしまったそうです。
しかしこの馬事公園を運営する対州馬保存会の努力や様々な支援によって現在少しずつ回復はしていますが今なお問題は多いそうです。
まず第一に日本在来馬たる対州馬の価値が日本全体どころか対馬市民にすらあまり周知されていないという点です。この点を調教師さんは特に嘆いておられました。
調教師さんによれば、対馬市民にとってかつて対州馬はあまりに身近な存在だったそう。だからこそこの馬の希少性が逆に感じられにくかった。そして車の普及によって馬が身近から消えてしまうと、若い世代も含めて一層この馬に対する関心を失ってしまったとのこと。対州馬と他の馬の違いもわからないという方も多いそうです。
やはり対馬の、いや日本の宝である対州馬を本気で大事にするならば、まずはそこに住む現地の方々の理解と協力が不可欠です。
そしてさらに言うならば、行政との連携も欠かせません。調教師さんによればこれもなかなかうまくいっていなかったそうです。
「このままでは対州馬はいなくなってしまいます!一度いなくなってしまえば二度と戻ってきません!」と陳情しても理解を得られるまでは大変な苦労があったそうです。
しかもこれも行政の宿命なのか、「単に数を増やせばよい」というまさに数字の論理で対応したため、一旦は対州馬の数は100頭近くまで増えたもののその後激減してしまったそうです。
それらの多くは島外に移され、他の馬種と交配したり、そのままそこで亡くなってしまったとのこと。つまり、純粋な対州馬の子孫を残すことなく「数ある他の馬」と同じように飼育され亡くなってしまったのです。対州馬に対する理解の少なさが招いた悲劇と言えるでしょう。
やはり行きつくところは「人」です。「数字の論理」ではありません。
馬を育て守っていくにはただ頭数だけいればよいというわけではありません。貴重な馬を守るにはそれを育んできた土壌、技術、知恵も大切にしなければなりません。馬を守ることは文化を守ることそのものです。
調教師さんも仰られていました。「ただ単に馬を見せて客寄せ的なことをしたいのなら対州馬ではなくサラブレッドでやればいいんです。その方が大きいし楽でしょう。ですが、希少な対州馬を守ると本気で決めたのなら覚悟を持ってやらないとだめでしょう。」と。
私はこの調教師さんの言葉に痺れました。先ほども述べましたように、この方は帯広や東京など様々な現場で馬を見てきたプロフェッショナルです。その方が熱意を込めてこう語ってくれたことに私は感動したのです。そして外部から来たからこそ見える対州馬保護の問題点をわかりやすく教えて下さったことに深く感銘を受けました。
私自身、現在地元函館の短期大学で非常勤講師を務めています。これまで「自分は地元で何ができるのか」ともがき続けてきましたが、やはり大事なのは「人」です。大切なものを守りたいという真摯な思いが大事なのだと改めて確信しました。私にはやるべきことがあります。私は今、燃えています。



私にとってこの対州馬との出会いは渡来人研究や親鸞研究の枠に収まらない大きなものとなりました。
次の記事ではいよいよ韓国釜山に上陸しますが、そこでもここでの体験との繋がりに驚くことになりました。

詳しくは次の記事でお話ししますが釜山の博物館で馬具の展示がなされていて、これがまさに日本に伝来した時期のようなのです。
やはり全て繋がっています。
対馬の体験は本当に素晴らしいものでした。ぜひ皆さんも対馬に来たら対州馬に会ってみてください。いや、対州馬に会いに対馬に行ってみてください。素晴らしい経験になること間違いありません。強く強くおすすめします。
続く
〇以下日本在来馬や馬の歴史についてもっと知りたい方におすすめの参考書です↓
講談社、川又正智『ウマ駆ける古代アジア』
雄山閣、右島和夫監修『馬の考古学』
講談社、高田貫太『海の向こうから見た倭国』
文藝春秋、蒲池明弘著『「馬」が動かした日本史』
筑摩書房、桃崎有一郎『武士の起源を解きあかすー混血する古代、創発される中世』
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