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成瀬由紀雄の「参考図書あれこれ」:『日本語はいかにつくられたか?』『日本語は進化する』(2)

(↑のつづきです)

ヨーロッパは、外海という絶対的な国境を持たず、古代から人間の交流がきわめて激しい土地柄でした。また、ギリシャ・ラテン文化とキリスト教という共通基盤のうえに成立していました。

それゆえ西欧諸国においては、各西欧言語間の翻訳という作業は、極論をするならば、「方言間の言い回しの違いの修正」といった程度のものと考えてよいでしょう。

もちろん近代に入って、西欧でも日本語や中国語といった非西欧文化圏からの翻訳作業も行ってきてはいます。しかしこれらは、いわばみずからの文化をもう少しばかり豊かにするための行為だといってよいでしょう。はっきりいえば一種のエキゾチズムにすぎません。

しかし、日本の場合は事情がまったく違います。

日本はその建国以来、千数百年間にもわたり、みずからの社会を根底から“変身”させるために翻訳という行為を行ってきたのです。

天平から奈良、平安の時代にかけて日本は、はるか海のかなたにある大文明国である中国に、国家の威信と存亡をかけて使節団を送り、莫大なる犠牲者を出しながらも、広汎な書籍を持ち帰り、それを翻訳して新しい国づくりを行いました。

そこには、みずからの文化を豊かにするなどといったお手軽な気持ちはひとかけらもなかったはずです。

仏教や儒教、喫茶や書道など現在われわれが享受している日本文化の多くが、こうして翻訳を通じてもたらされました。

近代にはいると、明治時代に西欧文明を取り入れるべくわずか数十年のあいだに何千冊という書物を翻訳し、それを利用することで「近代化」に成功しました。

そして、西欧列強による植民地化の危機を脱することができた数少ない非西欧国のひとつとなりました。

日本文化とは、つまりは、こうして積み重ねてきた翻訳文化の集合体であるといっても過言ではないでしょう。

ただ、そうであるにもかかわらず、日本文化は、単なる外国文化のコピーに終わることはありませんでした。

さまざまな領域において、日本の文化は、世界に類のない独自性を有するに至っています。

コピーから入り、そのうちにオリジナルからどんどんと離れていき、ついには独自のものを構築しはじめる。

あらゆるものを柔軟に取り入れて咀嚼し、独自のものへと変貌させていく。

それが、日本文化の本質的特徴といえるのではないでしょうか。

その営みを根底から支えてきたのが、翻訳という行為でした。

翻訳が日本文化を生み、そして育ててきたのです。

(つづきは↓)

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