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恐竜は手でドアを開けられなかった?│恐竜の「手」にまつわる制約と進化の話

はじめに:ラプトルのドア開け問題

映画「ジュラシック・パーク」の終盤、ヴェロキラプトルがレバーを手で押してドアを開けるという印象的なシーンがあります。
そこから始まるキッチンでの、レックス・ティム姉弟とラプトルのお互いの知力を尽くしたスリリングな攻防戦は劇中随一の見どころと言ってもいいでしょう。

しかし実際には、ヴェロキラプトルに限らず、恐竜全般の手の構造では、劇中でやったような「手の平でドアのレバーを押し下げる」といった動作は不可能だったと見られています。
実は恐竜の「手」は、人間の感覚からすると不自由に見えるほど可動域が限られていました。
本記事では、そんな恐竜の「手」について考察してみたいと思います。



第1章:恐竜の手は意外と不器用?

恐竜の系譜は二足歩行の共通祖先から始まりますが、さらにその祖先は四足歩行の爬虫類でした。
つまり、元々は歩行のために使われていた前足が、二足歩行化により自由になり、「手」として転用されたという流れです。


「手」と聞くと、同じ二足歩行である我々人間のように器用に動かせたようにイメージしがちかもしれませんが、実はその動きには大きな制限がありました。

手首と肘は比較的自由に屈伸(蝶番のような動き)できましたが、肩の関節は体の側面斜め下方向に固定気味で、肩の横への大きな開閉や回転といった動きは苦手でした。
そのため腕を開いたり閉じたりする動きは苦手で、前後方向の直線的・平面的な動きが中心でした。
例えば手を前に伸ばしたい時は、脇を軽く開いた状態でジャブを打つような腕の動きしかできなかったイメージです。

また、手の平を返す動き(回内・回外)ができないという大きな制約もありました。
人間や哺乳類の多くはクルクルと簡単に手の平を返すことができます。腕の橈骨(とうこつ)と尺骨(しゃっこつ)という2本の骨がクロスする特殊な構造がこのような動きを可能にしています。

回内と回外の模式図
Pronation:回内(手の平を下に向ける)、Supination:回外(手の平を上に向ける)
濃いグレー:尺骨、薄いグレー橈骨

しかし、恐竜を含む爬虫類や多くの脊椎動物では、橈骨と尺骨は平行のまま固定されており、回内・回外はできない構造になっています。
回内・回外は哺乳類のみが持つ特殊スキルなのです。


このため、ジュラシックパークのヴェロキラプトルのように、手の平を下向きに、すなわち「回内」してドアレバーを押す、という動きは構造上不可能だったのです。

もし手を使ってレバーを下げるなら、チョップのように手の側面でレバーを押すか、体を大きく傾けてからレバーを体に引きつけるなど、不自然な感じになりそうです。下顎や口でレバーを操作した方がずっと簡単そうです。

(手段はともかく、そもそも「レバーを下げる→ドアが開く」ということを学習できる知能があったか?という点については未知数です。しかしヴェロキラプトルは現代の鳥と近い親戚。カラス等の賢い鳥はそのぐらいの芸当はできそうな気がするので、個人的にはあり得ない話ではないと思います。)


第2章:合理的なそれぞれの「手」

初めて知った方にとっては、「恐竜の手はそんなに不器用だったのか…」と少し残念な事実に思えるかもしれませんが、決してそんなことはありません。
構造がシンプルで可動域が限定されているということは、裏を返せば頑丈で壊れにくく、余計な方向に捻れたり曲がったりしないため、効率よく力を伝達できたということです。
恐竜の手の構造は、鉤爪での攻撃や、獲物を引き寄せる動作(腕がハの字に傾斜しているので、肘の屈曲が抱き込むような動きにつながる)に特化しており、彼らの生活において最適な構造だったと考えられます。

一方、ヒトの手が器用なのは、樹上生活をしていた祖先の哺乳類・霊長類の特徴を引き継いでいるから。もともとは樹上で木の枝などを正確に掴むために進化した自由度の高い手を、ヒトは道具を扱うように機能転用したのです。

私たちの感覚を基準にすると一見不便な恐竜の手ですが、実際には特に不便は無く、彼らの生活スタイルに合った最適解だった、と考えるのが妥当でしょう。


第3章:恐竜の自然な手のポーズとは?

子供が恐竜ごっこをするときや、恐竜のマネをして写真を撮るときなど、爪を立てて手の平を相手に向けたり、あるいは幽霊のように指先を下に向けたポーズをとりがちだと思います。
そのように描かれているイラストや玩具などもよく見かけますが、実はその手の形は正確ではありません。

肘はやや開き気味で、手のひらを内側やや斜め上に向ける(大きな杯を両手で胸元に支えるようなイメージ)』

これが一般的な二足歩行恐竜の自然なポーズでした。
ただし、このことは1993年のジュラシックパーク公開当時では一部の専門家の間でしか認知されていなかったようで、映画に反映されていなかったとしても無理はありません。

コエロフィシスの骨格標本
手の平は内向き+やや上向きで、正しいポーズに近いと思われる。
(ネットでは手の平が下向きの古い復元の画像が多く、正しいポーズの物はあまり見つけられなかった。)

なお、後で登場しますが、マニラプトル類(ヴェロキラプトルや鳥の祖先などを含む仲間)は少し特殊で、普段は手首を小指側に曲げ、手の平を鳥の羽のように折り畳んでいましたが、臨戦態勢では手を戻し、上記のような一般的な恐竜のポーズになっていたと考えられています。

また、ティラノサウルスのマネをするとき、人差し指と中指のピースサインでやりがちですが、これも正確ではありません。ティラノサウルスの二本指は、第1指と第2指であり、人間の親指と人差し指が対応します。3本指の恐竜の場合も、親指・人差し指・中指を使ってマネをするのが正確です。

ティラノサウルスの前肢の模式図
第1指(親指)、第2指(人差し指)からなり、第3指(中指)はほぼ退化。橈骨(Radius)と尺骨(Ulna)は固定されており、他の恐竜と同様、手首を回転させること(回内)はできない。

以上を踏まえると、「分かっている人の恐竜ポーズ」ができます。
(ただし、むやみに人に指摘したりすると、場合によっては面倒くさい・ノリが悪いなどの印象を与えかねないのでご注意ください。)


第4章:ミニ実験│恐竜のポーズの理由

ところで、なぜ恐竜はそのようなポーズが自然だったのでしょうか?
ちょっとした実験で疑似体験してみるとよく分かります。それではやってみましょう。


  1. 膝をつき、手の平が回内しないように手首を固定し、そのままゆっくりと腕立て伏せの姿勢をとってみてください。こうすると、手の平の小指側が先に床に付き、親指側は少し浮くはずです。

  2. この手と腕の形をキープしたまま、開いていた脇を締めるように肩を回転させていくと……あら不思議、手の平は自然に内向き+やや上向きになり、自然と恐竜のポーズが出来上がります。


哺乳類を除くほとんどの四足動物は、関節の構造上、基本的に手の平の側面側(小指側)で接地します。
過去に投稿した以下の記事で「爬虫類は薬指が発達しやすい」ということを述べましたが、まさにこれが理由です。

一方、哺乳類は「回内」により、手の平全体を地面に向け接地させることができます。
先ほどの恐竜ポーズの実験においても、手首の固定を解除すれば自然に手の平全体が接地すると思います。
「回内」は普段は意識しない地味な機能ですが、前肢のの関節の自由度を増やすという、哺乳類が進化の過程で手にした画期的な機能なのです。

一見不思議な恐竜の基本ポーズですが、それは四足歩行から二足歩行に移行したことの名残や、哺乳類の持つ「回内」の特殊性など、色々なことを教えてくれます。
(この「回内ができない」という制約が、二足歩行から四足歩行に戻ろうとした恐竜たちを苦戦させるわけですが、それについては以下の記事をご参照ください。)

備考:回内と腱鞘炎

こうして見ると一見万能な「回内」ですが、多くの人を悩ませる「腱鞘炎」に大きく関係しています。
現代人に欠かせないマウスやキーボードなどの操作は、常に手の平を下に向ける「回内」を必要とします。これを長時間続けると指や手首の筋肉・腱に過度な負担がかかり、腱鞘炎の原因になるのです。
人間も元を辿れば回内能力を持たない四肢動物の末裔です。手の平を捻らずに内側に向けた姿勢が最もニュートラルな状態なのかもしれません。
実際、そういった人間工学(エルゴノミクス)に基づいた以下のような製品も多く出回っています。見た目はとっつきにくいですが、実際に使ってみると、手首を「より自然な角度」でキープできるので、疲れにくく重宝します。


おわりに:制約が生む進化

恐竜の手には可動域の制限や、「回内」ができないという制約がありましたが、これは後に鳥類の翼への進化へとつながる重要な伏線になっていました。

ヴェロキラプトルや鳥類の祖先を含む「マニラプトル類」では、手首に「半月状の手根骨」という特殊な骨が生まれ、手の平を小指側かつ体の側面に折り畳むヒンジ(蝶番)のような構造が発達しました。
これが、伸ばせば大きな「空気を捉える羽毛の板」となり、畳めば体の側面にきれいに収まる、鳥類の翼の基本構造になったのです。

ヴェロキラプトルの骨格標本
手の平が手首から小指方向に曲がり、折り畳まれている様子が分かる。
ヴェロキラプトルの復元図
上記の骨格図と同様に手の平を折りたたんでいる状態。その姿はほぼ鳥。
(マニラプトル類は羽毛を持っていたと考えられています。また、ヴェロキラプトルと現代の鳥は系統的に近縁ですが、直系の祖先・子孫という訳ではありません。)

マニラプトル類の手の折り畳み構造は、長い指や爪の保護や、獲物の保持のために生まれたと考えられています。
恐竜には柔軟な「回内」という選択肢が無かったからこそ、自由度は低いが捻れに強く、効率よく上下に力を伝えられるヒンジ状の関節構造に特化することができたと言えるかもしれません。

さらに、マニラプトル類の中でも、「鳥」に進化する仲間では、肩の関節の方向や位置を変えることにより、腕の可動域を前後方向から上下方向に転換し、力強く羽ばたける現在の鳥類の翼の形が完成しました。

一見不自由な手の制約が、結果的に大空を自由に羽ばたくための翼を産んだ──
恐竜の手には、壮大な進化の伏線回収も隠されていたのでした。


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他にも進化や恐竜について以下のような記事を書いています。是非ご覧ください。

■使用画像クレジット一覧

・記事見出し画像:
AIによる生成画像

・人間の腕の回内および回外の模式図:
Pronation and supination.jpg by Connexions, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

・コエロフィシスの骨格標本:
Coelophysis skeleton.jpg by bryan... from Taipei, Taiwan, Wikimedia Commons, CC BY-SA 2.0

・ティラノサウルスの前肢の模式図:
Tyrannosaur arm 104.JPG by Conty, Wikimedia Commons, Public domain

・ヴェロキラプトルの骨格標本:
Velociraptor skeleton.jpg by Esv - Eduard Solà Vázquez, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

・ウェロキラプトルの復元図:
Velociraptor TD.png by TotalDino, Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0


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