モササウルスはなぜ「トカゲ」なのか?│恐竜より古いモササウルス研究史と、天才博物学者キュビエの話
はじめに:モササウルス記事の反響
私のnote記事の中で、なぜか突出して読まれている記事があります。「モササウルスはなぜ突然スターになったのか?」という記事です。
映画の影響や研究の進展などを分析した内容でしたが、記事公開からしばらく経った今も、閲覧数は他の記事よりも伸び続けています。
また個人の弱小noteアカウントながら、google検索の上位にも表示されます。
これはなかなか興味深い事実です。
記事のテーマは「モササウルスの人気上昇」についてなのですが、その記事がよく読まれているということ自体が、昨今のモササウルス人気や関心の高さを裏付ける結果になっているからです。
さて、そんなモササウルスについて、最近意外な事実を知りました。
それは、モササウルスの研究史はかなり古く、学術的な研究対象となったのも、命名されたのも、恐竜よりも早かったということです。
そして当時のモササウルスという存在に対する捉え方を見ることで、当時の人々の生物の進化に対する考え方を伺い知ることができます。
それでは見ていきましょう。
第1章:恐竜より早かったモササウルス
最初に命名された恐竜はメガロサウルスというのは有名な話かと思います。
メガロサウルスは1824年にウィリアム・バックランドによって*記載および命名されました。
(ただし、当時は「恐竜」という概念はまだ存在していませんでした。恐竜(Dinosaur, Dinosauria)という分類は、後の1842年にリチャード・オーウェンによって提唱されたものです。)
モササウルスの研究史はそれよりも一歩早く、1808年にジョルジュ・キュビエによって*記載、1822年にウィリアム・D・コニベアによって命名されています。
*記載:その生物の形態・特徴を詳細に示し、学術的に公表すること
ちなみにイクチオサウルスの本格研究は1810年代、名称定着は1820年代初頭、プレシオサウルスの本格研究および命名は1824年です。
中生代の地球の主要な役者たちの中でも、モササウルスは研究対象として最古参級の重鎮なのです。
最初の発見から今日のブレイクまで実に200年以上。
遅咲きもいいところです。
第2章:「モササウルスはトカゲの仲間」の以外性
ここであらためて確認しておきたいのは、モササウルスは恐竜ではないということです。
大きな体、巨大な顎、鋭い歯、いかにも獰猛そうな姿は恐竜またはワニなどを連想させます。
しかし分類上は有鱗目(ゆうりんもく)、つまりトカゲやヘビなどの仲間です。

トカゲと言っても、身近なニホントカゲやカナヘビなど(スキンク類)とは少し違い、「オオトカゲ類」に比較的近縁だと考えられていますが、ここでは単純に「トカゲ」という表現を使います。
私もそうでしたが、図鑑やドキュメンタリーなどで「モササウルス=トカゲの仲間」という事実を知って、驚いた記憶がある方も多いのではないでしょうか?
調査や研究の進歩の結果、「ある生物が実は意外な生物と近縁だったことが判明」、ということはしばしば起こります。
モササウルスもそのパターンで、比較的最近分かったことなのかと何となく思っていました。
しかし、モササウルスがトカゲの仲間だということは、以外にも発見からかなり初期に分かっていたことでした。
この事実を見抜いたのは、フランスの著名な博物学者ジョルジュ・キュビエという人物でした。
第3章:天才博物学者キュビエ、怪物に挑む
時は18世紀末、オランダのマーストリヒトの採石場で、かつて海だった地層から謎の巨大生物の頭骨の化石が発見されました。
この化石標本は「マーストリヒトの怪物」(Great animal of Maastricht)と呼ばれ、その正体を巡り、クジラ、ワニ、魚など様々な憶測が飛び交いました。

「マーストリヒトの怪物」は紆余曲折の末、フランスへと渡り、キュビエのもとで調査されることになりました。

キュビエは比較解剖学(生物どうしの体の作りを比べ、共通する設計や違いからその関係性を明らかにする学問)を体系化し、さらにそれまでは無かった「絶滅」という概念を確立した偉大な博物学者です。
1808年、得意とする比較解剖学を駆使し、マーストリヒトの怪物を詳細に分析したキュビエはこんなふうに結論づけます。
「これはトカゲ型の設計を持つ巨大な海生爬虫類であり、しかも現在では絶滅している。」
その後、1822年にこの怪物が「モササウルス」と命名されたのは先に述べた通りです。
第4章:モササウルスのどこが「トカゲ」なのか?
とはいえ、あのモササウルスがトカゲの仲間(有鱗目)とは、にわかには信じられないのが普通の感覚ではないでしょうか?
いったいモササウルスのどこがトカゲと同じだと言うのでしょうか?
モササウルスが有鱗目とされる大きな根拠は、頭骨の設計にあります。
有鱗目の頭骨の設計思想を一言で表すと「可動式ユニット構造」です。

上顎と下顎の根本を繋ぐ縦に細長い骨が「方形骨」
・まず、上顎と下顎をつなぐ「方形骨」が可動性を持つという特徴があります。
恐竜やワニでは方形骨はほぼ固定されていますが、有鱗目ではこれが後方に回転するように動きます。
これにより口を大きく開くことができ、大きな獲物を捕らえたり呑み込むのに役立ちます。
・さらに下顎の骨の左右の先端は完全に癒合しておらず、靭帯のような柔軟な組織で連結されています。
この構造もやはり大きな獲物を呑み込んだりするのに役立ちます。
ワニや恐竜ではここがガッチリと骨同士で結合していることが多い。
・歯の付き方も特徴的です。
有鱗目の多くは、顎骨の内側(舌側)の縁に沿って歯が並ぶタイプです。(プレウロドント型)
一方、ワニや恐竜の歯は、人間(哺乳類)と同じように、根本が歯槽に深く埋めこまれた構造をしています。(テコドント型)
・そして頭骨のパーツどうしの組合せ(縫合)のゆるさも特徴です。
恐竜やワニの頭骨は、頭骨のパーツどうしが強固に組み合わさった構造をしています。
一方、有鱗目では頭骨のパーツどうしが比較的緩くつながっており、わずかな遊びがあります。
このような有鱗目特有の構造が、モササウルスによく当てはまることにキュビエは気づきました。
当時はハイテクな分析技術などなく、古生物学もまだ発展途上の時代です。
さらに「巨大さ」や「海洋生物」といったイメージにも惑わされず、
純粋な骨格の特徴のみから
「うーん、これはトカゲ!」
という結論に辿り着いたのは驚異的なことに思えます。
ここまで聞くと、現代の私たちの感覚では、
「トカゲっぽい祖先から巨大な海のハンターに変貌するなんて、生物の進化ってすげー」
のように、太古のロマンに思いを馳せるところだと思います。
しかし、ここが面白いところですが、
キュビエは生物の「進化」を強く否定していました。
当時、キュビエの同僚でもあったジャン=バティスト・ラマルクが「生物の種は変化する」という、進化論の先駆け的な考えを提唱し始めていました。
しかしキュビエは、ラマルクが提唱した進化論に対して明確に反対の立場を示していました。
ちなみに、ラマルクの「用不用説」(よく使う器官は発達しそれが子孫にも伝わるという理論)は、しばしばダーウィンの「自然選択説」の引き合いに出され、「間違えた人」として扱われがちですが、ラマルクは「生物は変化(進化)する」という概念を最初に示した一人です。
ラマルクはそれまで誰にも見えていなかったこと気づき最初の問いを立てた革新的な人、そしてダーウィンはその問いに対し別の角度からエレガントな答えを導いた人、と言えます。
さて、ラマルクの提案した「進化」に対するキュビエの考えはこのようなものでした。
「生物は精巧に設計された機械のようなものであり、部分は互いに密接に関連している。(相関の法則)
もし一部でも変化したら全体の機能が損なわれてしまうので、そんな生物は存在しえない。」
モササウルスとトカゲの類似性を見抜いたキュビエでしたが、それはモササウルスがトカゲ的な祖先から進化したということではなく、
あくまで「トカゲ的な設計」を共有したトカゲとは独立のそれ自体で完結した存在、
という理解でした。
第5章:なぜ進化論は受け入れられにくかったのか
現代の私たちは、子供のころから学校やメディアなどで進化論や遺伝子について触れており、多くの人は進化論を自然と受け入れていると思います。
(そうでない国や地域なども多くあるのも事実ですが。)
しかし一昔前の世界では、
「生物の種や形は固定されていてずっと変わらない」
という考え方が普通でした。
このような考え方の理由として、世界は創造主によって作られたといったような宗教や信仰の影響は大きかったと考えられます。
しかし、より根本的な理由を突き詰めると、それは「時間スケール」にあると考えられます。
例えば、ウサギはあなたが生きている間、変わらずウサギでしょう。
年配の方に聞いても、昔からウサギは変わっていないと言うでしょうし、古い書物などを当たってみても今と同じような姿で描かれているはずです。
これに対して生物の進化は、数万年、数百万年、数千万年という、途方もなく長いスケールで起こります。
人間の一生や、伝承や記録の時間スケールでは、生物の進化を直接確認することは不可能なのです。
進化論は、地質学・比較解剖学・遺伝学などの間接証拠(間接ではあるが強力)の積み重ねによって成立しているのです。
だから当時の人に対して「生物は進化する」と言ったとしても、
「そんなの見たことないんだけど、証拠はあるの?
何か超越的な創造主的な存在が全て設計したって考えた方がよっぽど筋が通ってるんじゃないの?」
となるのが普通の反応だったでしょう。
これは単なる無知ではなく、その時代においてはごく自然で合理的な判断だったのだと考えられます。
第6章:「YAMAHA」と進化の共通点
キュビエの進化論への反論として、「中途半端な状態の生物は成立しない」というものがありましたが、なるほどこれは確かに一理あります。
極端な例ですが、もし人間がキリンのように首だけ長くしようとしたら、骨格、心肺機能、身体バランスなどに大きく影響し、そんな構造は取り得ないと容易に想像できます。
ある生き物がその形を保っちながら機能しているのは、絶妙なバランスの上で成り立っているということはどうやら間違いなさそうです。
では現代の進化論はこの問題に対してどう答えるのでしょうか?
その答えとして以下のような考え方があります。
・機能する(役に立つ)状態を常に保ったまま少しずつ変化する
・既存の構造を転用する
これは企業の事業拡大のお手本的なパターンにとてもよく似ています。
コピペでも有名な「ヤマハ」はその分かりやすい例です。
この引用記事の内容を要約すると、ヤマハの事業の変遷はこんな感じなると思われます:
・輸入オルガンの修理 → オルガン・ピアノ製造へ
・楽器用木工技術 → 家具・インテリア関連事業へ展開
・戦時中のプロペラ製造 → 加工技術蓄積 → 戦後は機械・エンジン製造へ活用
・エンジン製造技術 → オートバイ製造 → ヤマハ発動機の独立
・モーター技術 → 船外機・マリン製品へ拡大 → FRP など素材応用
・素材応用技術 → プール・レジャー関連設備への展開
これらは、既存の技術・設備・人材などを使い、市場環境に応じて次にできることへの連続的な拡張と言えます。
生物の進化も同じで、既存の器官や設計を転用しながら進んで行くものだと現在では考えられています。
第7章:理論が創始者を超える
ここでひとつ美しい構図が見えてきます。
先に述べた通り、キュビエは進化論に反対の立場でした。
しかし彼が築いた比較解剖学や絶滅といった理論は、皮肉にも後のダーウィンの進化論を支える礎となりました。
理論がその創始者自身の世界観を超えたのです。
こういった話は科学の世界ではよくあることであり、あの「アインシュタイン」に当てはまります。
アインシュタインが生み出した一般相対性理論の方程式は、宇宙が膨張していることを示していました。
しかしアインシュタイン本人は膨張などしない静的な宇宙感を持っていたため、方程式に「宇宙項」という補正項を加えました。
しかし後に、ルメートルやハッブルらが、実際は宇宙が膨張していることを観測から発見します。
その結果、アインシュタインは宇宙項を撤回しました。
アインシュタインが宇宙項の追加を「人生最大の過ち」と語ったとされるのは有名な話です。
アインシュタインが生んだ方程式が示した結論は最初から正しく、創始者本人の世界観をも超えていたのです。
(近年、ダークエネルギーの説明として宇宙項を再評価する声もあります。)
おわりに:モササウルスという象徴
進化論が受け入れられにくかったのは、単に昔の人が無知だったからという理由だけではありません。
当時分かっている世界の範囲の中では、生物は変わらないというのはその時点では合理的な理論でした。
先人たち努力によって理論が少しずつ拡張・更新された結果、我々に見えているが今の世界なのです。
キュビエは進化論に反対の立場でしたが、比較解剖学や絶滅など、彼の理論は後に進化論の礎となりました。
自身が生んだ理論が、自身を超えて独り立ちし、世界を更新して行く──
これほど美しい物語があるでしょうか。
このような物語の繰り返しによって科学は発展してきのです。
古生物学史の古参であり、現代の映像メディアのスターでもあるモササウルスは、科学史そのものを語ってくれる存在でもあったのでした。
お知らせ
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使用画像クレジット一覧
1. 記事見出し画像
・ChatGPTによる生成
2.モササウルスの骨格標本
・タイトル:Mosasaurus hoffmannii - skeleton.jpg
・作者:Ghedoghedo
・出展:WikimediaCommons
・ライセンス:CC BY-SA 3.0
3.「マーストリヒトの怪物」の標本
・タイトル:Mosasaurus2.JPG
・作者:MWAK
・出展:WikimediaCommons
・ライセンス:Public domain
4.ジョルジュ・キュビエの肖像
・タイトル:Georges Cuvier large.jpg
・作者:James Thomson (1789-1850)
・出展:WikimediaCommons
・ライセンス:Public domain (PD-US)
5.コモドオオトカゲの頭骨
・タイトル:KomodoDragon Skull.jpg
・作者:Danadi Sutjianto
・出展:WikimediaCommons
・ライセンス:CC BY-SA 4.0
