ビジネス書を読めなかった私が、商業出版で「私にしか書けない1冊」を書ききるまでに取り組んだこと
「ビジネス書を出した人間が、一体何を言っているんだ」と思われるかもしれませんが、私はこれまでの人生で、ビジネス書の食わず嫌いをしてきました。
そんな私は、2026年1月30日、商業出版でインプレス NextPublishingより『書く人生のはじめかた 文章力より大切な“書き続ける”ための心構え』を上梓しました。
本作は「デジタルファースト出版(電子書籍×ペーパーバック)」であり、書店での注文販売は可能なものの通常の本のように平積みや棚に置かれる形の書店流通を前提としてはいません。
にもかかわらず、ありがたいことにAmazonの日替わりセールに選出されるなどして大きな反響を呼び、発売からわずか5ヶ月ほどで実売900部を突破。

さらに、Amazonでのオーディオ(音声)化も実現するなど、現在も好調な売れ行きを維持しています。
販促活動で取り組んだコンテスト「書く人生がはじまった瞬間」には、100作品以上もの応募作品が集まり、結果発表の際にはXのトレンドにも上がりました。
確かな結果を残した今だからこそ、ここでひとつ、正直に白状しなければならないことがあります。
実は、このお話をいただくまで——私はビジネス書をほとんど読んだことがありません。
ライターという職業柄、担当する案件に関連する本に目を通すことはあっても、自ら進んでビジネス書の棚に足を運ぶことは、ほぼ皆無でした。
というよりも、「怖くて読めなかった」というのが本音です。当時の私にとって、ビジネス書は言葉が強いものも多く、読み進めていくうちに、どこか自分を責められているような、遠い世界のものに感じられて仕方ありませんでした。
そしてそう感じる理由は、私自身の生い立ちも含め、会社員時代に負った言葉の数々から受けて「自信を喪失していた」という心の内にありました。
「あなたは何をやっても駄目だ」という呪い
私は幼少期から、母親に「あんたは、何を教えてもダメだったから、教育するのを諦めたの」と、ぼそりと言われて育ちました。
3人兄弟の長女なのですが、2人の弟たちは優秀で、私は人一倍物覚えが悪い子供でした。高校時代にはクラスで最下位の成績をとってしまい、ショックを受けた母から、家の中で1ヶ月ほど完全に無視されたこともありました。
社会に出てからも、苦難は続きます。新卒で入社した会社は、わずか1ヶ月で解雇。
その半年後に入社した会社には、なんとか17年間勤め続けたものの、上司や周囲からは常に
「サラリーマンに向いていない」
「早く結婚して欲しい。いつ仕事を辞めてくれるの?」
と、言われ続けていました。
周りの人たちも、悪意からくる言葉を投げかけていた訳ではありません。あまりにも働くのが向いていない私を、本気で心配してくれていたのだと思います。当時の私は、マルチタスク、空気を読んで動くこと、気遣いなどができませんでした。社会的な適応力がないと、あの頃は烙印を押されていたものです。
いくら自分のためを思った発言とはいえ——言葉は時として「呪い」になります。
「できない」と言われると、まるで自分のすべてが否定されたように感じてしまう━━そう思い込んだ瞬間、私は外から厳しい言葉を投げかけた相手に対し、心を閉ざすようになります。
それだけではありません。積み重なった小さな呪いは、やがて私のコンプレックスとなり、私はいつしか「上からものを言われる」ことが苦手な人間になっていったのです。
そんな私にとって、書店のビジネス書コーナーに並ぶ文字は、どれも自分を責め立てる「上から目線のお説教」のように見えました。自然と足が止まり、回れ右をしてしまう日々が続きます。
代わりに目を向けたのは、スマホの画面に流れるSNSでした。
けれど、そこにも「意識の高い言葉」が絶えず流れてきます。人に嫌われるのが怖く、ミュートする勇気すらない私は、スクロールするたびに胸がぎゅっと締め付けられる気持ちになりました。厳しい言葉に触れるたび、またあの頃のように責められるのではないか。自信を失うのではないか。生きる希望まで奪われるのではないか。
そんな恐怖がよみがえり、私はビジネス書に手を伸ばすことができなかったのです。
傷ついた私を救ってくれたのは、スピリチュアルや自己啓発の本でした。
家には、占い・恋愛・自己啓発・心理学……そんな本が本棚にずらりと並んでいます。ページをめくるたびに、「今のままでいいんだよ」とそっと肯定してくれる言葉に触れ、張り詰めていた心が少しずつほどけていくのを感じました。
気休めだなんて、本当はわかっていました。それでも私は、あの頃、言葉に救われたかった人間です。なんとか今日までを生き延びるために、そうした言葉に縋ってきました。
けれど今振り返れば、それは単なる「食わず嫌い」でもありました。「ビジネス書はすべて怖い」——そう思い込んでいたのは、私自身の偏見にすぎなかったのだと、自分で一冊の本を書き上げてみて、ようやく気づいたのです。
私は今回、ビジネス書の執筆のために類書研究として30冊以上ものビジネス書を読み漁ります。そこで、改めて気づいたことがあります。
そもそも指南本とは、誰かを精神的に追い詰めるために作られたものではありません。人のために書かれているものです。厳しい言葉が怖く感じられたのは、私がその言葉を「表面」だけで受け取っていたからこそ。
次第に、私は「なぜ、その言葉を言う必要があったのか」という、著者が紡いだ言葉の意図まで読み切れていなかったから、言葉が厳しく感じたのではないかと察し始めます。
同時に、私自身もいろんな本を読み進めるうちに、読解力が高まったのでしょう。その言葉の背景にある「著者の経験・想い」に思いを馳せられるようになりました。
それはきっと、自分自身が「書いた側」になったからこそ見えてきた景色なのかもしれません。同時に、私はふと立ち止まります。自分はこれまで、どうやって文章に救われてきたのだろうか。そこで私は、「読む側」ではなく、「書く側」の視点に立って、その道のりを振り返ってみることにしました。
読むのが苦手な一方で、書くことで救われたい私がいた
私は20代の頃から、気づけば20年以上、ブログや小説投稿サイトに文章を書き続けてきました。
今はtalesを主戦場としています。
今思えば、現実では仕事もうまくいかず、婚活をしても結婚どころか彼氏すらできない。生きづらさから逃れるように、「書くこと」だけが心を保つ唯一の手段だったのだと思います。
書き続ける中で、街コンで出会った社長と知り合い、そこから「ライター」という仕事が始まりました。細々と続けるうちに、社長の紹介で夫と出会い、結婚し、妊娠。人生が、少しずつ動き始めていきます。
そして転機が訪れたのは5年前。第一子を妊娠していた頃のことです。
悪阻が落ち着き、何か新しいことに挑戦したいと思っていたある日、noteを開くとimpress QuickBooks編集部が主催している「クズ男エッセイコンテスト」というイベントが目に飛び込んできました。
ちょうど、婚活時代に出会った「愛人を将棋の駒にたとえる男」に、俺の愛人にならないかと勧誘されて断られたという、強烈なネタを持っていた私は、「これだ」と直感し、エッセイにして応募することに。
なんと、見事大賞を受賞しました。
その後もいくつかのエッセイコンテストで賞をいただき、私はいつしか思うようになりました。「いつか商業出版で、小説かエッセイの本を出したい」と。
しかし、運命の神様が私に用意していた舞台は、まったく予想もしない場所でした。出版のオファーが舞い込んだのは、なんと——私が最も恐れ、最も遠ざけていた「ビジネス書」というジャンルでした。
しかも声をかけてくれたのは、当時「クズ男エッセイコンテスト」の審査員を務めていた岡本さんです。
岡本さんは、私の作品を読んだときに「この人は凄い」と感じ、いつか必ず声をかけたいと思っていたのだと話してくれました。本当に、何事も応募してみるものです。
とはいえ、私にとっては青天の霹靂でした。ビジネス書を読んだことすらない人間に、ビジネス書が書けるはずがありません。どう書けばいいのか、右も左も分からないまま、私は手探りで執筆を始めることになります。
最初の原稿に出た「ライターの癖」という壁
「まぁ、なんとかなるでしょう。フリーライター歴も8年以上あるし」
そんな淡い期待を胸に、最初の原稿を提出しました。
しかし、その期待は一瞬で打ち砕かれます。返ってきたのは、編集担当の岡本さんからの——厳しいけれど、本質を容赦なく突くアドバイスでした。
「WEB記事っぽいので、書籍を意識してください。本とは、10年先まで読まれるものです」
「自信のなさが伝わる。ビジネス書は著者の権威性が大事です。なぜあなたが語る必要があるのか――そこが重要です。この本に書かれていることは、みくさんだから伝えられる話です。自信をもって書いてください」
自信。実は、まったくなかったわけではありません。
その証拠に、ここで少しだけ私の経歴を紹介させてください。
私はこれまで、マイナビ、女子SPA!、ウレぴあ総研、arweb……。名だたるメディアで何百本ものコラムを執筆してきました。
プロのライターとして積み重ねてきた年月から培われたライティングスキルには、それなりに自負もあります。
けれど、その自負は「作家」という舞台に立った瞬間、まるで意味を成しませんでした。初稿を前にした私は、背後から鈍器で殴られたような衝撃を受けたのです——ああ、ここでは通用しないのだ、と。
「自信って、何?どう書けばいいのか、さっぱりわからない……」
これまで培ってきたスキルをすべて否定されたような気がして、目の前が真っ暗に。私は深い迷宮に入り込み、悩む日々が続きました。
チャンスを活かすために「人から教えを受ける」ことを決意
チャンスとは、人生でそう何度も訪れるものではありません。このチャンスを逃しちゃいけない。でも、ビジネス書をどう書いたらいいのかわからない。
意を決して、編集の岡本さんが運営している「専属編集者」で修行することを決意。
思い起こせば、私はライタースクールに通ったことがありません。今まで人に教わることを避けてきたのも、上から否定されるのが怖かったからです。アドバイスを受けるのは平気なのですが、人格そのものを否定されたらどうしようと思っていました。もちろん、これも私が勝手に呪いをかけていた「思い込み」に過ぎません。
専属編集者に入ると、岡本さんが書いてきた有料記事をすべて読めるようになりました。何度も、何度も読み返し、どうすれば彼が求めている基準に届くのかを必死に研究しました。
本は、読者のためにあるものです。けれど、当時の私にとって最初の、そして最大の目標は、声をかけてくれた編集者・岡本さんを唸らせることでした。
この人を著者に選んでよかった。そう思ってもらえる原稿を作らなければ、市場に出る以前の問題だと感じていました。
岡本さんの有料記事のすべてにほぼ「スキ」をつけていたため、ある日、岡本さんから「全部にスキがついていて驚きました……」と言われたことがあります。ストーカーと思われたらどうしよう。少し恥ずかしかったのですが、それだけ私は「この編集者が求めているものは一体何なのか」を知ることに必死でした。
貪るように記事を読む中で、ひとつの明確な気づきがありました。それは、
『自分の得意を、もっと深く掘ること。そして、その得意領域が「世の中の需要」と重なっているかを把握すること』
という点でした。
出版企画を考える時、多くの人が「自分の経験」や「自分の物語」から始めようとします。私もまさにその一人で、最初に提出した原稿は、ほとんど「お仕事エッセイ」のようなものでした。
けれど、本にするなら「自分のため」ではなく、「誰かのため」に言葉を置くことが大切。とくにビジネス実用書では、その視点が欠かせません。
自分の体験を、「誰かにとっての価値」へと変換していく必要がありました。
しかし、この「価値への変換」こそが、長年ライターとして培ってきた私の書き方が、逆に「足かせ」になっていることに、私は少しずつ気づき始めたのです。
「何もない」私が見つけた「強み」を見つけるために取り組んだ「苦手な」こと
ライターと作家。同じ書く仕事だから、てっきり似ていると思っていました。ところが、実際に本を書いてみて、この二つは「相反するもの」だと気づきました。
ライターは、クライアントワークです。発注者から求められた記事を、過不足なく正確に形にしていく。または、誰かの声・商品やサービスの魅力を「伝わる形」に整えるのが仕事です。かたや作家は、ゼロから「自分の言葉」を生み出す力が問われます。
文章の長さも違います。WEBは平均3000~5000文字で完結するのに対し、書籍は1冊につき8~10万文字が必要です。自分の言葉を、それだけの量書ききるということは、経験を棚卸していく中で「人の役にたつ知見・経験」を見いだす必要があります。
その中で、編集担当の岡本さんからは、このようなアドバイスを受けていました。
「商業出版で最も大事なのは、世の中の需要(ニーズ)を意識することです」
世の需要になる、私の経験――。そう言われて振り返るものの、私の頭に浮かぶのは「頼まれたら早く書く」「仕事は断らない」といった「大して旨味のない話」ばかり。
ここで、過去の苦い記憶が蘇ります。勇気を出して単価交渉をしたものの、上手くいった試しは片手で数えるほどしかありません。むしろ、恐る恐る交渉のメールを送ったが最後、「検討します」と言われたまま、翌月からぷっつりと連絡が途絶えることなどザラでした。
当然です。お客様には予算があります。単価を上げるということは、それに見合う「付加価値」をこちらが提示できなければなりません。自分の都合だけで駆け引きをして、万が一上手くいったとしても、相手に「面倒なライターだ」と思われれば、継続には繋がりません……。
そんな生々しい失敗談なら、いくらでも書ける自信があります。けれど、それはWEB記事のコラムで消費されるような話です。わざわざお金を出して、本として読みたい人なんて、はたしているのでしょうか。
ライターを志す人は、きっと「効率よく、スマートに稼ぐ方法」を知りたいはず。だから「稼ぐノウハウ」「効率よく報酬を得る」というノウハウが、世の中には溢れているのではないでしょうか。
効率とは真逆の場所で、稼ぎよりも「細く長く、続けること」だけを命綱にしてきた私に、一体何を伝えられるというのでしょう……。暗礁に乗り上げた私は、岡本さんや、大切な場所である「note」の仲間たちに言葉を求め始めます。
強みは、人にアドバイスを受けることで得られる
客観的な視点は、時に本人すら気づかない真実を映し出します。
あるnoteの仲間は「まずはセミナーの教壇に立って、受講生に話しかける自分をイメージしてみて」と背中を押してくれました。そして、私の記事をずっと読んできてくれた仲間の1人が、私の「本当の強み」を教えてくれました。
「みくまゆたんの強みは、ずば抜けた『観察力』と『洞察力』だよ」
その言葉に、ハッとします。仲間によると、私は人の文章の端々から「この人はどんな人か」という判断材料を集めるのが、人一倍得意とのこと。これが「観察力」。
そして、集めた材料から相手の人物像を把握した上で、紹介するのが上手いのだそう。なんでも、犯罪捜査でいう「プロファイリング」のようなこの「洞察力」が、特定の領域において突出しているそうです。
そして、私の得意領域は、「目の前の人を、私の言葉で楽しませたい」と感じた時に、スイッチが入るのだそう。「早く書けるのが特技だと思ってた」と言う私に、仲間は笑って首を振りました。
「違うよ。早く書いているんじゃない。『この人をフルパワーで楽しませよう』と思った瞬間、自分の持てるすべての能力が爆発的に加速しているんだよ」
思い起こせば、自分にとっては、息をするのと同じくらい当たり前のことでした。ただ、人を楽しませることに生きがいを感じ、だからこそ、自分のためではなく「誰かのために」なら、どこまでも書けてしまうのです。
誰かを楽しませたい想い。それこそが私の才能であり、それはライターに限らず、あらゆる分野で道を拓く武器になると、仲間たちは教えてくれました。
「自分の当たり前」って、意外と見えないものです。でも、誰かの目を借りることで、それが「強み」へと変わります。
弱さを強みに変える。「横からの視点」で書こうと決めた
ビジネス書を書く上で、悩んで、悩んで、原点に立ち返ったとき、ふと気づいたことがあります。それは「私はなぜ、ビジネス書が苦手だったんだろう?」という点です。
それは、上から目線で、正論を突きつけられるのが怖かったから。だったら、その逆を書けばいいのではないでしょうか。
世の中には、かつての私のように、正論に傷つき、自信をなくし、それでも一歩を踏み出したいと震えている人が必ずいるはず。
完璧な成功者が上から目線で教える本が溢れているなら、私は「一番ダメだった私」のまま、読者の横に座って、一緒に悩むような本を書いてみよう。等身大のまま、横からそっと声をかけるような、そんなビジネス書があってもいいはず。
そう覚悟を決めてからは、迷いが消えました。構成を練り直し、自分の過去の傷も、そこから這い上がった泥臭いプロセスも、すべて等身大の言葉で原稿に注ぎ込みました。
かつての私のような、あなたへ
そうは言うものの、長文を書こうとすると、途中で迷いも生じます。本当に、私は書ききれるのだろうか、と。そんな私に、岡本さんは何度も声をかけてくれました。
「自信を持ちましょう」
「みくさんにしか書けないものがあるはずです。そこに自信を持ってください」
その言葉に励まされながら書き続け、書き終えた頃には、少しずつ自信が身についていきました。そうして苦心の末に完成した本は、発売後、私の想像を遥かに超える温かい反響となって返ってきました。
「こんなに等身大で、心に寄り添ってくれるビジネス書はかつてなかった」
「隣の席から、優しい先輩が声をかけて教えてくれているみたい」
読者の方々からいただいたその言葉に、一番救われたのは私自身でした。会社員時代に全否定され、「何をやっても駄目だ」と言われたあの日の私が、時を超えて優しく抱きしめられたような気がしました。
自分が読者のために書いた原稿で、なんと。自分自身が救われた瞬間でした。
もし今、あなたが
「自分には実績がないから」
「あのジャンルは苦手だから」
と、何かに挑戦することを諦めそうになっているなら、伝えたいことがあります。
あなたの「弱み」や「コンプレックス」は、欠点と捉えた時点で「欠点」にしかなりません。でも、その欠点の見方、つまり「視点」を変えて覗いてみる。すると、誰かにとっての「強み」になる。もしくは、違う見方をすることで、他の作品にはない「強み」に変換することができます。
私の場合は、ビジネス書を書くのが苦手だったから、苦手な人でも抵抗感なく読める『横から声をかけてくれる書籍』を意識しました。
強い言葉をかけられるのが苦手でした。自分を否定されるのが怖かったからです。でも、だからこそ、同じ痛みを抱える誰かに、私だけの優しい言葉を届けることができたのです。
ビジネス書を読めなかった私だからこそ、書けた本があるように。あなたの不器用な軌跡もまた、誰かにとっての光になるはずです。
【完】
