新卒1ヶ月でクビになっても、私は不憫なんかじゃない
新卒入社は、就職に最も有利なチケットである。
そのチケットをフル活用して、少しでも条件のよい企業へ就職する。それが人生を安心安全に生きるための術なのだと、幼い頃からずっと信じてきた。
勉強ができた訳ではないが、自分はいつか都会の大企業で働くオフィシャルレディになれると信じていた。長く続く廊下では、小洒落たヒールをカツカツとならし、あの頃の浅野ゆうこ並に髪を靡かせる。
すると、書類を抱えた男性とぶつかって自分のヒールが折れ、よろける。男性は廊下に紙をぶちまけつつも、私の腕を掴み「大丈夫ですか」と声をかける。彼の眉は凛々しく、目は潤んでいた。彼のまっすぐな瞳に見つめられた途端、私の脳内に小田和正の「ラブストーリーは突然に」が流れ始める。
新卒入社と、そこからのオフィシャルラブストーリーのシミュレーションは完璧。さあ、あとは入社して恋をするだけだ。
残念ながら、世間は就職氷河期真っ只中。資料請求もした。就職活動も奮闘した。けれども、60〜70社ほど落ちた。
とくに、集団面接は散々なものだった。20年前のあの頃は、大人も露骨だった。顔が良くて、快活な子じゃないと、まず質問すらされない。
5人の面接官は、そこに集まる5人の就活女子の中でも「1番可愛くて、ハキハキと話す子」にしか質問をしない。ひととおりその子に質問してから、他の子達へしらじらしく「我が社を受けた理由は?」と聞くが、すでに目線はこちらに向いていない。
こういう時代だったので、就活前にプチ整形する子もいた。私はそこまでの勇気はなく、せめてもの償いといて胸にティッシュを詰めて、少しでもスタイルアップできるよう奮闘していた。
しかし、Aカップは酷だ。安いブラジャーも酷だ。ワイヤーの隙間から、ティッシュの塊がポロポロと落ちる。
ならば、パッド買えばいいじゃんという話だが、パットが落ちたら言い訳ができない。ティッシュなら「鼻をさっきかんだものが……」と言い訳できる。
少しでもスタイルアップできるスーツを選び、慣れないファンデーションで顔のアラを隠す。それでも私の顔色はくすんだままだし、面接官も私をみてくれない。
どうしたら私の方に、面接官は目を向けてくれるのか。顔をいじるのは嫌だ。特別美人ではないが、顔をいじると親から譲り受けた縁が薄くなる気がする。
次から次へと面接に落ちる中で、友達の内定報告が次々と耳に届く。
その度に、私は乾いた声で「良かったね」と伝えていく。私だけ、どこにも内定を貰えない。
卒業したら、新卒のカードが使えない。苦肉の策だったが、私は学校推薦を利用した。学校推薦、本来なら自分が本当に行きたい会社で使いたかった。
でも、すでに2月だった。残っていたのは、地方の小さな印刷会社のみ。都会のオフィスとは程遠い田んぼの中にある。浅野ゆうこにも、温子にもなれないかもしれない。けど、ここしか私の頼る術はない。
学校推薦で私は、印刷会社に入社した。けれど、わずか1ヶ月でクビになる。社長から午後に呼び出され「明日から、もう来なくていいです」と告げられた。
↑詳細はこちら
頭は真っ白になったが、今思えば「ここで長く働く自分の姿」が想像できなかったのも事実。
企業が新卒社員に願うこと。それは、将来性と若さ、意欲ではないだろうか。自分がその後再就職してしばらく過ぎてから、ようやく気づいたことだ。
あの頃の私は、意欲もやる気もなかった。会社からすれば、失礼極まりない社員だった。それならば、私が新卒である必要性は「企業」から見て皆無だ。
自分はあの頃、世界で1番不憫だと思った。
就職に有利と評判の学校に入り、新卒のカードを手にしたのに活かせていない。周りの友達は、みんな大企業へ就職しているのに。なぜ私は、と。
◇
自分が惨めな時、人は第三者から「可哀想」と見られるのを敬遠する。
その後、私はスーパーにある100均でパートとして働き始めた。何人かの友達が心配そうに見に来てくれたのに、緑のエプロンをつけた私は棚に隠れることもしばしば。朽ち果てて、惨めな自分を見られたくなかったのだ。
国立大に通うバイトの子達とも仲良くなった。実家にお金のある子と、ない子で「生きるために、自分を犠牲にしてしまう世界」があることを、ここで初めて知った。
自分が不憫だと思っている時、もしかしたら視野は狭いのかもしれない。
不憫は、誰かと比べて一喜一憂するものでもない。自分が「不憫」と思ったら、それは不憫でしかない。
けれども、本当に自分は不憫なのか。不憫に堕ちた時こそ、自分の足元を振り返りたい。
あの頃の私は、実家暮らしで親からのサポートを受けられた。もしあの頃、頼れる大人がいなかったら自分は今ごろどうなっていただろうか。頼れる人がいなかった人。困った時に手を差し伸べることができなかった人が、世にはたくさんいることを、noteやXを通じて理解する日々が続く。
少しずつ、あの頃の記憶を上書きしていく。当時の自分は惨めと思っていたけど、もしかしたら幸せだったかもしれないと。
17時ごろに、バイト仲間とパンの耳を齧って談話した日々は楽しかった。
バイトの子にマクドナルドのハンバーガーを奢ったら涙目で「みくちゃん、本当にありがとう……」って何度も感謝された経験もあった。
その子は、大人の誰かから金銭的な支援を受けていた。私の周りにいない少し派手な見た目の綺麗な子で、おねだりが上手かった。素直に喜ばれるのが嬉しくて、食べ物やジュースなどをマメに奢っていた。
今なら、ジュースやハンバーガーひとつ奢ったくらいで、そんなに人から感謝されることもないだろう。でも今思うのは、それが彼女の為になっていたのかということだ。私の何気ない親切は、彼女を不憫にさせていたのかもしれない。
同情と親切が、誰かを不憫にさせていないだろうか。手を誰かに差し伸べようとする瞬間、脳裏にその言葉を思い浮かべる。
◇
今こうして、過去の不憫エピソードを面白おかしく書けるのも幸せだ。
不憫の最中にそれをしたら、自分がどんどん惨めになる。する人もいるが、自責の念にかられて潰れていく人も多い。私はそこまで強くないから、自分が不幸な時は解決していないものを公の場で書かないと決めている。
私は、不憫にはなりたくない。
だからつい、疲れた時も楽しそうに振る舞ったり、自分を明るく見せようと奮闘してしまう。
人からみたら、そんな自分が誰かに気を使わせているのかもしれない。自分軸で生きてるつもりが、他人軸で生きているのかもしれない。
どこかの誰かにとっては不憫に見えるかもしれない。けれどもせめて、自分だけは「最高」だと認めてあげたい。だって、幾多もの不憫を散々乗り越えてきたのだから。
【完】
【追伸】
こちら、個人企画フビワンコンテストに参加していましたが、主催者の方によると「ガチ不幸」に該当してしまったとのことで、審査対象外となりました。
タグと引用記事も当初つけていましたが、コンテストの邪魔をしてはいけないと感じ、今回は削除させていただきました。
みなさんは私を真似しないで、笑える不憫エピソードで応募しましょう。それでは、イベントの盛り上がりを祈っております✨
