【小説】ザ・サン・インザレイン #08|38番
店を出て駅に向かうと、ちょうどバスが来るのが見えた。
「バスで帰ろう」
ロンドンのバスはとても便利だ。
本数も多く、ふらっと乗れるし、どこにでも行ける。
トラベルカードさえ買っておけば、区間内の地下鉄もバスも乗り放題だった。
近づいてきたバスを見て、カイが歓声を上げた。
「38番! あれ3と8の間がハートになってて、めっちゃかわいいよね」
停留所に停まったバスは、うしろが開放式のタイプで、乗り口には切符の販売や安全確認を行う車掌が乗っている。
ただ、このバスには、ひとつだけいつもと違うところがあった。
黒人の車掌が、ハーモニカを吹きながら歌っている。
俺は何度かこの車掌に遭遇したことがあったが、カイははじめてみたいだ。
バスに乗るときも、パスを見せるときも、目を大きく開けて見入っている。普段なら二階に乗るとうるさいのに、さっさと一階の席に座った。
「なにあの人。めっちゃかっこいい」
座席についてからも、うしろを向いて釘付けになっている。
車掌の演奏する音楽が、バスの揺れに滲んで、耳に心地よく届いてきた。
「ちょっとレゲエっぽいよね」
ブルースみたいだけど、でももっと明るい音がする。
「彼は有名人だよ。ラッキーだったね」
バスの乗客は、特に彼の存在を気にしていないように見えたが、降りるときに笑顔で彼に「See you」と手を振ったり話したりしている。
「なんでハーモニカ吹いてるの?」
「あの人、前にバスで二回襲われたらしい」
カイが驚いたように首を戻して、こちらを向いた。
「なんでミキヤ知ってるん」
「テレビで見た」
「そんな有名な人? それでなんでハーモニカ?」
エリックが割って入る。
「みんなを和ませるためだって」
「へー、確かにめっちゃいいよね」
ハーモニカの音がやみ、車掌が車内を見回りに来た。
「Any more fares, please?」
首から下げた大きなマシンを操作しながら、乗客から運賃を受け取り、紙のチケットを切っていく。
カイは好奇心丸出しでパスを見せていた。
車掌は踊るように車内を巡回し、二階も回り終わると、またハーモニカを演奏しはじめた。
ハーモニカのブルースを聴きながら、二階建てのバスに揺られ、窓に流れる景色を眺める。
確かに、めっちゃいいよな。
𝙉𝙚𝙭𝙩 →
【CHAPTERS】
#00│プロローグ
#01|カルボナーラ
#02|キャッツ
#03|チャイナタウン
#04|ノッティング・ヒル
#05|ポートベロー・マーケット
#06|Fox in Fog
#07|Angel
#08|38番
#09|エリック
#10|香水
#11|クリスプ
#12|カムデン・マーケット
#13|Purple Turtle
#14|月
#15|最終話|邂逅
【MAGAZIE】
|ザ・サン・インザレイン(スピンオフ)
|ア・リトル・ビット・クレイジー・デイズ(本編)
