多言語観察|「癒す」のは誰?-フランス語とアラビア語で真逆の「癒し」/ Multilingual Observation|Who Heals? Opposite Meanings of “Healing” in French and Arabic
【こころの言葉 1】
風邪をひいて、しばらくの間、ほとんど声が出なくなっていたけど、やっとしゃべれるようになってきた。
いやはや、長かった。
※風邪をひいたことをきっかけに、「発声」「風邪薬」「痛み」と続けて観察してきた【風邪3部作】がこちら
【風邪3部作】その1 発声のクセ
【風邪3部作】その2 風邪薬
【風邪3部作】その3 痛みとの向き合い方
意識して、喉を休ませ、喉を癒すような食べ物や飲み物を取る中で、
「休む」とか「癒す」とかを、私たちは結構気軽に使ってるのかもしれない、と思った。「セルフケア」という言葉も、もうすっかり日常の一部になっている。
だけど、これらの言葉を他の言語に置き換えようとした瞬間、意味の重心がズレることに気づいた。
-今回は、この「癒す」という言葉を、少し覗いてみたい。
フランス語:自分を手入れする美意識
フランス語で「癒す」に近い表現は "soigner"。
でも、「セルフケア」という場合、一般的な言い方は "prendre soin de soi(自分の世話をする)" 。直訳すると、「自分をケアする」。
そこにあるのは、自立と洗練の香りだ。
フランスでは「自分を大切にすること」は、贅沢でも逃避でもなく、成熟した大人のマナーと嗜み。
"Se faire du bien(自分に良いことをしてあげる)" という言葉には、快楽と責任の意味が同居するイメージがある。
ワインを一杯飲むことも、香水をつけることも、良い眠りを取ることも、全部、単なる衝動的な楽しみではなく、「自分のためになることを、自分で意識的に選択して行う」という自己管理のニュアンスが含まれている。
癒す主体は、常に自分なのだ。
アラビア語:神が与える安らぎ
一方、アラビア語では「癒す」を意味する動詞 "شَفَى (shafā)" は、「人が何かを治す」のではなく、「神が癒す」という文脈で使われる。
「休む」を意味する動詞 "استراح (istarāḥa)" の言葉の根っこには、「休息」や「安らぎ」の意味を持つが、これは身体的な休憩ではなく、心身の安らぎ、リフレッシュ、家族や友人との団らんの時間といった、人生のバランスを整える大切な時間という意味で、それは(休むことのない)神から人間に与えられた特別なこと、だから大切にしなければいけない、という背景がある。
つまり、癒しや休息は人が作るものではなく、神が一時的に与える恵み、と考えられているようだ。
だから、アラビア語での「癒す」は、動作ではなく受け取る態度に近い。
疲れた身体をベッドに横たえることは、努力の結果ではなく、信仰と感謝の行為。
(日本でよく見かける「セルフケア」という言葉に違和感を覚えるアラビア語話者は多そうだ。今度、アラビア語話者の方にお会いしたら、ちょっと聞いてみよっと)
言葉が違えば、「癒し」の方向性も変わる
同じ「癒す」という動詞でも、
フランス語では、自らの手で心を整えるような能動の動作であり、
アラビア語では、外からそっと与えられる安らぎを受け取る受動の感覚に近い。
どちらが正しいという話ではなく、
それぞれの言語が「人と世界の関係」をどう見ているかの違いだ。
自分を整えるか、与えられた静けさを受け取るか。
言葉を変えるだけで、「癒し」の向きが反転する。
今日、自分を癒せたか?ではなく、
今日、癒しが訪れる余白を、持てただろうか?
そう考えてみるだけで、「癒し」は遠くではなく、自分の中にもある気がしてくる。
最後にちょっとだけ、あなたへの問いかけを。
今日、あなたのもとに「癒し」は訪れましたか?
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