アカウントは「魔女の夫」 #ショートショート
見つけなければよかった。
noteのプロフィール画像を見たときにすぐにそう思った。見つけた瞬間に嫌な予感がした。けれど、その写真から目が離せなくなった――
◇
夫が最近、noteとかいうクリエイター向けプラットフォームを始めたときは、どうせすぐに飽きるだろうと思っていた。けれど予想に反して、もう半年も続けている。アカウント(クリエイター名)は「魔女の夫」。本人は何にも理解してなくてジョークのつもりだろうけど、最初に聞いたときはちょっと焦った。だって私は本当に魔女だから。
といっても、夫はまともに投稿していない。「今日はコロッケ食べたい」とか「出張行きたい」とか1行程度、どうでもいいことを日記みたいに書いてるだけだ。当然、フォロワーもほとんどいない。そのくせ、フォロー数は多い。
だから、夫がフォローしている「絶叫OL」というアカウントを見つけたのは偶然だった。派遣先の会社の昼休み。スマホでこっそり夫のページを見つけて、そこからフォローしている人たちをぼんやりスクロールしていたら、たまたま見つけたのだ。
「絶叫OL」のプロフィール画像は、きれいな女性だった。ショートボブの髪型でニッコリと笑った写真。知っている顔ではない。AIの生成画像かもしれない。
でも私は嫌な予感がした。
まさか浮気? 魔法で記憶は操作しても、家族の心の声は読まないのが私のルールだけど、そんな私に隠れて浮気? あの夫が? そんなことできるはずが……
「何見ているの?」
ふいに隣の座席から声がした。同じ派遣社員の斎藤さんだ。私よりずっと年齢が上の、どこにでもいるアラカン女性。同じ派遣会社に登録していて、長い付き合いだ。私の正体こそ知らないけれど、数少ない信頼できる人。
「この人なんだけど」
といって彼女に、絶叫OLのプロフィール画像を見せてみた。
果たして――
「かわいい子ねえ」目を細めながら斎藤さんが言った。
でも彼女の心の声も読んでみると、『この女性とタエ子さんはどういう関係なのかしら……もしや』。
やっぱり、彼女もそう思っている――
◇◇
昼休み。同僚のタエ子さんが、心配そうな顔をしている。
急にスマホの画面に映った若い女性の写真を見せるものだから、最初は娘さんかと思った。でも、たしかタエ子さんの娘さんはまだ中学生だったはず。画面の写真の女性はどう見ても20代の女性。
でも、なんかタエ子さんの表情が冴えない。というより、ちょっと怖い顔している。いつものように黒っぽい格好だから余計に怖く見える。なんでかしら。
もしや……
もしや、ご主人の浮気相手か何か?
その浮気相手がブログやってて、その写真を見つけたってこと?
きっと……
きっとそうだ。
そうでなければ、タエ子さんがこんな顔するはずがない。タエ子さんとは長い付き合いだけど、いつも堂々としていておびえた様子なんか見たことないもの。だとすると、これはきっとそうなのね。
「タエ子さん……」
おそるおそる声をかけると、タエ子さんは下を向いている。
「この方って……ご主人の?」
「……なんかフォローしてるみたいで」
いつもより受け答えが遅い。というか、少しうろたえているようにも見える。フォローってよくわからないけど、たぶん浮気相手っていう意味ね……
「あの……いろいろ大変ねえ」
さすがにこれ以上は聞きにくい。それにタエ子さんの顔がまだ怖い。
彼女の顔を正面から見ていられなくて、手元のスマホに目を移した。
女性のページに、いろんな写真や記事らしいものがあるのが見える。どうやらこの女性は、どこかのアイドルグループの熱烈なファンらしい。ページには、華やかな衣装に身を包んで大きなライブ会場で歌っている、女の子たちの写真や応援記事がびっしりと載っている。どれも、きれいな女の子たちだ。このページのプロフィール画像の女(浮気相手?)よりもっとずっと若い。
あ、これ、なんか見たことある。
この女の子たち、このグループ、えーと。何だっけ。
ああ、名前が出てこない。最近のアイドルってみんな似たような名前だったり、似たような顔しているんだもの。全然区別がつかない。私、こういうの疎いのよねえ。
そんなこと考えてたら、タエ子さんが急にスマホの記事を見はじめた。いろんな写真や記事を読んでいる。
それにつれて、タエ子さんの表情がみるみる変わっていく。
「そっか…」
タエ子さんがつぶやいた。
「え?」
「そういうことね。推し活か」
「何?」
いったい何の話? でも、タエ子さん、さっきまでの憂鬱そうな顔がなくなってきている。どうしちゃったの。
「ありがとう。斎藤さんのおかげ」
急にタエ子さんが私に微笑みかけた。黒い丸眼鏡の奥が、少し涙目のよう。だけど、悲しそうには見えない。
「……」
「これ、夫の好きなアイドルグループの推し活ブログみたい」
「推し活?」
「夫が好きな女性アイドルグループがいてね。ライブ配信観たり、グッズ集めたり。いい歳して推し活。あ、夫は私にばれてないと思ってるみたいだけど」
「……」
「この間も、こっそり写真集を隠してて……」
「じゃあ、このブログの女性は」
「たぶん、ネットの中だけの、ただの推し活仲間……」
ふーん。そうなの。
なんだか、タエ子さんには申し訳ないけど、ほんの少しがっかりね。
でも本当にそうなのかしら。だってほら、フォローとかしてるんでしょ。タエ子さん、自分で言いながら納得しているみたいだけど。
「間違いないわ。夫が私に隠れて浮気なんてできるわけないもの」
あら、私の心の声が聞こえてたのかしら。でも、ずいぶん旦那さんを信頼していること。ごちそうさま。これ以上勘ぐったら、かわいそうね。
そしたら「あとで、お礼にごちそうさせて」と、タエ子さんが黒い丸眼鏡のフレームをくいっと中指で押した。
お礼って何の?
あれ?
あれ??
何の話してたんだっけ。
なんでタエ子さんはこの女性を私に見せたんだっけ――
でも、まあいいわ。
タエ子さんが誘ってくれた。
ごちそう?
そうね。じゃあ、駅前の新しいカフェがいいかな。美味しいケーキがあるそうだし。
せっかくだから、ごちそうしてもらおう。楽しみだこと――
◇◇◇
――今日のnoteの投稿を終えると、私はノートパソコンを閉じた。
最近、いい推し活を見つけた。
noteっていうネットのサービス。そこに推しの写真とか配信ライブの感想とかいっぱいアップする。プロフィール画像はAIに作ってもらって、アカウントは「絶叫OL」にした。だって、普段は誰も私のことまともに扱ってくれないから。
そしたら、いろんな人が私の記事を見てくれるようになった。
会社では、誰も相手してくれない。課長に話しかけても返事してくれないし、新しく来た派遣のおばさんは私のこと無視するし……まるで私の姿が見えてないみたい。
すっごく疲れる。
でも、noteでは私の記事がいっぱいスキされる。なんてステキな場所なの!
フォローしてくれるのが、どんな人たちかわからないけど、みんな推しが好きってことは共通している。だからコメントもみんなやさしいの。
それにしても、フォロワーの「魔女の夫」さんのコメント面白いわ。黒い丸眼鏡でいつも黒い格好の奥さんだって。まるでタエ子さんみたい。
頼りになると思ってたタエ子さんが急に会社を辞めて、他の派遣先に行っちゃったときは本当にがっかりしちゃったけれど……
エスパーみたいに私の気持ちがわかる人だったし、ちゃんと話もしてくれた。
ああ、またタエ子さんに会いたいなあ。どうしているのかなあ。
いくら私が人間じゃなくても、タエ子さんが相手なら疲れないもの――
<了>
(作者より)
これで1作目の「タエ子さんは今日も忙しい」に戻ってこれました。魔女のタエ子さんのシリーズ。他の作品も併せてお読みいただけますと幸いです。
