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彼が見たかったガンダム  #ショートショート

彼がガンダムを見たいっていうの。

あ、アニメじゃなくて実物の大っきいやつね。でも、あたしはガンダムってよく知らないんだ。魔法少女のアニメしか見てなかったから。それでパパに聞いたら、「去年、大阪万博にあったろ」って。

万博になんか連れて行ってくれなかったくせに、そういうこと言うの、なんかなあ。

パパは出張先で買ってきた『彗(シャア)』っていうお酒を大事そうに飲んでいる。
「横浜に動くガンダムがあったけど……撤去されたし。あ、そうだ。お台場にユニコーンがあるな。実物大の。でも、あれも夏には撤去されるってニュースでやってたぞ」
なんだ、わりと近くにあるんだ。彼が言ってたのはきっとそのことね。パパ、いい情報ありがと。こういうときアニメ好きの親は使えるな。

翌日、学校で彼にそのことを言ったの。

あ、『彼』って言っても、本当はまだ告白してないんだ。あたしの片思い。あたしん家はもうすぐ引っ越しちゃうし、来年は違う高校だからいずれ離れちゃうんだけど、まだチャンスはあると思ってる。今のうちにもっと仲良くなって、もっとダイエットすれば、高校入ってから付き合えるかもしれないし。

彼の席はあたしのすぐ後ろ。休み時間に振り返って話した。
そしたら、
「ユニコーンか。でも、俺が見たいのはファーストのガンダム」
って――

なにファーストって…… ユニコーンとファーストって違うものなの? さっぱりわからない。もっとパパに聞いて予習しておくんだった。

「その……ファーストって、どこにいるの?」
「昔、お台場にあった……らしい」
「……今はないの?」
「うん」
「それじゃ見られないじゃん」
彼がなんで、そんな昔のことを言ってるんだろうと考えてたら、彼がポロっと言った。

「……付き合ってくれる?」
「……」
今なんて言った?
「もしよければさ、付き合ってほしい」
えー! 何いきなりこの展開。思わず両手で頬をおさえた。

「お台場の潮風公園に行ってみたいんだ、一緒に行かない?」――

潮風って……デートってこと?!

◇◇

去年、事故で親父が亡くなったとき、俺は泣かなかった。そりゃ、悲しくなかったといえばウソだ。でも母親や姉ちゃんが泣いているようには、泣けなかった。ちょっと親父が苦手だったから。

親父にとって、俺はずいぶん遅くできた子供だった。そのせいか、親父は父親というよりは祖父という感じで、一緒にいるのが好きじゃなかった。小さいとき、友達から「お前、じいちゃんと住んでるのか」ってからかわれたせいもある。だから父親が亡くなったときも、どこか他人事だった。

でも、来年から高校生になるって考えてたら、だんだん父親がいないことを実感してきた。それは、悲しいというよりは、歯が欠けたみたいな感じ。喪失っていうの? 

そんなときに、親父の書斎だった部屋で、その写真を見つけたんだ。

そこには大きな人型の像をバックに、3人の親子が写っていた。見るなり、すぐわかる。母親と姉ちゃんと父親だ。俺は姉ちゃんと10歳以上離れている。でもそこに写っている姉ちゃんはまだガキだし、みんなすごく若い。特に父親のこんな顔、見たことがない。

でも、そこには俺だけ写っていない。

しかも、3人の後ろにいるのはかなり巨大な像だ。目のあたりが光っているし、両肩に角みたいなものが見える。夕空を背にした逆光の人型。しばらくして、あ、これはガンダムだってわかった。

写真を裏返すと、下手くそな字で「2009年、お台場」と書いてある。2009年って俺が生まれる前。だから写ってないのか。

「ああ、それね。父さんと母さんと3人で見に行ったときかな」
会社から帰った姉ちゃんに見せたら、すぐに思い出して教えてくれた。
「懐かしいわねえ」母親もそう言った。

俺は、自分が生まれる前の家族の歴史なんか知らない。だから懐かしくなんかない。

でも――

でも、そこに俺だけいないのがなんか悔しかった。

俺は、老けた親父と一緒に写りたくなかったから、家族4人が写っている写真なんてほとんど残ってない。でも、ここには若い両親と姉ちゃんが笑っている。

おい親父。さっさと死んだ親父よ。なんで俺だけそこにいないんだよ。

無性に腹が立った。お台場に行って、どんなところにガンダムがあったのか見てみたい。どんな場所だったのか知りたい。

ふと、同級生の田中なら、一緒に来てくれるような気がした。なぜだかよくわからないけど。

だから、付き合ってくれてって言ったんだ。

◇◇◇

ネットで調べたら、彼やあたしが生まれる前に、初代ガンダムの実物大の立像がお台場の潮風公園ってところにあったと書いてあった。

週末は引っ越し前の準備で忙しいし、一応受験生だから親に言っておく。あ、でもデートなんて話したら、何言われるかわからないから、
「明日、友達とちょっとお台場に行ってくるね」
と、ごまかす。
「気を付けてな」とパパ。『彗(シャア)』を飲んで、いい気持ちになっている。ちょろい。

でもママは鋭い。料理の手を止めると、探るような目であたしの目を見た。黒い丸眼鏡のフレームをくいっと中指で押す。ばれたかな。
「……もうすぐ引っ越しなんだから、部屋片づけてから行きなさいよ」
たぶん、セーフ……


そんなこんなで土曜日、あたしたちはお台場の潮風公園にやってきた。

デートだというのに、公園に着いたとき、彼は少し怖い顔をしていた。学校でいるときより、緊張しているような……
あ、そもそも二人きりのデートだから緊張しているのか。きっとそうだ。それは、あたしだって一緒だけど。

「ガンダムは、太陽の広場にあったって」
そんなあたしの気持ちに関係なく、彼はずんずん進んでいく。どうも彼はあたしとデートを楽しむというよりは、ここに来るのが一番の目的だったみたい。

そのうち、目の前に円形の芝生の広場が現れた。ここだ。キレイなところだけど、あまり人はいない。親子連れがちらほら。
「こんなところに、ガンダムがいたの?」
あたしがそうやって周りを見渡していると、彼がバッグから写真を取り出して、空にかざした。

あ……その写真……

たぶん彼の家族だ。でも、3人だけ。彼は写ってない……って思ったら、急に、悔しさとか悲しさとかそういう、あたしじゃない気持ちが胸の奥に入ってきた。え? なに、これ。

「たぶん、この角度で撮ったんだな」
彼は写真と芝生や海の方向を確認している。彼が写真を動かすたび、あたしの胸がドキドキしてくる。

あたしはギュッと目をつぶった。

――小さいころ、ママに言われたことがある。「記憶はその土地に残るものなのよ」って。「そこにあると願えば、その記憶はよみがえるの」って。

よく意味がわからなかったけれど、そのときママがすごく優しそうに言ってたのは覚えている。たしか、おばあちゃんの家にいたときだ。もう誰も住んでないおばあちゃん家で、庭を見ながらママがそう言ったんだ。夏の夕暮れでセミが鳴いてた。
「おばあちゃんにも会えるの?」
「あなたが会いたいって願えばね」

それであたしは、おばあちゃんに会いたいって目をつぶって願ったんだ。ギュッとね。それでもういっぺん目を開けたら……庭に、おばあちゃんが見えたような気がしたんだ――


「……おい、田中。あれ」
ふいに呼ばれて目を開けた。

彼があたしに顔を向けている。なんかすごく驚いている。その視線を追ってあたしが空を見上げると……


そこにガンダムがいたの。


目のあたりが光って、背中に二本の棒。夕空を背にした巨人。

「……見えるか?」
「うん」
「でも……いないよな」
「いない。でも見える」

公園内にいる親子連れたちは、誰もガンダムに気づかない。違う。見えてないんだ。見えているのは、あたしたちだけだ……きっと。

「なんでだろう」
「わかんない」
「お前、何かやったのか?」
「な、わけないじゃん」

あたしがそんなことできるわけない。

でも。

でも、もし、あたしが魔法を使えるのなら――



誰かに呼ばれた気がして、俺は写真を見た。


母親と父親と姉ちゃんと、そこに俺が入って、4人で一緒に笑っている。


ほんの一瞬だけ、そう見えた――


2009年7月、お台場 潮風公園にて(作者撮影)

<了>

(作者より)
以下は、本作の主人公の母親、魔女のタエ子さんのシリーズです。併せてお読みいただけますと幸いです。