『続きを読ませて』【セルフきのころチャレンジ】(『誰?』の続き)
朝、目が覚めると、
隣で知らない女が電話をしていた。
私のスマホで。
私の声で。
叫んでも声は出なかった。
鏡の中の私は眠っている。
女が一瞬だけ私に顔を向けた。
そして、私の声で電話の相手に告げる。
「起きました」
通話が切れた途端、女は私の枕元にスマホを戻した。
置き方が、妙に慣れていた。
自分の部屋で、自分の物を扱うみたいに。
私は上体を起こした。
体は動くのに、声だけが出ない。
鏡には、相変わらず、まだ眠ったままの私が映っている。
私は、鏡と私の間に、薄い膜が一枚挟まっている気がした。
女は鏡を見て、それから私を見た。
知らない顔だった――
・・・
それからしばらく、意識を失っていたようだ。
次に目を覚ました時、女はいなかった。
私はしばらく動けなかった。
喉の奥が焼けるように痛い。
咳き込んで、やっとかすれた声が出た。
枕元のスマホには着信履歴が1件だけ残っていた。
番号は非通知。
通話時間は2分40秒。
鏡を見る。
今度は普通に私が映っていた。
私が手を動かせば、鏡の私も同じように手を動かす。
さっきの数秒だけ、世界がずれていたみたいだった。
その日、仕事はほとんど手につかなかった。
「起きました」という一言が、頭の奥で何度も響く。
誰に、何を報告したのか?
なぜ、私の声で?
夕方、ふとスマホのスケジュール通知が目に入った。
明後日。駅前。研修。
それだけの情報なのに、喉の奥がひりついた。
朝の違和感が、未来の予定と重なる気がした。
その夜、非通知の着信があった。
「……もしもし」
最初は雑音だけで、次に、少し低くて疲れた私の声がした。
「今は声、出る?」
私は喉に手を当ててから答えた。
「出ます。……あなた、誰ですか」
少し間があって、声が言った。
「“未来の私”……と言いたいけど、正確には違う。
起きない未来の私から、残ったものだけを送ってる」
「残ったもの?」
「念。そう呼んだほうが近い」
念?
冗談にしては、朝の残像が生々しい。
「朝、声出なかったでしょ。
念は声帯を借りるの。
同じ声は、同時には出せないから」
あの時の感覚を思い出す。
「時間がないから、要点だけ言うね。
まず、あなたが気にしていた今朝の鏡。
鏡ってね、少しだけ遅れて映るの。
念が届くと、その遅れが大きくなる。
だから、鏡の中のあなたはまだ眠ってた」
私は机の小さな鏡を見た。
今はちゃんと今の私がいる。
「あなたは今朝の女なんですか?」
「あなたが今朝見たのは、“念”の像。
人の形を借りた影みたいなもの。
知らない顔だったのは、そのせい。像が粗いから。
でも、癖は私のままになる」
だから、スマホの扱い方が自分に似ていたんだ。
私は質問を続けた。
「でも、どうして私のスマホで電話を?」
声は少しだけ笑った。
「念は、宛先がないと散ってしまう。
宛先に指定できるのが、あなたのスマホだけだった。
毎日触ってるから輪郭が濃い」
「電話の相手は……?」
「未来の通信局。
あなたが『起きたか、起きなかったか』。
それを記録する」
起きたか、起きなかったか。
その言葉が、なにか、別の意味をもって聞こえた。
「起きたことを記録するの?」
「そう。文字通りの報告。
あなたが起きた。
――それが、同期が成功したという確認になる」
ノイズが少しだけ強くなる。
「先に念を送って、“観測”する。
起きたかどうか。
――そこが確認できないと、リンクが貼れない。
リンクが貼れたら、紙が通る。
特定の場所に印刷するように出現させられる」
「未来では、念や紙を過去に送ることが普通にできるの?」
「普通にできるわけじゃない。
最初に送れるのは『念』だけ。『残響』のようなもの。
昏睡とか、意識が固定化した状態でしか抽出できない」
昏睡……
どういうこと?
「紙はさらに難しい。リンクを貼ったうえで、
空間・時間の座標が正確に特定されていないと送れない」
説明を受けて、ますます頭の中が混乱してきた。
電話の相手は、淡々と続ける。
「そして、紙は『確定したもの』しか通らない。
だから、今夜はまだ送れない。
明日の朝になって初めて、枝が確定する」
一呼吸あった。
「明日、手紙が届く。郵便受けに入る」
「何の手紙なんですか?」
ノイズがさらに強くなった。
「確定していないことは説明できない。
読めばわかる」
「それは……」
言いかける私をさえぎって、強い口調で告げた。
「明後日の研修に行ってはいけない。
帰りに事故に巻き込まれる」
私はすぐには言葉が出なかった。
研修の帰りに事故?
「まだ信じなくていい。
でも明日、手紙を読んだら――理解できる」
声が遠くなる。
「私の枝は残る。
眠ったままの私がいる未来は消えない。
でも、あなたの『起き続けられる枝』は守れる」
もはや、会話を続けるのが難しいほど、
ノイズが大きくなっていた。
「最後に。
念を送って同期に成功すると、
こちら側からそっちが見える。
あなたの行動を、追体験できる」
「追体験?」
「あなたが生きる分を、私は見られる。
……だから、お願い」
声が、少しだけ震えた。
「起き続けて」
そして、通話が切れた。
翌朝。
郵便受けに封筒が入っていた。
差出人の名前はない。
切手も消印もない。
部屋に戻って封を切る。
中に入っていたのは――
遺書?
日付は「明日」。
こんなものを書いた覚えはない。
だが、間違いなく、私の筆跡だ。
もう一度、初めから読み返す。
「もしこれを読んでいるなら、私はもうこの世にいません……」
――誰がどう見ても、遺書だった。
その下にも文は続いていた。
仕事のこと。連絡先。
随所に、私しか使わない言い回しが混ざっている。
筆跡より、文章が証明していた。
これは私が書いたものだ。
そして最後は、文の途中で途切れていた。
私は紙を裏返した。
何も書かれてはいない。
「遺書」を封筒に入れ、机の上に置いた。
「明日の研修、欠席しよう」と思った。
遺書と事故との因果関係はわからない。
ただ、昨日の電話の内容が現実に起こったことで、
これから先に起こることも、本当なんだと信じられた。
とても、仕事に行く気が起きず、休暇を取った。
――その日の夜、
メールで研修の欠席を連絡した。
理由は「体調不良」。
明日、巻き込まれるという事故のことが頭を離れず、
実際に、体調はとても悪かった。
翌日。研修当日。
私は家にいた。
研修が終わる予定の時刻が近づくにつれ、鼓動が早くなる。
窓の外は静かで、静かなほど不安が濃くなった。
夕方、ニュース速報が流れた。
駅前の交差点に工事車両が突っ込み、歩行者が巻き込まれた。
病院に運び込まれたが、命に別状はないらしい。
映像に映った横断歩道は、私がよく知っている場所。
時間は、研修が終わって私が駅に着く頃と、ほとんど同じだった。
私はテレビを消し、机の封筒に手を置いた。
手の震えが止まらなかった。
もし、私が研修に行っていたら。
その「もし」の結果は、
私の手の下に、私の字で書かれている――
夕方、スマホが震えた。
研修の主催者からのメールだった。
欠席者向けのフォローらしい。
本日の研修は、50代の管理者を対象とした、
今後の人生設計に関するもの。
件名を見る。
「【ライフデザイン研修】本日の資料・課題/欠席者向けフォロー」
私は、メールの本文を開いた。
本日の課題は『明日、死ぬなら』と題したエンディングノートの作成です。研修では、自分が突然死ぬことをリアルに想像し、自分の死後、残された人に伝えたいことを、添付の【遺書形式】のフォーマットに書き込んでいただきました。
本日は時間が足りず、多くの方が作成途中で時間切れとなりました。
完成したものを提出していただく必要はありません。
ご自身のライフデザインを考える参考にしてください。
画面の文字列を追ううちに、頭の中で火花が散った。
「明日」
「残された人に伝えたいこと」
「作成途中で時間切れ」
私は机の封筒に目を落とした。
すべてが、パズルのように組み合わさっていく。
遺書ではなかった。
これは、私が、研修で取り組むはずだった「課題」だ。
私は、研修の帰りに事故に巻き込まれる。
遺書に見える「課題」を持ったまま。
事故の瞬間、私の意識は途切れ、肉体は眠りについた。
「未完成の遺書」は、念のリンクを通って、
私の郵便受けに「印刷」されたのだ。
私はメールを閉じた。
あの朝の「起きました」が耳によみがえる。
あの「起きました」は、
未来の私が、何より聞きたかった言葉だった。
そして、今の私に突きつけられたもの。
それは、
「これからの人生をどう生きるか」
――その問いかけだった。
スマホが震えた。
着信ではなく、留守電が一件。
再生する。
最初は雑音だけ。
やがて、少し低くて、少し疲れた私の声がした。
「……私、起きられなくなった」
「でも、あなたは起きた」
「ありがとう。起きてくれて」
「だから、こっちで、あなたの――
私の続きを、読ませて」
私はスマホを置いた。
私は、封筒から「遺書」を取り出し、見つめた。
未来から届いた、未完の物語。
それを「研修の課題」で終わらせるか、
「新しい物語」に変えるかは、私に託されている。
私はペンを取り、課題の続きを書き始めた。
『次の休日:ずっと行きたかった海を見に行く』
『来月:新しい趣味を始める』
「……見ててね。面白い続きを、今から書くから」
窓の外を見る。
私がここで鮮やかな景色を見れば、
その色彩は彼女に届く。
私が吸う空気、私が感じる世界、私が選ぶ行動。
そのすべてが、彼女が見る「夢」の材料になる。
鏡を見る。
そこには、今の私と完璧に重なり、
晴れやかな顔をした私が映っていた。
もう、膜は一枚も挟まっていない。
私が笑えば、遠い未来の彼女も、きっと夢の中で笑うだろう。
私は、この「遺書」を受け取った朝のことを思い出していた。
あの瞬間の感覚を、私は一生忘れない――
今朝、郵便受けに入っていた一通の手紙。
差出人の名前はない。
胸騒ぎに、震える手で封を開ける。
中に入っていたのは、
途中まで書かれた私の遺書。
覚えはない。
だが、間違いなく私の筆跡だ。
日付は明日になっていた。
私は、ゆっくり首を振る。
この手紙に書かれていた「明日」は来なかった。
その先の「明日」は――?
私は、明日を創り続ける。
私が起きている限り、その続きは向こうにも届く。
「……読ませて」
留守電の最後の声が、まだ耳に残っている。
私は一度だけ深く息を吸い、「遺書」の続きを書き始めた。
明日は、また別の「明日」になる。
私が、ここから創っていく。
『続きを読ませて』【了】
<あとがき>
きのころです。
お疲れカツカレーさんの企画【書き出しで魅了する作品】で
4位「ラビリンスで賞」をいただいた、
『誰?』の続きを書いてみました。
途中で気づかれた方もいらっしゃると思いますが、
この作品は、【書き出しで魅了する作品】で
1位「ベスト書き出し賞」をいただいた、
『続きは読めない』の続き、でもあります。
1つの小説に「書き出し」を2つ作ることはできないので、
『続きは読めない』は、回想シーンとして押し込みました。
「セルフきのころチャレンジ」として、
自分自身で「続き」を書く、と宣言してから約2週間。
100字の「書き出し」だけに全力投球した作品の続きを
自分自身で仕上げることができました。
当初は、どちらも、続きを書くつもりはなく、
私自身、「書き出し」を書いた時点では、
こんな作品になるとは夢にも思いませんでした。
「続き」についても、全力投球できたと思います。
笑い要素はゼロとなりましたが、
楽しんでもらえたら嬉しいです。
「書き出し」を書く機会をくださったお疲れカツカレーさん、
「書き出し」を読んでくださった方、
「書き出し」の続きを書いてくださった方、
今回、私の「書き出し」の続きを読んでくださった皆さん。
本当に、ありがとうございました。
<この作品の感想などをまとめた記事です>
ちなみに、1位と4位の「書き出し」には、
それぞれ、ネタ枠で書いた「続き」があります。
今回の作品とは、まったく別物なので、
未読の方は、ぜひお読みくださいね。
<1位「ベスト書き出し賞」の続き(ネタ枠)>
<4位「ラビリンスで賞」の続き(ネタ枠)>

『劇場版キューティーセラミー』の物語(全3作)です。
上から順にお読みくださいね。
(2026年3月12日、ヘッダー画像を差し替えました)
<「書き出しで魅了する作品」受賞時の記事>
今回は以上です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
たくさんのnoteの中から、私の記事を見つけて読んでいただき、
ありがとうございました。
「なんかいいかも」と感じていただけたら、
スキやフォローで合図を送ってもらえると、とても励みになります。
どうぞ、よろしくお願いします。
