『物語の続きを』【セルフきのころチャレンジ】(『続きは読めない』の続き)
今朝、郵便受けに入っていた一通の手紙。
差出人の名前はない。
胸騒ぎに、震える手で封を開ける。
中に入っていたのは、
途中まで書かれた私の遺書。
覚えはない。
だが、間違いなく私の筆跡だ。
日付は明日になっていた。
遺書は、一枚だけだった。
――自分の役目は終えたこと。
――楽しかった思い出。
淡々とした調子で綴られ、途中でぷつりと切れている。
「役目を終えた?」
なんのことだか、まったくわからない。
私は机に手紙を置き、鏡の前に立つ。
私は、いつも鉄仮面を被っている。
記憶にある限り、外したことはなかった。
工場の敷地の中にある、小さな建物の小さな部屋。
外部との接触はない。
できることと言えば、テレビを見るか、ラジオを聞くか、
――本を読むか。
私の部屋には、本当に娯楽が少ない。
だから、本棚に、まだ読んでいない本が並んでいるのを見ると安心する。
今読んでいるのは、『ベーカリー街の焼き立て事件簿』。
行間からパンの香りが漂ってきそうな、極上のミステリーだ。
物語は佳境に入り、ますます面白くなってきたところだった。
私は本に手を伸ばしかけて、ふと手を止めた。
パンの香り――
そうだ。
封筒から手紙を取り出したときに気がついたのだ。
手紙から、かすかにパンの香りがしていたことに。
……私は、この香りを知っている。
私は立ち上がり、庭を抜けて敷地内にあるパン工場へ向かった。
扉を叩く前から、確信できた。
匂いの出どころは、ここだ。
「いらっしゃい――おや?」
一人の白髪の老人が出てきて首をかしげる。
そのとき、私の背後から元気な声がした。
「ジャムおじさん、ただいま戻りました!」
そして、私の方を見て、こう言った。
「はじめまして。
臨時バイトのマーガリリンです。
マリリンって呼んでね!」

エプロン姿の少女が、ぺこりと頭を下げる。
そして、私の手元の封筒を見てにっこり笑った。
「あっ……それ!
私が今日、郵便受けに入れた手紙!」
ジャムおじさんが、小さく「ああ」と呟いた。
そして、私の方を向いて、こう言った。
「それで、君は、今日来たんだね」
「遺書が入ってました」
「遺書じゃないよ。
それは、あとで説明しよう。
本当は明日、君をここに招いて、読ませるはずだった」
マリリンが青ざめた。
「大事なお手紙だと思って、
郵便受けに入れちゃいました……」
「日付が明日になっていただろう?」
「『予約投稿』かと思いました!」
私も口を挟んだ。
「差出人欄が空欄だったのは?」
「書き忘れです!」
私は黙って頷いた。
致命的なミスが立て続けに起こっている。
世の中の大半の悲劇は、こうして生み出されているのだろう。
ジャムおじさんは、私を工場の奥へ通した。
パンが焼ける匂い。
棚のいちばん奥に、私と同じ形の「何か」がいくつもある気配がした。
「君は、アンパンマンだよ」

「アンパンマン……」
アンパンマンなら知っている。
テレビで見る「アンパンマン」は、いつも空を飛び、いつも戦い、いつも誰かに顔をちぎって渡している。
私はテレビを見ながら、「自分と同じ服を着ているな」とは思っていた。
でも、それは、自分の意思ではない、お仕着せのコスプレのようなもの。
私は、飛んだことも、戦ったことも、誰かに食べられたこともない。
「……名前は知ってます。
でも、私はアンパンマンじゃない。
空も飛べないし、戦ったこともない」
「そうだね。君は『スペア』だ。非常用の備蓄品」
私は理解が追いつかず、目で先を促した。
「テレビでは毎回戦っているように見えるだろう?
でも実際は、戦わない日が普通だ。
誰にも食べられない日が、ほとんどなんだ」
「……それなのに、スペアが必要なんですか?」
「もちろん。必要なときに不足したら困る。
不測の事態に備えて、
君みたいなスペアを何体か用意してる。
ローリングストックだよ。
期限が切れる前に交代して、町を守る」
ローリングストック。
言葉の意味は知っている。
まさか自分が、その対象だとは思っていなかった。
私は非常食だったのか。
「この鉄仮面は?」
「乾燥を防ぐためだよ」
ジャムおじさんは続けた。
「君が受け取ったのは、遺書じゃない。
明日が消費期限となる古いアンパンマンから、
次のアンパンマンに送る引継書だ」
「引継書……?」
「引き継ぎの仕組みも、ずいぶん変わった。
昔はね、顔を焼きながら伝えるしかなかったんだ。
読み聞かせ、睡眠学習、光通信、USB接続、Wi-Fi。
時代ごとに、いろいろ試したよ」
「……Wi-Fi」
場違いな言葉の数々に、思わず復唱する。
「でも今は、体の方にバックアップがある。
頭が入れ替わっても、瞬時に同期が取れる。
『即時アップデートシステム』だよ。
だから本当は――手紙なんて、いらない」
私は、持っていた手紙を示して聞いた。
「じゃあ、これは何なんですか?」
「便利じゃなくたって、残るものがあるんだよ。
レコードがなくならないように。手紙も消えない」
ジャムおじさんは、机の上の紙束を見つめた。
そこには、同じ便箋がもう一枚……いや、何枚か重なっていた。
マリリンが小さく手を挙げる。
「……えっと。すみません。ニ枚目以降、封筒に入れ忘れました」
ジャムおじさんがため息をつきながら、私に便箋を差し出した。
「一枚目は『役目は終わった』って書いてあるから、遺書に見える。
でも、ニ枚目からが本題だ。――読んでごらん」
私は、震える手で便箋を受け取った。
やっぱり私の字だった。
次のぼくへ。
便利さだけでは測れないものがある。
同期は一瞬で済む。でも、気持ちは一瞬じゃ渡せない。
だから、手で書く。
手で書くと、思い出が温まる。
温まった思い出は、きみの中で冷めない。
ぼくは、飢えを救うだけじゃない。
この町の「物語」も守っている。
君がそれを守れるように、ここに残す。
楽しかった思い出も、怖かった思い出も、全部。
君の中に、ちゃんと置いていく――
読みながら、胸の奥が熱くなるのを感じる。
空を飛ぶ感覚。
小さな手の重み。
「ありがとう」という声。
戦わない日の、退屈で平和な午後。
笑い声。泣き声。
それらが、私の中に流れ込んできた。
私は、何もしていなかったはずなのに、
「楽しかった思い出」が胸いっぱいに広がっていく。
私の中に、古いアンパンマンがいた。
たくさんのアンパンマンが、波のように重なっていた。
「これが……引き継ぎ」
「そうだよ」
ジャムおじさんが言った。
「君は今日から、本物のアンパンマンだ」

そのとき、外が騒がしくなった。
「たいへん!ばいきんまんが町で暴れてる!」
私は反射で立ち上がっていた。
初めてのはずなのに、体が勝手に動く。
――飛べ。
胸のどこかが命令する。
町へ出ると、ばいきんまんが建物を破壊していた。
「やめるんだ!ばいきんまん!」
泣いている子が転び、私は迷わずその前へ滑り込む。
「だいじょうぶ?」
という言葉が、自分の口から出ていく。
何も考える必要はなかった。
次の瞬間、ばいきんまんが笑って、大きなホースを取り出した。
水が弧を描き、私の顔に落ちる。
飛ぼうとして、私は膝をついた。
顔が、濡れているのがわかった。
力が抜ける。
視界が揺れる。
そのときだった。
「アンパンマン!」
叫び声。
「バタコさんお休みなんで!
代わりのマリリンです!
いきますよ、せーのっ!」

「新しい顔よ!」
マリリンが、焼き立ての顔を投げた。
今度は失敗しない。
ただ、まっすぐに。
顔が、私に届いた。
意識がほどけていく。
暗くなる。軽くなる。遠くなる。
そのとき、ふと思った。
――もう、あの本の続きは読めない。
でも、新しい私が、きっと読んでくれるだろう。
物語の続きを。
そして、新しい私が、この町の物語も守っていく。
いつまでも、物語の続きが読めるように。
私は消えるのではない。
私は、重なっていく。
スペアだった私も。
期限を迎えた古い私も。
戦いの中で消えていった、他の何万人ものアンパンマンも。
全部まとめて、次の私の中へ。
そして、消えゆく意識の底に、
温かいものがひとつ残った。
手書きの文字の、ぬくもりが。
『物語の続きを』【完】
<あとがき>
きのころです。
お疲れカツカレーさんの企画【書き出しで魅了する作品】で
1位「ベスト書き出し賞」をいただいた、
『続きは読めない』の続きを書いてみました。
今回の作品の冒頭100字
(最初の区切り線まで)が、
『続きは読めない』。
それ以降は、今回、書き下ろしたものです。
全体としての作品のタイトルは、
『物語の続きを』。
冒頭100字を書いた時点では、
その続きを書くことは、
まったく考えていませんでした。
登場するアンパンマン、ジャムおじさんは、
言うまでもなく、やなせたかし先生のキャラクターです。
この作品は、『アンパンマン』のパロディではなく、
パン工場を舞台としてお借りしました。
今回、タイトルにした『物語の続きを』は、
・『続きは読めない』の続き
・主人公が読んでいたミステリーの続き
・アンパンマンが守っていく町の物語の続き
のトリプルミーニングです。
最初に構想したときは、
「アンパンマン」×「ローリングストック」を軸にした
一発ネタショートショートを考えていましたが、
「手書きの温もりとは」みたいな要素が入ってきて、
結構、エモーショナルな内容になりましたね。
その分、「え?戦いの最中の入れ替わりはどうなの?」
って思うかもしれません。
戦いのときは、時間がないので、
「即時アップデートシステム」からの引き継ぎです。
緩急使い分けて、併用しているのです。
身も蓋もなくてすみません。
(手紙やメールを併用しているのと同じですよね)
さて、「なんのはなしですか」回収期間中に、
もう1つの作品『誰?』の続きも投稿します。
それから、「なんのはなしですか」とは関係なく、
回収期間後に、もう1つ、投稿します。
それらもあわせてお楽しみいただけると嬉しいです。
今回は以上です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
【追記】
『ベーカリー街の焼き立て事件簿』は架空の書物です。
ホームズが暮らしていたベイカー街をもじってます。
<4位「ラビリンスで賞」の続きはこちら>
たくさんのnoteの中から、私の記事を見つけて読んでいただき、
ありがとうございました。
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どうぞ、よろしくお願いします。
