編集長として、生きていく~“一人編集部”の楽しみと苦しみ【110日連続投稿】
本日、110日連続投稿を達成しました。
つい先日、100日連続投稿を振り返ったばかりで、
思いや決意は、その時に力いっぱい、お腹いっぱい書きました。
正直、特に大きな心境の変化はありません(笑)。
今回は、私がnoteを書き始めてから10日ごとに書いてきた
「生きていく」シリーズを総括し、
いったんここで一区切りとしたいと思います。
noteだからできた言語化
私がnoteを書き続けられているのは、
「書くことそのもの」が、自分にとって意味があるから
だと思います。
それは、誰かに見せるためだけの意味ではありません。
むしろ、自分の頭の中を可視化して、整理するための作業です。
文章にしなければ、気づけなかったこと。
形にしなければ、認識できなかったこと。
そんな「内なる言葉」が、自分の中にはいくつも転がっていました。
特に、毎回、力を入れて(必要以上に力んで)書いていたのが、
「生きていく」シリーズでした。
あの内容は、noteを書いていなければ、
たぶん一生、言語化されないまま心の奥で眠っていたと思います。
日々書くことで、人生の編集作業が進んでいく感覚があるんですね。
どんなテーマで書くか、どんな構成にしようか考えるたび、
自分の価値観や世界観、人生観まで見直されていく。
それは、noteによる「言語化」を通して、
自分の世界を編集し、掘り下げていくことでした。
シリーズ化は単なる偶然
とはいえ、最初はシリーズ化するつもりは毛頭ありませんでした。
10日目の記事は、単に、10本目の記事だったにすぎません。
(「編集するように、生きていく」)
20日目の記事のときは、一応節目を意識したため、
それなりに気合の入った記事にはなりましたが、
タイトルに「生きていく」という言葉を使ったのはたまたまでした。
(「クリエイターとして、生きていく」)
シリーズ化を意識したのは30日目の記事。
(「二人で今日も、生きていく」)
このときは、投稿30日記念として「Kindle出版のご案内」という記事を用意していたのですが、Kindleの審査がこの日におりず(笑)、
苦肉の策として、別に書いていた、全然関係ない記事を投稿する羽目になりました。
その記事のタイトルを決めるのに、悩みに悩み、
迷いに迷った挙げ句……
「この記事にも、“生きていく”って付けたら、
シリーズっぽくなるんじゃね?」
と思いついたのが、シリーズ化した瞬間でした。
単に、偶然の産物だったんですねぇ。
それ以降は、10日ごとに、「生きていく」というタイトルを考え、
それに見合うエッセイを、頭を絞って考え出す——
10日スパンで定期刊行物を出版するような工程が始まりました。
楽しい半面、
——正直、毎日のnote投稿より苦しかったです(笑)。
シリーズ全作一気見せ!
「生きていく」シリーズを一覧にまとめました。
<10日目>
編集するように、生きていく
👉 「生きていく」シリーズのイントロダクション
あなたの人生は、すでに素晴らしい素材で満ちています。
必要なのは、編集者としての視点を持つこと。
「人生を編集する」という視点を持つだけで、
日々の選択や出会いがまったく違って見えてきます。
自分編集力は、人生のリモコンのようなもの。
番組(=感情・出来事)は変えられなくても、
見方(解釈)や音量(感度)は自分で調整できる。
「どのチャンネルに合わせて生きるか」を自分で選ぶ——
それだけで、世界の“見え方”はぐっと変わってくるのです。
<20日目>
クリエイターとして、生きていく~夜空ノもっとムコウ
👉 クリエイターでありたい。「あの頃の未来」の、もっと先まで
私たちの夜空は、小学生の頃から続いている夜空の、
その先の、もっと向こうに続いている。
人生の折り返し地点を超えて、
さらに広がっていく未来。
このまま書き(描き)続けていけば、
過去40年間の積み重ねすら超えるような、
新しい作品たちが生まれてくるかもしれない。
<30日目>
二人で今日も、生きていく~「絶望」と「希望」のあいだに
👉 「手術」・「仏滅」・「平賀源内」の三題噺
私たちは、視点も、考え方も違う。
性格も、得意なことも違う。
だけど、だからこそ、お互いを補い合える。
二人合わせたら、最強だ——
<40日目>
配られたカードで、生きていく~偉大なるスヌーピーに誓う
👉 誰もが、ないもの以外、すべて持っている!
人生、足りないことばかりです。
逆にいうと、
「今なら何でもそろってる!」
みたいなタイミングなんて、あるわけない。
少し足りなかろうが、全然足りなかろうが、
それでもとにかくやるしかない。
人生はそんな山場・土壇場・修羅場の連続。
そんなとき、私は、いつも心の中でつぶやきます。
——「配られたカードで勝負するしかない!」と。
<50日目>
音楽家として、生きていく~私の音楽遍歴/エレクトーンから三味線まで
👉 音楽家とは「音を楽しむ at 家」という新解釈
私は、「音を楽しむ」at「家」をモットーに、
これからも、自分らしく、音楽とともに生きていきます。
聴くことも、感じることも、
語ることも、つくることも、
すべて、音楽家としての活動です。
私は、音楽を暮らしの真ん中に置く「音楽家」です。
そして、この家が、私のステージです。
<60日目>
言葉をならべて、生きていく~私は言葉で、言葉は私でできている
👉 私という存在の中に、たしかに「言葉の地層」がある
言語化されないかぎり、
自分の内なる言葉は、誰かに届くこともなければ、
自分自身も、きちんと受け取ることができません。
思うに、「言語化する」というのは、
ただ説明することではありません。
自分の思いを、言葉のかたちにして、
外の世界とつなぐこと――
そして、自分自身とつながり直すことでもあるのです。
<70日目>
それでも、国語の力で、生きていく~AI時代に問い直す「国語力」
👉 AIが最大の“読者”になる時代に、私は人間の誰かに言葉を届けたい
人間同士の共感ではなく、AIの評価アルゴリズムに最適化された文章が量産される社会。
AIが書いた文章を、AIが読んで、評価し、また学習していく。
――そんなサイクルに、いったい何の面白さがあるのでしょうか。
それはまるで、AI同士で指している将棋や囲碁を、無言で見せられているようなもの。
精密で完璧だけど、心が動かない。
私は、人間同士の試合が見たいのです。
私の文章も、AIではなく、人間の誰かに届けたい。
<80日目>
マルポテ・バースを、生きていく――今、ここにある「無限の可能性の宇宙」
👉 やりたいこと、ぜんぶ重ね合わせて生きていく。それが私。
「マルチバース」では、
科学者の自分は科学者として、
バンドマンの自分はバンドマンとして、
それぞれ別の宇宙で生きている。
それも悪くない。
でも、私は「現実的に可能な宇宙」、
「自分の中にある宇宙」を想像します。
🔭 マルチバースは、
「別の自分がどこかにいる」世界。
🌌 マルポテ・バースは、
「今の自分の中に、すでに全部ある」世界。
<90日目>
自分の運転で、生きていく~大人になった私から、あの日、車の後部座席で眠っていた私へ
👉ありがとう、チャーリー・ブラウン(と、どこかの誰か)
子ども時代、「後部座席の安心」がどんなものだったか……。
私たちはその時にはわかりません。
ただ、当たり前に、座っていただけ、眠っていただけ。
そして、ただ、運ばれていただけ。
それがどれほど大きな「安心」だったか、
どれほど守られていたのか、
それに気づくのは「もう前の席に座ったあと」なのです。
ふと気づけば、前の席に誰もいない。
ハンドルを握っているのは、自分――
<100日目>
主人公として、生きていく~名曲・禅語・映画から考える「自分の物語」の歩き方
👉あなたは、本当に、「主人公」として生きていますか?
人生は、ひとつの長い物語のようでいて、
本当は、いくつもの物語が連なった「シリーズもの」。
完結したと思っていた物語が、
ある日ふいに、続編として動き出すこともあります。
あるいは、ひとつの章にピリオドを打って、
まったく別の物語を生きることだってできる。
舞台が変わってもいい。
新しいジャンル、新しいテーマで生き直すことだって、
何度でも許されるのです。
そして、「ハッピーエンド」も、何度でもやってきます。
最後に
10日目に
「編集するように、生きていく」で始まったシリーズが、
100日目に、
「主人公として、生きていく」で事実上の完結を迎え、
本日、110日目に、
「編集長として、生きていく」で総括できるというのは――
偶然の産物としては、美しい流れだったかな、と思います(笑)。
こうして振り返ってみると、
この110日間は「書く」という行為を通じて、
自分の人生を編集する日々でした。
テーマはバラバラでも、どの記事も
「いまの自分が、どう生きていくか」
という問いに向き合う編集会議のような時間だったと思います。
編集会議は、たいてい深夜の一人作業、
編集長もライターも校正も営業も、全部、私ひとり。
――人件費ゼロ、ブラック度MAXの“一人編集部”です(笑)。
でも、この“一人編集部”の日々は、苦しくも、楽しいものでした。
毎号違うテーマで特集を組み、人生の素材を切り貼りし、
わかるようなわからないようなタイトルをつけて世に送り出す。
気づけば、そのたびに自分の世界も少しずつ変わっていました。
私はこれからも、人生の「編集長」として生きていきます。
「生きていく」シリーズはいったんここで休刊ですが、
物語はまだまだ続きます。
これからも、新しい号を、新しい特集を――
人生という雑誌のページをめくりながら、作り続けていきたいと思います。
たくさんのnoteの中から、私の記事を見つけて読んでいただき、
ありがとうございました。
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