配られたカードで、生きていく~偉大なるスヌーピーに誓う
もう四半世紀以上もの間、
変わらず私の座右の銘になっている名言があります。
「配られたカードで勝負するしかない」——
「好きな言葉」を聞かれる機会があるたびに、
私は迷うことなく、この名言を挙げてきました。
この言葉を知ったのは、今から約30年ほど前ですが、
いまだに——
いや、年を重ねるほどに、
本当に含蓄のある、奥の深い言葉だなぁ…という思いを強くしています。
こんな、人生の真理を突く、切れ味鋭い名言を残したのは、犬。
犬は犬でも、世界的なスーパースター、スヌーピーです。
以下は、原典である『PEANUTS』(チャールズ M.シュルツ)の
オリジナル原文と、詩人・谷川俊太郎氏による翻訳です。
ルーシー:
「Sometimes I wonder how you can stand being just a dog..」
(時々、あなたは、どうして犬なんかでいられるのかと思うわ・・)
スヌーピー:
「You play with the cards you’re dealt.. whatever that means.」
(配られたトランプで勝負するっきゃないのさ・・
それがどういう意味であれ)
スヌーピーが犬であることを受け入れ、
犬として戦いに挑み続ける決意を表明する、
最高にシビれるセリフです。
<これが原典>
Amazonの書名表記だと「スヌーピー」10巻に見えますが、
本当は「PEANUTS BOOK」10巻です。
人生、足りないことばかり
ないものに目を向けると、そればかり気になるものです。
お金がない、時間がない、スキルがない、
体力がない、自信がない、etc、etc……
ないことを挙げていけば、それこそキリがない。
人生、足りないことばかりです。
逆にいうと、
「今なら何でもそろってる!」
みたいなタイミングなんて、あるわけない。
少し足りなかろうが、全然足りなかろうが、
それでもとにかくやるしかない。
人生はそんな山場・土壇場・修羅場の連続。
そんなとき、私は、いつも心の中でつぶやきます。
——「配られたカードで勝負するしかない!」と。
「みんな同じ。
与えられた条件の中で、
精一杯、戦っていくしかないんだよ」
そう、スヌーピーが教えてくれたのです。
(私にはそう聞こえました)
私と名言との出会い
私がこの言葉に初めて出会ったのは、
とある金融機関で「出納」という仕事をしていた頃のことです。
出納は、カルトンと呼ばれるお皿にのせられたお金や伝票を、
早く、正しく、大量にさばく仕事です。

窓口から運ばれてくるカルトンを1つずつ、
入金し、出金し、両替し、処理後の伝票を窓口に返すという流れ。
窓口が閉まると、出納担当は店内のあらゆる現金の計数を、
窓口担当は伝票の数字を、それぞれ別々に集計します。
その数字が1円の狂いもなく一致することを「ゴメイ」といい、
ゴメイになったら、出納が合図の鐘を鳴らして店内に知らせます。
出納の仕事は、窓口に来られたお客様のカルトンに対応するだけでなく、
その合間合間に、夜間金庫の入金や、渉外係が持ち帰った伝票の処理、
お金がなくなったATMや両替機の補充、破れた紙幣の交換手続きなど、
現金に関する雑務全般をこなします。
硬貨が詰まった麻袋(ドンゴロス)はかなりの重さ。
その袋を両手で持って金庫まで運ぶと、ものすごい重力を感じ、
日に日に腕が長くなり、足が短くなったように感じたものです……。
このように、出納にはスピードとパワーが求められ、と同時に、
お客様を待たせているというプレッシャーにも押しつぶされ、
肉体的にも精神的にも、日々削られている感覚がありました。
でも、それより何よりプレッシャーなのが、
いつまでたってもゴメイにならない、つまり集計が合わないときです。
そのときは、原因を見つけるまで、何時になろうと誰も帰れません。
自分のミスで、店の全員を巻き込んでしまう気まずさ……。
「自分が原因でありませんように!」と心の中で祈りながら、
ゴミ箱や硬貨入金機の隙間、机の上の書類を1ページずつめくりながら、
集計が合わない理由を探し続けます。
——ああ、そのときのドキドキ感といったら!!!
それでも、「通常日」はまだマシなのです。
月末月初、5や10のつく日の繁忙期は戦場そのもの。
5つの窓口から運ばれてくるカルトンが所狭しと並べられ、
少しでも処理が滞ると、上に上にと積み上げられていきます。
いらだったお客様の熱い視線。
処理を待つ窓口担当の冷ややかな目。
全員が殺気立ち、積み上がるカルトンがさらなる「圧」となり、
その中で、一人黙々と作業を続ける時間が続きます。
そして、来る日も来る日も、カルトン、カルトン、カルトン……。
そんな中、たまたま出会ったのが、冒頭でご紹介した、
『A PEANUTS BOOK featuring SNOOPY 10』という本でした。
その中で見つけた、
「配られたトランプで勝負するっきゃない」
という言葉に、私は思わず目を見開きました。
この言葉は、私に深く刺さり、
自分の仕事にピタリと当てはまるような気がしたのです。
私が日々勝負しているのは——
そう、「カルトン」です。
配られた◯◯◯◯で勝負する日々
「配られたカルトンで勝負するっきゃない」——
私は、この言葉を心の中で繰り返しながら、
仕事に取り組むようになりました。
いくらカルトンが多かろうが、作業が面倒だろうが、
文句を言っていても仕方がない。
目の前にあるカルトンを、一つ一つ処理していくしかないのだ——
その結果、私は、
ゲーム感覚でカルトンを処理できるようになりました。
どんなに忙しくても、
その日「配られたカルトン」で、自己最速ゴメイ記録を目指す!
毎日毎日、山ほどのカルトンに追われようと、
複雑で時間がかかる作業を並列で要求されようと、
とにかく、1秒でも早く、1円も違えず、ゴメイを出すのだ!
そう心に決めて、毎日の業務に取り組みました。
スピードと正確性にこだわり、知恵を絞り、
マルチタスクを駆使した効率的な処理方法を次々に編み出し、
本来であれば集計直前にやるような「締め」の作業も、
段取りを工夫し、シャッターが閉まる前に少しずつ終わらせる——
最終的には、異常な速さでゴメイの鐘を鳴らせるようになり、
それが普通になると、ほんの少し遅れただけで
「今日はどうした?」と周囲から声をかけられるようになりました。
(それはそれで別のプレッシャーでしたが)
店長からは、朝礼で、
「若手が頭を使ったいい仕事をしてくれている。
みんなも自分の仕事を見直して工夫しよう!」
とお褒めの言葉をいただきました。
——あの頃の私は、いったい何と戦っていたのだろう……?
その原動力となったのは、
他でもない、スヌーピーの言葉だったのです。
もちろん、仕事の悩みはカルトンの処理だけではありません。
多忙なのに、人が足りない。
試験があるのに、勉強する時間がない。
などなどなど。
こうして、さまざまな困難に直面するたびに、
「配られたカードで勝負するしかない」という言葉の、
「本当の意味」が、次第に自分の中に浸透していきました。
私が、その後の社会人生活を、
「今できることをやるしかない」
「現在の自分の最善を尽くすしかない」
という気持ちで、前向きに取り組めたのは、
スヌーピーの言葉があったからだと断言できます。
その後、インターネットの普及に伴い、
この言葉が「名言」として紹介されることも増えました。
今では、「またそれ?」と言われることもありますが、
私にとってはかけがえのない「座右の銘」なのです。
配られたカードで勝負する三段階
私は、「配られたカードで勝負する」には三段階あると思っています。
①配られたカードを受け入れること
まずは、現状をきちんと受け入れることが何より大事です。
現実を受け止めない限り、前には進めません。
「ポーカーをしたいなら、
配られるカードを無条件に受け取らなければならない。
それが基本のルールである」
——ヴォルテール(フランスの哲学者)
②自分の持っているカードを確認すること
私たちは、自分が思うよりずっと多くのものをすでに持っています。
その事実を、十分にかみしめましょう。
「ないもの以外はすべてある」
——ラーメンマン(中国の超人)
③そのカードでどう戦うかを考えること
そのときそのときで、自分にできることを、最善を尽くして、全力でやること。
私たちにできるのは、それだけなのです。
「今はないものについて考えるときではない。
今あるもので、何ができるかを考えるときである」
——アーネスト・ヘミングウェイ(アメリカの作家)
こうしてみると、哲学者から文豪まで、
みんなスヌーピーと同じことを言っているのがわかりますね。
みんなスヌーピーの信奉者なのです。(それは違う!)
ちなみに、ラーメンマンというのは、
マンガ『キン肉マン』の登場人物です。
彼の「ないもの以外はすべてある」という言葉は、
「知らない人以外はみんな知っている」と同じにおいがする、
ナンセンスな迷言のようではありますが……
口に出してみると、力強く、自信に満ち溢れていて、
意外と深いことを言っているような気がしてきます。
そう!
誰もが、ないもの以外、すべて持っている——
だからこそ、今持っているものだけで勝負できる。
そして、勝てる!
——それが、人生なのです。
最後に
最後に、私の好きな『インビクタス~負けざる者たち』
という映画をご紹介させてください。
南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の物語です。
映画の中で、ラグビーチームの主将(マット・デイモン)が、
ネルソン・マンデラ大統領(モーガン・フリーマン)の
お茶会に招かれるシーンがあります。
そこで、大統領が主将に、
「足の怪我は治ったのか」と質問するのですが、
そこからのやりとりがこれです。
主将:
「ラグビーは完璧な状態で戦えることなどありません」
大統領:
「そうか。……スポーツも人生も同じだな」
——そのとおり!
人生、完璧な状態で戦えることは、絶対にありません。
すべてが万全の状態になるのを待っていたら、
いつまでたっても、戦えるはずがないのです。
常に、何かが足りないのは当たり前。
大事なのは、
今の状態を受け入れ、確認し、
その状態で、どのように戦うかを考えること。
それって、つまり……
——「配られたカードで勝負するしかない」ってこと。
人生というのは、
「自分に与えられたもの、与えられた状況の中で、
どうやってベストを尽くすか」
の繰り返しであることを、スヌーピーの言葉から学びました。
そして、この言葉の先に、
①配られたカード de「マネジメント」戦略
難しい状況でも、なんとかかんとかやっていく
②配られたカード de「ブリコラージュ」戦略
寄せ集めの材料を組み合わせて新しいものを作り出す
③配られたカード de「ポートフォリオ」戦略
来たるべき「決戦」に備えて「最強デッキ」を構築する
これらが、私の人生の基本戦略になっていくのです。
(名づけて、
何があっても「生きのころー」戦略。きのころです🍄)
これらについては、今後も、noteで発信し続けていきます。
それにしても、改めて思います。
世界のスーパースター、スヌーピーの、なんという偉大さ……。
だから私は、これからもずっと、
「配られたカード」で、生きていく。
——それを、スヌーピーに誓います。
<『PEANUTS』の名言を元にしたnote>
★Special Thanks:チャーリー・ブラウン!
たくさんのnoteの中から、私の記事を見つけて読んでいただき、
ありがとうございました。
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