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闇シリーズサンプル(消えていく店と、今の俺/人生が少しずつズレ始めた頃)

2025/12/17 wed

これは闇0章用に新たなラインナップを組む為に行いました


※以下は『闇423』の一部抜粋です。

闇シリーズは、私自身の人生を
日付・場所・出来事ごとに記録した
長編の史実文学です。

現在、本編はメンバーシップ限定で公開しています。
ここでは、最近の章の中から
比較的読みやすい一部分のみを
入口用サンプルとして公開しています。

闇 423(TOGO風ネオ岩上ルール編)

より一部抜粋

六十近い犬塚とは妙に調子が合う。
向こうも減らず口を叩く俺を弄りながらも可愛がっているのが分かった。

彼のドリンクを作っていると、オカマの木下が近付いて来る。

「時間になったらとっとと上れよ! 邪魔なんだよ!」

一瞬だけジロリと睨みつけ、オロナミンCの瓶を乱暴にゴミ箱へ捨てた。
その音で注意をしてくる香川。
形式上頭だけは下げるが、注意のしどころが違うだろうがと内心はらわたが煮えくり返っていた。

店が忙しいからと、善意にキレ散らかす馬鹿がいる。
それを止めず、俺を叱るのがこの店の管理職たち。
諫めるなら分かるが、何故注意の的が俺になるのか不思議でならない。

帰りの電車に乗りながら、苛立ちが治まらないまま川越に到着する。
一杯飲んでから帰りたい気分だった。

昔だったら家の隣りにトンカツひろむがあったのに、今では叶わない。
ジャズバーのスイートキャデラックももう無い。

トンカツひろむに似た空気の店。
後輩の栄二が営む居酒屋『栄じ』しか思い浮かばなかった。
俺はタクシーを拾うと、川越商業方面へ行くよう口を開く。

「あれ、智ちゃん一人? 珍しいねー」
「栄二が良江ちゃん口説いて結婚して、俺の家の隣りにこの店作れ」

「やだなー、智ちゃん無茶ばかり言うからなー。あ、今日叉焼あるよ」

カウンター越しに叉焼を見せてくる。

「旨そうだね、これちょうだいよ。あとウイスキーもね」
「岩上君、マグロはどうすんだい?」

栄二の親父さんが笑顔で声を掛けてくる。

「親父さん…、俺はいつだってこの店に親父さんの握ったマグロを食いに来てんですよ?」
「アーハッハ、嬉しい事言ってくれるねー」

新宿歌舞伎町でのドス黒いものが、川越で溶けていく感覚。
本当この店がもっと家から近くにあれば最高なんだけどなあ……。

「へい、お待ち」

たっぷりネギをまぶした叉焼が目の前に置かれる。
ウイスキーを飲みながらつまんでいく。

「はい、岩上君お待ちどう様

「ありがとうございます!」

寿司を一つ食べる度、体内に宿るエネルギーがドクターフィッシュのように集まっていく。

懐かしいよな、確か初期横浜時代の頃か。
岡部さんが遊びに来て行った中華街の横浜大世界。

あの建物にあったドクターキッスフィッシュ。

手や足を水槽に入れると一斉に群がり角膜を食べ出す魚たち。

「あ、そういえば智ちゃん、西口のトーゴー知ってる?」
「ああ、もちろん知ってるよ。俺が十九歳の頃から通っている店だからね」

「あそこ先月末で閉まっちゃったよ」

「え……。嘘でしょ?」
「いやいや、ほんとだって! あのマスターも疲れていたみたいだからねー」

「……」

俺は馬鹿だ。
大好きだった店がこれでまた一つ……。

遅番の時、仕事終わりに行こうと思えばいくらだって行けたはずだろ。
何で俺はいつもこうなんだろうな。

ジミードーナツの時で懲りたんじゃなかったのかよ。

もうあの味噌焼きチキンも、ハンバーグトーゴー風も二度と食べられないのか……。

フェイスブックへ過去あげた写真でしか残っていない思い出になってしまったのだ。

遣る瀬無い気持ちのまま家に帰って寝た。
それでもまた俺は、明日に備えて新宿へ行かねばならない。


二千十七年八月五日、土曜日先勝。

今日を終えれば明日は休み。
店内の準備をすべて済ませ、タバコを吸う。

「赤崎さん、木幡帰ってきたら次食事休憩入っちゃって下さい」
「了解です」

今日の土曜競馬も札幌、小倉、新潟三会場ともすべて通常の平オープンだけ。
ネオ岩上ルール従い遊べる金は三千円のみ。

馬鹿木幡が帰ってきたので外へ出掛けた。
遅番と違い早番の利点は食事をする店がかなり増えるところである。

ホストとラブホテルだらけの歌舞伎町二丁目側よりも、習性的にどうしても一番街通りやセントラル通り方面に足を向けてしまう俺。
これは初めてこの街に来た事の帰巣本能に近いものがあるからだろう。

二十五歳で歌舞伎町に来て、今じゃもう二十年が過ぎた。
この街の象徴としてあったコマ劇場は、今や等身大ゴジラのあるホテルになった。
若い連中から見れば、俺など生きた化石のようなものだ。

ホテル真正面にあるセントラル通り。
昔は左角に立ち食い蕎麦屋があった。
店頭で焼きそばを焼いている姿が見える鉄板があって、売りは三色定食。

俺が新宿に来た頃は確か四百九十円だったっけ。
天ぷらうどんに焼きそば、そして五目ご飯と炭水化物だけで形成された恐るべし定食。

思い返せば良心的で腹一杯になって、何かいい時代だったよなあ。
この定食のバランス具合は、かつて川越にあった焼きそば御殿の『山利軒』B定食に通じるものがある。

川越工業裏側にあった山利軒は、太麺焼きそばだけで店を新築した。
そこで大人気メニューだったのが、B大。

B定食とは太麺焼きそば、ライス、ポテトサラダ、ワンタンとすべて主食のみで形成された恐るべきメニュー。
B大とは、焼きそば大盛りの略だ。

ひょっとしたら後楽そばと山利軒は、遠い親戚か何かだったのではないかと邪推したくなるほど。
じゃないとあのメニューの考案の仕方は明らかにおかしい。

もうあの手の店は今のご時世現れる事はないのだろうな。

昔を思い出しながらセントラル通りへ入ると、右手に牛カツの店があるのを発見。

競馬の前にカツというゲンの良さ。

きずな寿司の隣りの地下にこんな店ができていたのか。
ちょっと入ってみようかな。

牛カツ麦飯セットで千三百円もするのか。
とろろをつけると百円アップ。
ご飯は一杯だけならお代わり無料。
カツを二倍の二百六十グラムにするとプラス八百円。

さすがに昼飯に二千円は掛けられるような身分ではない。

「すみません、この牛カツ麦飯とろろセットを頂けますか」
「畏まりました」

通常のトンカツとは違い、細く切った牛カツが出てくる。
中々上品な印象を受けた。

カツはまだ赤い部分が残っていて、衣だけをカラッと揚げた感じ。
テーブルの上にある加熱式の石のプレートで焼いてから食べるよう注意書きがあった。

食べ方は通常のソースではなく醤油または山山葵ソースの二種類から。
実際に食べてみると、しつこくなくさっぱりした感じでかなり良かった。

とろろもあるのでお代わりしたご飯に掛けて食べる。
味もいいし中々満足度は高い店だ。

早番の時間帯ならまたここには来てしまうのだろうなと思いながら、店をあとにした。

え、競馬の結果はどうなったかって?
おいおい、そんな事聞くのはちょいと野暮だぜ、セニョリータ。


二千十七年八月十一日、金曜日先勝、山の日。

あまりに木幡の手抜きが目立ってきたので、祭日というのもありこの日は休みを取る事にした。
いくら言い訳しようがフォローできる俺がいないのだから、自分でケツを拭くしかない状況にさせる目的もある。

給料的には同じ金額をもらっているのだ。
いつまでもおんぶに抱っこではこっちも困るだけ。

前回栄二から聞いたグリルトーゴー閉店のショックも未だ尾を引いていた。
もうトーゴーのマスターと会う事はないかもしれないが、せめて形として今の心境を残しておきたい。
俺はフェイスブックへ投稿をした。


川越の洋食屋グリルトーゴー。
先月末で閉店したようです。
ここの味噌焼きチキン、本当に美味しかったなあ。
もう一度食べたかったなあ。
二十年以上前から通っていたお店の閉店は、辛いものがありますね。
でも、マスターお疲れ様でした。
新宿クレッシェンドが発売された時、本買って「サインちょーだいよ」と最初に言ってくれたお店でした。
幼稚園の頃から通っていたジミードーナツに続いてなので、ダメージ大きけど、これが時間の流れなんだなあ。
マスターありがとうございました



もうあの頃には戻れない現実。
それでも俺は変わらず生きていかなければならない。

俺が新宿歌舞伎町へ来るきっかけになったのも、トーゴーに置いてあった東京スポーツの三行広告を見たからだった。
様々な思い出は、俺の心の中へ刻み込もう。

元はといえば坊主さんと裕子さんが披露宴をやるから友人代表のスピーチをお願いされたのがきっかけだ。
当時ブラブラして無職だった俺。
まさかご祝儀も包まず式へ出る訳にもいかない。

どうしたらいいか途方に暮れ、現実逃避でトーゴーへハンバーグをあの時食べに行ったのが、俺の裏稼業人生の始まりでもあったのである。

本当にあれから色々あった……。

そんな俺も墓場へ片足を突っ込みながら未だ健在。
せめて心から精一杯の感謝を込めて投稿した。

気持ちの整理がついたところで、せっかくの休みである。
この貴重な時間をどう過ごすのが正解か考えてみた。

久しく顔を出せていない霞ヶ関にあるファミリーレストラン『エトワール』へ顔を出すしかないだろう。

もうどの店が閉まったからと聞き、後々後悔するのだけは嫌だ。
久しぶりに車を運転し霞ヶ関へ向かう。
家の前の川越日高線を真っ直ぐ進み、月吉陸橋を超える。

右手に見えるすぺいん亭。
そういえば最近飯野君とも会っていないな。

さらに運転し川を超える。
こっち方面へ来るのも本当に久しぶりだ。

エトワールへ到着すると、店の奥にある駐車場へ停車した。

入口手前には変わらないショーウインドーが置いてある。
何もかもが懐かしい。
いつ以来ぶりだよ?
突然数年ぶりに顔を出す俺を見て驚いてくれるかな?

ドアを開ける前になり、一旦落ち着く為に道路でタバコを吸う。

俺は初期横浜へ行く前が最後だったよな?
岡部さんと来たんだっけ?
それとも飯野君?
おぎゃんとも来た事があった。

そして百合子や娘の里帆と早紀たちも……。

もしここまで閉店してしまう事になったら、正直俺は泣いてしまうかもしれないな。

一度ゆっくり深呼吸をしてから中へ入る。

古き良き王道的な洋食屋。
前と何一つ変わらない風景。

横浜や新宿でなく川越に戻って来たんだなという実感が湧く。

「あれ、岩上先生。お久しぶりです」

人の良さそうなマスター老夫婦が揃って笑顔ですぐ気付いてくれた。
少しして奥の厨房で調理をしていた息子さんまでが、ホールへ出てきてくれる。

本当に久しぶりの再会を笑顔で交わし、席へ座った。
今日は残すぐらい一杯食べよう。
しかしそれでも限度はある。

嬉しい悩みだが、俺は早速メニューを眺めた。

「本日は先生、何を召し上がりますか?」
「もうその先生って呼ぶの、やめて下さいよー。今じゃ、全然小説なんて書いていないんですから」

「あれ? 先生は以前いらした時、何があっても小説は書き続けると言っていましたよ」

息子さんが意地悪そうに声を掛けてくる。
そう…、俺が鬼畜道を書き、躍起になっていたあの頃、確かにここで宣言をした過去。

過去にしていいのか?
よくはない。
だが、今の俺はまだ小説を書けるような状況ではない気がしている。

まだ何かが足りていないと本能が告げていた。

だからといって期待を裏切るような真似はできない。
いつかは分からない。
それでも絶対にいつか書く時は来るはず……。

「しばらく書いていませんが、多分頭の中で色々あり過ぎてまだ今はうまくまとめられないだけなのかもしれません。言い方を少し間違えましたね。いつになるかは正直分かりません。でも…、きっとまた書くでしょう」

「本当先生の作品を楽しみに待っていますよ」

新宿クレッシェンドが出て間もない頃。
俺はエトワールへ岡部さんと来た時、マスター夫婦は本を持ってサインをして下さいと丁重にテーブルの上にマジックペンを置いた。

そして「お車なのでビールはマズいでしょうが、良かったらサービスしますので」とドリンクを出してもらった事もある。

「温かい店だねー」

未だあの時の岡部さんの台詞を俺は覚えている。
そして「ちゃんと小麦粉から作ったスープを久しぶり飲んだ」とも絶賛してくれた。

近所じゃなかったから、回数はそこまで来れていない。

それでも俺にとってこのレストランは特別なものがあったのだ。
今日は休みを取ってここへ来れて本当に良かったと思う。

チェーン店のサイゼリヤなどができ始めた当初。
里帆や早紀たちも、ちゃんとしたレストランを教えときたいと、機会があればここへ連れてきた。
あの子たちも何歳になったのだろう。

いや、すでにステージから降りた俺が気にする権利すらないか……。

ならばせめて少しでも幸せな人生を歩めるよう、この場で祈ろう。

「無駄話をしてしまい、大変申し訳ございません。先生もお腹がおすきでしょう? どうかメニューをご覧になって下さい」
「お気遣いありがとうございます。食べたかったものが多過ぎて、正直迷っていたところです」

まず絶対に外せないのがスパゲッティ。
焦点はミートソースにするか、もしくはナポリタンにするか。
好きなものランキングで考えたらミートソースが妥当だが、この店はその判断を凌駕する誘惑満点なメニューがあるから質が悪い。

ナポリタンとクリームコロッケのセット。
この二つが組み合わせであると、さすがにミートソース単品と比べ、毎回毎回本当に迷ってしまう。

決めた…、コロッケがある分今日だけはナポリタンしかない。

「すみません、まずはですね…、このナポリタンとクリームコロッケのセットを頂けますか」
「畏まりました」

「それとですね……」
「ええ」

次も難問である。
俺はここのハンバーグも、ステーキも、そしてガーリックチキンもすべて好きなのだ。
しかし胃袋は一つ。
この中から一品を決めなくてはならない。

「ハ、ハンバーグの定食を下さい」
「ライスもおつけして大丈夫ですか?」

「もちろんです! それとですね……」
「え、先生まだ何か?」

「ミックスピザとアイスコーヒーももらえますか?」
「さすがに頼み過ぎではないでしょうか?」

「数年ぶりなんです。無理をしてでも胃袋へ入れておきたいんです」

「分かりました…。もし食べきれないようなら、お持ち帰りもできますからね」
「ありがとうございます」

料理ができるまで一旦外へ出てセブンスターを吸いに行く。
何でもっと早く来なかったんだろうな。
根底に温かい火が灯ったような感覚。

この店はすべてが心地良かった。
席へ戻るのを見計らってタイミングよく出てくる料理。

ハンバーグが目の前に置かれる。

続いてナポリタンとクリームコロッケのセット。

ミックスピザまで……。

「先生、本当に無理はなされないで言って下さいね」
「ありがとうございます。ずっとですね…、これ全部食べたかったんですよ」

途中さすがに苦しくなったが、現役時代を思い出す。
好意には甘んじず、すべて平らげろ。

六十五キロしかなかった体重を最終的に百三キロまで持っていった時を思い出せ。

俺はまだまだ発展途上。
いくらでも伸びるのはこれからだ。

一気に胃袋へ納める。
しばらく動かなかったが、全身の細胞が歓喜の悲鳴を発していた。


※以下は『闇07』の一部抜粋です。

闇シリーズは、私自身の人生を
日付・場所・出来事ごとに記録した
長編の史実文学です。

現在、本編はメンバーシップ限定で公開しています。
ここでは、最近の章の中から
比較的読みやすい一部分のみを
入口用サンプルとして公開しています。

闇 07(新宿歌舞伎町編)

より一部抜粋

二十五歳になり、相変わらず中途半端な状態が続く。
どこでボタンを掛け違えたのだろう。

そんな中、坊主さんと裕子さんの結婚が決まる。
披露宴での友人代表のスピーチもお願いされた。

祝儀をたくさん包みたいが、今の俺は金もそんな余裕がない。
どうすればいいのか途方に暮れた。

現実逃避で川越の街をブラブラ歩き、腹が減ったので川越駅西口にある洋食屋のグリンキッチンTOGOへ行く。
気さくなマスターの作る味噌焼きチキンは大好物で、定期的に足を運んでいる。

料理を待つ間、東スポを眺めていると、とあるスペースに目が止まった。

『喫茶求人 十二 新宿』

十二って一万二千円の事だよな?
喫茶店の仕事でこんなにもらえるのか?

浅草ビューホテルで接客術を身に付け、酒についてあれだけ勉強したのに今の俺はそれが全然活かせていない。

新宿は行った事がない街であるが、深夜喫茶などで人もたくさん賑わっているのだろう。
もし働いたとして俺のカクテルの腕も活かせるようできたら……。

ちょっとした閃きがあった。

俺は求人先の電話番号を控えると、早速連絡してみる。
二十五歳という年齢ではと数軒断られたが、ベガという店はすぐ面接の日にちまで決まった。

西武新宿線本川越駅から西武新宿駅まで一本。

一時間もあれば着く場所だ。

ベガなんて小六の時、角川アニメ第一弾と謳った映画の幻魔大戦に出てくるキャラクターと同じ名前だ。

あの映画の挿入歌であるキースエマーソンの地球を護る者のテーマで、入場したかったよな……。

未だプロレスに未練があった。
中途半端なまま終わってしまったあの世界。

ジャンボ鶴田師匠はあのあと内臓疾患で入院し、第一線から退いてしまった。

右拳を握り、親指を横に突き出す。
結局ここまで鍛えた打突を使う機会もないまま、宙ぶらりんになっている。

俺の人生って何でいつもこうなんだろうな。
そんな事を考えている内に電車は西武新宿へ到着した。

待ち合わせの場所はコマ劇場前。
初めての新宿なので、どこにコマ劇場があるのかすら分からない。

それにしてもたくさんの人で歌舞伎町はごった返している。
人に聞くのも恥ずかしいので、一時間ほど彷徨う。
面接の時間が近付く。

仕方なく通行人に尋ねると目の前にあった建物がコマ劇場だった。
しばらくボーっと立っていると、不意に後ろから肩を掴まれる。

瞬間的にその手首を掴み、関節を捻っていた。

モジャモジャパーマの男は悲鳴を上げて痛がりだす。
咄嗟の行動だったので非礼を詫びると、その男が面接をする予定の人だった。

初っ端からやらかしてしまったと思ったが、すでに過ぎた事である。
クドクド文句を言われたあと、肩身を狭くしながらあとをついていった。

コマ劇場から二本横の道に店はあったが、どう見てもマンションだろと思う。
第四NKビルとだけ外の壁に貼られていた。

こんなところで喫茶店?
疑問に思いつつも階段を上がる。

二階へ着くと、昔喫茶店で流行ったインベーダーゲームのテーブルが店内に十台二列で設置されていた。

何だ、ここは……?

中へ入るとオールバックの男が笑顔で立ち上がり、鳴戸ですと名乗る。
先程迎えに来たモジャモジャパーマが海野。

どうやらこの二人の共同経営の店らしい。

腕を捻られた海野は「こんな奴使うのやめましょう」とまだ怒っていた。
黙ったまま俺の履歴書を眺める鳴戸。

「岩上君、あなた、全日本にいたんですか?」

興奮気味に質問してきた。
中途半端なこれまでの経歴を説明すると、鳴戸は「プロレスからホテルマン。あなたはとても面白い」と妙に褒めてくる。

海野の反対を押し切って明日から仕事に入るよう言われた。

帰る際、交通費ですと一万円札を渡される。

どう見ても喫茶店ではない。

怪しい店であるが、坊主さんの結婚式も近付いている。
金を稼ぐ為、俺は明日から新宿歌舞伎町での生活を決めた。

共同経営とは言っていたが、力関係では胡散臭い海野よりも、鳴戸のほうが上なのが分かった。

一日働けば一万二千円の金を得られる。
しかも日払いなのだ。

背に腹は変えられぬこの現状を飲み、働いていくしかない。
少なくとも坊主さんと裕子さんの祝い金を渡せるくらいは。

それにしてもあのテーブル筐体は何だったのだろうか?
インベーダーではなく画面にはトランプのポーカーのようなものが映っていた。
壁にはコーヒーやコーラといったメニューも貼ってはある。

一抹の不安を抱えながらも明日になれば俺は新宿へまた向かう。
帰りに渡された一万円札を眺めていると電車は川越へ到着した。


翌日の初出勤。
格好はワイシャツにネクタイ、そしてスーツのズボン。

元々私服はトレーニングウェア以外スーツしか持っていなかったので余計な出費が無い分助かる。
時間帯は夜十時から朝十時までの十二時間。

俺の他に世永という責任者しかいなかった。
たった二人しか従業員がいないのか……。

この店は喫茶店というよりも、ゲーム喫茶またはゲーム屋と呼ばれる業界で、目の前にあるポーカーゲームの機械を使い、実際に金をクレジットに換えてプレイする賭博場のようだ。

客が誰もいないので、世永は丁寧に色々教えてくれる。

俺は深夜喫茶かと思い、慣れたらカクテルを作って店を盛り上げたいと思ったと伝えると「そんな奴、歌舞伎町に一人もいやしないよ。岩上君は本当に面白いなあ」と大笑いしていた。

この日結局客は誰一人も来なく、世永との雑談だけで一日が終わる。

こんなんで一万二千円ももらっていいのだろうか?
罪悪感を覚えたが、金にそこまで余裕のない俺は素直に日払いを受け取った。

浅草ビューホテル時代でも思っていたが、俺は元々夜型タイプの人間なのだろう。
夜から朝に掛けての仕事時間もまったく苦にならない。

ホテルの時の給料とそう変わらないのに、こんなに適当な仕事内容で本当にいいのか少し不安だった。

喫茶ベガは十円レートのゲーム屋らしく、一クレジットが十円計算になるのでそう呼ぶらしい。

五千円分を入れるとクレジットは五百。
一万円で千といった具合だ。

置いてあるゲームの機種はフィーバーパックとラッキーフルが五台ずつ。
まったくチンプンカンプンだが、世永は「未経験だから分からないのは仕方ない、おいおい嫌でも分かってくるよ」とだけ言って笑っていた。

基本客が来ないので、オーナーのご機嫌取りで電バリというものを行う。

A4の紙に店名のベガと十円玉のマークが描かれ、あとは店までの簡単な地図しか載っていない。
その紙の裏に強力な両面テープを上下に貼り、あとはそれを電信柱に貼っていくのだ。

これは海野や鳴戸が店にいる時だけしかできない。
何故ならスタッフが早番遅番で二名ずつしかいないからである。

警察に見つかると逮捕される可能性もあるので、電バリは必ず二人で行う。

一人が電信柱にチラシを貼り、もう一人が警官が近くにいないか見張るのだ。
金の為とはいえ、どんどん自分が薄汚れていく気がした。

いつも笑顔の世永とは相性良く仕事がやれていると思う。
二つ年上なのに妙に偉そうにしたりしないのが良かった。
あと何も分からない俺に、色々教えてくれる。

たまに来る客を接客し、帰ればテーブルの上を簡単に片付けるだけの仕事。

ゲーム屋は毎日新規初回サービスというものがある。

来店して一万円を入れれば、サービスで一万分のサービスがついてクレジットは二千からスタート。
その代わりOUTできるのは倍の四千からのようだ。

お金をクレジットに入れるからIN。
クレジットをお金に換えるからOUT。
基本的な仕組みを徐々に覚えていく。

他に仕事といえば、二つ先の東通りにある二十四時間営業のスーパーエニーで不足した飲み物を買いに行く程度だった。


一週間も過ぎた頃、坊主さんの結婚式があった。
この日だけは仕事を休み、ゲーム屋の仕事のおかげで祝儀もちゃんと包めた。

披露宴の席では地元の先輩たちと同じテーブルに着く。
この頃毎週のように遊んでいた竹田、秋山さん、神田さんと同じ席。

対面には坊主さんの同級生でもある二つ上の従妹の和ちゃんやその仲間たちが座る。

竹田だけ婚約しているというフィアンセを無理やり同席させ、今日の主役は坊主さんたちなのになと内心思いつつも、披露宴は進行していく。
自ら立候補して友人代表のスピーチでしゃしゃり出る竹田。

「坊主! 今日は本当おめでとうな。おい、おまえもこっち来いよ」

竹田は婚約者をスピーチの場へ呼ぶ。

「俺たちもあとに続くからよー!」

遠くからその光景を眺めながら、会場が白けているのが分かる。

今日は坊主さんたちの結婚式なんだぞ?
ちょっとした不満を覚えた。

俺の友人代表のスピーチの順番が来る。
緊張しながらも大勢の前で坊主さんと裕子さんの夫婦を心から祝福した。

「この度土方智さんと最上裕子さんがこの場で結婚します。私にとって兄のような存在であり、また裕子さんも俺にとって姉のような存在になります。ん? 兄と姉…、これじゃ近親相姦になってしまいますね……」

会場がドッと沸く。

「ちょっと矛盾した言い方になるけど、言わせて下さい。坊主さん、裕子さん! いや…、兄さん、姉さん! 本日はご結婚本当におめでとうございます!」

深々と頭を下げる中、割れんばかりの拍手に包まれた。

ジャイアント馬場社長と会った時の緊張感。
あれに比べれば、ある程度の事は落ち着いて構える事ができるようになっていたのだ。

場所はディズニーランドの見えるホテルで行われ、無事披露宴は終わる。
俺以外のみんなは着実に前へ向かって進んでいた。

竹田が彼女と、坊主さんたちと同じホテルに泊まると急に言い出す。

明日は新婚の坊主さんたちは、裕子さんの希望によりディズニーランドで一日遊ぶ予定。
そこへ武田たちも加わると言い出したのだ。

「智、神田も秋山の俺たちの部屋、ちょっと覗いていけよ」

あくまでも傍若無人な竹田。

帰りの電車の時間帯もあるので、お暇する際竹田の彼女に「あとは二人きりでごゆっくり」と声を掛けて帰った。

「せっかくだから俺の部屋でサターンのファイプロやっていきませんか?」

当時家庭用ゲーム機のセガサターンを愛用していた俺は、定番シリーズになっていた『ファイヤープロレスリング』、略してファイプロにハマっていた時期だった。
神田さんと秋山さんはコンビを組んでいるのかと思うほど仲がいい。
武田を介して知り合ったとはいえ、二人共優しい先輩なのでよく個人的に食事へ行った。

翌日竹田から電話があり、ひたすら怒って俺を責めてくる。
何故そこまで怒るのか理由を聞くと、俺が昨日の帰り際「あとは二人きりでごゆっくり」と声を掛けたせいで彼女と気まずくなり、翌日のディズニーランドでもずっとご機嫌斜めだったと言う。

あとから聞いた話になるが、裕子さんたちはご機嫌斜めの武田の彼女の気分を損ねないよう気を使って過ごしたらしいので、とことん坊主さんたちの結婚式に竹田は水を差してくれた訳だ。

この辺りから普段つるんでいた竹田とは価値観の相違から距離を置くようになった。


歌舞伎町に来て十日が過ぎる。
仕事中海野が店に来て、世永を外へ呼ぶ。

三十分もしない内に不機嫌そうな表情で世永は戻り「岩上君、俺は上がる事になったから。また何か縁があったらね」とだけ言って店から出ていく。
何が起きたのかまるで理解できない。

戻った海野に事情を尋ねると、世永は客を呼べないからクビにしたらしい。
それなら自分のほうがまったく店の役に立っていないはずだと言うと「岩上君みたいなタイプは珍しい。真面目だしね。鳴戸君も非常に君を買っているんだよ」と言われた。

俺はまだゲーム屋のイロハすら分かっていない。
もちろん客だって呼べるような人などいない。
ただ真面目というだけで、何をそう買うのか理解できないでいた。

もう世永と一緒に仕事する事がなくなったのは、歌舞伎町に来て初めて一緒に働き面倒見てもらった人間なので何ともやるせない気持ちになる。

翌日から新しい人間が入るのと、半日置いて、俺は早番に代わるよう言われた。

時間帯は真逆の朝十時から夜十時になる。
夜型人間の俺にとって複雑な心境ではあるが、金も無い雇われ側なので店の決定に文句一つ言えた義理も無い。
明日の朝十時から店長である高橋ひろしと組んで早番。
これは店の決定事項なのだから。


闇シリーズはこんな感じの作品で
2024/07/08~2025/12/17現時点で
闇423章まで完成しております

闇シリーズ各リンク



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