闇 07(新宿歌舞伎町編)
闇 07(新宿歌舞伎町編)

2024/07/26 fry
2025/07/10 thu
2025/08/16 sta
前回の章
浅草ビューホテル時代が終わり、俺は新潟のグリーンプラザ上越ホテル前に少しだけ行った川越の氷川会館で短い間だが働く。
披露宴中心の配膳の仕事は本当に面倒だ。
ベルヴェデールの変則シフトで働いていた頃を懐かしく思う。
居場所をあそこでやっと築けたと思ったんだけどな……。
元全日本プロレス、元浅草ビューホテルバーテンダー。
この二つの肩書に、氷川会館の人たちは気を遣う。
しかしそういう人間だけではない。
中には妙に突っ掛かってくる奴もいた。
「おい、岩上! バーテンダーだか何だか知らねえけどよ? ここは氷川会館なんだよ。図に乗ってんじゃねえぞ」
年も俺より少し年下で髪の毛も茶色
まず接客業務というものに対し、紳士的に取り組んでいる人間から注意されるなら分かる。
何だ、このチャラチャラしたクソガキは?
しかも俺はミスも何もしていないのだ。
どれだけ先に入っただけなのか知らないが、何をこの若造は粋がっているのだろうか?
まず配膳など披露宴のような神聖な場所で働くなら、髪の毛を黒く染めてこいと思う。
目つきが鋭くなると慌てて周りが止めに入る。
「岩上さん、落ち着いて落ち着いて! おまえも年上に対し口の利き方気をつけろよ、馬鹿野郎」
このガキ、この辺の人間じゃないのか?
知っていたら俺に喧嘩を売る人間など一人もいるはずもない。
人前では言わなくなったものの、陰で二人きりになると妙に絡んでくる若造。
俺は誰もいないのを確認すると、そのまま殴り飛ばす。
「おい、小僧。誰におまえは口を利いてんだ? 喧嘩してえなら、いくらでもやってやるよ」
力の差は歴然。
加減した一撃だけで大人しくなった小僧に対し、それ以上は追撃しなかった。
しかしそれで仕事を辞めたガキが、チクったのだろう。
暴力を振るったのかと疑惑を掛けられた俺は、面倒なので氷川会館の仕事を辞めた。
再び無職となった俺に、配膳関係者を通じて松縄を紹介される。
その彼が店長を勤める店クラブ五次元。
イベントでカクテルフェアをやりたいから数日間来て欲しいと声を掛けられる。
いつも言っているスナックのクラブ版の店なので、少し高級志向なのだろう。
ひょっとしたらあっちより、時給高い分いい女がいる率も高いはず。
クラブ女はいつも勉強をして接客しないといけないらしい。
小学生の時に聞いたクラブの女の知識。
昔の記憶だけで俺は変な期待をしつつ五次元へ向かった。
この時面白い偶然が起こる。
成田山川越別院の住職である平井さんが客として来店した事。
高校時代にアルバイトした山口油材で当時共に働いたお坊さんの有原照龍。
彼が成田山でお坊さんをやりながら合間で山口油材でアルバイトという変わった事をしていた頃に接触しているので、当時の俺もよく懐き川越別院には遊びに行ったのだ。
まさかここに俺が働いているなんて露ほども知らない平井さん。
クラブの女が「今日カクテルフェアだから飲みたいなあ」と甘え、カクテルの注文が入る。
「お待たせ致しました。ニコラシカとスカイダイビングになります」
テーブルへ運ぶと陽気に乾杯をして、こちらには気付かないようだ。
平井さんも指名するならもっとマシな女をすればいいものを。
この女、客が来る前彼氏と堂々と電話しているような性格なんだから。
耳元で「お久しぶりです、平井さん」と呟く。
ギョッとして俺を見て「うわっ! 何でここにいるんだ?」と焦り出す。
浅草ビューホテルを辞め、数日限定で手伝っている事を説明。
「寺で余計な事言うなよな」と釘を刺され、奥の厨房へ戻る。
平井さんについていた女が怒った顔でニコラシカを持ってきた。
「もっとレモンもらえます?」
苛立ったトーンの女。
自分でニコラシカを注文しといてさらにレモン?
意味がまるで分からない。
ニコラシカとはカクテルの中でも特殊で、ショットグラスにブランデーを注ぎ、レモンの輪切りを乗せその上にメジャーカップで砂糖を盛るもの。
飲み方が特殊であり、まずレモンと砂糖を口に放り込み一気にブランデーも入れる。
口の中でグチャグチャと混ぜながら飲む、別名口の中で作るサイドカーなのだ。
サイドカーでなくあえてニコラシカを注文したという事は、当然飲み方も知っての事だと思う。
俺の常識の中で、クラブで働くならそのぐらい当然分かると思っていた。
不思議に思ったので「レモンが何故必要なんですか?」と質問する。
「こんなんじゃ飲めないよ! 早くレモン頂戴!」
このクラブの女は飲み方も知らずに頼んでいたのだ。
数年は酒というものに趣を置き、懸命に勉強してきた。
バーテンダーとしての職業にも誇りを持ちながら。
「飲み方も知らずにニコラシカを頼んだのですか?」
「どうせ、奢りだしどういうのか頼んだだけじゃん。早くレモン頂戴って」
スナックの女ならまだ分かる。
より高い給料をもらいながら自身の勉強不足を顧みず、客の金だから実験で注文。
酒に対する冒とくと客に対しての侮辱。
高い金だけ自分はもらい、この女、接客舐め過ぎだろ?
「おまえ、ふざけんなよ」
俺と女は口論に発展してしまう。
店のママがすっ飛んできて間に入る。
状況を説明すると「ここは女の子主体の店なんだ。あんたはクビ! 帰っていいよ」と怒られる。
頼まれてカクテルを作りに来ただけで、ここの従業員でも何でもない。
見切りをつけて帰った。
性格的に一つの決まった場所で働いている方が性に合うのだろうか。
今日はどこどこ、明日はこっちへと毎回違う環境で働くのは大変である。
浅草ビューホテルでのラウンジからのセクション移動を断り辞めたのを後悔したが、もう遅い。
無職になって食べ物も困るような生活がはごめんである。
現状に対し不満を抱きつつも何かしら働かなくてはならない。
しかしホテル時代契約した日本生命の笛木から、ちゃんと保障は出るとお墨付きをもらい、診断書まで出している。
もう少しで金が入ってくるだろうと楽観視して過ごす。
ホテルを辞めてから半年が過ぎた。
あれだけ保障が出ると言っていた日本生命からは未だ何の音沙汰も無い。
毎月保険料だけが引かれている状態だったので、さすがに連絡を入れてみる。
数日して日本生命の何とか長というおばさんを連れてやって来たが、審査の結果出ませんと言われた。
最初に保障は狙ったみたいだからいらないと伝えたのを保障は出ますからと無理矢理休みを二日間取らせておいて、それはないんじゃないかと訴える。
しかし謝罪とバームクーヘンのみで誤魔化された。
俺はバームクーヘンを投げ捨て激怒する。
「岩上さん、これに懲りずに今後も日本生命を……」
「ふざけんな、ただの詐欺じゃねえかよ! 金だけ取って、入院して保証出ますからって診断書や問診まで人にやらせといてよ? 必ず出ますと嘘をつき、いざとなると審査の結果出ない? ふざけんじゃねえよ!」
「お気持ちは大変ご理解致しますが、今後とも懲りずに日本生命をお願いします」
「おまえ、頭に蛆虫湧いてんのか? こんな詐欺に遭い、懲りるに決まってんだろ! もう解約するよ、ふざけんな」
信用できないから辞めさせてもらうとハッキリ伝えた。
その数ヶ月後、驚く事案が発生する。
IDOとDOCOMOの二つの携帯電話を所有していた俺。
引き落とし先が混乱するのを避ける為、DOCOMOと日本生命の引き落とし分はこの銀行、IDOと別の支払いはこっちの銀行と分けていた。
ちゃんと口座に引き落とし分を入れていたはずなのに、ある日DOCOMOの携帯電話が止まる。
連絡しても引き落とし額が足りなかったのでと説明された。
金を入れているのに足りない?
そうこうしている内にDOCOMOから強制解約を言い渡された。
調べてみると、辞めたはずの日本生命がちゃっかり毎月保険料を引き落とししていたようだ。
文句を言うと、日本生命とまだお付き合い下さいとふざけた事を言うので、さすがに訴えると伝えた。
日本生命の笛木は辞めると伝えてから、さすがに引いていた金額を振り込んできたが、DOCOMOの携帯電話を失った事実は消えない。
こうやって保険会社はCMをテレビで打てるくらい人を騙して金儲けしているのかと思う。
まあIDOがあるからいいか。
元々DOCOMOは武田がしつこくこっちを契約した方がいいと、強引にした方である。
こんな事なら口車など乗るんじゃなかった。
後悔先に立たずというが、後先考えずに契約した俺が馬鹿だっただけ。
馬鹿はいつの時代も世の中から搾取されるだけなんだ。
中々自分の居場所が見つからない。
本当なら全日本プロレスのリングの上で戦っていたかった。
忌々しい左肘横の突き出た骨。
あの時のスパーリングで何故余裕など見せて油断してしまったのだろうか。

打突さえ使っていれば……。
いや、使ってどうする?
鶴田師匠に顔向けできるのか?
俺ももう二十四歳。
あれから二年は経つ。
未だ未練がましく全日本プロレス時代の思い出にしがみつくしか、自身を慰めるしか術が分からない。
ビューホテルにいた頃は、こんな事を考えた事もなかった。
人間、働ける場所があり、適度に忙しい生活を送っている方が幸せなのかもしれないな。
暗く沈んだ生活をして時間を持て余していた頃、坊主さんと裕子さんが新丸子まで遊びにおいでと連絡があった。
裕子さんは俺の一つ年上でとても優しい女性。
数回会ったがいつも俺の事を気に掛けてくれ、坊主さんもいい人を見つけたなあと思っていたので心から祝福できた。
馴れ初めは働いていたパソコン会社で一緒に働いている内に、気付いたらくっついていたらしい。
いい気晴らしになるかもと新丸子へ泊まりに行く。
坊主さんはこの頃スーパーファミコンの『かまいたちの夜』というゲームにハマっていて、壁に何枚も紙を使ったフローチャートを貼っていた。
泊めてもらったお礼に得意料理のトマトソースのパスタを作ると、裕子さんはとても喜んでくれた。
やる事が何もない俺。
暇な時間をクレアモール商店街にあるゲームセンター『モナコ』へ行く。
ここでは武田を介して知り合った先輩の神田さんが店長で働いていた。
優しい神田さんはいつも笑顔を絶やさない。
彼の仕事が終わると、よく食事へ行き色々な話をした。
「僕のほうが年上だから、ここは僕が奢るよ」
そう言ってご馳走をしてくれる神田さんには頭が上がらない。
同じ先輩の武田とは正反対の性格である。
家に帰ると武田からの着信が入った。
「……」
十九歳の時の面倒だった武田とのエピソードを思い出す。
「智! この間上福岡のゲーセン行ったらよー。不良が絡んできて、おまえの名前言ったら誰だそりゃとか舐めた事言ってたぞ? おまえ、いつ横浜から川越に帰ってくるんだよ? 毎週日曜はこっち来てるのかよ?」
当時単細胞だった俺は、理不尽な武田の言い分に対し舐められたという言葉に反応してしまう。
休みに金沢八景から川越へ帰ると、武田と合流し上福岡へ向かった。
どんな生意気な奴がいるのかと楽しみにゲームセンターへ入る。
すると五人連れで不良が視線を合わせないよう立っていた。
「おい、オメーよー。智を連れて来たけど、何黙ってんだよ?」
「……」
一言も口を開かず黙る不良連中。
本当にこんな奴らが生意気な事を抜かしたのかと疑問に思った。
「智、おまえからもコイツらに何か言ってやれよ」
武田がうるさいので仕方なく近付く。
同じ事を聞くと「そんな事言ってません!」と一点張り。
「もういいですよ。行きましょうよ」
わざわざ横浜からこんなところまで来て何をやってんだか呆れた俺は声を掛ける。
すると武田は無抵抗の不良相手に「おまえ、あの時言ってただろうがよ」と突然殴り出す。
「何やってんですか! 相手、無抵抗じゃないですか。止めましょうよ」
「コイツら本当に言ってんだよ、智。離せ!」
「言っていたからもしれませんが、今は無抵抗です。だから止めましょう」
この馬鹿の口車に乗って喧嘩を買いに行った俺が、何で横浜から遥々来て喧嘩を止めなきゃいけないんだよ……。
後々気付いた事。
揉めたのは事実かもしれないが、普通他所の土地で二つ年下の俺の名前を出すか?
こういった一面を知り、俺は武田との距離を徐々に置くようになった。
俺は目の前の電話が鳴りやむまで放置する。
一応先輩ではあるし、和ちゃんや坊主さんの同級生でもあるのだ。
何だか面倒臭い人と知り合いになっちゃったよなと憂鬱な気分になった。
アルバイトでどこへ行っても長続きしない俺。
二十五歳になっても、相変わらず中途半端な状態が続く。
どこでボタンを掛け違えたのだろう。
そんな中、坊主さんと裕子さんの結婚が決まる。
披露宴での友人代表のスピーチもお願いされた。
祝儀をたくさん包みたいが、今の俺は金もそんな余裕がない。
どうすればいいのか途方に暮れた。
現実逃避で川越の街をブラブラ歩き、腹が減ったので川越駅西口にある洋食屋のグリンキッチンTOGOへ行く。
気さくなマスターの作る味噌焼きチキンは大好物で、定期的に足を運んでいる。
彼はハンバーグが自信あるようだが、これだけは断じて違う。
料理を待つ間、東スポを眺めていると、とあるスペースに目が止まった。
『喫茶求人 十二 新宿』
十二って一万二千円の事だよな?
喫茶店の仕事でこんなにもらえるのか?
しかも一軒や二軒だけじゃない。
こんなにも深夜喫茶が新宿にはあるのかよ。
浅草ビューホテルで接客術を身に付け、酒についてあれだけ勉強したのに今の俺はそれが全然活かせていない。
新宿は行った事がない街であるが、深夜喫茶などで人もたくさん賑わっているのだろう。
もし働いたとして俺のカクテルの腕も活かせるようできたら……。
ちょっとした閃きが走る。
うん、深夜喫茶で働きながら、カクテルを披露して徐々に自分の立ち位置を明確にしていく。
うん、これって案外行けるんじゃないか?
俺は求人先の電話番号を控えると、早速連絡してみる。
二十五歳という年齢で数軒断られたが、ベガという店はすぐ面接の日にちまで決まった。
西武新宿線本川越駅から西武新宿駅まで一本。
一時間もあれば着く場所だ。
ベガなんて小六の時、角川アニメ第一弾と謳った映画の幻魔大戦に出てくるキャラクターと同じ名前だ。
小学六年生の頃テレビを弟の徹也と一緒に観て「何か格好いい音楽だね」と興奮しながら言い合った記憶。
あの映画の挿入歌であるキースエマーソンの地球を護る者のテーマで、入場したかったよな……。
未だプロレスに未練があった。
中途半端なまま終わってしまったあの世界。
ジャンボ鶴田師匠はあのあと内臓疾患で入院し、第一線から退いてしまった。
右拳を握り、親指を横に突き出す。
結局ここまで鍛えた打突を使う機会もないまま、宙ぶらりんになっている。
俺の人生って何でいつもこうなんだろうな。
そんな事を考えている内に電車は西武新宿へ到着した。
待ち合わせの場所はコマ劇場前。
初めての新宿なので、どこにコマ劇場があるのかすら分からない。
それにしてもたくさんの人で歌舞伎町はごった返している。
人に聞くのも恥ずかしいので、しばらく街を彷徨い歩く。
面接の時間が近付く。
仕方なく通行人に尋ねると、目の前にあった建物がコマ劇場だった。
しばらくボーっと立っていると、不意に後ろから肩を掴まれる。
瞬間的にその手首を掴み、関節を捻っていた。
モジャモジャパーマの男は悲鳴を上げて痛がりだす。
咄嗟の行動だったので非礼を詫びると、その男が面接をする予定の人だった。
初っ端からやらかしてしまったと思ったが、すでに過ぎた事である。
クドクド文句を言われたあと、肩身を狭くしながらあとをついていった。
コマ劇場から二本横の道に店はあったが、どう見てもマンションだろと思う。
第四NKビルとだけ外の壁に貼られていた。
こんなところで喫茶店?
疑問に思いつつも階段を上がる。
二階へ着くと、昔喫茶店で流行ったインベーダーゲームのテーブルが店内に十台二列で設置されていた。
何だ、ここは……?
中へ入るとオールバックの男が笑顔で立ち上がり「鳴戸です」と名乗る。
先程迎えに来たモジャモジャパーマが海野。
どうやらこの二人の共同経営の店らしい。
腕を捻られた海野は「こんな奴使うのやめましょう」とまだ怒っていた。
黙ったまま俺の履歴書を眺める鳴戸。
「岩上君、あなた、全日本にいたんですか?」
興奮気味に質問してきた。
中途半端なこれまでの経歴を説明すると、鳴戸は「プロレスからホテルマン。あなたはとても面白い」と妙に褒めてくる。
海野の反対を押し切って明日から仕事に入るよう言われた。
そして帰る際、交通費ですと一万円札を渡される。
どう見ても喫茶店ではない。
怪しい店であるが、坊主さんの結婚式も近付いている。
金を稼ぐ為、俺は明日から新宿歌舞伎町での生活を決めた。
共同経営とは言っていたが力関係では胡散臭い海野よりも、鳴戸のほうが上なのが分かった。
一日働けば一万二千円の金を得られる。
しかも日払いなのだ。
背に腹は変えられぬこの現状を飲み、働いていくしかない。
少なくとも坊主さんと裕子さんの祝い金を渡せるくらいは。
それにしてもあのテーブル筐体は何だったのだろうか?
インベーダーではなく画面にはトランプのポーカーのようなものが映っていた。
壁にはコーヒーやコーラといったメニューも貼ってはある。
一抹の不安を抱えながらも明日になれば俺は新宿へまた向かう。
帰りに渡された一万円札を眺めていると電車は川越へ到着した。
翌日の初出勤。
格好はワイシャツにネクタイ、そしてスーツのズボン。
元々私服はトレーニングウェア以外スーツしか持っていなかったので余計な出費が無い分助かる。
時間帯は夜十時から朝十時までの十二時間。
俺の他に世永という責任者しかいなかった。
たった二人しか従業員がいないのか……。
この店は喫茶店というよりも、ゲーム喫茶またはゲーム屋と呼ばれる業界で、目の前にあるポーカーゲームの機械を使い、実際に金をクレジットに換えてプレイする賭博場のようだ。
客が誰もいないので、世永は丁寧に色々教えてくれる。
俺は深夜喫茶かと思い、慣れたらカクテルを作って店を盛り上げたいと思ったと伝えると「そんな奴、歌舞伎町に一人もいやしないよ。岩上君は本当に面白いなあ」と大笑いしていた。
この日結局客は誰一人も来なく、世永との雑談だけで一日が終わる。
こんなんで一万二千円ももらっていいのだろうか?
罪悪感を覚えたが、金にそこまで余裕のない俺は素直に日払いを受け取った。
浅草ビューホテル時代でも思っていたが、俺は元々夜型タイプの人間なのだろう。
夜から朝に掛けての仕事時間もまったく苦にならない。
ホテルの時の給料とそう変わらないのに、こんなに適当な仕事内容で本当にいいのか少し不安だった。
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