見出し画像

闇 06(浅草ビューホテル編)

闇 06(浅草ビューホテル編)

カクテルミューテーション

2024/07/25 thu
2025/07/10 thu
2025/08/13 wed
前回の章


浅草ビューホテルの業務で一つ自覚した事があった。
他の従業員と比べ、俺は絶対的な経験値が足りない。

元々のスタートラインが違うのだ。
差があるのは当然。

ならば俺はどうすればその差を埋められる?

二十四時間バーテンダーとして意識し、プライベートでも常に接客を事を考えながら生活する。
これしか無いと思った。

給料が入ると高い酒を買い、数種類のリキュール、ベースとなるジンやウォッカなどを集め、部屋でもカクテルを作れる環境にする。
様々な酒に関する書物も注文し、仕事以外も勉強する事にした。

全日本プロレスが駄目になり、何の目標も無くなった俺。
こうして酒に対する事を勉強する事で、嫌なものすべてが忘れられた。

何故このような頑張るのか?
簡単だ。
居心地の良かったグリープラザ上越ホテルにはもう所属していない現状。
だから俺は自分の居場所が欲しいのだ。

その為には足を引っ張るような存在ではいけない。
何より全日本プロレスにいた奴って、あの程度なのと低く見られる訳になんて嫌だった。
俺の行動、態度一つで全日本プロレスを汚す事になってしまうから……。


時たま他のホテルのラウンジへ出向き、うちとは違う接客や店のシステム、内装などを見る目的で回る。
全部一からのスタートであるが、充実した日々を過ごす事ができた。

この頃携帯電話が徐々にではあるが、持つ人間が増える。
俺はDOCOMOより初期費用が安い、IDOの携帯電話を契約した。

ベルヴェデールで携帯電話を持っている人間は俺だけのようだ。
他に電話するところもないので、仕事が終わると坊主さんへ電話を掛けお互いの仕事状況を話す。
新丸子という場所に引っ越してしまった坊主さん。
裕子さんという彼女ができ同棲の為だった。

この頃休みになると、従妹の和ちゃんの家へ遊びに行く事が多い。
和ちゃんの同級生の武田が目を掛けてくれ、同じゲーム好きというのも手伝い次第につるむようになっていく。

だがこの二つ上の武田という男は度の抜けた大のゲーム好きで、給料の大半をアーケードゲームの基盤へ費やすほど。
元々我儘だった性格の彼は、休みになると自分の家に俺や周りの同級生たちを呼び、一日中対戦格闘ゲームをして過ごすだけ。

夜まで黙々とゲームをやり続け、最後にガストか松屋に行って食事をして終わる。
同じ川越でも彼の今福と俺の松江町ではかなりの距離があった。
実家からだと徒歩一時間以上、車でもないと到底行けるような距離ではない。

家の車が空いている時なら行ける。
しかし車が使えない時は無理があった。
その状況を説明しても、武田はバスでも自転車でもいいから約束したんだから家まで来いと言う無茶ぶり。

いくら先輩とはいえ、次第に嫌気が差していく。
行ったところでゲームをして飯を帰りに食うというだけなのだ。

この頃同じような境遇にあった神田さんと秋山さんという坊主さんの元同僚でもあり同じ年の先輩がいた。
帰り道も一緒なので、俺が武田の愚痴をこぼすと、三人とも意気投合する。

この時代のガストは三百八十円でハンバーグが食べられ、松屋ではチキン定食が五百円で食べられ重宝した。


浅草ビューホテルの社員用エレベーターの数は三基しかない。
なので時間帯にもよるが、本当に来ない時はかなり待つようだった。

最上階ベルヴェデールの二十八階階から、酒の仕入れは地下まで行かなければいけない。
待つのが面倒な時は、階段で地下まで降りた。
疲れるという感覚より、踊り場までをポンポンとリズリカルに三歩で降りて柱に手を掛けて身体を回転させ、また同じ風に行くので目が回りそうになる。
誰もこんな真似をするホテルマンはいなかったが、身体能力を活かしつつ時間の短縮を測る。

レーベンブロイの生ビールの長い方のタンク三本を右手なら片手で持ち上げる事ができた。
ビールの入ったケースなら四つを平らに置き、そこへ指を絡ませ持ち上げる。

「岩上…、おまえ、一体どんな身体してんだ? 化け物の領域だぞ?」

黒服のキャプテンである佐藤は、俺の行動を見てメガネを外して凝視しながら目を丸くしていた。

このような常人離れした事が普通にできるのも、全日本プロレス時代の鍛錬の賜物だろう。

もうあの世界とは関係なくなってしまったし、プロレスラーにもなれなかった。
しかしあの全日本プロレスにいたという事実は、これからもついて回る。

プロレスでは味噌っかすだった俺。
そんな最底辺でもここまで化け物級の力を持っているのだと、身体能力を誇示したかったのだ。

俺の日頃の行動一つで、あの団体がだらしなくみられるのだけは嫌だった。
故に常日頃その事は肝に銘じながら、俺は生活して生きて行かねばならない。


カクテルというものはとても奥が深い。
色々な酒を調合してオリジナルカクテルを作ってみた。

ラウンジの仕事が終わり、バーカウンターで飲んでいると、ショーステージで歌う二人組のヨーロッパモントリオールから来たエスカペイドデュオのピエールとキャサリンもやって来る。
たまたまグレープフルーツの差し入れがあったのであげると、ピエールは砂糖が欲しいと言った。
確かにグレープフルーツに砂糖を掛ける人っているよな……。

ウォッカベースのグレープフルーツを使った代表的なカクテルといえばソルティードックがある。

ソルティーデッグ

あれはスノースタイルというグラスの周りにレモンを塗り塩を付けたカクテル。
ジンにグレープフルーツジュースも相性は悪くない。
グレープフルーツに砂糖。

俺はスノースタイルでレモンの代わりにブルーキュラソーを半分、そしてもう半分にグレナデンシロップを付け、砂糖を擦り付けてみた。

ミューテーション

そのグラスへジンとグレープフルーツジュースをシェイカーでシェイクし、上からゆっくりブルーキュラソー、そしてグレナデンシロップを注ぐ。

通常レインボーなどのプースカフェスタイルの何層にもなるカクテルは、比重の重い順から静かに注いでいく。

バースプーンの背をグラスの淵につけ、慎重に各酒を乗せるように。

それとはまっく真逆の作り方。

シェイカーで振ったもののあとに、リキュールやシロップを鎮めていくやり方はおそらく業界初ではないだろうか?
こうしてアルコールの糖分や重さを計算して作った俺のオリジナルカクテルが完成した。

俺みたいな人間がホテルのラウンジで働いているのって突然変異みたいなもの。
英語だとミューテーション。
このカクテルをミューテーションと名付けた。

ただこんなものは所詮小手先の技術に過ぎない。

バーテンダーに置いて大切なもの。
カクテルを注文する客の口に合わせていかに満足させられるか。

どのような酒を好み、どういった飲み方が好きなのか?
さらにマティーニなどの基本的なカクテルをいかに美味しく作れるか。

シェーカーでシェイクしてを使うものと、バースプーンでステアしてカクテルを作る違い。
それは作るカクテルの材料で決まる。

混ざり合い易い素材同士なら、基本はステア。
ステアして作る代表的なカクテルはマティーニだろう。
シェイクでもステアでも共通する目的は、混ぜ合わすと急速に冷やす。

ジンとドライベルモット、そしてオリーブにレモンピールしか使わないマティーニ。
ほとんどがジンの分量で占めるカクテルだが、いくらステアするスピードが速かろうと、常温で置いてあるジンを急速に冷やす分ミキシンググラス内の氷は溶けていく。
氷が溶けた分カクテルは水っぽくなってしまう。

俺は別の視点に目をつけた。
カクテルを作る際ほとんどの店がベースとなる酒を常温のまま置き、それらの分量を量り作る。
ならばジンを始めから冷凍庫でキンキンに冷やしていたとすれば?

そもそもジンなどのスピリッツ系は冷凍庫へ入れたところで凍らない。
ステア時にしても氷と温度差の無いジン。
そうする事によって究極に近いマティーニができるのではないか思いつく。

ホテルの人間からは「そんな面倒な事をやる奴はいない」と馬鹿にされた。

それは違う。
本来接客とは何だろうか?
心から客をもてなす気持ちがまず大切なんじゃないだろうか?

同僚から認めて欲しい訳ではない。
客の笑顔を純粋に見たいからこそ、最善を尽くすのだ。


全日本プロレスを挫折したあの一年間で一度開いた同窓会の時、再会した柴崎義明こと柴チン。
彼とは交流が続いていた。

以前彼女が初めてできたと紹介された時の子と、この度結婚が決まったと報告をもらう。

「柴チン、おめでとう!」
「それでさ、岩ヤンに友人代表のスピーチをしてほしいなあと思って」

「え、スピーチ? 俺、した事ないよ?」
「苦手だったら歌を唄うでも何でもいいからさ」

「えー、大勢の前で唄うの? もっと嫌だ。じゃあ何とかスピーチ内容考えておくよ」
「押し付けちゃってごめんよ、頼むね岩ヤン」

どうやってそんなのするんだよ?
仕事を終え川越に帰っても、いいアイデアが思いつかない。
街を歩きながら本川越駅の近くを彷徨い歩き、モスバーガー隣りのスナック『アップル』という店に飛び込みで入る。

「いらっしゃいませー」

出迎える女はとても綺麗な子だった。
名前を久美子。
切れ長の目をした細身の彼女に対し、俺は一発で一目惚れをする。

柴チンの披露宴での友人代表スピーチを頼まれた事を話し、親身に聞いてくれる久美子。
俺は連絡先を交換し、店をあとにした。


浅草ビューホテルで働いていて問題点が一つ。
底意地悪く「プロレスって八百長なんでしょ?」と小馬鹿にしてくる上司がいた。
真面目に返答すると、だってプロレスってさぁ〜と俺の精神を逆撫でするような言い方でおちょくられる。

駄目になったとは言え、必死に真剣にやってきたのだ。
ムキになって反論する俺の様子を見て楽しむ同僚。
その点だけが気になっていた。

他人の不幸は蜜の味というか、本当はそんなもの蜜の味などしない。
立っている位置が元々違うのだ。
そう常に自身へ言い聞かせる。

ラウンジの営業終了時間は夜中の一時。

当然終電も無くなるので、ホテルには仮眠室があった。
十畳ほどの部屋に二段ベッドが五個。

色々な他のレストランやバーのセレクションの人間がここへ泊まる。

仕事はシフト制だったが、過度なスケジュールで悲鳴を上げるスタッフが多かったので、自ら無茶なシフトを望んだ。

例えば初日はラウンジ開始の夕方五時から出勤して夜中まで。
そのままホテルへ泊まり、朝五時から和食の歌留多で十時までヘルプの手伝い。
昼の十一時よりベルヴェデールのスカイラウンジランチブッフェで昼の二時まで。
それからようやく休憩に入る事ができ、夜のラウンジで二日目の泊まり。
翌日朝五時から和食歌留多。
それからランチブッフェの準備をして昼の十一時にようやく終了。

二泊三日の泊まり込みシフトなどをこなす。

新潟のグリーンプラザ上越ホテルでもそうであったが、俺は元々人をもてなすといった行為が好きなのだろう。
そういった意味でホテルでの接客業は自身に向いていた。

プロレスを馬鹿にされる事を除けば楽しく仕事ができていたのだ。

ストレスが溜まると俺はスナックアップルへ行き、久美子の顔を見に行く。
嫌な事があっても彼女の笑顔を見られるだけで、幸せな気分になれた。

「岩上さん、スピーチは話す内容決まりました?」
「うーん…、友達がね、初めて付き合った子とそのままゴールインするからさ、そこを強調したものを考えているんだ」

「岩上さんの声もいいし、きっと大丈夫ですよ」
「ありがとう、久美子」

柴チンのように、いつか俺もこの子とゴールインできたらいいなと内心考える自分がいた。


柴崎義明の披露宴がやってくる。
場所は川越プリンスホテル。

暗めの紫のスーツで参加した俺。

1996年 柴崎義明結婚式

スピーチの番がやってくる。
飲まれるなって。
ジャイアント馬場社長の前に立った時の事を思えば……。

マイクを片手に軽く息を吸ってから口を開く。

「えー、みなさんはじめまして。友人代表のスピーチを承りました柴崎義明君の知人である岩上智一郎と申します。過去何度かこのような場へ出席させて頂きましたが、本来スピーチなど短ければ短い方が場も白けずいいだろうと思います。それによりこれでスピーチを終わりにしたいと思います」

深々と頭を下げたままその姿勢を保つ。
みんな、これで終わりなのかと思ったようで会場内にざわめきが起こる。

ある程度の時間が経ってから頭を上げまたマイクを口にする。

「…と、言いたいところですが、さすがにそれでは新郎新婦に対しあまりにもご無礼です。なのでもう少しだけお時間を下さい」

ここで会場がドッと沸いた。
うん、シミュレーション通りの反応だ。
空気はこれで掴めたはず。

「まず会場のみなさんに問いたい。初めて付き合った異性とそのまま結婚を迎える。これ、一度でも別れた経験のある人は生涯無理になります。義明君はそれを実現した素晴らしい男性です。みなさま、そんな未来のあるお二人に言いたいの事は一つだけです。柴チン! 則子ちゃん! 本当におめでとう! あ、もう一つだけ…、柴チンさ…、妹と則子ちゃんが同じ名前だって最初の頃悩んでいたけどさ、そんなつまらない事なんて気にすんじゃねえよ。さあ、みなさん、こんな二人に嵐のような祝福を!」

割れんばかりの拍手が二人へ注がれる。
こうして無事スピーチは成功に終わった。

二次会の幹事も引き受けた俺は、プリンスホテルからすぐ近くにあるエストを使う。
ここで同級生だった幼馴染の安達すみれや増川清子なども呼び、楽しい宴を終えた。

すべて終了すると、俺は真っ先にアップルへ行き、久美子に結果報告をする。

「今度ゆっくり岩上さんと食事行きたいなあ」
「じゃあお互いの予定を照らし合わそう」

少しずつであるが久美子との距離は縮んでいく。


エスカペイドデュオのキャサリンが日本のカラオケに行きたいと言ってきた。
彼らは英語しか話せないので、いつもカタコトの会話とジェスチャーで意志を伝え合う。

喉を大切にするキャサリンは常に常温の水しか飲まない。

俺は彼女の唄うマイ・シェリー・アモールという曲が大好きだった。
あとで地元の幼馴染の斎藤陽吾の親父さんが経営する音羽屋というレコード屋でCDを買い、それがスティービー・ワンダーの曲だと知る。
陽吾の親父さんは「とうとう智ちゃんも、こういうのを聞くようになったかー」ととても嬉しそうだった。

浅草のカラオケ屋で豪華な部屋を借りたのに、キャサリンは私はプロだから一曲だけしか唄わないと、あとは他のみんなの歌を楽しんでいる。
じゃあ何故わざわざこんな部屋を借りさせたのだとつっこみたかったが、キャサリンはどこか可愛げのある一面もあり一緒に場を盛り上げる事に撤した。


浅草ビューホテルの目の前の国際通りを渡り少し進めば競馬のJRA場外馬券場がある。
それだけは業務中から嫌でも視界に入るので知っていた。

「おい、岩。明日の競馬さ、悪いけど馬券買いに行ってくれないか」

ベルヴェデール厨房担当のシェフ浅沼からある日そんな声を掛けられる。
彼には目を掛けられ、よく裏へ行った時「岩、これ食ってみろ。他の奴らには言うなよ」と俺だけ可愛がられていた。

競馬のマークシートの書き方を教わり、場外馬券売り場へ行く。
俺もその影響で初めて競馬をやってみる。

初の競馬は天皇賞・秋。
バブルガムフェロー、マヤノトップガンの馬連で当たる。

外れた浅沼は悔しそうな表情をしていた。

続いてエリザベス女王杯もダンスパートナー、フェアダンスで当たった。
ダンスダンスでフィーバーとふざけて買った馬券だった。

続いて年末最後のGⅠ有馬記念もサクラローレル、マーベラスサンデーをズバリ当てる。
秋の競馬GⅠを含め、十戦八勝。

もう今年ももう少しで終わる。
クリスマスの営業が終わり「こんな日に泊まりシフトなんて」と嘆く同僚たち。
競馬の勝ちで余裕のあった俺は、全日本プロレス時代のちゃんこ鍋をご馳走した。

途中からエスカペイドデュオの二人も来て一緒に食べる。
特にピエールはちゃんこ鍋をとても気に入り、レシピを教えてくれとうるさかった。

「カナダに白菜はあるのか?」と言うと日本語の分からないピエールは「ワット?」と不思議そうな顔をしている。

初詣も仕事だったので、近くの浅草寺へ連れて行く。
こういった儀式が初めてのピエールは興奮し楽しんでいる。

帰りに近所のデニーズへ寄り、パンプラムースという料理を注文する彼。
たまたま期間限定メニューだったようで、この時はもう取り扱いしていなかったようだ。

「パンプラムース。スモークミート! オー、ノー……」

悲しそうな顔で食事をしながらも、前にちゃんこ鍋をご馳走してくれたからと、食事代をすべて払ってくれる義理堅い一面もあった。

五百円玉を渡し「スキンヘッド、スローイング」と俺が坊主を指差して言うと、ピエールは「オー、ユー、バッドボーイ!」と笑っていた。


俺が浅草ビューホテルで働くようになって半年後に入ってきた子で、浅野美嘉という綺麗な子がいた。

真面目で融通がいまいち利かない彼女は、ホテル業での仕事に対し色々悩んでいるようだ。
よく彼女の悩みを聞いたので、相談に乗った。

そんな最中、久美子とのデートが決定する。
彼女の行きたい店は俺の働くベルヴェデールだった。

宮本マネージャーへ許可を取り、もちろん職場のみんなにもよろしく頼んだ。
そして厨房の浅沼にもよろしくお願いする。
これまでここで働いてきた俺が、彼女を引き連れて職場へ客として来るのだ。
あ、エスカペイドデュオのピエールとキャサリンにも伝えておかないと……。

当日が来て、俺は格好をつける為南大塚の従姉妹和ちゃんの親父さんから車を借りる。
夕方までビューホテルで働き、仕事を終えると急いで南大塚へ向かう。
車を借り、川越で久美子を拾った。
浅草までのドライブ。
途中ドライブスルーのマクドナルドへ寄り、ハンバーガーなどを三十個購入した。

「そんな買うの?」
「多分これでちょうどいいと思うよ」

職場のみんなに厨房、そしてピエールたち。
きっと匂いを嗅ぎつけて同じフロアーの小澤さんも食べたがるだろう。
好きなだけみんなに食べてもらおうと思ったのだ。

これまでホテルでどんな接客をしてどのように働いてきたかを説明する。
ホテルへ着くと、ベルヴェデール入口で林が出迎えてくれた。
マクドナルドの大量の袋を渡すと「こんな所で渡すなよ」と笑いながら怒り、従業員用のドアへ持っていく。

窓際の一番いい席を取っておいてくれて、案内される。

テーブルの上には大好きなグレンリベット十二年、そしてヘネシーXOまで置いてあった。

「久美子は何を飲む?」
「うーん…、岩上さんにお任せします」

「どんな感じのカクテルがいい? 例えばサッパリしたものとか、甘いものとか」
「最初はサッパリで」

後輩の江尻が近付きオーダーを取る。

「あのさ…、俺が考案したオリジナルカクテルのミューテーションあるだろ? 分からなかったらレシピ書くよ」
「ちゃんと覚えていますよ。あ、はじめまして江尻と申します。岩上さんにはいつも世話になり、兄のように慕っております」

「ふざけた事言ってないで早く作って持ってこいよ! あと彼女にバレンシアも頼むよ」

俺たちのやり取りを見て笑う久美子。
江尻には今度お礼をしないといけないな。

やがて大量の料理が次々と出てくる。

「厨房の浅沼からです。足りなかったらどんどん言ってこいだそうです」
「浅沼さんに好きなだけハンバーガー食べてくれと伝えておいて」

ショーステージが始まる。
相変わらず綺麗な歌声のキャサリン。
久美子はボーっとしながらステージだけに照明が注ぐ舞台を眺めていた。

突然俺たちの席へ照明が当てられ、店内の客の視線を一斉に浴びる。
キャサリンが俺のほうへ手をかざしながら口を開く。

「マイベストフレンド、イワカミ。イワカミズリクエスト、スティービーワンダー、マイシェリーアモール」

ベルヴェデールすべての人間が、俺と久美子を祝福してくれている状況。
こんな演出、映画だってないじゃねえかよ……。

照明が再びステージに行くと、思わず泣いてしまう。
そんな俺に対し、久美子は優しく右手を握ってくれた。

みんなに感謝を伝えながらキャッシャーへ向かう。
林は笑いながら「お会計二十万円です」と言ってくる。

「そんな無いですよ!」
「じゃあ本日のお代無料でいいとマネージャーが言っておりました」

こんなもてなしを受けておきながら、俺はハンバーガー三十個で済ませてもらった。

ホテルを出ると、近くにある焼き穴子の握りの美味しい緑寿司があるので、寄ってみる。

「もうお腹一杯ですよー」
「一つだけでも食べてみて。本当にここのは絶品なんだよ」

「え、何これ? 凄い美味しい!」
「でしょ?」

再び車へ乗り川越へ向かう。
自然と手を繋いでくる久美子。
信号待ちの時、俺の胸に顔を乗せてくる。
心臓の音が彼女に聞こえないかソワソワした。

「触れてると落ち着く……」

彼女の嬉しそうな表情を見て、何故みんなベルヴェデールへたくさんの金を掛けてわざわざ来るのか理由が初めて理解した。

みんな、あそこへ行って、大切な人の笑顔を見たいのだ。
だから無理をしてでも格好をつけて男は女を連れて行く。

俺をジッと見つめる久美子。
車を路上停止して、唇を奪った。
女の身体はとても気持ち良く、そして柔らかい。

自然な流れでホテルへ入り、朝までセックスをした。
いつの間にか寝てしまい、起きると横に久美子がいる。

俺はゆっくり口を開いた。

「結婚したいなあ……」
「もー、まだ一回しかデートしていないでしょ。馬鹿なんだから」

そう言いながら嬉しそうに笑う彼女。
幸せだった。

ここから先は

4,046字 / 1画像

メンバーシップ ¥ 100 /月

闇シリーズを守る為。内容やアイデアだけパクられるのを防ぐ為。

闇シリーズ(メンバーシップ)

募集終了

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?