【医療職のリアル】感謝されなかった4か月半が、いちばん誇らしい仕事になった。
📋 これは「HONOの褥瘡奮闘記」シリーズ第3話です。
第1話:「薬局にいてもいいよ」と言われた薬剤師が、つわりと戦いながら居場所を勝ち取るまで
第2話:認定証は、紙切れだった。認定褥瘡薬剤師が「だから何?」と言われた日のこと。
※この記事だけでも読めますが、
第1話から読むとより物語として楽しめると思います。
「先生、ありがとうございました」
退院の日、患者さんと家族は、嬉しそうに医師にそう言った。
医師は「頑張りましたね」と声をかけ、
看護師は「よかったね」と家族に語りかけていた。
よくある退院の一コマ。
わたしには、一言もなかった。
「アンサングシンデレラのシーンみたいだな…」と思った。
でも——それでよかった、と思っている。
「薬剤師って、誰のためにいるんだろう」
その答えが出たのは、感謝されなかったあの日のことでした。
この記事で取り上げている症例は、複数の症例を掛け合わせており、個人が特定されないように配慮しています。
第1章 「腐ってきているのがわかるから、怖かった」
その方が入院してくる前、在宅での介護は限界を迎えていました。
褥瘡ができたのは、ある日突然のことではありませんでした。
何が原因だったのかわからないけど、
少しずつ、少しずつ、創は悪くなっていった。
日に日に深くなって、匂いが出てきて、血がにじむようになって…
家族はそれを、毎日ケアしながら見ていたんです。
ある日、家族の処置の手が止まりました。
入院後の面談で聞いた理由は、こうでした。
変な匂いがして、血も出てる。
腐ってきているのがわかるから、怖かった
その言葉を聞いたとき、責める気持ちにはなれませんでした。
大切な家族の体が、目の前で変わっていく。
毎日触れて、毎日見て、
言われたとおりにやっているのに良くなっていかない。
そのうち、
匂いで「今日はどうだろう」とわかるようになってしまう。
わたしもそうだけど、
自分にとっていやな匂いがしたとき、
本能的に顔をしかめませんか?
家族は、大切な人にそんな顔をしてしまった自分を
後ろめたく思ったりもしたそうです。
怖いですよね。当然だと思う。
愛情があるから、逃げたくなる。
大事だから、向き合えなくなる。
そういうことって、あると思うんです。
責任感の強い人ほど、
「こんな自分はダメだ」と自分を責めながら、
それでも手が止まってしまう。
その家族も、きっとそうだったんじゃないかと思っています。
第2章 「家に帰る条件は、ただひとつ」
わたしの勤めている病院は本来予約紹介制。
そこに、褥瘡治療を目的とした入院の相談が入ってきました。
今回のケースも、本来であれば受け入れ対象外。
でも、在宅復帰に向けて褥瘡の治癒が必要という判断で、
特例的に受け入れることになりました。
患者さんの希望は、はっきりしていました。
家に帰りたい。
家族の気持ちも、正直でした。
帰ってきてほしい。
でも、褥瘡があるままじゃ、精神的に無理
矛盾しているように聞こえるかもしれません。
でも、わたしにはすごく正直な言葉だと思えました。
怖かった記憶がある。
また同じことになるかもしれないという不安がある。
それでも、帰ってきてほしいという気持ちもある。
家に帰る条件は、ただひとつ——褥瘡が治ること。
そのとき、わたしは自分のことを少し冷静に見ていました。
認定褥瘡薬剤師の資格は持っている。
勉強もしてきた。
でも、
「わたしが関わったから治った」と
胸を張って言えた経験は、まだなかった。
認定を取ってからも、
「これが自分の成果だ」と言い切れるものが、
正直なかったんです。
このケースが来たとき、「これだ」と思いました。
第3章 覚悟を決めた
治したい、と思いました。
「わたしが治すんだ」
——前の記事で書いた覚悟を、
ここで本当の意味で試されることになりました。
まず、持っている知識を全部引っ張り出しました。
・勉強してきた書籍
・外用薬の選択根拠
・創傷治癒の理論
・学会で得てきた生の現場情報
それだけじゃ足りないと思えば論文を読んで、
エビデンスを持って提案に臨みました。
でも『提案して終わり』にはしたくなかった。
「言うだけ言って、あとはよろしく」では、
薬剤師の提案なんて絵に描いた餅です。
だから、2日に1回は必ず見に行くと決めました。
創の状態を自分の目で確認して、
看護師さんに「今日はどうでしたか」と聞く。
見に行けない日は、必ず連絡を取って状況を確認する。
仮説を立てて、実際に見て、答え合わせをする。
うまくいっていなければ、また考える。
また提案する。また見に行く。
その繰り返しでした。
第4章 仮説と答え合わせの日々
勤務先の病院では、褥瘡に対する外科的な手術ができなかったので
まず取り組んだのは、外用薬の見直しでした。
処置内容を確認して、創の状態を整理しました。
深さ、滲出液の量、感染の有無、壊死組織の状態。
「今この創に何が必要か」
を考えて、根拠を持って主治医に提案する。
それを繰り返しました。
もちろん、最初はうまくいきませんでした。
聞いてもらえないこともありました。
創の状態を説明して、
「こちらの外用薬に変更してみませんか」と話しても、
「うーん…とりあえず様子を見ましょう」で終わる。
悔しかった。
でも「提案の中身が弱かった」と思い直しました。
理論が正しくても、
臨床現場では理論通りにいかないことも多いものです。
せっかく提案が通っても、改善が見られなければ元に戻される。
悔しいけど、「これが現実かぁ」と思う日々でした。
うまくいかないなら、
次は他の病院での症例報告を持っていく。
論文を確認して、エビデンスをつけて話す。
「わたしはこう思う」じゃなくて、
「データはこう言っている」に変える。
アプローチを変えても、通らないこともあります。
そんなときは、提案内容以前に
コミュニケーションに問題があったのか?
と振り返ったりもしました。
提案して、実際に使われているか確認して、
効果が出ているか自分の目で見る。
出ていなければ、また考える。
うまくいかない期間は、1か月近く続きました。
外用薬を変えても、創の状態が動かない。
横ばい、横ばい、また横ばい。
「このアプローチで本当に合っているのか」と、
何度も不安になりました。
記録を見直して、文献を読み返して、
「何が足りないのか」を考え続けました。
そして、あるとき…
肉芽が盛り上がっている。
ほんのわずかだったけど、二日前より肉芽の色が良くなっていた。
「あ——変わってる」
思わず声に出してしまいました。
一緒にいた看護師さんも「ほんとだ!」と顔を上げてくれました。
その瞬間のことは、今でもはっきり覚えています。
だって、ベッドサイドでガッツポーズしたから。
悔しかった時間が、全部そこに繋がった気がしました。
第5章 退院の日
患者さんが入院して、4か月半が経ちました。
創はふさがり、目標としていた自宅への退院が決まりました。
退院の日、わたしはたまたま廊下にいました。
別の用事で病棟を歩いていたら、
ちょうど患者さんが家族と一緒に出てくるところでした。
「先生、ありがとうございました」
主治医に向けられた言葉でした。
患者さんも、隣にいた家族も、笑顔でした。
みんな、わたしの横を笑顔で通り過ぎていきました。
一言も、ありませんでした。
目が合うことも、なかった。
廊下で、その後ろ姿を見送りました。
それが、その患者さんとの最後になりました。
第6章 それでよかった
わたしはしばらく、そこに立っていました。
「ありがとう」を待っていたわけじゃない。
でも、何かを待っていた気がします。
わたしのところへは来なかった。
それなのに、胸の中にあったのは
——患者さんが、家に帰れた、という事実でした。
「帰ってきてほしいけど、褥瘡があるままじゃ精神的に無理」
と言っていた家族が、笑顔で隣にいた。
処置の手が止まってしまうほど怖かった家族が、
その人を連れて帰れた。
「ありがとう」が誰に向かったかは、関係なかった。
と、きれいごとを書いてみましたけど実際はトイレで泣きました。
たしかに、褥瘡はチームのみんなで治した。
わたしだけで治したわけじゃないのは百も承知。
でも…
「やっぱり、ありがとうがほしかったなー」
という感情と、
治ってよかった。少なくても、わたしは
『わたしが治した』と胸をはれる
という思いがぐちゃぐちゃになっていました。
今も、この記事を書きながら思い出して泣きそうになっています。
薬剤師の仕事は、感謝される仕事じゃないのかもしれない。
処方するのは医師。
処置するのは看護師。
患者さんの目に、わたしたち薬剤師がしていることは、
見えていないことの方が多い。
でも、トイレの中で泣きながら、
それでいいと思えたんです。
「認めてもらうんじゃない。わたしが治すんだ」
あのとき覚悟した言葉の意味が、
この日はじめて、本当の意味でわかった気がしました。
感謝されなかった4か月半が、
いちばん誇らしい仕事になりました。
おわりに
あの4か月半でわかったことがあります。
わたしが働く理由は、
「ありがとう」をもらうためだけじゃなかった。
(本音では、言ってもらったらめちゃくちゃ嬉しいけど…)
創がふさがること。その人が家に帰れること。
もうそれだけで、十分だとわりきりました。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
そして、
「どう提案していいかわからない」
「何から学べばいいかわからない」
「看護師や医師と、どんなふうにコミュニケーションしていいか悩む」
と、褥瘡領域で困っている薬剤師のために、
わたしが実際に現場で使っている
考え方や提案内容を記事にしてあります。
きっとあなたの役に立つ情報が見つかるはずです。
覗いてみてください。
▶ 前回記事(この覚悟が生まれた話)
▶ この記事の「4か月半」の前、私が「居場所」をどう作ろうとしていたかの話。
▶認定褥瘡薬剤師が、日々褥瘡現場で考えながらやっていること
▶現場ですぐに使える実践編はこちら
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