「薬局にいてもいいよ」と言われた薬剤師が、つわりと戦いながら居場所を勝ち取るまで
チーム医療の中で、透明人間になったことはありますか?
これは、「薬局にいてもいいよ」と言い放たれた薬剤師が、
つわりと戦いながら意地と執念だけで居場所を勝ち取るまでの、
泥臭い記録です。
今、職場で悔しい思いをしているあなたに読んでほしい
と思って書きました。
「薬局にいてもいいよ」と言われた日
病院での経験年数も重ねて、
「信頼されてきているな」と実感し始めてきたころのことです。
上司から褥瘡予防対策チームへの参加を打診されました。
何も考えずに「はい」と答え、
特に興味もなく参加したのが、
わたしと褥瘡との初めての出会いでした。
上司からは、
「とりあえず、情報収集のためにも褥瘡学会に入ってみたら?」
とすすめられ、今度も何も考えず「はい」と答えました。
初めて回診に参加したとき、
何も聞かれず・何も聞かず、
ただそこにいるだけでしたが、
「そういうものだ」と思っていました。
そんな日が数年続いた、ある日のナースステーション前でのこと。
「薬剤師って、回診に来て何するの?
処方が出たら持っていくから、薬局にいてもいいんだよ?」
その看護師さんは、忙しそうに
回診の準備をしながらそう言いました。
わたしを見てすらいなかった。
悪意があったのかどうかも、わからない。
ただ、当たり前のことを言うように、
さらっと言われたのを覚えています。
一瞬、頭が真っ白になりました。
心拍数が上がるのがわかりました。
何か言い返そうとして、口を開いて——何も出てこなかった。
・・・その通りだったから。
その日、わたしは回診中ただ立っているだけ。
医師が褥瘡の状態を確認し、
看護師さんがテキパキと処置をこなしていきます。
誰もが自分の役割を持って動いている中で、
わたしだけ手持ち無沙汰。
いつもと変わらぬ光景だったけど、
あのときの悔しさは今でもはっきりと覚えています。
誰もわたしに何も聞いてくれない……。
そんな日々が数年続いたある日、
わたしはひとつの決断をしました。
資格を取ろう、と。
そして、同じころ発覚した——妊娠。
つわりのピークで、胃の中はいつもぐるぐる。
消毒液のにおい、処置の光景。
「吐きそう」を飲み込みながら、
それでもわたしは回診に出続けました。
逃げたくなかった。
あの言葉に、負けたくなかったから。
これは、ボロボロになりながら資格を取った話です。
完璧な妊婦でも、完璧な母親でもなかったわたしが、
褥瘡と腎臓、ふたつのライセンスを手にするまでの話。
妊娠が分かった時、褥瘡のことが頭から消えた
資格を取ろうと決めました。
症例を集め始めて、回診でも少しずつ発言するようにしました。
「薬剤師として何ができるか」を、
自分なりに考え始めていたころに、妊娠がわかりました。
正直に言うと——
妊娠がわかった瞬間、頭の中から褥瘡のことが消えました。
初めての妊娠、うれしくて、不安で、わからないことだらけで、
頭の中は褥瘡よりも、妊娠でいっぱいでした。
資格取得は、いったん保留でいいか。
そう思い始めていたころ、上司にこんなことを言われました。
「出産してからでもいいんじゃない?
今でもよく頑張っているから、無理しないで。」
優しい言葉でした。
本当に、気を遣ってくれているのだとわかっています。
でも、なぜか 「期待していないよ」 と聞こえた気がしました。
あの言葉が悔しかったのか、
それとも自分自身への言い訳にしたくなかったのか。
・・・正直、今でもわかりません。
ただ、気づいたらわたしは看護師さんに頭を下げていました。
「回診の時以外の処置にも、同行させてもらえませんか。」
認定をとるためには症例提出が必要です。
症例に「薬剤師の立場でどう関わったか」を書こうとしたとき——
書けることが、ほとんどなかった。
回診には出ていました。毎週、欠かさず。
でも、関われていなかったんです。
それを突きつけられたのが、症例提出という作業でした。
だからわたしは、回診以外の処置にも同行するようにしました。
妊娠中、つわりの波が引いた隙を狙って病棟へ向かい、
少しずつ、症例を積み上げていきました。
妊娠中だから、とか、初めてだから、とか——
「でも」は、いくらでも作れます。
でも結局、動いたのは「悔しかったから」。
それだけでした。
吐きそうでも、わたしは病棟へ向かった
妊娠中、わたしなりのルールを決めました。
「今日は無理かも」と思う日は、キッパリ休む。
無理して倒れたら、元も子もありません。
お腹の子も、仕事も、資格も、全部終わりになってしまうから。
でも、ただ休むだけではなかった。自分なりに工夫して——
回診を休む日の前日、
担当の看護師さんにこう伝えるようにしました。
「こういう状態になっていたら、
薬を変えた方がいいかもしれません。」
看護師さんは「わかったよー」と言ってくれましたが、
その場にいない自分の提案が採用されることはありませんでした。
それでも、体調が戻ったら、
必ず「見せてください」とお願いして、後日確認しました。
休むことと、諦めることは、違う。
—それが、妊娠中に学んだことでした—
正直、しんどい日はたくさんありました。
つわりのピークは、においとの戦い。
褥瘡の処置には、独特の匂いがあります。
病室に入る前、ドアの前で毎回おおきく深呼吸をする。
「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせながら。
処置が始まると、できるだけ見ないようにした。
匂いを遮断しようとした。でも、遮断できない。
「吐きそう」を飲み込んで、飲み込んで、やり過ごした。
正直、途中で「なんでこんなことしてるんだろう」と思いました。
妊娠中なのに。もっと穏やかに過ごせばいいのに、と。
でも、あの看護師さんの言葉が頭をよぎりました。
「薬局にいてもいいよ?」
それが、わたしを褥瘡につなぎとめていました。
家に帰れば、もうへとへと。
掃除機は週1回かければOK。週2回かけたら自分をほめる。
洗濯物はたたみません。
乾いたものを、その日の着替えとして直接使う。
今思えば、ルンバも乾燥機付き洗濯機も買えばよかったなー。
でも当時はそんな発想もなくて、
ただ物干しに洗濯物を広げながら、
「掃除しなくても、誰も死なない」
と自分に言い聞かせていました。
夫は、嫌な顔ひとつしませんでした。
むしろ笑ってくれました。
本当に、助かりました。
合格通知が届いた日、感じたのは「達成感」じゃなかった
そして——合格の通知が届いた日。
「やった!」という達成感は、正直あまりありませんでした。
それよりも胸に広がったのは——安堵でした。
これで、わたしの話に耳を傾けてもらえる。
資格とは、実力の証明じゃないのかもしれません。
少なくともわたしにとっては、
「同じ土俵に立つための、入場券」でした。
認定申請を終えた瞬間に思ったのは、
「ゴールだ」ではありませんでした。
「次は何ができるようになれるだろう」それだけでした。
申請を終えてから、回診での発言が変わりました。
看護師さんとの会話が変わりました。
資格を取ってからは、
わたしを見る目が少し変わった気がしました。
でも同時に、気づいてしまいました。
わたしが関わっている患者さんたちは、褥瘡だけじゃない。
高齢で、腎臓が弱っていて、薬の調整が難しい方がたくさんいる。
「褥瘡の薬剤師」になれたとして、それだけでいいのか——。
そんなことを考えていたころ、わたしは育休に入りました。
仕事をしていない時間が、急に目の前に広がりました。
赤ちゃんのお世話で、毎日くたくた。眠れない夜が続きました。
それなのにわたしは、またテキストを手に取っていた。
「今じゃなくていい」という声が、頭の中で聞こえました。
でも、わたしは思ったんです。
仕事をしていない今だから、できることがあるんじゃないか。
この記事が、
理不尽な環境で「自分の居場所」を作ろうともがくあなたの、
小さな処方箋になったら嬉しいです。
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この記事は、HONOの挑戦シリーズの第1話です。
【第2話】育休中、スクワットしながら
腎臓の試験問題を呟き続けた話。
ダブルライセンスに挑んだ180日間の記録。
▶ 「現場でHONOが実際にやっていること」を読む
資格を取った先で、何が変わったのか。
褥瘡の外用薬選び、現場のリアルはこちら。
▶「居場所を勝ち取る」その後の話。地味な仕事の中に、薬剤師の本当の誇りがあると気づいた話です。
同じように「職場での悔しさ」を抱えているあなたへ。
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