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高尚なパトロンへの変身術──美術商たちのセルフ・(リ)ブランディング作戦

📘 このシリーズでは、「五郎さんがえらくこだわっているモネと後妻アリスの関係」を手がかりに、当時のブルジョワ社会の構造を多角的に読み解いています。

🖼️ 今回は「モネの『市場価値』の実像」シリーズ第4回・第2部として、美術品の価値の高め方──すなわち、美術商たちがいかにして自らを「新しい芸術のパトロン」に仕立て上げ、高貴な雰囲気の演出とともに、芸術作品という“商品”の価値を巧みに引き上げていったのかを考察していきます。
本稿①ではまず、その主体である美術商自身のイメージ戦略に注目します。彼らがどのようにして芸術のパトロンらしいヴェールをまとっていったのか──その変身の過程を見ていきましょう。



脅威の転身劇―ガラクタ屋から一気に“上流化”した美術商の地位


美の主戦場が官展としてのサロンから美術市場へと移行した19世紀後半のフランスでは、市場の主役となった美術商という職業の社会的地位も劇的に変化しつつありました。

ジュゼッペ・デ・ニッティス《エドモン・ド・ゴンクールの肖像》(1881年、87 × 115 cm、ナンシー市立古文書館)。
エドモン・ド・ゴンクールが遺した『日記』には、当時の文学界のみならず芸術界や社会全般にわたる観察が赤裸々に綴られており、社会の変化や人物像を伝える貴重な記録となっています。

作家・美術批評家エドモン・ド・ゴンクールは、1877年6月17日付の日記にこう記しています。

雑多な装飾品を扱っていた商人たちの様子に突然変化が現れているのを見て、私は非常に驚いている。昨日まで彼らはガラクタ屋だった……。今日では、我々と同じ仕立て屋に通う紳士であり、本を買って読み、我々の社交界の女性たちと変わらぬ上品な妻を持っている……。この商売では、売り手が買い手に対してもはや劣っているわけではなく、むしろ買い手のほうが売り手に対して頭が上がらないようにも見える。

ここでゴンクールに「ガラクタ屋」と呼ばれている商人たちは、単なる古道具屋や装飾品商のことでは?と思う方もいるかもしれません。しかし実際には、絵画という商品も長らく、そうした雑多な装飾品の一つとして市場で扱われていたのです。

アントワーヌ・ヴァトー《ジェルサンの看板》(1720年、163 × 308 cm、シャルロッテンブルク宮殿)
この看板は、店頭に掲げられるやいなや即座に売却され、その後、数多くの所有者を経て、現在はベルリンのシャルロッテンブルク宮殿に所蔵されています。主題の点でも遍歴の点でも、《ジェルサンの看板》は啓蒙の世紀におけるヨーロッパ美術流通の重要性を象徴しています。

たとえば、ロココの画家アントワーヌ・ヴァトーが1720年に描いた有名な《ジェルサンの看板》。この看板を掲げた美術商エドメ=フランソワ・ジェルサンの店は、画中では上品な画廊のように見えますが、実際にはノートルダム橋の上で、絵画から小物・装飾品までを扱う雑貨店でした。

《ジェルサンの看板》が掲げられていたノートルダム橋上、美術商エドメ=フランソワ・ジェルサンの店舗の再現図。
© Chromelight Studio, Roubaix; CREHS, Université d’Artois; LARHRA, Université Lyon 2, CNRS; LISIC, ULCO

そして、第一部で紹介した19世紀後半フランスの代表的美術賞たち──グーピル、デュラン=リュエル、ジョルジュ・プティ──も、もとは絵画以外の商品を扱う商人の家系です。グーピルは版画制作販売、デュラン=リュエル(父)は文具・画材販売、プティ(父)は版画印刷業。彼らはいずれも、「美術商」へと業態転換した新興の実業家たちでした。

つまり、美術市場の発達に伴って美術商の少数先鋭化が進んだ結果、熾烈な競争に勝ち残り、美術市場の主役となったこれらの”成功者”たちであっても、慎ましきジリ貧貴族であるゴンクールの目には、彼らは「もともとは“ガラクタ屋”」に過ぎなかった…。それがどうでしょう! 彼らはあっという間に「買い手のほうが売り手に対して頭が上がらない」ほど地位を上げていたのです。この急速な上昇ぶりに、老作家ゴンクールは驚嘆と嫉妬を隠せなかったわけです。

高貴なヴェールのまとい方―ビジネス色をひた隠す「装置」とは?


では、このような美術商の地位向上は、単なる市場の発達と拡大の結果に過ぎなかったのでしょうか? もちろんです。「新しい芸術のパトロン」を自任する彼らは、貴族的パトロネージュの後継者にふさわしい存在として、自ら”高貴な衣”をまとうために、巧妙な手法で自らを(リ)ブランディングしていました。

《ジョルジュ・プティの展覧会会場》(1882年2月25日付『ラ・ヴィ・パリジエンヌ』誌より)
プティの豪華なギャラリーは、1877年にロンドン・ボンド・ストリートでクーツ・リンジー準男爵が開設したグロヴナー・ギャラリーを手本としていました。ロスチャイルド家を外戚に持つ準男爵の潤沢な資金により設立されたこのギャラリーは、その豪奢な内装と招待制による展示によって、特別な高級感を演出していたのです。

第一部で見た三人の画商たちを改めて比較すると、グーピルの〈サロン連動型〉、デュラン=リュエルの〈ビジョナリー型〉、プティの〈トレンド創出型〉──戦略は異なっても、その目指すところは見事に一致しています。それは、徹底した「商業色」の排除と、販売する芸術品にふさわしい「品格」の演出です。

そして一見矛盾しているようでいて、実は“高尚さ”を演出すればするほど芸術作品の市場価値は上がる──つまり、自らを高尚な芸術のパトロンとしてリブランディングすることは、社会的地位と収益性を同時に高めるうえで不可欠だったのです。

そのために彼らが築いた「装置」には多くの共通点がありました。
まず、芸術作品を引き立てる展示空間の演出
次に、価値を裏打ちする言論活動
そして、作品の希少性を操作し流通を統制することで価格を維持し、
さらには市場を国外へと拡張するネットワーク形成

これらはすべて、今日のラグジュアリービジネスにそのまま通じる手法です。


📍次章から、それぞれの「装置」を順に掘り下げていきます。
ぜひ気になるテーマからお読みください👇

👉 優越感の醸成法─商業色を排したプレステージ空間の創出
👉 世論を動かす啓蒙装置─メディアによるプロモーション戦略
👉 作品主義から作家主義へ─「独占契約」によるキャリアマネジメント
👉 ディーラーネットワーク ─ 表向きはライバル、内輪ではウィンウィンの協力関係

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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