水彩詩集 私の本棚は誰か…❻嫌われる勇気/スキやフォロワーを増やしたい
私の本棚は、誰かの孤独と繋がっている。
その書物は、誰かに読まれることを待っているのか?
【※この詩と絵は『嫌われる勇気』に登場する、哲人と青年の対話からインスパイアして、その世界観を形にしたものです。】
岸見一郎『嫌われる勇気』の文中にある、対話篇形式の哲人と青年の問答を、私の苦悩に落とし込んでみました。
「青年の苦悩、スキやフォロワーを増やしたい」
青年: 「見てください、この画面の数字を!
私の言葉は誰にも届かない。
『スキ』の数は片手で足り、
『フォロワー』の数字は凍りついたまま。
認められたい、私の存在を。
数字が増えれば、私は救われるのに!」
哲人: 「若い友人よ、見つめるべきは画面ではない。
他者の承認という名の、実体のない幻影だ。
すべての悩みは対人関係から生まれる。
君は今、他者の人生を生きようとしているのだ」
課題の分離
青年: 「他者の人生だって? 冗談じゃない!
私は私の記事を、魂を込めて書いている。
もっと読まれたい、評価されたいと願うのが、
人間の、生物としての本能ではないですか!」
哲人: 「では、問おう。
言葉を紡ぎ、差し出すのは誰の課題かね?」
青年: 「それは……私の課題です。私が書いたのだから」
哲人: 「ならば、その言葉をどう評価し、
『スキ』を押すか否かは、誰の課題かね?」
青年: 「それは……読んだ相手の、他者の課題です。
しかし、だからこそ私は、彼らの心を動かしたい!」
哲人: 「それこそが、他者の課題への土足の介入だ。
君に出来るのは、己の最善を尽くすことだけ。
『スキ』が付くかどうかは、君の支配下にはない。
変えられないものに執着するのを、やめなさい!」
嫌われる勇気、そして共同体感覚
青年: 「評価を気にするなと言うのですか?
誰にも見向きもされず、嫌われてもいいと?
そんな孤高の聖人のような真似、僕にはできない!」
哲人: 「孤高になれと言っているのではない。
他者から嫌われることを恐れない、
それこそが『自由』の証明なのだ。
数字を増やすための媚びた言葉は、君を縛る鎖となる」
青年: 「では、私は何のために書けばいいのです?
数字を追わないなら、私の言葉はどこへ向かう?」
哲人: 「承認を求めるのではない。
『私は誰かの役に立てている』という主観的な感覚、
すなわち『他者貢献』へと向かいなさい。
画面の向こうの、まだ見ぬ誰かの人生を、
ほんの少しだけ豊かにする為に言葉を紡ぐのだ。
数字という名の『他人の物差し』を捨てよ。
君が今、ここを真剣に生き、貢献しているなら、
その瞬間に、君の価値はすでに最大なのだから」
アドラー心理学の系譜を継ぐ、岸見一郎さんの著書『嫌われる勇気』の文中では、対話篇形式の哲人と青年の問答が出て来ます。そこでアドラーは、人間の悩みのすべては、対人関係だとしています。
そこで、私たちnoteクリエイターが、日々、一喜一憂しているのが、自身の記事がどう読まれ、どう評価されているかではないでしょうか。
その客観的評価が、『スキ』や『フォロワー』の数なのでしょう。
そこで、青年が、noteの『スキ』や『フォロワー』が少ない事に悩み、哲人にどうしたら、それが多くなるかを尋ねます。
それに対して答えた哲人の回答を、会話形式問答の詩にして表現してみました。
哲人は『他者貢献』として、自身の価値を上げるよう、日々研鑽をするようにと答えます。
やっぱり、質の高い、他者のお役に立つ記事を書けと言っているんです。
まだまだ、精進が足りません。簡単な道はないんですね。哲人!
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