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何度やられても悪態をやめないベジータを嫌いになることは出来ない~ドラゴンボール論~

↑サムネイルは鳥山明『DRAGON BALL』20巻 36p より引用

 ラディッツの登場から始まるサイヤ人襲来編において、最後の大ボスにあたるベジータとの闘いはドラゴンボール史上においても屈指の激闘であり、同時に最も奇妙な戦いである。

 なぜならベジータと悟空の一騎打ちで始まった戦いが、悟空が戦闘不能にまで追い込まれ戦線を離脱し、途中から参戦した悟飯、クリリン、果てにはヤジロベーまでが加わり乱戦に次ぐ乱戦の末、最後に攻撃を仕掛けようとしたのはなんとクリリンである。その攻撃は悟空によって静止され、ベジータは地球から撤退することで戦いは終了する。

 この奇妙な戦いの中心に存在するのは間違いなくベジータだ。

 ナッパ戦におけるナッパは「受けの無双状態」とでも呼ぶべき圧倒的な強さが印象に残っているのとは対照的に、サイヤ人編におけるベジータの印象はそのやられっぷりである。

 そう、この戦いにおいてベジータは通常であれば戦いが終わってもおかしくない攻撃を喰らいまくる。

 戦いの序盤、2倍界王拳を使ってすら敵わない圧倒的な強さでベジータは悟空を圧倒する。今になって考えればベジータがあの悟空に対して無双出来ていた極めて短い春である。

 その後逆襲のため捨て身の3倍界王拳を使った悟空によってボコられ、逆上したベジータは渾身のギャリック砲によって地球もろとも吹っ飛ばそうとするが、4倍界王拳かめはめ波によって跳ね返され、そのままかめはめ波が直撃したベジータは天空高くに吹っ飛ばされる。

鳥山明『DRAGON BALL』20 p49より

 余談になるけど、ベジータってこのギャリック砲といい自分の決め技に独特なセンスで名前つけるよね。これについてもどっかでまとめてなんか書きたい。

 かなり決定的な形で4倍界王拳かめはめ波が決まったわけだが、ここで戦いは終わらない。天高く、雲の上まで吹っ飛ばされながらベジータはなんとか態勢を立て直し、なんと自力で月を造って大猿へと変身する。この変身によって戦闘力はなんと10倍に上昇する。

 これも余談になるんだけど大猿変身ってこの戦い以降登場しなくなるんだけど、フリーザ編とかセル編で大猿化してたらどうなったんだろうって脳内で遊ぶのが未だに好きです。なんだかんだで気円斬的な技でサクッとしっぽ切断されてたと思うのだけど……。

 話を戻そう。大猿となることで戦いの主導権を握ったベジータに対して、悟空は最後の奥の手、元気玉によって対抗しようとする。

 自分一人の力ではどう考えても敵わない地球の外から襲来してきた相手に対して、地球上の全ての命からちょっとだけ元気を分けてもらって対抗する。この美しい対立構図の末にこの戦いは悟空の、地球側の勝利で終わるのだろうと、当時の自分は思い込んでいた。きっと悟空がやってくれると。

 だが多くの方がご存じの通り、この戦いはそうはならない。

 充分な気を集めることに成功した悟空は渾身の元気玉を大猿ベジータに放とうとするが、機先を取ったベジータの攻撃がせっかく集めた元気玉もろとも悟空を吹き飛ばしてしまう。そしてその時点で抵抗する力をほぼ失った悟空は、ここから一方的にベジータに蹂躙され、全身の骨を砕かれ完全に戦闘不能の状態に陥る。

 悟空の危機を察知して、戦いに戻ったクリリンと悟飯、そして嫌々ながらも戦いに加わったヤジロベーによってどうにか大猿ベジータの尻尾を切断し、大猿化を解除し絶体絶命の悟空は救出したものの、事態は一向に改善してはいない。なんせこの漫画の主人公である悟空が戦闘不能になっているのだから。ドラゴンボール史上最強の敵に対して主人公が戦闘不能になった後で脇役たちが戦うという史上初の展開へと戦いは進む。

 尻尾をちょん切られて怒り心頭のベジータは、悟空の戦いのダメージがあったとはいえまだまだ強い。悟飯がどうにかして自分の内に眠る力を開放させて対抗しようとするが、ベジータが圧倒的に強いという状況は動かない。そこにボロ雑巾のようになってしまった悟空がクリリンに残された元気玉を託そうとする。ベジータの奇襲攻撃で大半が吹っ飛んでしまったとはいえ、充分に強力な元気玉がまだ残されていたのだ。

 そんな最後の望みの元気玉は、紆余曲折ありつつも見事ベジータに命中する。哀れベジータは4倍かめはめ波の直撃に続き、本日二度目の天空へぶっ飛ばされる。

本日二度目の天空にぶっ飛ばされるベジータ
鳥山明『DRAGON BALL』20 p142より

 さすがにここで戦いは決着したかと当時ジャンプを読んでいた自分は思った。切り札中の切り札である元気玉が本来の威力ではないとはいえ命中したのだから。そして1度目は自力で飛ばされる軌道から立て直した力がベジータには残っておらず、元気玉が直撃し天高く飛ばされたベジータはその後自然落下で地面に激突し、その場の誰もがベジータは死んだものと思う。

 だが、ベジータはまだ死なない。力なく地面に叩きつけられるくらいのダメージを受けているにも関わらず、近寄って墓くらい作ってやるかと呟くクリリンに対して放つ一言はこれだ

きさまらの墓をか⁉

鳥山明『DRAGON BALL』20 p145

 このあたりでベジータという敵キャラクターを嫌いにはなれないなと私などは考えてしまう。そして宮崎駿のこんな言葉を思い出す。

宮崎 どうも悪人が苦手なんです。なんか根はいい人だってなっちまう。レプカなんかもそうなりかかるのを一生懸命こらえていたんです。あの人は背広を着てると駄目なんですよ、せいぜい意地の悪い官僚くらいにしかならなくって。だから戦闘服着せて、なるべく体格よくして、胸なんかも厚くしてね、少しはワルそうに見えるように一生懸命やったんですけどね。必死になって駆けずりまわる人物、なりふり構わぬ人間は、見てる側が許していくんですね。

宮崎駿『出発点―1979~1996』p446より

 そう、圧倒的な強さを誇るとはいえ、ベジータは悟空を相手しほぼ勝利しかけたのちに戦いに乱入してきた悟飯、クリリン、ヤジロベーら複数人数を相手にしながらもその数的不利をものともせずに真っ向から戦い続けている。そして見るからにボロボロになりながら、その闘志その口をつく悪態は一切衰えを見せない。

 その後もクリリンや悟飯を圧倒しながらも仕留めきれずに、ヤジロベーの奇襲の一撃を喰らって背中をザックリと切られながらもそれでも立ち上がりヤジロベーをボコボコにする。だが、土壇場で尻尾が再生した悟飯が、自身の大猿変身の際に身を削って作ったパワーボールを逆に利用する形での変身を許してしまう。あんたも大変ね……。

 もはや泥仕合の様相を呈しつつある戦いの終盤、悟飯は大猿へと変身する。これを真っ向から倒す力はさすがのベジータにも残ってはいない。そしてそのことをベジータ自身わかっている。ギリギリ残った理性によってベジータを倒そうと襲い掛かる大猿悟飯の尻尾をおそらくはクリリンから学んで盗んだんであろう気円斬によって切断し、どうにか変身の解除に成功するものの、解除される過程の大猿の下敷きになってしまう。

 なんとか絶命はしないで済んだものの、さすがのベジータもここで撤退を選択する。

 最後に這いずりながら宇宙船に乗り込み逃げようとするベジータにクリリンがヤジロベーの刀でトドメを刺そうとする。戦う力が残されていないベジータは何も抵抗することが出来ない。この時点で戦いは地球側の完全勝利である。すんでのところで悟空の制止が入り、ベジータは九死に一生を得るのだが、完全にお情けで死なずに済んだにも関わらず最後に放つベジータの悪態がこれだ。

鳥山明『DRAGON BALL』21 p21より

 先ほど引用した宮崎駿の言葉を繰り返すまでもなく、ここまできたらアッパレである。必死になって駆けずり回る人間を見てる側が許してしまうのである。

 今回、「サイヤ人襲来編」における3人のサイヤ人との闘いを振り返ってきたが、ラディッツやナッパとの闘いがその圧倒的な強さが印象的だったのとは対照的に、最も強い筈のベジータの戦いにおいて印象的なのは、ベジータの景気が良いと言えるほどのやられっぷりの良さときっちりダメージを喰らってボロ雑巾のようになりながらも、まったく衰えない気持ちの強さと口の悪さだ。

 この戦いにおいて、ベジータははっきりと負けた。しかし彼は自分の負けを一切認めてはいない。さらには終始見下していた悟空(カカロット)の温情っていうか戦闘狂っぷりのおかげで生き延びたにも関わらず、そのことに気付いてすらいない。

 そしてここに、ベジータというキャラクターの本質がすでに完成している。事実の水準では、一対一の勝負において悟空がベジータに敗れた唯一の戦いである。だが読者の記憶に刻まれているのは、ボロボロになりながらも悪態をつき続けるベジータの姿だ。勝ったのにやられた印象しか残らない。これがベジータという男の、呪いであり魅力である。

 その後のベジータには今回の地球での戦い以上の必死になって駆けずり回り、泥水をすするかの如き苦闘の歴史が待っている。フリーザ編以降、激闘の末に戦った相手が仲間になっていくという展開がなくなり、悟空のすぐ隣には常にベジータが存在するようになるのだが、それが出来たのはベジータだからこそだろう。そんな彼の運命は初登場のこの時点でほぼ決まっていたように思う。最後にベジータにこんな言葉を贈りたい

 がんばれベジータ…おまえが(ここからずっと)ナンバー2だ!


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