4.日本人の歩みを辿って(松尾大社)
伏見稲荷を後にして、私は宿で脚を休めました。
次の日は、早々と嵐山方面に向かいます。
松尾大社に参拝するためです。
私の今回の旅のテーマの「秦氏」は、私たちの暮らすこの現代にも、たくさんのご子孫がおります。現在の秦氏は5つのグループからなっているというお話を聞きます。
昨日行った伏見稲荷、深草地域を拠点としていた「深草秦氏」、今回訪れる松尾大社付近を拠点とした「松尾秦氏」、残りの3つの内、2つは小さな組織となり小さな灯火になってしまっているとのこと。そして最後の1つのグループは現在最も活発に動いているそうですが、その詳細は明かされていません。
その松尾秦氏の氏神様の「松尾大社」。
どのようなところでしょうか?
阪急嵐山線の松尾駅で下車してすぐのところに松尾大社はありました。松尾駅から徒歩で5分ほど、松尾山の麓に鎮座します。
駅から参道の1つ目の鳥居をくぐり。
2つ目の鳥居(下の写真)をくぐるとそこが松尾大社になります。

この鳥居を過ぎて、左側に曲がると「お酒の資料館」があります。
「秦氏」は色んな技術を日本に持って渡来した技術者集団というのは有名な話です。実は日本酒の起源とも秦氏は深く関わりがあり、麹を使った酒造りを大陸より伝え、この松尾・太秦(うずまさ)地区で醸造をしていたということで、この松尾大社はお酒の神様を祀っております。
「お酒の資料館」は規模はそれほど大きくないものの、麹を用いた日本酒の造り方をとても分かりやすく紹介してくださってました。
松尾大社の裏には松尾山があり、頂上付近に巨大な磐座が存在するとのことです。2004年まで禁足地だった場所で、古代にはこの磐座でご祭祀をされていたとのこと。
私にとって、とても馴染みのある諏訪大社に同じようなものを感じます。諏訪大社も裏山(守屋山)がご神体で、そこに大昔に祭祀をしていたという磐座があります。
実はこの松尾大社の本殿の北側には、庭仕事をする私にとって、とても興味深い空間が存在します。
昭和の大作庭家である重森三玲(みれい)さんの作品があるのです。

重森三玲さんの造ったこの「曲水の庭」は「曲水の宴」を執り行う庭をモチーフにした庭だそうです。曲水の宴とはこの流れのほとりに座り、上流から流れてくる酒盃が自分の前を通り過ぎるまでに和歌などを詠み、お酒を飲むという平安時代の宮中行事のこと。
「曲水の宴」・・・、
この流れが龍のようにも見え、また松尾大社の前を流れる荒れ狂う桂川の氾濫を治めた「秦氏」への功績も表現されているようなとても興味のある行事です。

そしてその隣には、同じく重森三玲さんの作品、「上古の庭」があります。この立石群の背景は松尾山の林です。その松尾山の磐座に着想を得ているとも言われています。
極端な形をした石、また異常な傾斜で据えられた石は、重森三玲さんの作品の中でもお目にかかれないものです。
秦氏がこの地に入植した時代より、はるか古来よりこの地に居たであろう巨石たち。
この地の永い歴史が刻まれた巨石たちを力強く表現したような空間になっていました。
松尾大社は、わたしたち日本における古代の民「縄文人」とその後に渡来した「秦氏」、その両者の歴史の重なりが感慨深い場所でした。
日本人の歩みを辿って(太秦・広隆寺編) に続きます・・・
1.日本人の歩みを辿って(京都・序章)
2.日本人の歩みを辿って(比叡山編)
3.日本人の歩みを辿って(伏見稲荷大社編)
4.日本人の歩みを辿って(松尾大社編)
5.日本人の歩みを辿って(太秦・広隆寺編)
6.日本人の歩みを辿って(蚕ノ社編)
