#678_#私の二十四節気『小暑』_いい旅・奈良県_掌編小説
雨上がりの午後、夏の熱気を孕んだじっとりと湿気を含む生暖かい風が、朱塗りの回廊を流れる。
──こんなところに、小さなお宮が……?
爽子は杉の木漏れ日の下、小さな石段をゆっくりと上ると、格子の向こう、回廊と同じ朱色の鳥居と、その中に同じ色の、檜皮葺の小さな神輿のようなお宮があった。
柱の間の賽銭箱に小銭を滑らせ、手を合わせた瞬間、唐突に強く柱を叩く音がした。
爽子は閉じかけた目を反射的開くと、隣にいたのは長身の、見知らぬ男性だった。
頭を垂れる爽子の視界に入ったのは、履き慣れたビジネスシューズ、ダークブラウンのスーツ。それに、重そうなビジネスバッグは書類ではち切れそうに見える。
背すじをピンと伸ばして、白いワイシャツが日に透ける。一心になにかを唱えるその姿を、爽子はいつの間にか、ただぼうっと眺めていた。
彼はお参りが済むと、まるで爽子が眺めているのを知っていたかのように、爽子に向き直って言った。
「榎本さん──ここの神さまは耳が不自由なんです。だからこの柱を大きく叩いて、来ましたよ、と言ってからお参りしないと、お参りに来たことに気づいてもらえないんですよ」
彼はにっこり笑って早口にそう言うと、叩きかたを手ほどきするように、もう一度柱をノックしてみせた。
爽子はこれくらいですか、とノックすると、もっと強くと言う。爽子は唖然として、はぁ……と言うのがやっとだった。
「それじゃ、ぼくはこれで。よい旅を」再びにっこりとして言った。
脱いだジャケットを小脇に抱え、白い紙袋とビジネスバッグを手に、大股で風のように去るその人をしばらく目で追うと、人並みを縫ってあっという間に追いつけなくなる速さで、すぐに見えなくなった。
「爽子さん」
大翔が石段からそっと近づき、回廊の奥をみる爽子を呼び止めた。
「どうしたんですか、途中で見失って、焦っちゃいましたよ」大翔は慌てていたのか、ほんの少し息を乱し、右手で前髪を整えた。
「この先に神社なんてあるのかと思って、気になってつい来ちゃいました」爽子は大翔に軽く詫びて石柱を指さすと、大翔は小さく首を横にふる。
「いまの人、なんかありました?」大翔が尋ねると、「ううん、お参りの仕方を教えてくださったの」と、爽子は柱をノックしてみせた。
「へえ……あ。ここ、春日大社へお参りする前に訪ねるみたいですよ」大翔はスマホで手早く調べて言った。
「すごい。偶然ですね」爽子が言うと、大翔が続けた。
「この先に十五社巡りというのがありますね。行ってみませんか」大翔は、仕事関係の神さまがいそうだと言う。
「いいですね、行ってみましょう」と言うや否や、大翔は爽子の手をそっとつかんだ。
「こっちみたいです」大翔は、はぐれないように、と言って、前だけをみていた。
つながられた手のひらから、大翔の少し高めの体温が伝わってくる。前を歩く大翔の耳元が、ほんのりと赤いことに爽子は気づいた。大翔の緊張が伝わってきて、爽子の胸が小さく高鳴る。
「……大翔さん」
「はい?」大翔が少し身構えたように振り返る。
爽子はつなぎ合わされた手を少しだけ握り返して、いたずらっぽく微笑んだ。
「この先は、夫婦の神様もいらっしゃるみたいですよ」
「えっ、あ、そうなんですか?」
大翔は一瞬目を見開いて、それから慌ててまた前を向いた。今度は首筋まで真っ赤になっている。
爽子は心の中で、さっきの耳の遠い神様に、もう一度語りかけた。
二人の歩幅は、雨上がりの緑の匂いの中へ、ゆっくりと重なっていく──
<了, 約 1,400 字>
書き下ろし、1時間
『#私の二十四節気』に参加します
みなさんこんにちは、久藤あかりです。
今回は11番目の季節『小暑』、7/7です。
「はしさん」どうぞよろしくお願いいたします。
榎本さんをずっと描きたくて、自作品に混ぜました🙏
🍙過去作品はこちらです🍵
あとがき
本編から少し外れた、作者の妄想、番外編でした🙌




ここ数日で新しい仕様の Image Creatorを使用していますが、以前と比べて、プロンプトを書くのがなんだか難しくなってしまいました💦
これもAIに任せたらいいのかもしれませんが……心のキャンバスにある風景を、巧みに言葉にできたらなぁと願います。

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