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#666_#私の二十四節気『夏至』_time will tell…

誰の心にもある、忘れられない風景──もうそこにはないのに、なぜか何度も夢に現れる風景。心が震え、どうしても描きたい風景がありました。

夏休みの写生の課題は、描きたい場所を探すことから大変で、偶然見つけたその光景が宝物になりました。

中央に小さな噴水、手前に白いアーチと赤いバラ、噴水の奥には街路樹とビル、青空と雲。噴水の周りには何種類も花のある公園の一角、ひみつの場所です。

乳幼児の頃から絵は習うものではない、写真を描くのはとんでもないと言われ、わかっていました。構図がわかれば描けそうだと思い、写真を撮りました。家からは遠く、どうしても描きたかったのです。

あるままを写すことすらできずに、夜明かしした日。
お腹がずんと重く、胃がキリキリとしていた朝、ベランダから外を見ると、朝霧の向こうに細い木が一本見えました。それが、もうひとつの風景です。

その公園は、近くの保育園の子ども達がお散歩にきます。
カートに乗せられて来て、ふかふかの草の上を、よちよち歩きで縦横無尽に走り回る、愛らしい光景です。日中は汗ばむけれど、日陰に入ると少しひんやりとしたそよ風が当たる、過ごしやすい夏でした。

わたしは近くの小川からその光景を見守っていました。この心地よい思い出を秘め、どこか満たされない小さな渇きがあったように思います。

わたしが本当にやりたいことは、おそらく絵です。
音楽でも、文学でもなく、あるひとつの形を探していたような気がします。

課題は案の定、酷評でした。絵は心で描くもの。写真から描くものは模写で、絵画ではないと、いまは分かります。画角に収まったものをそのまま写すのではなく、どこを切り取るかは自分で決めなさいと。

どんな表現でも芸術だと、いまはそう思うことにしています。それでも、いまならどう色を乗せましょうと、よく思いますし、いまは言葉でそれができます。

見たままを、見たように、ありのままをそこに置く。
物語もおなじだと、近頃はとくにそう思います。

言葉で数珠をつなぎ、人と手を携え、音を響かせることが、その新しいものに心が開くよう、私たちをそう向かわせるようにも思います。

朝霧の向こうの木は、10年もせずに空き地ごと大きなマンションに変わりました。茶色い柵の向こう、風に揺られて葉がきらめく、草むらの中に立っていた若い木。大きくなるのを楽しみにしていました。

time will tell──時が経って、ようやく全ての表現がひとつに溶け合って、あの日の光景を、もう一度描き直すための準備。

心を、未来の絵の具として描きだしたのが、創作なのでしょう。
湿度の高いこの季節に必ず思い出す、ふたつの風景でした。

<了, 約 1,100 字>

少し似せてみました
ことばの絵の具で描く時代です🎨

『#私の二十四節気』に参加します

みなさんこんにちは、久藤あかりです。
今回は10番目の季節『夏至げし』、6/21です。
「はしさん」どうぞよろしくお願いいたします🙏

🍙過去作品はこちらです🍵

啓蟄小満芒種、夏至(本稿)


🎼 朝霧の木と、湿度のある風景を音に入れました(聴こえるかな??)

本日で、公開本数1,300本となりました🙌
ありがとうございます!
よい週末をお過ごしくださいね🍀


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